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第十一章 最終決戦編

第138話 今日までのすべては今この時のために

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「そう、僕の真の役割――それはすべての支配!」
「なにっ!? て、てめぇ……!」

 ギトスの野郎が生きていた。
 しかも様子がおかしいと思ったら突然ディマーユさんみたいに巨大化しちまうなんて。

「イキるなよぉラング! 全世界を支配したいなんて妄想はお前だって思い浮かべた事くらいあるだろう!?」
「うぐっ!?」
「これは人として思い描く最大級の欲求! その権化に僕はなった! ただそれだけだ! それだけが僕の使命で、役割で、願い焦がれる原点なのだッ!!!」

 だがその姿はディマーユさんと比べてもずっと禍々しい。
 ギトスっていう邪悪さがその雰囲気を必要以上に歪めているせいで。

 そんな姿になれてどうして喜べる!?
 おぞましい姿になったと怒りを露わにしたディマーユさんとは真逆じゃないか!
 奴はもはや身も心も化け物になっちまったっていうのかよ!?

「そのおかげで、今ならお前も簡単にひねり潰せそうだよラングゥ……!」

 するとその途端、奴の手が無造作に俺へと伸びてくる。
 奴の言う通り俺の身長をまるごとすっぽり包める巨大な手が。

「やらせるものかあああーーーーーーッッッ!!!!!」

 だが直後、師匠の体もが膨れ上がった。
 それどころかすぐ奴の腕を掴んで押しのけ、さらにはそのまま奥へと押し返す。

 それで奥の壁へと打ち付け、押し付ける形に。

「し、師匠ーーーッ!?」
「ディマーユさんが真の姿に!?」
「じょ、冗談じゃない! キスティはこんなの聞いてないのよさあッ!?」

 なんて強さだ。パワフルすぎんぜ。
 それに獣のごとき荒々しい姿は相変わらずだしな。

 ――でもなんだ?
 なぜギトスは笑っている?
 この状況でどうして笑えるってんだ……!?

「そうか、僕とあなたはやはり同類」
「――ッ!?」
「いや、僕の方が少しだけ上かなぁああ!?」
「ぐ、おおお!?」

 なっ!? バカな!?
 ディマーユさんが押し返されているだとおっ!?

 奴を抑え付けていた肘が。
 掴んでいた手が。
 身体ごと「グググ」とどんどん引かされていく。

 奴がその笑みを肥大化させるその中で……!
 
「はははは! これはいいっ! 最高だ! 僕はついに師匠を越え、神の力をも得た!」
「なっ!?」
「すなわち僕こそが最強! 僕こそが至高で究極なのだァ!」
「ぐうううう!!?」

 増長具合が著しい。今までのギトスがかわいいと思えるくらいに!
 強大な力が奴の考え方までをも肥大化させたっていうのかよ……!

 だったら止めなければ。
 だけど、どうやって!?

「このまま押し倒して、僕があなたも支配してみせますよおおお!」
「誰が貴様なぞに!!!」
「すぐにそうなる! 屈服し、許しを請う事に――むっ!?」

 でも俺が答えを出すその前に、ギトスの肩部が爆発炎上する。

 ミラが魔法を放っていたのだ。
 おそらく躊躇する事無く、ディマーユさんを守ろうとして。
 
 しかもそのおかげで師匠がギトスから離れられていた。

「ディマーユさんをやらせるもんか!」
「ミラめ、せっかく魔法を使えるようにしてあげたのにその恩を仇で返すか!?」
「教えてくれたのはキスティだ! アンタじゃないッ!!」

 ミラは本気だ。
 本気で何発も炎弾を放ち、ギトスを釘付けにしている。
 あいかわらずすごい威力だ。それにこんな数を連続で撃てるなんて。

「や、やめろミラ」
「――ッ!?」

 だけど突如、ギトスとはまったく異なる男の声が場に響いた。
 すると途端、ミラの魔法がピタっと止まってしまう。

 そうだ、そうさせたこの声は――

「残念だよミラ、はせっかく君の味方でいるつもりだったのに」
「この声って、まさか!?」
「そうだよ、オレだよミラ。カナメだよ」

 それは案の定、やはりあの異世界人カナメの声だったのだ。
 しかも直後にはギトスの腹の一部が「ぐりゅん」と動き、カナメの顔を露わとさせる。
 ただし体表が変質したかのように肌の色は茶色いままだが。

 だがなぜだ、どうしてここでカナメが出てくる?
 奴はエグザデッダーになったんじゃないのか!?

「でも何もかもどうでもよくなったんだ。だからごめんミラ、オレは君を殺すね」
「カ、カナメ……」
「狼狽えるなミラ! あれはもカナメであってカナメではない! 魂をギトスと融合させられた人造神の一部に過ぎんっ!」
「「「人造神……!?」」」

 そんな迷いを払拭させんとばかりにディマーユさんが叫びを上げる。
 
「奴の肉体はまさしく我と同じ系列シリーズ! 人工的に肉体を創造され、より強力に進化させたバトルモデル……! それが人造神なのだ!」

 そうか、ディマーユさんの肉体はゲールトに与えられたもの。
 しかしそれは実際に存在する生物じゃなかったんだ。

 その実態は、奴らによって生み出された人造生命。
 自らの謀略と支配欲求によってデザインさせられた異形だった。

「しかし強大過ぎるがゆえに普通の人間の魂では制御しきれるはずもない!」
「「「え?」」」
「ゆえにカナメとやらはその魂を抜き取られ、ギトスの補助装置にさせられたのだ! そして不要となった肉体だけがエグザデッダーに転用されたのだろう!」
「な、なんてむごい事を……!」」
「そうだよォ! おかげで僕はこんなにも強くなったァァァ!!!」
「なっ!? くうっ!」
「無駄だ無駄無駄ァ! お前の魔法なんて僕には効きやしなぁいッ!!!」

 そんなおぞましい存在が、おぞましく歪んだ魂を伴って走ってくる。
 続いて放たれた炎弾さえものともしていないだと!?

 ただ、直後には奴の顎が思いっきり跳ね上げられていた訳だが。

「おいたは~~~らめれすぅ~~~!」

 ニルナナカが一瞬で飛び込んでいたのだ。
 しかも対して小さい体にもかかわらず、ギトスを怯ませて後退させるほど力強く。

「おお!?」
「こ、こいつ……ッ!?」
「相手が人造神なら~~~こっちも神れすぅ~~~!」

 そうか、ニルナナカだって相当な使い手なのをうっかり忘れていたぜ!
 それに俺達には他にも心強い味方がいる!

「はあああーーーーーーッ!!!!!」

 その一瞬の隙を突き、ギトスの体が幾重にも刻まれる。
 チェルトが自慢の速さで斬りつけていたのだ。

「キスティを忘れるんじゃあないッ!!!」

 さらには追撃でキスティが氷柱を高速発射。
 ギトスを押しのけるどころか、四肢を貫いて壁へと打ち付けた。
 あいかわらずすさまじい魔法力だぜ……!

 ……だが俺にできる事はない。
 スキルも破られ、職業補正がないせいで戦いもできないから。
 歯がゆいなぁクソオッ!

「キ、キサマらあッ!!?」
「たしかに私達はお前よりも弱い! けれど!」
「みんなで協力すれば絶対に勝てるんだからっ!」
「はんっ! こんな奴、キスティの敵じゃないのよさっ!」
「滅殺れすぅ~~~!」

 けど俺が入る余地なんかないのかもな。
 それくらいに息がぴったりで。

 そんな彼女達ならギトスなんてきっと目じゃない。
 そういった信頼感が溢れているかのようだ。

「――だがなぜだ? それならなぜギトスを肉体ベースにしている?」

 ただその一方で、ディマーユさんが身を引かせたまま思考を巡らせている。
 まるで何か腑に落ちないような雰囲気だが。

「スキルキャンセラーの能力が不要なのは人造神の力があるからだとわかる。しかし基礎身体能力的には明らかにカナメの方が上のはず。適合率はより高く脅威性も強くなるはずだ。支離滅裂な思考論理を持つギトスよりもずっと適正なはず」

 ……奴を分析しているのか?

 たしかにこの人は強い割に頭がすごい回る。
 論理的に物事を考えられ、人体改造も行えるくらいに知識も経験も豊富だ。
 だからこそ参謀としても優秀で、リミュネール商会を数百年と続けられたのだろう。

 だけど今そんな事をして何の意味がある?
 まずはギトスを倒す事が先決なのではないのか?

「カナメを選ばなかった理由、人造神、ゲールト七賢者、英雄……!?」

 でもその途端、ディマーユさんの目の色が変わった。

「英雄……! そうか、そういう事か!」
「何かわかったんですかい!?」
「ああ、わかったぞっ! ゲールト七賢者の目論見が!」
「えっ!?」

 どうやら俺は思い違いをしていたらしい。
 ディマーユさんはギトスではなく、その先の事を見据えていた。
 ギトスやカナメを配置した事、その理由から根源の思惑を読み取ったのだ。

 だけどそんな師匠は俺を見つめていて。

「ラング、お前が行け」 
「えっ?」
「この先でゲールトの七賢者が待っている! だからお前が奴らを倒すのだ!」

 その意図がまったくわからない。
 ただ有用なスキルを使えるというだけの俺に何ができるのかと。

 しかしそれでもディマーユさんは俺から視線を外そうとはしない。

「案ずるな」
「ディマーユさん……?」
「お前ならやれる。いや、お前にしかできぬのだ。奴らが英雄と呼ばれし者達ならば、対抗できるのはお前しかおらぬ」
「だ、だが……」
「躊躇うな、信じろ!」
「ッ!?」
「お前の今日までのすべては、今この日のためにあるのだと知れッ!」

 ……ああ、この言葉は懐かしい。
 ディマーユさんが師匠として俺に技術を教え、別れる間際に教えてくださった。

 ただしこれは決して言葉通りの意味ではない。
 これから続く明日あしたのために己を作り、自身を後悔させるなという意味。

 ゆえにその意味を理解していた俺の脳裏に衝撃が走る。
 ディマーユさんが、師匠が俺に何を求めているのかを把握できた気がして。

 ――だから俺はもう、迷いを振り切って走っていた。
 
「そうだそれでいい! いいかラング、〝英雄は世界に一人きり〟だ! その事を忘れるなッ!」
「グッ、行かせるものかァ!!!」
「行かさせてもらう、是が非でもおッ!」

 そんな俺に、ギトスが肉体を千切りながら手を伸ばす。
 だが直後にはディマーユさんの膝蹴りが奴の手を壁に打ち付けて潰していた。
 壁面がひずんで亀裂が入るほどに激しい一撃だ。

 奴の叫びが木霊する中を、俺はたった一人で突破する。
 仲間達が切り拓いてくれた道を全力で。



 それで俺は長く真っ直ぐな道を走り続けた。
 何の飾りっ気もない、狭くて真っ白な通路を。
 
 もうすでに仲間達の声も戦いの音も聴こえない。
 この場所すべてが、そういった雑音を吸収する仕組みらしい。

 だからこそ、遠いように思えて近かった。
 その道を抜けるには、あっという間だと思えるほどに。

『きたか』
『ギトスめ、やはり役に立たぬ』
『すべてが終わり次第、消去しよう』

 すると途端に幾つもの声が多重に聴こえてきた。
 これが噂の七賢者って奴か……!

 しかし俺の目の前にいるのは、たった一人の白いクロークを纏った男だけ。

『然らば脅威は先に排除する』
『危険度中、ダンジョンブレイカー』
『……そうか、やはり君がきたのだな、ユーティリス』
『『『リアリム!?』』』

 そしてその男が現れた時、俺の相棒もまたやっとその姿を晒したのだ。
 背の鞄の中から立ち上がり、堂々と。

「ああ来たよリアリム。本当に懐かしいな、その声は」

 だけどどういう事だ……?
 ウーティリスはあいつの事を知っている?

 それに、まるでこの瞬間を待ち望んでいたかのように穏やかなんだが……!?
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