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第三十一節「幾空を抜けて 渇き地の悪意 青の星の先へ」
~前日送曲〝隠れ里〟~
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時は遡ること数日前……。
勇達が日本を発って一日目、モンゴルへと到達した日の夜。
山岳部上空にアルクトゥーンが待機中の頃…‥勇達は突然莉那からの召集を受け、頭部管制室へと集まっていた。
彼等を待っていたのはミシェル。
その顔に浮かぶのはいつか見た真剣な表情。
僅かに緊張を漂わせた雰囲気は、思わずその口を紡がせた。
「突然集まって頂いて申し訳ありません。 ミシェルさんが掴んだ情報を勇さんだけでなく皆さんにも伝えるべきだと判断いたしましたので」
艦長席とも言える中央の大きな椅子を回し、莉那が勇達へと姿を見せる。
既に雰囲気は艦長そのものと言えるだろう。
勇の判断が不要と思われる事には彼女の独断もこの様に必要な事。
リーダーである勇の手を煩わせないのも艦長の仕事の内だ。
「先程、私の知人でもあるタイ政府高官から連絡がありまして……皆さんに伝えるべき情報を頂きました」
そう語りながら、ミシェルが机に置かれたパソコンを操作する。
すると間も無く、管制室上部に設置されたモニターの一つの画像が切り替わり、地図の様な物が映し出された。
それは日本より南西部に位置する東南アジアの国の一つ、タイ。
ミャンマー、ラオス、カンボジアに囲まれ、海にも面する土地を持つ大きな国だ。
赤道に近いともあって熱帯、湿度も高く、雨が多い事でも有名である。
地図はその北部、国立公園が列挙する場所を指し示していた。
「先日、タイ北部にある『ラムナムナーン国立公園』の周辺で、皆さんが良く知る人物の姿が確認されたそうです。 もうおわかりですね?」
「……剣聖さんか、ラクアンツェさんですね?」
「ええ、その通り。 彼等はどうやらその辺りをくまなく探す様に、タイ、ミャンマー、ラオスを往復するかのように動いているそうです」
すると、画像に幾つか点が浮かび上がる。
それはミシェルが言った通りの場所を示すかのように……三国の様々な場所に刻まれていた。
「この点は彼等の目撃地点。 たまたま偶然彼等を見掛けた民間人の情報から、この場所を特定したという事です。 ですが、彼等の移動速度は人知を超えており……どうにも捉え所が無いそうで」
「あの人達、言っても止まりそうにないですもんね」
茶奈にすらそう言われてしまう程、二人は自由奔放だ。
おまけに二人共最強を謡うだけに……並の人間が追い付ける訳も無く。
ミシェルはそう相槌を打つ茶奈に笑みを零すと、再び画像を操作し始めた。
「そこでタイ政府は一旦彼等を追う事を止め、別の方向で探りを入れ始めたのです。 見てください」
次に彼女が映し出したのは……国立公園が並ぶ地点の拡大図。
3Dで表示された拡大地図にはタイ北部の起伏激しい地形がありありと表現されている。
「タイ政府は二人が探る物が何かを、捜索地点から割り出し……そしてとうとう見つけたのです」
そしてその中央、高原部に……大きな円が描かれた。
「ここに……【隠れ里】がある事が判明しました」
その時、勇達の驚きの声が打ち上がる。
当然だ……剣聖達の居る場所の近くに隠れ里。
関連性が無いとは言いきれないのだから。
何故彼等がそれを探しているのか……それまではわかりかねるが。
「つい、昨日の話だそうです」
勇達がその話を前に、再び驚きの声を上げる。
何せ、もしかしたらそこが彼等の目的地なのかもしれないのだ。
そこに彼等の探す、創世の鍵があるかもしれない。
そうも思えば、はやる気持ちが起きもするだろう。
「んだよ……もしかして思ったより解決するの早いんじゃねぇかぁ?」
「そうかもしれないけど……そうとも限らないでしょ」
もちろんぬか喜びは禁物だ。
それが全てである確証は無いのだから。
ただ、二人がそこにいる。
それは彼等の力になれるかもしれないという事。
今まさにそのつもりでこの場所を飛んでいるのだ、これ程タイミングの良い事は無いだろう。
だが……そんな彼等を前に、ミシェルは神妙な面持ちを浮かべていた。
「ええ、彼等の目的が何なのかわからない以上、想定で動くのは早計かと思います。 それと、もう一つ……これは少し不安の大きい情報ですが……」
そんな彼女を前に、勇達のトーンが落ちる。
画像の表示を消し、彼等に顔を向けた彼女が……そっと不安の根源を解き放った。
「タイ政府はこの情報を……一般公開するそうです」
途端、勇達の顔が強張る。
理解していないナターシャを除いて。
彼等はその一言で、全てを理解したのだ。
「一般公開ですか……それはマズいですねぇ」
壁際に立つ福留が思わず顎に手を取り、声を唸らせる。
勇達もまた彼と同様に……懸念を感じていた。
「ねぇ、どういうコト?」
ナターシャが思わず勇の袖を取り引っ張る。
それに気付いた勇は彼女へと僅かに強張った顔をそっと振り向かせた。
「一般公開するという事は、誰しもが隠れ里の場所を知ってしまうって事なんだ。 つまりそれは、【救世同盟】にその場所を知られてしまうって事に繋がる」
【救世同盟】は戦いを広げる為にあらゆる手段を講じて来る。
相手が隠れ里の様に戦いを避ける相手であればあるほど……その行為は過激になるのだ。
それはこの二年間の記録でで証明された事。
彼等が戦いを挑んだのがそういった場所である事が多かったのである。
であれば、今回も当然……襲われる可能性が出る。
「ミシェルさん、隠れ里の公開を止める事は出来ないんですか?」
勇の焦りがその声を唸る様な声色へと押し上げる。
しかしミシェルは首を横に振り……僅かに視線をあらぬ方向へと向けて逸らした。
「残念ながら……友人の高官の力では止める事は出来ないそう。 既にこれはタイ国王に認められた決定事項なのです」
ミシェルが知った時にはもう既に動き終えた後だったのだろう。
その行動を指示したのは恐らく【救世同盟】のシンパ。
あるいは国王そのものが……。
真相こそ不明だが、免れ得ぬ事実を前に……勇達の落胆は計り知れない。
「とはいえ必ずしも対象になるとは限りません。 だからこそ、ミスターフジサキの答えを聞きたい……これからどうするべきかを」
これは初めての、勇がリーダーとしての判断を委ねられた時。
誰しもが彼へと視線を向け、答えを待つ中……勇が考えを巡らせ、答えを導く。
そしてその答えが纏まった時……俯かせていた顎を上げ、声を張り上げた。
「……俺は……進路を変えず、国連本部へと向かいたいと思う」
その決断が周囲から声を上げる意思を奪う。
ただ一人、福留を除いて。
「ぶしつけですが……それに至った理由は?」
福留が鋭く目を光らせ、勇へと向ける。
彼だけでは無く誰しもが注目する中……勇は負けず劣らずの眼光を福留へとぶつけた。
「今の俺達の目的は剣聖さん達の邪魔をする事じゃあない。 剣聖さんなら俺達がこうしている間にももしかしたら答えを見つけてくれるかもしれない。 たった数日の差なら……俺達が先に自由に動ける様になってからでも遅くは無いハズだ」
「ふむ……では【救世同盟】の危険性に関しては?」
「知ったからと言って、すぐに攻撃準備が出来るとは思えない。 ミシェルさんにはタイや周辺諸国に警戒してもらうよう伝えてもらって、もし何かが起きる様だったら急行する様にすればいいと思う」
そう言い切った途端、福留すらも押し黙る。
途端、周囲に沈黙が生まれ……それが勇にどこか不安を呼び寄せていた。
「ダメ……かな?」
だが……途端、福留の顔が緩みを見せる。
それは勇へと向けた……拝承の形。
「わかりました。 私は勇君の意見に賛同しましょう。 他に異論はありますか?」
福留が周囲を見回し意見を募る。
しかし誰しもが首を横に振り、勇の意見に肯定の意思を見せた。
「では、当艦はヨーロッパへ向けて航行を続行します。 皆様夜分遅く御足労ありがとうございました」
こうして、莉那の礼を以って……ミシェルの情報公開から始まった進路模索の会議は終わりを告げる。
そして今に戻り、アルクトゥーンはヨーロッパへと辿り着こうとしていた。
しかし、彼等はまだ気付かない。
遥か先の地にて予想を遥かに超えた事態が起きようとしていた事に……。
勇達が日本を発って一日目、モンゴルへと到達した日の夜。
山岳部上空にアルクトゥーンが待機中の頃…‥勇達は突然莉那からの召集を受け、頭部管制室へと集まっていた。
彼等を待っていたのはミシェル。
その顔に浮かぶのはいつか見た真剣な表情。
僅かに緊張を漂わせた雰囲気は、思わずその口を紡がせた。
「突然集まって頂いて申し訳ありません。 ミシェルさんが掴んだ情報を勇さんだけでなく皆さんにも伝えるべきだと判断いたしましたので」
艦長席とも言える中央の大きな椅子を回し、莉那が勇達へと姿を見せる。
既に雰囲気は艦長そのものと言えるだろう。
勇の判断が不要と思われる事には彼女の独断もこの様に必要な事。
リーダーである勇の手を煩わせないのも艦長の仕事の内だ。
「先程、私の知人でもあるタイ政府高官から連絡がありまして……皆さんに伝えるべき情報を頂きました」
そう語りながら、ミシェルが机に置かれたパソコンを操作する。
すると間も無く、管制室上部に設置されたモニターの一つの画像が切り替わり、地図の様な物が映し出された。
それは日本より南西部に位置する東南アジアの国の一つ、タイ。
ミャンマー、ラオス、カンボジアに囲まれ、海にも面する土地を持つ大きな国だ。
赤道に近いともあって熱帯、湿度も高く、雨が多い事でも有名である。
地図はその北部、国立公園が列挙する場所を指し示していた。
「先日、タイ北部にある『ラムナムナーン国立公園』の周辺で、皆さんが良く知る人物の姿が確認されたそうです。 もうおわかりですね?」
「……剣聖さんか、ラクアンツェさんですね?」
「ええ、その通り。 彼等はどうやらその辺りをくまなく探す様に、タイ、ミャンマー、ラオスを往復するかのように動いているそうです」
すると、画像に幾つか点が浮かび上がる。
それはミシェルが言った通りの場所を示すかのように……三国の様々な場所に刻まれていた。
「この点は彼等の目撃地点。 たまたま偶然彼等を見掛けた民間人の情報から、この場所を特定したという事です。 ですが、彼等の移動速度は人知を超えており……どうにも捉え所が無いそうで」
「あの人達、言っても止まりそうにないですもんね」
茶奈にすらそう言われてしまう程、二人は自由奔放だ。
おまけに二人共最強を謡うだけに……並の人間が追い付ける訳も無く。
ミシェルはそう相槌を打つ茶奈に笑みを零すと、再び画像を操作し始めた。
「そこでタイ政府は一旦彼等を追う事を止め、別の方向で探りを入れ始めたのです。 見てください」
次に彼女が映し出したのは……国立公園が並ぶ地点の拡大図。
3Dで表示された拡大地図にはタイ北部の起伏激しい地形がありありと表現されている。
「タイ政府は二人が探る物が何かを、捜索地点から割り出し……そしてとうとう見つけたのです」
そしてその中央、高原部に……大きな円が描かれた。
「ここに……【隠れ里】がある事が判明しました」
その時、勇達の驚きの声が打ち上がる。
当然だ……剣聖達の居る場所の近くに隠れ里。
関連性が無いとは言いきれないのだから。
何故彼等がそれを探しているのか……それまではわかりかねるが。
「つい、昨日の話だそうです」
勇達がその話を前に、再び驚きの声を上げる。
何せ、もしかしたらそこが彼等の目的地なのかもしれないのだ。
そこに彼等の探す、創世の鍵があるかもしれない。
そうも思えば、はやる気持ちが起きもするだろう。
「んだよ……もしかして思ったより解決するの早いんじゃねぇかぁ?」
「そうかもしれないけど……そうとも限らないでしょ」
もちろんぬか喜びは禁物だ。
それが全てである確証は無いのだから。
ただ、二人がそこにいる。
それは彼等の力になれるかもしれないという事。
今まさにそのつもりでこの場所を飛んでいるのだ、これ程タイミングの良い事は無いだろう。
だが……そんな彼等を前に、ミシェルは神妙な面持ちを浮かべていた。
「ええ、彼等の目的が何なのかわからない以上、想定で動くのは早計かと思います。 それと、もう一つ……これは少し不安の大きい情報ですが……」
そんな彼女を前に、勇達のトーンが落ちる。
画像の表示を消し、彼等に顔を向けた彼女が……そっと不安の根源を解き放った。
「タイ政府はこの情報を……一般公開するそうです」
途端、勇達の顔が強張る。
理解していないナターシャを除いて。
彼等はその一言で、全てを理解したのだ。
「一般公開ですか……それはマズいですねぇ」
壁際に立つ福留が思わず顎に手を取り、声を唸らせる。
勇達もまた彼と同様に……懸念を感じていた。
「ねぇ、どういうコト?」
ナターシャが思わず勇の袖を取り引っ張る。
それに気付いた勇は彼女へと僅かに強張った顔をそっと振り向かせた。
「一般公開するという事は、誰しもが隠れ里の場所を知ってしまうって事なんだ。 つまりそれは、【救世同盟】にその場所を知られてしまうって事に繋がる」
【救世同盟】は戦いを広げる為にあらゆる手段を講じて来る。
相手が隠れ里の様に戦いを避ける相手であればあるほど……その行為は過激になるのだ。
それはこの二年間の記録でで証明された事。
彼等が戦いを挑んだのがそういった場所である事が多かったのである。
であれば、今回も当然……襲われる可能性が出る。
「ミシェルさん、隠れ里の公開を止める事は出来ないんですか?」
勇の焦りがその声を唸る様な声色へと押し上げる。
しかしミシェルは首を横に振り……僅かに視線をあらぬ方向へと向けて逸らした。
「残念ながら……友人の高官の力では止める事は出来ないそう。 既にこれはタイ国王に認められた決定事項なのです」
ミシェルが知った時にはもう既に動き終えた後だったのだろう。
その行動を指示したのは恐らく【救世同盟】のシンパ。
あるいは国王そのものが……。
真相こそ不明だが、免れ得ぬ事実を前に……勇達の落胆は計り知れない。
「とはいえ必ずしも対象になるとは限りません。 だからこそ、ミスターフジサキの答えを聞きたい……これからどうするべきかを」
これは初めての、勇がリーダーとしての判断を委ねられた時。
誰しもが彼へと視線を向け、答えを待つ中……勇が考えを巡らせ、答えを導く。
そしてその答えが纏まった時……俯かせていた顎を上げ、声を張り上げた。
「……俺は……進路を変えず、国連本部へと向かいたいと思う」
その決断が周囲から声を上げる意思を奪う。
ただ一人、福留を除いて。
「ぶしつけですが……それに至った理由は?」
福留が鋭く目を光らせ、勇へと向ける。
彼だけでは無く誰しもが注目する中……勇は負けず劣らずの眼光を福留へとぶつけた。
「今の俺達の目的は剣聖さん達の邪魔をする事じゃあない。 剣聖さんなら俺達がこうしている間にももしかしたら答えを見つけてくれるかもしれない。 たった数日の差なら……俺達が先に自由に動ける様になってからでも遅くは無いハズだ」
「ふむ……では【救世同盟】の危険性に関しては?」
「知ったからと言って、すぐに攻撃準備が出来るとは思えない。 ミシェルさんにはタイや周辺諸国に警戒してもらうよう伝えてもらって、もし何かが起きる様だったら急行する様にすればいいと思う」
そう言い切った途端、福留すらも押し黙る。
途端、周囲に沈黙が生まれ……それが勇にどこか不安を呼び寄せていた。
「ダメ……かな?」
だが……途端、福留の顔が緩みを見せる。
それは勇へと向けた……拝承の形。
「わかりました。 私は勇君の意見に賛同しましょう。 他に異論はありますか?」
福留が周囲を見回し意見を募る。
しかし誰しもが首を横に振り、勇の意見に肯定の意思を見せた。
「では、当艦はヨーロッパへ向けて航行を続行します。 皆様夜分遅く御足労ありがとうございました」
こうして、莉那の礼を以って……ミシェルの情報公開から始まった進路模索の会議は終わりを告げる。
そして今に戻り、アルクトゥーンはヨーロッパへと辿り着こうとしていた。
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遥か先の地にて予想を遥かに超えた事態が起きようとしていた事に……。
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