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第十一章 最終決戦編

第137話 進化する憎悪

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 ここはどこだろう?
 僕はなぜ生きている?
 たしかラングに殺されかけて、キスティにトドメを刺されそうになって。

 でもその途端、僕はここにいた。

 それに不思議と体が軽い。
 思えば心も軽いし、とても清々しいんだ。
 まるですべてをやり遂げて、目的を果たしきったみたいに。
 
 なんだか何もかもがどうでもよくなっている。
 それくらいに頭がクリアで、なんでも受け入れられる……そんな気がして。

「今日の朝食は、何を食べようか」

 こんなくだらない事がつい口からこぼれてしまった。
 他に考える事なんてなんにもなかったのだ。

「……ここが多岐多様の間だ! 居住区と制御室の境目で――ううっ!?」

 そうボーッと立ち尽くしていたら、声が聴こえた。
 そして多くの人影が現れ、この部屋になだれ込んでくる。

「あ、ありゃあギトス……!? お前生きていたのか!?」
「あるいはエグザデッダーか……! なんにせよ敵に変わりはない!」

 しかし誰も彼も興奮していてせわしない。
 出会うなり僕に敵意を剥き出しにして、剣まで抜いているなんて。

 僕は不思議と、敵意すらないのに。

「やぁラング、師匠、さっきぶりだね」
「えっ……?」
「意思が、ある?」

 だから言葉で返したら、全員揃って驚いて見せていた。
 そんなに僕の挨拶が珍しかったのだろうか?

「お前、本当にギトスなのかよ……?」
「そうだよラング」
「だからってお前、キャラ変わり過ぎじゃないか?」
「そうかな? 僕はただ思っている通りに答えただけなんだけど」

 ……そもそも僕はどういう存在だったのだろうか。
 なぜだろうか、そこだけはまるで思い出せない。
 記憶の大半が真っ黒に塗り潰されているかのようで。

 というか、僕はなんだったんだ?

 彼らが誰だかはわかる。断片的な記憶はあるから。
 ラング、シャウ=リーン師匠、チェルト、キスティ、ミラ、あと得体の良いの人。

 あの乱打は痛かったなぁ、ひどいやラング。どうして殴ったんだい?
 師匠、あなたが裏切者だなんて知りたくも無かった――なんの裏切り?
 ギルドで出会った時、愛想のよい人だとは思ったチェルト。ギルドって?
 キスティはたくさん叩いて、いたぶった事を覚えている。どうして?
 最後に残っているミラの顔は恐怖におびえていた。何があったのだろう?
 ラングの従妹の翼人の女は名前を聞いておけばよかった。なぜ?

「油断するなラング、奴は明らかなゲールトの罠だ!」
「わかってますよぉ! まったく、死人を再利用だなんて、奴らはこれでエコだとでも思ってるんですかね!?」

 死人?
 僕が?
 何をバカな事を……。

 え?

「だが相手がギトスなら俺だってどうにかなる!」
「やっちゃえラング!」
「うおおおーーーッ!」

 そんな僕の迷いなど知らず、ラングが武器を構え、そして薙ぎ払う。
 するとその刹那、が僕に向けて伸びてきた。
 不思議な、力だ……!

 でもそんな力の塊も、僕に当たった途端に壊れ、崩れて消えてしまった。

「なっなにいーーーッ!?」
「そ、そんなバカな!? 無限穴掘りが、通用しないだとッ!?」

 今まで見た事がない力だったが、なんだったのだろうか?

「あれはつまり、ギトスにもスキルキャンセラーが発動している事に他ならない!」
「それってどういう事なんです!?」
「それはすなわち奴らが疑似的に対スキル能力を付与できる力を開発したか、あるいは……!」
「「「なッ!?」」」

 スキル?
 キャンセラー?
 言っている意味がわからないよ師匠。

『わかる必要は無い』

 ……え?
 なんだこの声は?
 僕の中に直接響いてきている?

『理解するな』
『思考するな』
『そして邪魔者を排除せよ』
『それがに与えられた使命』

 あ、ああ……!?

『覚醒せよ』
『感情のリミッターを外す』
『排除せよ』
『お前にはその力がある』
『殲滅せよ、ギトス』
『そしてTSR01』
『『『我らの脅威を排除せよ』』』

 この声が聴こえた途端、視界も思考も一瞬だけ止まった。
 何もかもが黒く塗りつぶされて、何もわからなくなった。

 でも

「あ、ああ、ああああああ!?」
「なんだ、ギトスの様子が!?」
「体が、赤く輝いて……!?」

 突然
 力が
 湧いた

 欲求が
 僕を
 昂らせた

 感情が
 全部
 怒髪天を突いた

「……あは、あははは!」
「「「なっ!?」」」
「はははは! あはあははははっ!!! わかった! わかっちゃったよ僕ゥ!!!!!」

 だけど気分は清々しいままだ!
 憎いのに、恨めしいのに、怒り散らしてしまいそうなのに!

 そのすべてを受け入れて、僕は冷静であるがまま役目をも把握した!

 あの声の主が誰かはわからない!
 だけどやるべき事は僕が望んだ事だ!

 それは復讐!
 僕は今、目の前にいる奴ら全員に復讐したがっているッ!
 そして声の主はそんな僕に力を与えてくれたのだとおッ!!!

「やっと把握できたよ、僕のやるべき事がさ」
「て、てめぇ!?」
「そうさ、僕がやりたいのは復讐! 僕をみじめにさせたお前達への!」
「やっぱそうなっちまうのかよ……少し、期待していたんだけどよぉ」
「そうならざるを得ないッ!!! それが、僕達の、運命なんだあッッッ!!!!!」

 ああ、でももう冷静さも必要ない。
 今はもう感情のままに行こう。
 せっかく力を貰ったのだから、復讐の機会を得られたのだから。

 僕が生きた証を残そう。
 そしていつの日か――

「おご、うごがげ……!?」
「なっ、ギトスの体が膨れていく!?」
「冗談でしょおおお!!?」

 理性が消えていく。
 そして力が増していく。
 もう僕の意思さえ関係無く、ただひたすらに。

 その中で、僕じゃない意識が何かを訴え叫んでいるようにも聴こえた。
 喚き、苦しみもがく、そんな悲痛な叫びが。

 そうだ、彼の名は――カナメ。

「カハァァァ……ッ!!!」
「あれはまさか、ディマーユさんと同じの……!?」
「バ、バカな……!?」

 でもそんな些細な事など関係無く、僕はついに進化を果たしていた。
 人の何十倍も大きく力強い、まさしく神と獣を両立させた存在へと。

 これぞまさしく、神獣!
 その存在へと、僕は超進化を果たしたのだ!

「……ああ、実に気分は晴れ晴れだぁ。ようやく、僕は自分の真の役割に気付く事ができたのだからぁ~~~」

 そして言葉もが僕の口から自由に吹き出す。
 まるで考えてもいない事までがすらすらと吐き出されるかのようだ。

「そう、僕が今ここに存在する理由、真の役割とは――すべての支配!」

 それはそう、この言葉すべてが僕の言葉ではないから。
 僕が真に望み、願い、欲する事を、僕の中に移植されたカナメの魂が代弁しているのだから。



 ゆえに僕は自由だ!
 余計な事を考える必要もない、理解する必要もない!

 そして願うままに、欲求をむさぼる事ができるのだァ……!
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