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第三章 立ち上がれダンジョンブレイカー編

第32話 救え、恩人の命を!

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 ダンジョンの誰も近づかないエリアに閉じ込められていたチェルト氏。
 しかも自己脱出が不可能なまでにいたぶられ、衰弱しきった状態で。

 こんなむごい事をする奴が信じられない。
 これではまるで処刑じゃないか……!

『これはどうしたものか……迂闊に助ければ、そなたの存在がバレかねんな』

 ああ、ここまで傷付いていたらもうポーションではどうしようもない。
 エリクサーを使わなければきっともう間に合わないだろう。

 だがそんな物を今使えば、間違いなく怪しまれる。

 なら使ってすぐ逃げるか?
 ……いや、その後もケアしてやらないと何が起こるかわからん。
 気道が血などで詰まっている場合、エリクサーでも対応しきれないからだ。

「それにチェルト氏は恩人でもあるんだ。俺をあの二人から守ってくれて――」
『なら答えは出ておるのではないか?』
「ッ!?」
『その二人は外道であったろう。なればその対なる者、しかも恩人なら考えるまでもなかろ?』
「……そう、だな!」

 いいさ、こうなったらなるようになれ、だ!
 エリクサーを使ったのがバレたなら適当に言い訳して逃げればいい!

 もしそれを躊躇して助けられなければ、俺は絶対に後悔するだろうからな!

 そう覚悟を決めたらもう早かった。
 即座にインベントリを開き、マキシエリクサーを選択。
 落ちてきた薬を掴み取り、速攻で上に向けた彼女の口へと注ぎ込んだ。

「……ごっ、ごぶっ、ぶふっ!」
「飲め! 飲み込め! 体全体に染み込ませろ!」
「おぼっ、ごぶっ!」
「ううっ!? 吐くな、戻すんじゃない! くっそぉぉぉ!!!!!」

 やはりだ、気道が細くなっている!
 飲み込ませようにも液体そのものが流れて行かない!

 ――ならば!

 そこで俺は思い切って彼女と唇を重ね、思いっきり吸い込んだ。
 流し込んだエリクサーごと口へと戻したのだ。

 そうして口に含んだ内包物を、再び一気に吹き戻す。

「んぐっ、ごっ、ぐっ」

 よし、飲み込んでいる! いいぞ、その調子だ!

 そう確認したらすぐ口を離し、残りのエリクサーをも流し込む。
 するとじんわりと緑の輝きが彼女の体にともり始めた。

 効いているんだ。
 間に合ったんだ。

 それで体を見ると、みるみるうちに傷がふさがっていく。

『死んでいればこうもならぬ。安心せい、この娘は助かったのら』

 ああ、よかったよ。
 間に合って本当に良かった……っ!

 あ、感極まって思わず涙がこぼれてしまった。

 ……そうか、あいつらを助けた時とは違うんだ。
 彼女を助けられて本当に良かったって思えたんだな、俺。

「う、うう……」
『気付いたようらの』

 あ、そうだ、逃げなければ。
 身バレするのだけは避けないと。

 ――うっ!? 腕を掴まれた!? しまっ……

「待っでっ! い、行かないで……お、お願い、だがらぁっ!」
「えっ……」

 でもそんな彼女の腕は、震えていた。
 まだ完治しきれていない喉から発せられたダミ声もまた。

 そして彼女はそのまま押し黙り、震え続けていたのだ。
 まるで俺にすがるように、助けを求めるがごとく。

「……わかった」

 だから俺はそっとこう応え、チェルト氏の隣に座り込む。
 すると彼女は今度は俺の胸元へと飛び込み、思いのままに泣き始めていた。

 心の底から怯えたような泣き方だ。
 喚くのでもなく、啜るのでもなく、鼻の奥から「きゅうっ」と絞ったような音が響く。
 そうするたびに背が跳ね、吐き戻し、むせてやっと唸る。

 それほどにつらかったのだろう。
 勇者になってもなお苦しいと思えるくらいに。

 わかるよ、その気持ちは。
 俺も勇者になれないとわかったその日の夜、同じように泣いたからな。

「うっ、ううっ……あり、がどう……」
「どういたしまして」

 そんな時が十数分続き、やっとチェルト氏がまた口を開いてくれた。
 泣き尽くしてやっと気持ちが落ち着いてきたのかもしれない。

「あ、あなだ、だじが広場の……」
「え? ああ、そうです。小汚いハーベスターですから、あまりくっつきすぎない方がいいかもしれません」
「ううん、ううんっ、ぞんなごどないっ! あだじのパパもママも、ハーベスターだっだがらっ!」

 ……そうか、そういう事か。

 才能選定結果は出自に関係無い。
 元農業士の親から生まれた俺しかり、上級市民だったルルイしかり。
 だからハーベスターの両親から生まれたチェルト氏だって勇者になれた。

 そして親の境遇を知っているから、ハーベスターにも優しくできたんだな。

 すごくよくできた人だと思う。
 つい頭を撫でてしまうくらいに。

「もっと、して」
「え?」
「もっと撫でて……優しくして、ください」
「……わかった」

 でも彼女はそれも嫌がらず、むしろもっと求めてきた。
 まるで子どものように、親に甘えるように。

 そしてその顔を、男に甘えるように惚けさせて。

 だったらもう、なんでも応えてあげようとも思う。
 こんな事でチェルト氏が落ち着くなら、今だけは。
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