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第三十五節「消失の大地 革新の地にて 相反する二つの意思」
~どうやら簡単には逃がしてくれなさそうだ~
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込み入った話も間も無く終わりを告げ、居間に再び静けさが訪れる。
そうもなれば当初は驚いていたリデルも状況を飲み込めた様で。
気付けば先程と同様の落ち着きを見せていた。
「―――じゃあ話も落ち着いた事ですし、折角だから御馳走でも振る舞う為にお買い物でも行ってこようかしら」
外は既に日が落ちていて。
僅かな夜明かりが窓の外を微かに彩っている。
でもここは言わば農村で、完全に日が沈めば一瞬にして闇夜に包まれるだろう。
その事を良く知ってるディックだからこそ―――
「もう夜だぜ? 出るにゃもう遅いだろ。 それに買い物ならさっき済ませたさ。 俺様自慢の料理でも披露しようと思って食材を沢山ね。 玄関間に置いてあるから取って来よう」
「でも……」
対してリデルは眉間を寄せていて、なんだか申し訳なさそうだ。
彼女の性格故に、おもてなしが出来ないのが不本意なのかもしれない。
「無理しなくてもいいですよ。 今ある食材で作れるのだけで十分ですから」
勇としてもそこまで歓迎されるのには抵抗があるのだろう。
訪れた理由がただの遊びならまだいいが、今は浮かれている訳にもいかないから。
今も仲間が別の所で密かに行動しているからこそ。
それに、カロリーたっぷりなワイルド料理が好きな勇としてはディックの自慢料理とやらにも興味がある様で。
得意気なディックに指先だけを向け、ニヤニヤとした顔で頷きを見せつける。
「なら、俺流の御馳走ってヤツで余韻塗れにしてやるよ。 所でお前さんはお酒もイケるかい?」
「少しだけならな。 でも飲み過ぎるなよ、酔い潰れて作戦に支障が出たら困るし」
「安心しなぁ、ワイン一瓶くらいなら余裕だぜ?」
さすがの酒豪という訳か。
リデルの父親とも飲み交わす事もあるだけに、昔から相当飲み馴れて来たのだろう。
困った顔のリデルを置き、ディックが得意気な顔付きで隣の玄関間へと足を延ばしていった。
コミカルに、ユニークに、「みょいーん」と音が鳴りそうなわざとらしい足遣いで。
しかし、そんな時―――
「ッ……!?」
途端、勇の浮かれていた顔に真剣味が帯びる。
そして何を思ったのか、居間の中を伺う様に目だけを配っていて。
「―――リデルさん、俺達も玄関間に」
「えっ?」
勇が半ば強引にリデルの腕を掴み、玄関間へと足早に進んでいく。
すると間も無く、二人の視界に袋を抱えるディックの姿が。
「ディック、荷物はどこに置いた?」
「うん? 自室だけどどうしたのさ」
「【キュリクス】は?」
「あぁ、そいつは大事だからね、しっかり身に着けてるよぉ?」
そうしてディックが見せたのは左腕。
袖を捲れば、手首には何やら仰々しい銀色の菱形ブレスレッドが。
中央には命力珠が飾られ、今なお淡い光を放っている。
「ならそれだけで十分だ。 買い物袋は置いて、彼女を頼む」
「……どういう事だい?」
ただならぬ雰囲気はディックからも余裕を削ぐ程。
そんな緊張感を纏わせながら、勇が静かに胸元から何かを取り出した。
それはグランディーヴァ仕様のインカム。
フランスの広さならばどこにでも届く程の性能を誇る、広域通信機器である。
それを口元へと寄せ―――
「皆ッ!! 俺達の行動がバレてるぞッッッ!!!!!」
そうして上げられた叫びはディック達だけではなく、仲間達にも届く様に発せられた叫び。
強制オープンチャンネルによって放たれた仲間達への警告である。
ガッシャァーーーーーーンッ!!
しかもそれに合わせるかの様に、天井の窓が突如として炸裂する。
無数のガラス片を撒き散らしながら。
「グランディーヴァのユウ=フジサキ!! 死ねぇーーー!!」
その時現れたのは全身黒一色の戦闘服を身に纏った数人の人間。
手に持つのは当然、命力弾を装填した重火器だ。
ドドド ドドドドッッッ!!!
それを間髪入れず勇達へと向けて撃ち放つ。
もはや容赦や躊躇は存在しない。
彼等にとっての悪に対して圧倒的な殺意をばら撒き始めたのだ。
「ディック!! 表玄関に逃げろーーーッ!!」
でも今の勇にその様な弾丸は通用しない。
創世の鍵の力を利用した天力壁がたちまち張られ、二人の身を銃弾から守りきる。
「ううっ!?」
「走れリデルッ!! 走るんだッ!!」
突如戦場と化した屋内。
状況を掴めていないリデルは戸惑いを露わとするばかりだ。
それも当然か、彼女は一般人で戦闘経験など無いのだから。
銃を構えられたのも、親やディックから教えてもらっていたからに過ぎない。
ディックがそんな彼女の腕を引き、必死に玄関間から外へと飛び出す。
元特殊部隊員の名はやはり伊達では無い。
その間にも勇が天井へと飛び、敵を蹴散らし続け。
自身が囮となって引きつける。
ディックとリデルを守る為にその身を挺したのだ。
例え元兵隊であろうともディックは生身一つでしかも魔剣使いでは無い。
これだけの武装兵を相手に一般人を守りながら戦う事は不可能。
だから今は逃がさねばならなかった。
並みの相手ならば一人ででもなんて事無く戦う事が出来るからこその判断である。
―――だがその判断は早計だったのかもしれない。
ディックとリデルが家から飛び出して農道へと走ろうとした時、二人の人影がその道を遮る。
闇夜からその姿を妖しく浮き上がらせながら。
「あらァ~ん? 見知った顔かとお・も・え・ば」
その時対峙したのは二人の―――女。
いや、どちらかと言えば今声を上げた片方は男か。
厳つい体付きと高い背丈で、真っ黒いジャケットを身に纏う。
薄い頭髪はピンクに染まっているが、顎は細くも割れて髭に覆われた男らしい装いだ。
「リデルちゃんじゃなぁ~い!! 貴女、鞍替えしたのぉ~?」
「ッ!? パーシィ!!」
しかもどうやら互いに顔見知りの様子。
突然なる刺客の登場にリデルの動揺は高まりを見せるばかりだ。
「どういう事なのでしょうか? これはあの方に是非を問わねばなりません」
そう声を上げたもう一人は明らかな女。
何故なら女性用の質素な黒い修道服を身に纏っていて。
パーシィと呼ばれた男と比べれば遥かに小柄だ。
しかしフードから覗く青の瞳は鋭く冷たい。
そして何よりその両手に握るのは―――二本の片手用円状双鎌。
修道女ならざる武器を交差に携え、その異様さを存分に引き立たせる。
「シスターキャロまで……どうして貴女達が!?」
「どうしても何も、罪多き者に罰を与える為です。 あの方はそれを強く望んでおりますから」
「そゆこと。 国内にこんだけ怪しい奴等が入ってきたら警戒するじゃなぁい? そんで万が一をと思って来てみれば……ビンゴォ!!」
途端、パーシィが嬉しそうにその両手人差し指を屋上へと差し向ける。
その先に居るのは当然―――勇。
「昂るわぁ!! 股間が踊り狂うわぁ!! 噂のユウ=フジサキ、どんな男か楽しみィッ!!!」
たちまち体をくねらせて悦びを露わとするが、周囲の誰しも彼に付き合う者は居ない。
隣のシスターキャロなる女性もまた例外無く、呆れ果てた冷たい視線を向けるのみ。
「まさかまさかの……デューク=デュランの刺客ってやつかい!!」
ディックもまたそんな二人を前に怯む事無く、リデルの盾として立ち塞がる。
相手が何者であろうと、愛した女を前に臆する程へたれでは無い。
冷や汗が溢れようとも、得体の知れない二人を威嚇し続けるだけだ。
そう、目の前の二人が明らかに普通では無かったからこそ。
シスターキャロの持つ双鎌のデザインはまさに異質で。
明らかに現代製法で作った鎌とは違い、刺々しい意匠を誇るもの。
おまけにしっかり命力珠まで備え、光を放ってその存在感を知らしめる。
パーシィも同様に、ジャケットの袖から打突短棍の様な物をいつの間にか伸ばしていた。
それもまた特殊な意匠、円筒状の先端から妖しい紫の炎が灯っていて。
ステップを踏み始めると、途端にその光が闇の中をゆらゆらと揺らめき始める。
二人共もう既に臨戦態勢。
そこから垣間見えるのは、どちらも容赦するつもりは無いという意思だ。
「それじゃ、早速だけどぉ……死んで?」
「最初は挨拶だけって相場が決まってるもんじゃないかねぇ!!」
でも決してディックに切り札が無い訳ではない。
咄嗟に左腕を翳し、相手の攻撃に対して奥の手を打つ。
「あらぁ、それで戦士のつもりぃ?」
だが、それはあまりにも遅過ぎた。
ディックが左腕を掲げようとした時、パーシィは既に目の前に居て。
トンファーの打先をその頭部へと向けて振り抜こうとしていたのだ。
余りにも一瞬。
余りにも瞬足。
並の人間であるディックにそれを捉える事など、不可能―――
ガッキャァーーーーーーンッ!!
―――だとしても、今の彼には守ってくれる人が居る。
そう、勇である。
その僅か一瞬で二人の間へと飛び込み、パーシィの一撃を受け止めていたのだ。
両手に輝く光の双剣で。
「うそっ!? これ防いじゃう!?」
「はあああッ!!!」
しかも防ぐだけでなく、本体をも強く弾き飛ばす。
その力、その勢いは彼でさえも戸惑う程に強烈無比。
「ちいいいッ!?」
それでも諦めず、空中でクルリと舞って態勢を整えさせる。
勇の攻撃に耐え、これを成すだけの実力をこの男は持ち得ているのだ。
「ディッ―――」
「死刑執行します」
それも束の間、勇が声を上げきる間も無く死角からシスターキャロの姿が。
まるで気配を伴わない回り込みは、勇に気付かせない程に無音。
そして空を裂く音さえ出さない双刃がその首を堕とさんと左右から襲い掛かる。
並みの魔剣使いならこれで終わっていただろう。
「フウッッッ!!!」
しかしそれも勇には見えていた。
長年の経験が、ここまで培ってきた実力がこの様な攻撃でさえも回避を可能とする。
あろう事かその頭が突如としてシスターキャロの顔へと迫り。
なんとその身が一瞬にして空中でぐるりと回ったのだ。
それだけではない。
その常軌を逸した回転力が脚へと乗り、凄まじい打ち下ろしの垂直回し蹴りへと昇華させたのである。
闇夜を切り裂く輝きの一撃として。
ドッゴォーーーーーーンッッッ!!!
ただその渾身の蹴りも大地を砕いて揺らすのみ。
あまりにも大きな挙動故に、躱す事も不可能では無かったのだろう。
シスターキャロは軽やかなバックステップで辛うじて危機を逃れていて。
一瞬で死角に回れる足捌きを持つからこその芸当と言える。
「クッ!!」
とはいえ、その顔には苦悶の表情が浮かび上がっているが。
ザザーッ……
その攻防は共にほぼ一瞬。
ディックやリデルが認識出来ない程の。
そのたった一瞬で、パーシィとシスターキャロは同時に着地を果たしていたのである。
勇の神速の反撃から逃れた事によって。
「大丈夫かッ!?」
「あ、ああ……」
まさに危機一髪。
そんな状況を目の当たりにしたディックの息はもう荒い。
何もしていなくとも疲れてしまう程の出来事だったのだから。
そんな場面を幾度と無く経験してきたとしても関係無く。
それだけ目の前で起きた攻防は人間離れしていたのだ。
「でも、どうやら簡単には逃がしてくれなさそうだ」
しかもそれはどうやら今ので終わりとは言えないらしい。
パーシィもシスターキャロも未だやる気だ。
共に武器を構え、再び敵意を向け直している。
その手に持つのは共に―――魔剣。
生半可な相手では無いと言える二人に……勇は激戦を予感せずにはいられない。
そうもなれば当初は驚いていたリデルも状況を飲み込めた様で。
気付けば先程と同様の落ち着きを見せていた。
「―――じゃあ話も落ち着いた事ですし、折角だから御馳走でも振る舞う為にお買い物でも行ってこようかしら」
外は既に日が落ちていて。
僅かな夜明かりが窓の外を微かに彩っている。
でもここは言わば農村で、完全に日が沈めば一瞬にして闇夜に包まれるだろう。
その事を良く知ってるディックだからこそ―――
「もう夜だぜ? 出るにゃもう遅いだろ。 それに買い物ならさっき済ませたさ。 俺様自慢の料理でも披露しようと思って食材を沢山ね。 玄関間に置いてあるから取って来よう」
「でも……」
対してリデルは眉間を寄せていて、なんだか申し訳なさそうだ。
彼女の性格故に、おもてなしが出来ないのが不本意なのかもしれない。
「無理しなくてもいいですよ。 今ある食材で作れるのだけで十分ですから」
勇としてもそこまで歓迎されるのには抵抗があるのだろう。
訪れた理由がただの遊びならまだいいが、今は浮かれている訳にもいかないから。
今も仲間が別の所で密かに行動しているからこそ。
それに、カロリーたっぷりなワイルド料理が好きな勇としてはディックの自慢料理とやらにも興味がある様で。
得意気なディックに指先だけを向け、ニヤニヤとした顔で頷きを見せつける。
「なら、俺流の御馳走ってヤツで余韻塗れにしてやるよ。 所でお前さんはお酒もイケるかい?」
「少しだけならな。 でも飲み過ぎるなよ、酔い潰れて作戦に支障が出たら困るし」
「安心しなぁ、ワイン一瓶くらいなら余裕だぜ?」
さすがの酒豪という訳か。
リデルの父親とも飲み交わす事もあるだけに、昔から相当飲み馴れて来たのだろう。
困った顔のリデルを置き、ディックが得意気な顔付きで隣の玄関間へと足を延ばしていった。
コミカルに、ユニークに、「みょいーん」と音が鳴りそうなわざとらしい足遣いで。
しかし、そんな時―――
「ッ……!?」
途端、勇の浮かれていた顔に真剣味が帯びる。
そして何を思ったのか、居間の中を伺う様に目だけを配っていて。
「―――リデルさん、俺達も玄関間に」
「えっ?」
勇が半ば強引にリデルの腕を掴み、玄関間へと足早に進んでいく。
すると間も無く、二人の視界に袋を抱えるディックの姿が。
「ディック、荷物はどこに置いた?」
「うん? 自室だけどどうしたのさ」
「【キュリクス】は?」
「あぁ、そいつは大事だからね、しっかり身に着けてるよぉ?」
そうしてディックが見せたのは左腕。
袖を捲れば、手首には何やら仰々しい銀色の菱形ブレスレッドが。
中央には命力珠が飾られ、今なお淡い光を放っている。
「ならそれだけで十分だ。 買い物袋は置いて、彼女を頼む」
「……どういう事だい?」
ただならぬ雰囲気はディックからも余裕を削ぐ程。
そんな緊張感を纏わせながら、勇が静かに胸元から何かを取り出した。
それはグランディーヴァ仕様のインカム。
フランスの広さならばどこにでも届く程の性能を誇る、広域通信機器である。
それを口元へと寄せ―――
「皆ッ!! 俺達の行動がバレてるぞッッッ!!!!!」
そうして上げられた叫びはディック達だけではなく、仲間達にも届く様に発せられた叫び。
強制オープンチャンネルによって放たれた仲間達への警告である。
ガッシャァーーーーーーンッ!!
しかもそれに合わせるかの様に、天井の窓が突如として炸裂する。
無数のガラス片を撒き散らしながら。
「グランディーヴァのユウ=フジサキ!! 死ねぇーーー!!」
その時現れたのは全身黒一色の戦闘服を身に纏った数人の人間。
手に持つのは当然、命力弾を装填した重火器だ。
ドドド ドドドドッッッ!!!
それを間髪入れず勇達へと向けて撃ち放つ。
もはや容赦や躊躇は存在しない。
彼等にとっての悪に対して圧倒的な殺意をばら撒き始めたのだ。
「ディック!! 表玄関に逃げろーーーッ!!」
でも今の勇にその様な弾丸は通用しない。
創世の鍵の力を利用した天力壁がたちまち張られ、二人の身を銃弾から守りきる。
「ううっ!?」
「走れリデルッ!! 走るんだッ!!」
突如戦場と化した屋内。
状況を掴めていないリデルは戸惑いを露わとするばかりだ。
それも当然か、彼女は一般人で戦闘経験など無いのだから。
銃を構えられたのも、親やディックから教えてもらっていたからに過ぎない。
ディックがそんな彼女の腕を引き、必死に玄関間から外へと飛び出す。
元特殊部隊員の名はやはり伊達では無い。
その間にも勇が天井へと飛び、敵を蹴散らし続け。
自身が囮となって引きつける。
ディックとリデルを守る為にその身を挺したのだ。
例え元兵隊であろうともディックは生身一つでしかも魔剣使いでは無い。
これだけの武装兵を相手に一般人を守りながら戦う事は不可能。
だから今は逃がさねばならなかった。
並みの相手ならば一人ででもなんて事無く戦う事が出来るからこその判断である。
―――だがその判断は早計だったのかもしれない。
ディックとリデルが家から飛び出して農道へと走ろうとした時、二人の人影がその道を遮る。
闇夜からその姿を妖しく浮き上がらせながら。
「あらァ~ん? 見知った顔かとお・も・え・ば」
その時対峙したのは二人の―――女。
いや、どちらかと言えば今声を上げた片方は男か。
厳つい体付きと高い背丈で、真っ黒いジャケットを身に纏う。
薄い頭髪はピンクに染まっているが、顎は細くも割れて髭に覆われた男らしい装いだ。
「リデルちゃんじゃなぁ~い!! 貴女、鞍替えしたのぉ~?」
「ッ!? パーシィ!!」
しかもどうやら互いに顔見知りの様子。
突然なる刺客の登場にリデルの動揺は高まりを見せるばかりだ。
「どういう事なのでしょうか? これはあの方に是非を問わねばなりません」
そう声を上げたもう一人は明らかな女。
何故なら女性用の質素な黒い修道服を身に纏っていて。
パーシィと呼ばれた男と比べれば遥かに小柄だ。
しかしフードから覗く青の瞳は鋭く冷たい。
そして何よりその両手に握るのは―――二本の片手用円状双鎌。
修道女ならざる武器を交差に携え、その異様さを存分に引き立たせる。
「シスターキャロまで……どうして貴女達が!?」
「どうしても何も、罪多き者に罰を与える為です。 あの方はそれを強く望んでおりますから」
「そゆこと。 国内にこんだけ怪しい奴等が入ってきたら警戒するじゃなぁい? そんで万が一をと思って来てみれば……ビンゴォ!!」
途端、パーシィが嬉しそうにその両手人差し指を屋上へと差し向ける。
その先に居るのは当然―――勇。
「昂るわぁ!! 股間が踊り狂うわぁ!! 噂のユウ=フジサキ、どんな男か楽しみィッ!!!」
たちまち体をくねらせて悦びを露わとするが、周囲の誰しも彼に付き合う者は居ない。
隣のシスターキャロなる女性もまた例外無く、呆れ果てた冷たい視線を向けるのみ。
「まさかまさかの……デューク=デュランの刺客ってやつかい!!」
ディックもまたそんな二人を前に怯む事無く、リデルの盾として立ち塞がる。
相手が何者であろうと、愛した女を前に臆する程へたれでは無い。
冷や汗が溢れようとも、得体の知れない二人を威嚇し続けるだけだ。
そう、目の前の二人が明らかに普通では無かったからこそ。
シスターキャロの持つ双鎌のデザインはまさに異質で。
明らかに現代製法で作った鎌とは違い、刺々しい意匠を誇るもの。
おまけにしっかり命力珠まで備え、光を放ってその存在感を知らしめる。
パーシィも同様に、ジャケットの袖から打突短棍の様な物をいつの間にか伸ばしていた。
それもまた特殊な意匠、円筒状の先端から妖しい紫の炎が灯っていて。
ステップを踏み始めると、途端にその光が闇の中をゆらゆらと揺らめき始める。
二人共もう既に臨戦態勢。
そこから垣間見えるのは、どちらも容赦するつもりは無いという意思だ。
「それじゃ、早速だけどぉ……死んで?」
「最初は挨拶だけって相場が決まってるもんじゃないかねぇ!!」
でも決してディックに切り札が無い訳ではない。
咄嗟に左腕を翳し、相手の攻撃に対して奥の手を打つ。
「あらぁ、それで戦士のつもりぃ?」
だが、それはあまりにも遅過ぎた。
ディックが左腕を掲げようとした時、パーシィは既に目の前に居て。
トンファーの打先をその頭部へと向けて振り抜こうとしていたのだ。
余りにも一瞬。
余りにも瞬足。
並の人間であるディックにそれを捉える事など、不可能―――
ガッキャァーーーーーーンッ!!
―――だとしても、今の彼には守ってくれる人が居る。
そう、勇である。
その僅か一瞬で二人の間へと飛び込み、パーシィの一撃を受け止めていたのだ。
両手に輝く光の双剣で。
「うそっ!? これ防いじゃう!?」
「はあああッ!!!」
しかも防ぐだけでなく、本体をも強く弾き飛ばす。
その力、その勢いは彼でさえも戸惑う程に強烈無比。
「ちいいいッ!?」
それでも諦めず、空中でクルリと舞って態勢を整えさせる。
勇の攻撃に耐え、これを成すだけの実力をこの男は持ち得ているのだ。
「ディッ―――」
「死刑執行します」
それも束の間、勇が声を上げきる間も無く死角からシスターキャロの姿が。
まるで気配を伴わない回り込みは、勇に気付かせない程に無音。
そして空を裂く音さえ出さない双刃がその首を堕とさんと左右から襲い掛かる。
並みの魔剣使いならこれで終わっていただろう。
「フウッッッ!!!」
しかしそれも勇には見えていた。
長年の経験が、ここまで培ってきた実力がこの様な攻撃でさえも回避を可能とする。
あろう事かその頭が突如としてシスターキャロの顔へと迫り。
なんとその身が一瞬にして空中でぐるりと回ったのだ。
それだけではない。
その常軌を逸した回転力が脚へと乗り、凄まじい打ち下ろしの垂直回し蹴りへと昇華させたのである。
闇夜を切り裂く輝きの一撃として。
ドッゴォーーーーーーンッッッ!!!
ただその渾身の蹴りも大地を砕いて揺らすのみ。
あまりにも大きな挙動故に、躱す事も不可能では無かったのだろう。
シスターキャロは軽やかなバックステップで辛うじて危機を逃れていて。
一瞬で死角に回れる足捌きを持つからこその芸当と言える。
「クッ!!」
とはいえ、その顔には苦悶の表情が浮かび上がっているが。
ザザーッ……
その攻防は共にほぼ一瞬。
ディックやリデルが認識出来ない程の。
そのたった一瞬で、パーシィとシスターキャロは同時に着地を果たしていたのである。
勇の神速の反撃から逃れた事によって。
「大丈夫かッ!?」
「あ、ああ……」
まさに危機一髪。
そんな状況を目の当たりにしたディックの息はもう荒い。
何もしていなくとも疲れてしまう程の出来事だったのだから。
そんな場面を幾度と無く経験してきたとしても関係無く。
それだけ目の前で起きた攻防は人間離れしていたのだ。
「でも、どうやら簡単には逃がしてくれなさそうだ」
しかもそれはどうやら今ので終わりとは言えないらしい。
パーシィもシスターキャロも未だやる気だ。
共に武器を構え、再び敵意を向け直している。
その手に持つのは共に―――魔剣。
生半可な相手では無いと言える二人に……勇は激戦を予感せずにはいられない。
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