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エタリティ_6

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 視界が白を帯び、世界を映し始める。

 僅かずつ世界が色付き、輪郭を作り始めると……目の前に映った光景にただただ驚きを隠せなかった。



 普通の古い家々が並ぶ馴染みのある街並みだった筈のその場所は、白く真新しい道が走り、 周囲に立ち並ぶ建物の多くがスマートに形作られた立方体の様相を浮かべ、等間隔に並ぶ樹木の色彩りを引き立たせる、そんな街並みへと変わっていた。

 未来を感じさせるその姿に、関心を誘われざるを得ない。



「どうかしら、未来を肌で感じた感想は?」



 突然聞こえてきた声に驚き、声の聞こえてきた方へ振り向く。 振り向き、顔を向けたその先に居るのは一人の老婆だった。

 だが、そんな言葉を放つ「彼女」が誰であるかなど……判らない筈も無い。



「玲香……なのか?」
「久しぶり……いえ、貴方にとっては僅か数秒ぶり、と言った所かしらね」

 僅かな化粧が乗った顔はうっすらとシワが浮かぶ。 だがその顔はどこか昔の優しい笑顔の面影を残す顔付き。 スレンダーだった体は既に歳の波には勝てずこじんまりとした体格に変わっていたが、それでも背筋を伸ばし姿勢よく佇む姿はレディである事を強調するかのようだった。

「どうして……君には幸せになって欲しいって言ったじゃないか……!! なんでここに居るんだよ!!」

 思わず怒鳴りちらし彼女に訴える。 だが、彼女はそんな言葉にも動じることなく馴染みのある笑顔を浮かべ、側にある側道の腰掛けへとそっと腰を掛けた。

「えぇ、貴方の言う通り……私は幸せになったわよ?」

 そう言うと、自身の手をおもむろに上げ見せつける……その薬指には銀色の指輪が嵌っていた。

「それ……結婚……したんだ」
「えぇ、おかげさまでね……私を捨てた貴方の優しさにも匹敵するくらいの素敵な男性と巡り会えた」

 皮肉交じりの言葉が胸に刺さる……悲しみよりも妙に引っ掛かる感じだ。 恐らく嫉妬みたいな感情も含まれているのだろう。

「フフッ……なんてね、貴方のそんな顔を見てみたいと思ってずっと温めてた言葉なのよ?」

 気付けば俺の顔はしかめっ面を浮かばせ、唇が鼻に付きそうなくらいに上がっていた。

「大人になって、随分といじらしくなったんだな」
「そうね。 大人になって、年寄りになったから、生き方を覚えたって事なんだと思うわ」



 そう淡々と語る彼女の顔はどこか嬉し気で、流し目でこちらを見る姿が若い頃の彼女の姿を思い出させる。
 椅子に座り佇む彼女の姿が、若い彼女の姿と重なった気がした。



「貴方が居なくなってから……おおよそ32年・・・が過ぎたのよ」
「32年……そんなに?」
「えぇ、その間色々あったわぁ……」

 もはや驚く事でもなかった。 既に年単位での「飛んだ」経験はあったし、次に飛ぶ時は数十年単位だろうという予想はしていた。 最も、彼女がここに居るという事は予想していなかったが。

「こうちゃんが消えた後も地球科学技術センターで働き続けたわ。そこで働く事に意義があったし、実力も買われていたからね」

 自慢げにそう語る彼女の顔は懐かしい事を語るかの様に、うっとりとした目元が虚空を見つめていた。

「幸い、貴方という研究対象があったから、私は仕事をこなしながらずっと貴方の身に起きた事象を調べていたわ。 ちなみにその時その研究に興味を示したのが今の夫。 おかげで夫も貴方の事を認知してくれているし、子供達も貴方の事を知っているわよ」

 子供が居るという事にも驚きだったが、なにより俺を研究対象にしているという点に不満を感じざるを得なかった。

「なんだよ……言うに事欠いて研究対象って……俺は実験動物かよぉ……」
「フフッ、でも他に対象が居ないんだから仕方ないじゃない? でもお陰で好評だったわよ。 その研究が実になって、今では日本のとある研究機関のトップを任されているんだから」
「それは凄いな」

 自分をダシにしたとはいえ……そんな彼女のキャリアには驚かされる。 彼女は頭も良かったし、当然と言えば当然か。
 そういう意味で言えば、彼女の成功に役立てたのは誇らしい気もする。 夢も成長すれば目標に変わるという事なのだろう。

「さてと……ここで全てを話すのもなんだし、家に帰りましょう? いいわよね?」
「え? あ、はい」

 つい彼女の威圧感に負けて目上の人にするような返事をしてしまった。 やはり人の上に立つ人間はこういった所でも人を従わせるオーラの様な物が出ているのだろうか。



 俺は玲香に連れられ、彼女の家へとやってきた。 そこは昔と変わらない、古き良き住宅街の一角。 俺がこうなる前から在り続ける家並みは、今もなお残り続けている様だった。 そして彼女の家もまた同様に昔の面影を残したまま……そしてふと顔が動いた先……俺の家もまた、同様に何一つ変わる事の無い姿を今なお晒していた。

「俺の家……」
「貴方の家はね、私が買いとったの。 中身はいじっているけど、基本的には昔のままよ」

 そう言いながら自分の家の扉を開く玲香……その先には待ちわびるかの様に彼女の夫と成人した子供二人が立ち、俺を暖かく迎え入れてくれた。



 玲香の言う通り、彼女の夫はとても優しい男だった。 俺の事を認知しているという事もあり、とてもフレンドリーに接してくれた。 俺自身も彼の在り方に甘え……まるで同い年の友達の様に会話を交わしていた。 ちなみに歳はと言えば、俺や玲香と同じ。 つまり、年上だが同年代という訳だ。 昔の事ならば当然話も通じるし、話題もマッチングする。 話している俺自身もあっという間に彼の事が好きになった。 勿論友達という意味でだ。

 彼女の子供達はと言えば……どこか彼女の面影を感じる、既に成人した兄と妹の二人。 最初は少し抵抗があったようだが、父親と仲良く話す俺に徐々に気を許してくれる様になった。 玲香の昔の話をすると、恥ずかしがる彼女を尻目に子供達が笑い、そこに俺の自慢の冗談がその笑い声を更に高らかにさせた。

 そして玲香は……懐かしの俺との会話に、昔の笑顔の面影を浮かばせていた。



 楽しかった時間はあっという間に過ぎ去り、子供達が明日に備えて自室へ戻る。 夫も積もる話があるだろうと席を外し、俺達に気を遣ってくれた。

 二人だけが佇むリビングで、お互いが顔を合わせ見つめ合う。 まるで俺達が今でも恋人同士であるかの様に。

「今日は……いや、今まで色々ありがとうな……そんで俺、あの時変な事言っちゃって……」
「気にしないの。 今となってはいい思い出よ。 貴女がああ言ってくれなきゃ私だって踏ん切り付かずにダラダラやっていたかもしれない」

 彼女の言う通り、未来など判りようも無い。 結果、今がある……互いに、それで十分なのだ。

「少なくとも、私にとっては充実した毎日だったし、これからもそう……貴方にとっては数秒の出来事でも、私にとっては長い長い日々」
「なんだよそれ、俺に対する嫌味かよ?」
「ふふ、そうね。 ごめんなさい」

 先程の彼女の秘密の暴露の仕返しなのだろう……年甲斐も無く舌をぺろりと覗かせると、「フフ」といじらしい笑顔を向けた。

「それじゃあ貴方の事に関して少し話しておかなければならない事があるから、よく聞いて欲しいの」
「……分かった」



 途端彼女の顔が真剣な眼差しに変わり、その雰囲気を感じると俺もまた彼女の言葉にしっかりと耳を傾けた。



「私が研究を続けた結果、貴方の体に起きている事が何であるかの確証は得られなかったわ。 けれど仮説を立てた上で貴方の体に起きた現象を考察するに……貴方は今、とてもこの次元において不安定な存在であるという事が判ったわ」

 彼女の言う事はつまり、俺の存在そのものがここに居るのか居ないのかハッキリしないという事である。

「とある一定周期、恐らく貴方の存在と、何かしらの座標が合わさった時だけ貴方の存在がこの次元に浮かび上がる。 でも浮かび上がった時は凄く不安定だから、ちょっとしたきっかけでも再び座標からズレてしまう」
「俺が道端で消えた時の事だな」
そういうことイェスザッツライ。 そしてその周期は徐々に広がっている。 それは恐らく宇宙の広がりと地球の自転と公転、月の引力等も影響している可能性があるわ。 勿論仮定の話だから結局は判明はしていないのだけれど」

 結局何も判らないまま、という事である。 ただ仕組みとしてはこうかもしれない、というイメージが判ればなんとなく理解は出来る。

「その周期を色々と検証した結果……もっともらしい数値だと、次にこうちゃんが『飛ぶ』のは273年後、そしてその後がおおよそ3000年後、それ以上はもう何があるか判らないから推測のしようが無かったわ。 細かい話は判らないだろうから割愛するけども」
「じゃあもう……玲香と会うのはこれで最後なのか」
「えぇ、そうなるわね」

 そんな事を話すと……互いが無言になり、言葉が詰まる。 彼女に別れを振っておきながら、こうやって別れを惜しむ……矛盾しているのは判っている。 それでもやはり、こういった事実があるとしても……俺は普通でありたかったと心に強く思う。



「でもね、こうちゃん……」



 沈黙の間を裂いて、彼女の穏やかな声が俺の耳に優しく振れた。



「貴方にとっては、一瞬かもしれない。 その先にもう私達は居ないのかもしれない。 けれど、私達は少なくとも貴方を知っていた。 貴方を想って今ここに居た……その事を忘れないで欲しい。 忘れない限り、貴方の中にはずっと私達が居るから」



 最早そこに言葉は要らなかった。



 全てを語り、互いが納得し合う。 そして、別れが訪れる。



 人生の縮図の様だったこの一日は、俺にとって何にも代えがたい思い出になるだろう。 少なくとも俺がこの事を忘れるまでは。





 彼女と夫が俺を見送り、玄関へと誘う。 そんな俺の手には、実家の鍵が握られていた。 彼女が手渡してくれた鍵だ。
  
「それじゃ……二人共、いい人生を歩んでくれよな」
「貴方も、負けないでね……あっ、そうだ……はい、これ。 旅のお守り」

 何かを思い出したかの様に、彼女が自身の羽織る服にあるポケットをまさぐると……そこから取り出した何かが姿を現した。



「これって……隕鉄……!?」
「えぇ、所長権限で持ってきちゃったわ。 跳躍で持っていけるかどうかは判らないけどね」



 彼女は言っていた。 この隕鉄はきっと、今回の現象には何の寄与もしていないのだと。 あの時俺達が動いていたのはただの骨折り損に過ぎなかった訳だ。



「……ありがとう、大事にするよ」
「フフッ、ええ。 そうだ、添い寝してあげようか?」
「要らないよ、俺には年寄りを好む趣味は無いからさ」



 そんな他愛も無い会話を最後に、俺は彼女達に見送られ彼女の家を後にした。



 懐かしき我が家……一分も経たず内に辿り着くその家は、静かに人気ひとけを迎え入れる。 玄関を開け、中に入ると……勝手に電灯が付き、屋内に光が走る、完全なるハイテク仕様lの家へと生まれ変わっていた。

 なんでも俺が居なくなった後、この家を引き払う予定だったそうだ。 当然だろう、この家はもう彼女の持ち物なのだから。 むしろ今日の今日まで維持してくれていた事に感謝を表したい所だ。

 風呂に入り、シャワーを浴びる。 風呂から上がると、全裸のまま彼女の家に向けて手を合わせ感謝の意を表し……俺は今まで身に着けていた服を着て自室へと向かう。



 自室の中央には丁寧に布団が敷かれ、側には新品の衣服が添えられていた。 きっとこれも彼女の采配なのだろう。



「用意周到過ぎてゾクゾクするよ……また全裸で祈ってやろうか」



 そんな冗談を履きつつ、俺は彼女の用意してくれた服に着替え、荷物を身に着けたまま布団へと入った。 きっとこのまま眠れば彼女の言うとおりであれば273年後へと「飛ぶ」のだろう。 それを見越した準備をしてくれていたのだ。 未来人にみすぼらしい姿を見られればきっと笑われてしまうから。



「ありがとう玲香……俺、お前に会えて本当に良かった……そして、本当に……さようなら、だ……」



 目元に熱い物が溢れ、零れ落ちる。

 もうあの時には戻れない。 未来への一方通行。


 けど俺は、玲香達が居たから……前に進めるのだと思う。



 一人じゃないから……支えてくれた人達が居たから……俺は……







 自分から、そのページを開く事にするよ。 
 


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