時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三十六節「謀略回生 ぶつかり合う力 天と天が繋がる時」

~Secouez le malentendu <誤解を振り払って>~

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※※※当人の語りそのままですと、暴言・失言・淫語・豚語が混じる見苦しい文章となってしまう為、従来通りのナレーションでお送りいたします※※※



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 シスターキャロ……キャロ=クラレスは二十六年前、イギリスの某所で誕生。
 比較的裕福な家庭の娘として生まれ、何不自由無い幸せな毎日を送る事となる。

 そんな彼女が五歳の頃、とある出来事が起きた。
 たまたまテレビ番組で流れていた格闘技の試合を見掛けたのである。

 それを見た幼いキャロは不思議に思う。
 「なんでこのひとたちはたたきあってるの?」と。

 子供である彼女がそれを問う事はもはや知れた事で。
 好奇心のままに問いた時、両親はこう返した。
 「キャロは知らなくてもいい事だよ」と。

 でもこの時は本当にどうでもよくて。
 気付けばすぐに忘れて、そんな番組を見掛ける事も無くなった。



 それから十年後、キャロが十五歳で学生の頃。
 彼女はひょんな事から、隠れて流行っていた行為の存在を知る事となる。

 自傷行為リストカットである。

 本来ならばこの行為は自殺の為に行われる事だ。
 でも流行ったのは、ちょっとした相手の気を惹く為の行為として軽い傷を付ける程度で。

 当時好奇心旺盛・承認欲求の塊だったキャロがその行為に興味を持つ事も例外ではなく。
 好奇心の赴くまま、行為へと走る事となる。

 だが、その時から彼女は普通の子と何かがズレ始めていた。

 最初は本当に軽い気持ちだった。
 少し傷を付け、親の気を引き、ちょっとお小遣いをせしめる程度で。
 痛いけど、我慢すれば大丈夫なのだと。

 でもとある時、彼女はふと思い出す。
 いつか幼い頃に見た格闘技の事を。
 「なんで殴り合うのだろう」という些細な疑問を。

 その疑問はリストカットを行う度に何度も脳裏に過っていて。
 それから何度も考え、試行錯誤し、悩み続けた。

 そしてとある日、彼女はありえもしない答えを導き出してしまう。

 「彼等が殴り合っているのは、痛い事が大好きだから」なのだと。

 その答えが導き出された時、彼女の痛みの認識は根底から覆される。
 痛い事は罪ではなく快楽なのだと。

 そんな答えへと行き着いた時、彼女のリストカットは徐々に度を増し始めていく。
 より深く、より大きく。

 すると、最初は苦痛だった痛みにも次第に変化が訪れる。
 快楽へと切り替わり始めたのだ。
 脳がそう解釈し、錯覚し、受け入れてしまったのである。
 
 それで出来上がったのが今のキャロの基礎。
 この上なく痛みを愛するキャロの礎。

 ただその後間も無く、彼女は瀕死の重傷を負う事となる。
 行き過ぎたリストカットによって出血多量に見舞われたからだ。

 そこでようやく両親がキャロの異常性に気付く事となる。
 異様なまでに刻まれた体中の傷跡を目の当たりにして。

 それをキッカケに両親は決心したのだ。
 彼女を自戒させる為に修道院へと出家させる事を。

 その時、キャロはまだ十九歳。
 まだまだ年頃の娘と言える歳である。
 でもキャロもまた両親の想いをわかっていたし、自身の行いが異常であった事もしっかり理解出来ていて。
 だから出家する事も厭わず、自戒する事を受け入れたのであった。



 けれどそこからは渇望との戦いだった。

 例え禁欲生活を送ろうとも、痛みを感じたいという欲望【傷欲しょうよく】は消え去らなかったのである。

 食欲や物欲、性欲はまだ周囲が理解出来るからこそ対処方法もあって。
 でも傷欲など誰しもが理解出来ない欲であり、具体的な解決策など持ち得ていなかったから。

 でもキャロはしっかりと耐え続けた。
 日に日に大きくなり続ける傷欲に。



 だが―――そんな中で、あの事件が遂に起きてしまう。



 そう、フララジカである。

 しかも、不幸にも彼女は転移の現場に巻き込まれ。
 そこで目にしてしまったのだ。

 逃げ惑う修道士達を襲い、力の限りに捻り潰す魔者達の存在を。

 そんな魔者達を目にした時、彼女の心の中で何かが切れた。
 修道院という禁欲の場が崩壊し、理性を縛る物が消滅したから。
 今までに溜まりに溜まったありとあらゆる欲望が爆発してしまったのだ。
 しかも、あろう事か目の前の最悪な相手に対して。

 こうなった時、彼女はとんでもない行動を起こす。
 なんと全裸になり、腹を見せつけた俯伏せ四つん這いで必死に懇願したのである。

 「徹底的に痛めつけて殺してください」と。

 この時、遂に彼女は目覚めてしまったのだ。
 圧倒的な暴力を前に無慈悲に痛めつけられる事に快楽を感じる体へと。
 身も心も何もかも。

 ただ、全てがそう上手く行くとも限らないのが世の中というもの。

 これにはさすがの魔者さえもドン引きで。
 更には「な、なんだコイツ!? 怖い!!」と逃げ出すまでに。
 彼女はそれ程までの異常性を見せつけていたのだろう。

 でも願いが叶わなかった彼女としては不本意な訳で。
 その後も似た様なシチュエーションを求めて旅立ち、ことごとく危険地へと赴く事に。

 それからおおよそ二年後。
 東京事変が起こった直後の事。

 そこでキャロは偶然、デュラン達と出会う事となる。
 魔者に嬲られに向かい、その魔者と戦うデュラン当人と遭遇した事によって。

 凶悪な魔者さえも屠る魔剣使い。
 その圧倒的な実力に惚れ込んだ彼女はすぐさま欲望の対象を変えた。
 今度はデュラン達に嬲る事を懇願し始めたのだ。

 しかしデュランがそんな欲望にまさか付き合う訳も無く。

 むしろ「強く成ればいつか願いを叶えてくれる者が出てくるかもしれない」という助言をもらい。
 そこでキャロは一大決心をする。

 「デュランと共に行き、その先で強敵と出会ったら容赦なく叩き潰してもらおう」と。

 だから彼女は自らを鍛え上げ続けたのだ。
 より最上でより最高の痛みに耐えられる肉体を得る為に。

 魔剣使いになったのは、何よりも相手に痛みを与えて貰う為だったのである。




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「―――という訳で私は今も求めているのです。 圧倒的な暴力を。 手足を引き千切り、もがき苦しむ中でも笑って死体蹴りしてくる様な相手を」

「アッ、ハイ」

 当然、そんな事を懇願されようとも勇がそんな事を出来る訳も無く。
 
 聞いている内にどんどんと顔がしかめ上がっていて。
 それ程までに酷い語りだった様だ。

 そんな顔を見せるのも、今のキャロには快楽の材料にしかなり得ないが。

「だから貴方は私を殺さなければなりません。 それが敵としての役目であり、貴方の義務です」

「勝手に義務にしないでくれる?」

「そう、さもなければ―――」

 しかしその時、突如として空気が変わる。
 キャロが手に持つ魔剣に命力が強く篭められたのだ。

 欲望が、渇望が、今までに無い程の力を迸らせて。



「―――私が貴方を殺します」



 そう、彼女は本気なのだ。
 もし殺さなければ殺す。
 敵である限り、殺さなければここを通る事叶わないのだと。

「この建物はかの家よりもずっと強固に出来ています。 この狭い中では先日の様に大暴れしようにも出来ないでしょう。 例え切り抜けてデュラン様の下へ参じても、私は遠慮なく後ろから襲います。 つまり、貴方がここから逃げる事は叶わないのです。 私を殺さない限り」

 しかもキャロは勇に苦戦を強いる程の強者。
 生半可に放置すれば、逆に戦いは困難を極めるだろう。

 故に、今ここで対処しなければならない厄介な相手なのである。

「全く、大した準備だよ。 そこまでやるなんてさ」

 勇としてもこれ以上無い最悪な相手だと言えるだろう。
 敵対心では無く愛情を以って戦意を向けてきているのだから。
 敵意を向けない相手を勇が殺せる訳も無く。

 それに相手はあくまでも女性で、紳士でありたい勇としては手を出し難い。
 例えどんなド変態相手だろうが、そのスタンスを変える事は出来ないのだ。

 それをこうも用意周到に封じられれば顔をしかめもしよう。

 勇の顔が堪らず歪む。
 どうしようもない状況を悩む余りに。

「それでは始めましょう。 貴方の慈悲が私に届きますよう」

 ただ、勇がそうでもキャロには何の関係も無い。
 今はただ全力を出すだけで。
 後は全ての攻撃に対して無防備であり続けるだけでいいのだから。



 だが、その無防備さこそが足を引っ張る事になるとは思っても見なかっただろう。



 キャロがその想いのままに身を屈めた時―――勇の姿は視界には映っていなかった。

 その時既に、背後に居たのだ。



「な―――!?」

 それに気付くも、時既に遅し。
 勇の手刀が彼女の首筋に容赦無く撃ち込まれる事となる。

ットォーーーンッ!!

 もちろんただの手刀ではない。
 天力を篭めて撃ち放った、強力な一撃だ。

 実は天力には、ぶつけると命力を弾くという特性を持ち合わせていて。
 勇はその特性を利用し、キャロの脳へと巡る命力を一時的に断ち切ったのである。

 命力を断ち切られれば当然、脳活動にも支障をきたす事となる。
 血液が途絶えるのと同じで、強制的に意識を飛ばされるのだ。
 
 相手が拮抗する実力の持ち主ならばそう簡単には決まらない。
 でもキャロの様な実力不足な相手ならば話は別で。

 そして敵意をぶつけてきていないからこそ、天力転換も可能。

 だから一瞬にして背後に回り込み、意識を断つ一撃を見舞う事が出来たのである。
 キャロという存在が特異だからこそ出来た芸当だと言えるだろう。

「せ、せめてみぞおちにして欲しかっ―――」

 その一撃を前に、キャロがあっけなく床へと倒れ込む。
 最後の最後まで自分らしいままに。

 勇としては厄介な相手を無事に排除出来て、ホッと一安心である。



 ただ、気絶してもなおキャロの影響は計り知れない程に大きい様で。



「うおっ!! ……勇さんよぉ、茶奈ちゃんが見てないからってやりたい放題過ぎじゃないかい?」

 するとそんな時、聴き慣れた軽声が。
 ディックがようやく追いついたのだ。

 ……とはいえ、ほぼ全裸なキャロを前に驚かない訳も無く。
 たちまち懐疑の目を勇に向ける始末で。

「誤解するなって。 この人がよくわからない性癖持ってたってだけだ。 緊張感が台無しだよ、全く」

 倒れてもなお妙な誤解をばら撒くキャロの破壊力よ。
 勇としては踏んだり蹴ったりで、「勘弁してくれ」と言わんばかりに手を振り回す。

 なお、ディックはと言えば「ほほう」と声を唸らせ、キャロの肢体をまじまじと眺める有様であるが。

「ディック、拘束バンド持ってるか?」

「うん? ああ、あるよぉ」

 そんなお楽しみタイムも束の間、言われるがままバンドをひょいっと渡す。
 こんな小道具を運ぶのもある意味で言えばディックの役目の一つなので。

 だがそんな拘束バンドを受け取るや否や、今度は勇がとんでもない行動に移した。

 なんと気絶したキャロを徹底的に縛り上げ始めたのである。

 手首足首を背面側で纏め。
 足先から太ももに至るまでをも何重に。
 体が反り上がる程に、微塵も動けないまでにくまなく。

 これにはディックも堪らずドン引きだ。

「勇さんよぉ、アンタそんな趣味があったのかい?」

 もちろんこれは勇の趣味ではない。
 決して、間違い無く。

「だから誤解するなって。 解かれたら困るだけだ。 それにこれは彼女が望んだ事だし。 ここまですれば満足しないまでも、悦んで抵抗を止めてくれるかもしれないだろ」

「……一体どんな女なんだいコイツぁ」

 あくまでも相手は限界突破を成し遂げた魔剣使いで、拘束バンドで封縛しきれるとは限らない。
 念には念を、おまけにちょっとだけ親切心をプラスして。

 こんなプレイを経験した事の無い勇としては、ほんの少し複雑であるが。

「これでよしと。 余計な時間を喰ったな。 後はデュランの下へ向かうだけだ」

「それなら俺が先行するさぁ。 この先罠が無いとも限らんからね」

 とはいえ、これで余計な邪魔者は排除出来たから。
 ようやく勇達が本来の目的へと戻る事が出来る。

 デュランの下へと向かい、止めるという目的を果たしに。



 この最中でも仲間達は戦い続けている。
 だからこそ、勇達にはもう遊んでいる暇など無いのだ。


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