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第十一章 最終決戦編

第135話 成長と結束と信念と。

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 俺達はとうとうゲールトの本拠地でもある神域に到達した。
 たった十三人の少人数精鋭による圧政解放作戦開始だ。

 ……とはいえ、だ。
 神域ってのは見た目こそ綺麗だが、何かと危なっかしい。
 光線を放つ砲台が次から次へとガシャガシャ湧いて出てきやがる。
 これでもチェルトとミラが先行しているから数は減っているはずなのだが。

 これではさすがに足を止めざるを得ない。
 ラクシュの防御壁で防ぎつつ、張り直しの合間に物影に隠れてやり過ごす。

 その間にもオプライエンさん達が先陣を切って砲台を破壊、といった感じだ。

「仕方ないね、なら卿達も行くとしようか!」
「了解なんですねーっ! うおおおあああーーー!!!!!」

 こうなるともはや伏兵などとは言っていられない。
 エリクスとクリンも光線を避けつつ砲台へ向けて走り始めていて。

 あ、いや、クリンはもう光線ガン無視で突っ込んでるな。
 すげえよその筋肉、焼かれようと関係無いのな。

 ひとまず道を切り拓けるまで待機だ。
 焦っても仕方ねぇからな。

「防壁魔法再展開リキャストまであと一七秒。しばしお待ちを」
「了解だ。……しっかし随分と物騒だな神域ってのは」

 そこであらためて周りを眺めてみたが、その神秘さに心を奪われそうになる。

 白いが虹色の煌めきを放つ壁や床に、とてつもない広さの通路。
 壁には矢印みたいな紋様が描かれており、俺達に合わせて光が追従してくる。
 まるで俺達を歓迎してくれているかのようだよ。砲台以外はな。

「ここは清廉潔白の道。神か、あるいは神に認められた者だけにしか通る事が許されぬ試練の道なのら。ここで判定アウトを喰らうとこうして追い返されてしまう訳よ」
「それにしてはウーティリス達がいようがお構いなしにぶっ放してくるな」
「それはおそらくシステムをゲールトに操作させられているからであろう」

 これでウーティリス達を認識してぶっ放しが止まってくれりゃ最高なんだが。
 こういう所でもゲールトの奴らは万全を期しているって事かよ。

 ただ、その割には砲撃が弱過ぎる気もするがな。
 神クラスだとニルナナカみたいなのもいるし、ロクに追い返せなさそうだ。

「砲台の威力が弱いのは長年に渡って神が不在だったからというのもあろう。砲台とて神力を使うゆえ、定期的に力を注がねば尽きて動かなくなってしまうのら」
「なるほど。じゃあ今はさしずめ尽きかけのエネルギーでなんとかやりくりしてるって状態かねぇ」
「うむ、おそらくは。そしてその事実こそがX級勇者を認定しなかった理由と繋がるかもしれんのう」
「なるほど、A級程度なら仮にここへ攻められても突破される心配がないってワケだ。そこも予防線だったって事かよ」

 まったくゲールトめ、つくづく用意周到だぜ。
 人間を退化させたのも自分達の保身のためだったなんてな。
 ここまで徹底していると逆に関心しちまいそうだよぉ!

「そろそろ行きます! コンバットシークエンス! コートオブアイアルスッ!」
「よし、話の続きは走りながらだ!」
「いや、今は進む事に集中せよ。この砲撃とてそなたが一発でも喰らえば一瞬で消し炭らぞ」
「おお、そうだった。そういや俺は脆弱で陳腐な一般市民だって事を忘れてたぜ」

 ラクシュの防壁魔法に合わせて再び走り始めたのはいいが、現実を思い出させられてちと戦々恐々だ。
 バカみたいに耐久力の高い仲間達を前にして、うっかり俺も同じだと錯覚してしまっていた。

 俺はスキルはあってもハーベスターで戦闘能力は皆無。
 職業補正も何もないから、勇者組と違って一発もらっただけでアウトなのだ。

 クソ、歯がゆいな、こういう時は!

「みんなごめーん! 先行し過ぎた!」
「無限沸きってひどくないですか!?」

 ただ安心の素が二人揃って帰ってきてくれた。
 チェルトとミラだ。

 しかも先行していた間にさらなるコンビネーションを覚えたらしい。
 ミラが放った光弾をチェルトが弾き、まるでボール遊びのように砲台を幾つも潰していく。
 その間にもチェルトやミラ本人も斬って撃って、一瞬で周囲の砲台が殲滅完了してしまった。

「ナーイスッミラちゃんっ!」
「チェルトお姉さまこそっ!」

 ……なんか妙な友情まで育まれているな。

 もしかしたらミラは思っていたよりもずっと社交的だったのかもしれない。
 ウーティリスに指摘される前までは内向的で心を閉ざしていただけで。

 でも今は笑顔で大暴れしている。
 チェルトの明るさの影響もあったのかもな。
 だとすれば二人はある意味で最高の相棒同士なのかもしれん。

『まるでラングとわらわのようらな!』

 ははっ、そういう事にしておくか!

「まもなく防壁が切れます! 向こうの遮蔽物の影へ!」
「ええい煩わしいっ! キスティが代わりに守るから進軍を続けるのよさ!」
「力不足で大変申し訳ございません!」
「謝るよりキスティの負担を減らす手段を考えろサイボーグ娘ェ!」
「ハッ!」

 キスティもしびれを切らして守りに移ってくれた。
 ラクシュもそんな彼女に素直に従っている。

 これもいい事だ。
 ラクシュが自ら考えてキスティを認めたという事だからな。

 なんだかんだでこの戦いでみんな着実に進化しているんだ。精神的に。

「まったくもって、先まで無意味に粋がっていた事が恥ずかしい」
「さすが革命を一代で成そうとする希代の戦士は伊達ではないという訳か」
「なればその恥を力に換えよ! 彼女達の邪魔にならぬように!」
「「「応!!!!!」」」

 それは何もダンジョンブレイク工業だけではない。
 リミュネール商会の面々もまた現実を受け入れ、前に進もうとしている。
 ディマーユさんが認めた精鋭だろうからな、そうでなくては。

 こんな気合と共に再びその精鋭達がまた出てきた砲台へと走っていく。
 すると今度はエリクスが俺達と並走を始めていて。

「いいねぇああいうお熱いのはさ。卿はそういう感情どこかに失くしちゃったから、とっても羨ましいよ」
「いうてお前も思い出せはするのだろう? かつて愛した〝自分〟への贖罪と、かつての復讐心を」
「……言ってくれますねぇ。卿が熱くなるとエネルギーを使い果たしちゃうくらいハッスルしちゃうんで、そう簡単に思い出す訳にもいきませんよ」
「なら、いざという時が来るまで溜めておけ」
「了解、御心のままに」
「ははっ、心にもない事を言ってくれるなよ」

 ディマーユさんと少し話を交わすと、エリクスはまた跳んで行ってしまった。
 あいつはあいつなりに思う事があるのだろう。二人だけにしか知らない事も。

 ただ、こう軽く話しただけでも分かり合えるから。
 だからそんな安心感を実感したかったのかもしれないな、エリクスは。

 いいな、こういうのは。
 みんなの心が一つになっていくってよ。

 そうして力を合わせて困難に立ち向かう……これが昔俺が夢見ていた勇者像そのものなんだって。

 ああ、その中に俺はちゃんと入れているのだろうか?
 ただ守られて進むだけの存在ではないだろうか?
 それだけが気がかりで仕方がねぇよなぁ……。

 俺もまた、あんな風に戦う仲間達と同じになれたなら――

「みんなーっ! 通路の終わりが見えたわー!」

 そんな感慨にふける間もなく、チェルトの大声が通路に響く。
 それでいざ先を見据えてみれば、小さな入口のようなものが見えた。

「あれぞまさしく終点よ! あの先に行けば防衛システムは手を出せぬはず!」
「よし、全員あの先へ急げ!」

 ようやくこの嵐のような攻撃から脱出できる。
 そうもわかるとみんなの士気がぐっと高まったような気がした。

 一瞬で出口周辺の砲台をチェルトとミラが破壊。
 さらには商会精鋭達が両翼を守り、光線を防ぎながら並走。
 その中で防壁を消し、俺達は一気に出口へと飛び込んだ。

「っしゃあ! 脱出成功ッ――」

 ただそう喜んだ束の間、ニルナナカのフライング肉弾タックルを喰らって壁に押し潰された訳だが。
 もはや呻き声も出やしねぇ……。
 
「い、生きてるかー?」
「い、いぎでるよぉ……至福じぶぐ地獄じごぐの狭間でなぁ……」
「ごめんなさぁい~~~れすぅ~~~」

 け、けど生き残ったぜ……!
 越界級でも戦える戦闘力を誇る太陽神、その肉弾タックルを受けてもなぁ!
 これだけで俺は普通の勇者を越えたと言っても過言でないのではなかろうか。

 まぁ寸前の「ギャピ」という悲鳴から、ウーティリスの声が聴こえなくなった訳だが。
 うーん、背中で何が起きているのか想像したくもないぞ。

「それでみんな無事か?」
「そ、それが……」

 しかしどうやら全員が万全という訳にはいかなかったらしい。

「フーラ、お前……」

 なんとフーラさんが出口を覆い隠すようにもたれながら動かなくなっていたのだ。
 おそらくは脱出が遅れた仲間をかばおうと、攻撃を一身に引き受けようとして。

 誰よりも厳しく、それでいて一貫してディマーユさんを信頼し続けた熱いおばさんだった。
 きっとディマーユさんもその事がわかっているからだろう、手が震えて止まらない。

「……きっとすべてを終わらせて帰って来る。そして必ず盛大にお前を弔ってやるから安心して逝ってくれ、同志よ」

 ただし今は泣く事も止まる事も許されない。
 そう一番わかっているからこそ、振り向いたディマーユさんの顔は今までになく厳しく、それでいて真っ直ぐと前を見据えていた。

 怒り、憎しみ、悲しみ。
 そんな感情のために戦いにきたのではないと言わんばかりに。

「……エリクサーがある。これを全員で分けて服用してくれ。これから始まるであろう決戦に備えるのだ」

 それにディマーユさんが手にしているエリクサーはおそらくフーラさんのもの。
 事前に配られたものだが、使う前に事切れてしまったから。

 それを仲間達が無言で回し飲みし、少しずつ傷を癒していく。
 そんな瓶を掴む手に力が籠っているように見えるのは、皆やっぱり我慢しているからなのだろうな。

 だから最後に回ってきた俺の分も遠慮なく口に含ませてもらった。
 あんたの気概も一緒に連れて行くぜ――と、そう心に誓いながら。

「あとは七賢者を葬り、神域を開放するだけだ。みんな、覚悟はよいな!?」
「「「おお!」」」
「よし、では行くぞッ!」

 そしてこんな気合と共に一歩を踏み出すのだ。
 フーラさんの無念を晴らすためにも。

「――ッ!?」

 だが次の部屋へと踏み入れた時、予想もしていなかった人物が立ち塞がる。

「う、うそ……カナメ!?」

 異世界人カナメである。
 それもニルナナカがボコボコにして除菌したはずが、元通りになって立っていて。

「ゲールトの敵、発見、殺、殺しましょう、オレ、英雄になる、ます」

 でもなにかがおかしい。
 まるで人ではないと思えるくらいの異質感が、目の前にある。

 俺達が前にしているのは本当に人間なのか?
 それとも別の何かの――
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