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第三十四節「鬼影去りて 空に神の憂鬱 自由の旗の下に」
~救済、貫け~
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「本物の……私……!?」
勇が言い放った話は、彼女にも、周囲の者達にとってもとても信じられない様な話で。
エイミーは二重人格者なのか、解離性同一性障害なのか、そんな言葉すら囁かれる。
その事実を求めるかの如く、皆の意識は勇へと向けられたまま動きはしない。
だが勇の認識した事実は彼等が思う以上に深刻で―――危機的であった。
「そうだエイミー。 いや、敢えて形容するなら―――エイミー・ネメシス!!」
〝ネメシス〟
その名は既にアルトランの名と共に重要な形容詞として世界へ伝えられた言葉。
それが付くという事はすなわち、彼女もまたその名に並ぶに等しい存在に他ならないという事。
この事実に真っ先に気付いたのは、最もエイミーの近くに居た高官達。
彼等は突如として指令室から飛び出し、慌てるままにエイミーから離れていく。
前に立つ勇から逃げる事無く、その横をすり抜ける様にして。
勇はそんな彼等に脇目も振らず、エイミーへと向けて強い視線を向け続けていた。
「お前の中に居る本物のエイミーを返してもらうぞ!! 俺がここに来たのはその為だ!!」
もしも勇があの会合の折にエイミーを救おうと力を行使すれば、きっとエイミーの黒い意識は彼女を道連れにして死んでいただろう。
それを出来るのが黒い意識の力であり本質。
だから勇は手を出せなかったのだ。
下手に手を出せばエイミーを救う事は出来ず、グランディーヴァまで巻き込んで地に堕ちかねなかったから。
それでも可能性が無い訳ではない。
エイミー本人とエイミー・ネメシスの意識は表裏一体。
複雑に絡み合い、彼女の存在を覆い隠しながら偽っている。
しかし二人の意識が離れる程にその絡みが解かれたならば、その時こそが最大の機会。
己の思考との乖離を促す程に強烈な否定の力を与える事が、その機会を与えてくれるだろう。
彼女の範疇を超えた事実を体現し続け現れた勇こそが、その機会のキッカケそのものだったのだ。
「本物……本もノ……私はえイみー!! 私は!!! エイみー=ブらットニーだあ!!!」
途端、エイミーが叫び声を上げながら頭を抱え、もがき苦しみ始める。
その叫びに潜むのは鬼気たる悲鳴、金切り音と重低音が混ざり合った人ならざる者の声。
突然の豹変を前に、屈強な兵士達が怯え戸惑う程に―――その姿はまさに異常そのもの。
「違ぃマす貴女ハ私ではアォォ!!! えいみぃ!! ちがががくないあだじはエイみィブラッとにィ大統領なののですすぅ!!!」
頭を抱える手の指が皮膚を貫いてしまいそうな程に食い込み、皮膚が歪んで形を崩す。
綺麗だと思われていた表情ももはや見る影も無く、絶望に満ちた叫びの顔が震えすら呼び込んで止まらない。
するとその時、彼女の体に急激な変化が訪れる。
突如彼女を身に纏うスーツが膨れ始め、膨張音と共に裂け目を生み。
たちまち各所が裂け始める程に体が膨れ上がり、その身を肥大化させていったのだ。
そして全ての服が破れ去った時、そこに居たのはもはや人間では無かった。
「オッ、オオッ、オゴゥイゥエアアアッッ!!!」
形を変えきった時、悪意の虚影が遂に顕現する。
まるで皮膚が溶けて筋肉が露わになった様相。
濁った肉色の筋が引き延ばされた様に絡みつき、丸々に太った体を無数に覆い包む。
腕も体も、人としての形を成してはおらず、どろりと溶けた様な姿は嫌悪すら呼び込む程に醜悪。
下半身は肉の中に埋まり、不定形状となって体を支えていて。
頭部らしき膨らみとなった頭頂部には、剥き出しとなった目と爛れた歯が浮き上がる。
そこだけは声は上げられる程度に、まだ人としての機能を辛うじて保たせ。
美を追求していた時とは真逆とも言えるその姿はまさに異形そのもの。
指令室を埋め尽くさんばかりに肥大化した怪物が勇達の前に姿を晒したのである。
「オオオオ……アルトラン様のォだめにィ!! ユウウジザギィ!! ゴロズゥゥウウウ!!!」
正体を現したエイミー・ネメシスが途端に勇へと飛び掛からんとその巨体を跳ねさせる。
壁やガラスの破片など、彼女を前には何の意味すら持ちはしない。
瞬時にして振れた全てを削り取り、醜悪な体へと取り込んでいたのだ。
そんな体にまともに振れられれば、勇とて無事では済まされない。
しかし彼に下がる気は無かった。
背後にはイシュライトやバロルフ、ボディガードや兵士達が控えている。
避ければ彼等が巻き込まれてしまうだろう。
それに、避ける必要も無かったのだ。
その左手が放つ輝きは、全てを祓う力なのだから。
「やっとここまで来たんだ。 やっと救ってあげられる。 だから、もう少し待っててくれ!!」
その時、勇の顔に覗くのは―――決意の混じる、青空の如く曇り無き笑顔。
ずっと救いたかった。
最初に話した時から。
それも出来ず、無念に頭を抱え。
こうして耐えて、今ここに居る。
彼女を救う為にここまでやって来た。
だからこそ救いの一矢を、今こそ解き放つ。
勇の左拳が周囲を覆い隠さんばかりの強い光を放ち、瞬時にして物質を形成する。
そこに生まれたのは創世剣でも、創世拳でも無い。
身を覆う程に長大な、大弓。
名付けて―――創世弦。
光の弦を右拳で引き絞り、体全体をしならせて力の限りに構える。
狙うは飛び掛かり来るエイミー・ネメシス、その意思の中心。
時間など必要は無かった。
最初からもう、狙いは定まっていた。
彼女が示す、その中心を。
救いたい女性が貫けと望む、病巣の中核を。
その時放たれしは、重光の一筋。
糸の様に細い一撃だった。
だがそれでいて、その一矢に篭められた力は今までの何よりも強く、濃く、圧縮されきっていて。
余りの力ゆえに、放ったと同時に全てを貫き、空の彼方へ続く光の筋が形成されたのである。
エイミー・ネメシスの額をも貫いて。
しかもその力は余りにも強過ぎた。
強過ぎたが為に、矢を射抜き、弓を降ろしてもなお光の筋は大気中に留まり続けていたのだ。
触れようと思えば触れられる程に、そんな思考を与えられる程に長く。
間も無く、エイミー・ネメシスにも変化が訪れる。
貫かれ、一矢が突き出た部分から黒い血飛沫状の光が噴き出し始め。
それと同時に生まれ出るのは虹色の道筋。
たちまち巨体全域へ虹の亀裂が細かく走り込み、黒の血飛沫を強く濃く吹き出し始めたのである。
そして虹色の光がその身全てを包んだ時―――
黒の血飛沫が収まりを見せ、その身を崩し始めたのだった。
たちまち浮いていたエイミー・ネメシスの体が砂へと還り、床へ「ボサリ」と落下し。
その衝撃のままに肉だった塊が「バサッ」と砕け、水気の無い乾いた砂粒へと形を変えていく。
その中から覗くのは昔のままのエイミー。
美を追求する以前の、初老を迎えた普通の女性だった彼女の姿だ。
もちろん気を失っているが生きている。
タイの時の異形の時と同様に。
「これで終わりだな」
そう、これでこの戦いは終わったのだ。
戦いの元凶とも言える病巣を取り除いた事で。
その一連の様子を前に、周囲の軍人達はただ唖然とする他無かった。
それほどまでに一瞬の出来事だったから。
彼等の信奉していたエイミーが実は化け物で。
醜悪な形へと形替わり、襲い掛かってきて。
それを勇が一瞬にして貫いた。
何もかもが非常識で、有り得なさ過ぎて。
その末に見た物が余りにも色鮮やかだったから。
〝夢を見ているのではないか〟と錯覚してしまう程に、幻想的だったから。
勇の放った一撃は、そう魅了してしまう程に―――美しかったのである。
勇が言い放った話は、彼女にも、周囲の者達にとってもとても信じられない様な話で。
エイミーは二重人格者なのか、解離性同一性障害なのか、そんな言葉すら囁かれる。
その事実を求めるかの如く、皆の意識は勇へと向けられたまま動きはしない。
だが勇の認識した事実は彼等が思う以上に深刻で―――危機的であった。
「そうだエイミー。 いや、敢えて形容するなら―――エイミー・ネメシス!!」
〝ネメシス〟
その名は既にアルトランの名と共に重要な形容詞として世界へ伝えられた言葉。
それが付くという事はすなわち、彼女もまたその名に並ぶに等しい存在に他ならないという事。
この事実に真っ先に気付いたのは、最もエイミーの近くに居た高官達。
彼等は突如として指令室から飛び出し、慌てるままにエイミーから離れていく。
前に立つ勇から逃げる事無く、その横をすり抜ける様にして。
勇はそんな彼等に脇目も振らず、エイミーへと向けて強い視線を向け続けていた。
「お前の中に居る本物のエイミーを返してもらうぞ!! 俺がここに来たのはその為だ!!」
もしも勇があの会合の折にエイミーを救おうと力を行使すれば、きっとエイミーの黒い意識は彼女を道連れにして死んでいただろう。
それを出来るのが黒い意識の力であり本質。
だから勇は手を出せなかったのだ。
下手に手を出せばエイミーを救う事は出来ず、グランディーヴァまで巻き込んで地に堕ちかねなかったから。
それでも可能性が無い訳ではない。
エイミー本人とエイミー・ネメシスの意識は表裏一体。
複雑に絡み合い、彼女の存在を覆い隠しながら偽っている。
しかし二人の意識が離れる程にその絡みが解かれたならば、その時こそが最大の機会。
己の思考との乖離を促す程に強烈な否定の力を与える事が、その機会を与えてくれるだろう。
彼女の範疇を超えた事実を体現し続け現れた勇こそが、その機会のキッカケそのものだったのだ。
「本物……本もノ……私はえイみー!! 私は!!! エイみー=ブらットニーだあ!!!」
途端、エイミーが叫び声を上げながら頭を抱え、もがき苦しみ始める。
その叫びに潜むのは鬼気たる悲鳴、金切り音と重低音が混ざり合った人ならざる者の声。
突然の豹変を前に、屈強な兵士達が怯え戸惑う程に―――その姿はまさに異常そのもの。
「違ぃマす貴女ハ私ではアォォ!!! えいみぃ!! ちがががくないあだじはエイみィブラッとにィ大統領なののですすぅ!!!」
頭を抱える手の指が皮膚を貫いてしまいそうな程に食い込み、皮膚が歪んで形を崩す。
綺麗だと思われていた表情ももはや見る影も無く、絶望に満ちた叫びの顔が震えすら呼び込んで止まらない。
するとその時、彼女の体に急激な変化が訪れる。
突如彼女を身に纏うスーツが膨れ始め、膨張音と共に裂け目を生み。
たちまち各所が裂け始める程に体が膨れ上がり、その身を肥大化させていったのだ。
そして全ての服が破れ去った時、そこに居たのはもはや人間では無かった。
「オッ、オオッ、オゴゥイゥエアアアッッ!!!」
形を変えきった時、悪意の虚影が遂に顕現する。
まるで皮膚が溶けて筋肉が露わになった様相。
濁った肉色の筋が引き延ばされた様に絡みつき、丸々に太った体を無数に覆い包む。
腕も体も、人としての形を成してはおらず、どろりと溶けた様な姿は嫌悪すら呼び込む程に醜悪。
下半身は肉の中に埋まり、不定形状となって体を支えていて。
頭部らしき膨らみとなった頭頂部には、剥き出しとなった目と爛れた歯が浮き上がる。
そこだけは声は上げられる程度に、まだ人としての機能を辛うじて保たせ。
美を追求していた時とは真逆とも言えるその姿はまさに異形そのもの。
指令室を埋め尽くさんばかりに肥大化した怪物が勇達の前に姿を晒したのである。
「オオオオ……アルトラン様のォだめにィ!! ユウウジザギィ!! ゴロズゥゥウウウ!!!」
正体を現したエイミー・ネメシスが途端に勇へと飛び掛からんとその巨体を跳ねさせる。
壁やガラスの破片など、彼女を前には何の意味すら持ちはしない。
瞬時にして振れた全てを削り取り、醜悪な体へと取り込んでいたのだ。
そんな体にまともに振れられれば、勇とて無事では済まされない。
しかし彼に下がる気は無かった。
背後にはイシュライトやバロルフ、ボディガードや兵士達が控えている。
避ければ彼等が巻き込まれてしまうだろう。
それに、避ける必要も無かったのだ。
その左手が放つ輝きは、全てを祓う力なのだから。
「やっとここまで来たんだ。 やっと救ってあげられる。 だから、もう少し待っててくれ!!」
その時、勇の顔に覗くのは―――決意の混じる、青空の如く曇り無き笑顔。
ずっと救いたかった。
最初に話した時から。
それも出来ず、無念に頭を抱え。
こうして耐えて、今ここに居る。
彼女を救う為にここまでやって来た。
だからこそ救いの一矢を、今こそ解き放つ。
勇の左拳が周囲を覆い隠さんばかりの強い光を放ち、瞬時にして物質を形成する。
そこに生まれたのは創世剣でも、創世拳でも無い。
身を覆う程に長大な、大弓。
名付けて―――創世弦。
光の弦を右拳で引き絞り、体全体をしならせて力の限りに構える。
狙うは飛び掛かり来るエイミー・ネメシス、その意思の中心。
時間など必要は無かった。
最初からもう、狙いは定まっていた。
彼女が示す、その中心を。
救いたい女性が貫けと望む、病巣の中核を。
その時放たれしは、重光の一筋。
糸の様に細い一撃だった。
だがそれでいて、その一矢に篭められた力は今までの何よりも強く、濃く、圧縮されきっていて。
余りの力ゆえに、放ったと同時に全てを貫き、空の彼方へ続く光の筋が形成されたのである。
エイミー・ネメシスの額をも貫いて。
しかもその力は余りにも強過ぎた。
強過ぎたが為に、矢を射抜き、弓を降ろしてもなお光の筋は大気中に留まり続けていたのだ。
触れようと思えば触れられる程に、そんな思考を与えられる程に長く。
間も無く、エイミー・ネメシスにも変化が訪れる。
貫かれ、一矢が突き出た部分から黒い血飛沫状の光が噴き出し始め。
それと同時に生まれ出るのは虹色の道筋。
たちまち巨体全域へ虹の亀裂が細かく走り込み、黒の血飛沫を強く濃く吹き出し始めたのである。
そして虹色の光がその身全てを包んだ時―――
黒の血飛沫が収まりを見せ、その身を崩し始めたのだった。
たちまち浮いていたエイミー・ネメシスの体が砂へと還り、床へ「ボサリ」と落下し。
その衝撃のままに肉だった塊が「バサッ」と砕け、水気の無い乾いた砂粒へと形を変えていく。
その中から覗くのは昔のままのエイミー。
美を追求する以前の、初老を迎えた普通の女性だった彼女の姿だ。
もちろん気を失っているが生きている。
タイの時の異形の時と同様に。
「これで終わりだな」
そう、これでこの戦いは終わったのだ。
戦いの元凶とも言える病巣を取り除いた事で。
その一連の様子を前に、周囲の軍人達はただ唖然とする他無かった。
それほどまでに一瞬の出来事だったから。
彼等の信奉していたエイミーが実は化け物で。
醜悪な形へと形替わり、襲い掛かってきて。
それを勇が一瞬にして貫いた。
何もかもが非常識で、有り得なさ過ぎて。
その末に見た物が余りにも色鮮やかだったから。
〝夢を見ているのではないか〟と錯覚してしまう程に、幻想的だったから。
勇の放った一撃は、そう魅了してしまう程に―――美しかったのである。
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