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第三十節「誓いの門出 龍よ舞い上がれ 歌姫を胸に抱きて」
~新風 姿を見せる協力者~
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来たるべき日、六月下旬の金曜日。
遂にその日が訪れた。
同行を決めた一般人枠の人々は既にアルクトゥーンへ搭乗、各々に割り当てられた部屋へ移住を開始していた。
必要な物だけを運び込み、後は置いていく。
当然、空く事になる各実家は日本政府によって厳重な保護が図られ、空き巣対策などはバッチリだ。
竜星に至っては両親に状況を説明しつつもホームステイの様な感覚で送り出す事となり、結局一人での同行となった。
既に先日の時点で半数が完了し、本日で全ての人員が揃う手筈となっていた。
それはもちろん一般人枠だけに限らない。
国連から派遣される人員も入れ替えとなる。
今まで空島に居たのは、空島維持を目的とした調査団がメインだった。
しかしこれからは、戦いに秀でた兵隊が構成員として働く事になる。
入れ替えの対象はほぼ全員。
ロナーもまた、例外では無かった。
「ロナーさん、養生してくださいッス」
「カプロ氏、御健闘をお祈り致します。 創世の女神の祝福を胸に」
ストレッチャーに乗せられたロナーがカプロのお見送りの下、アルクトゥーンから去る。
彼女も元々はカプロの護衛に付いていたに過ぎない。
一時的な任務……これからの戦いにはもとより同行の予定は無かったのだ。
彼女は先日中に目を覚ましていた。
貧血状態ではあったが命はとりとめ、今こうやって生きて降機を果たしたのである。
一時的にとはいえ命を守ってもらった事に感謝を拭えず。
カプロはロナーを乗せたヘリコプターが空の彼方へ消えるまでずっと曇り空を仰ぎ続けていた。
その様な形で人員の入れ替えが行われていた頃。
勇達中核メンバーは会議室とも言える管制室に集まり、福留から話を受けていた。
それは勇達の今後に繋がるとても大事な事案。
「さて、全員が集まった所で……皆さんに重大な発表があります」
そう語る福留の顔に浮かぶのは……思いの外、余裕を感じさせる微笑。
「翌日、新団体の発表となりますが、それの前に中核メンバー人員の増員を致します」
その時、勇達が一斉にして驚きの声を上げる。
当然知らされておらず……困惑するのも無理は無い。
だが福留は……当然の如く表情を変えぬまま、淡々と語り続けた。
「実はですね……戦いを続けるにあたり、現状で不足した要素が我々にはあるのです。 様々な分野での知識や経験が、ね……」
これから勇達の戦いはとても厳しい物になる事が予想されるだろう。
その上で、これからの活動において必要な事が幾つか存在する。
一つ、戦略・戦術面の充実。
二つ、情報戦への対応。
三つ、各国との連携。
これらに対応するには、明らかに人員が足りない。
それぞれのプロフェッショナルが勇達の中には存在しないのだ。
戦いに関しては力任せのごり押ししか出来ない。
情報戦と言えば、福留の受け身の情報網に頼りっぱなしで発信力に乏しい。
各国の連携であればまだどうにかなるかもしれないが、交渉術となれば話は別。
今までは全て福留の力に頼ってきたが、これからはそういう訳にもいかない。
何故なら、福留はもう個人で動く事が出来なくなるからだ。
勇達の専属プラニスト……いわゆる提案者としてアルクトゥーンに常駐し続け、仲間達や同行者達の声を集めて解決を促す役割になるからである。
だからこそ福留は呼ぶ事にしたのだ。
それらの方面に長けた人物達を。
そしてそれは既に……勇達が立つ前から決まっていた事でもあった。
「という訳で……この場で一斉に紹介するつもりでしたので、追加人員は既に先日の時点でこの艦に乗り合わせています」
「相変わらず手際がいいですね……」
そこには僅かながら福留のお茶目な部分も見え隠れするかのよう。
サプライズとも言える展開に、勇達の心が躍る様であった。
「皆さんのそういう期待する所が見たかったのでね。 では早速ですが……紹介するとしましょうか」
すると福留が部屋中央のコンソールへと手を触れ、通信を始める。
もう操作方法を憶えたのだろう、手馴れた様な扱いが勇達の驚きを誘う。
「皆さん、管制室に来ていただけますか」
そう一言添えると、通信を終えるかの様にコンソールから手を離した。
この様に手短に済ませる事は今でも変わらない。
「さてさて、一体どんなダァムが登場するのかねぇ」
軽口を挟むディックに軽いツッコミが飛ぶ中、勇達が静かに待つ。
訪れる人物達がどの様な者達なのか……そんな期待を膨らませながら。
その時、軽い足取りで通路に足音を刻むのは……三人の人影。
そして遂にその者達が勇達の前に姿を現した時、その目が見開かれる。
福留に呼ばれた者達はいずれも……勇達のいずれかに面識のある者達だったのだから。
「おや、三人だけですか……まぁいいでしょう、早速紹介しますねぇ」
意味深な一言を残しつつも、福留が現れた人物達の前へと歩み寄る。
その時一番に彼に誘われ、胸を張って前に出る人物……それは茶奈とマヴォに面識のある、深緑の軍服の男であった。
「彼は中国政府からの協力という形で来られました、龍さんです」
「紹介に与った、龍 麗孝と言う。 よろしく頼む」
思わぬ人物の登場に、茶奈とマヴォと笠本が懐かしの余り口元を緩ませる。
彼とは僅かな間だけであったが、色々と世話になったからこそ。
「今回、君達が志新たに再出発するという事を福留氏から伺ってな、是非とも参加させて欲しいと打診した次第だ」
「彼は元々軍人でしたが、今回にあたって退役、戦術アドバイザーとしての役割を担ってもらう為に来ていただきました。 あ、もちろん中国政府との話は付いています」
龍の参加は福留にとってもありがたい話でもあった。
それというのも……龍ほどわかりやすく【救世同盟】と対立する立場の人間はほとんど存在しないからだ。
昔から中国は一党支配での政治を行ってきた。
これはいわゆる独裁支配とも言える事ではあるが、これによって保たれる秩序がある事は否めない。
だが現在中国では、【救世同盟】の思想が広がりつつあった。
彼等の思想に乗っかり、周辺諸国への侵攻を推し進める声が大きくなり始めたのである。
多党によって成り立つ自由主義国家にはそういった場合に互いの行いを諫める自浄作用が見られるのだが……一党支配となればその作用はほとんど働かない。
それが仇となり、思想の広がりを抑える事が出来ないでいるのだ。
それに対し、良識のある官僚が龍の様な保守派を集め、表立って対抗を始めたのである。
龍はそういった腐敗に対してハッキリとNOを突き付ける事が出来る人物。
それは茶奈達が倒したベゾー族達と軍の癒着を正そうとした実績があるからこそ。
それに相まって軍人であり、実績には申し分無い。
かの戦いの折も、真っ先に茶奈達の救援に向かった姿勢は信頼に値すると言い切れるだろう。
「お次ですが……彼女はもちろんご存知ですね」
「はい……ミシェルさん、数日ぶりです」
勇の歓迎に笑顔を振り向いたのはミシェル=スミス。
勇と茶奈に日本の事実を伝えた功労者とも言える人物である。
「えぇ……貴方達ならきっとやってくれると信じていましたよ」
その優しい笑顔は彼女を知らない者にも安らぎを与える。
相応の歳ではあるが、そうとは感じさせない柔らかさを持たせた姿はまるで聖母のよう。
僅かにふくよかさを持ち合わせながらも、ラインを崩さない灰色のスーツ姿がとても似合う。
「紹介頂きました、ミシェル=スミスと申します。 以前はアメリカの外交官として、今度は皆さんの仲間の一人として各国との橋渡しを行っていくつもりです。 どうかよろしくお願い致します」
「ミシェルさんは日本のみならず各国との太いパイプを持っていますので、訪れた先で動きやすくするよう彼女に交渉して頂く事になります」
例え世界を救うのが目的だとしても、他国の地を無許可で荒らしてしまえば結果的には【救世同盟】とやる事は変わらなくなってしまう。
その為にも、彼女の様な顔の知れた人物がその可否を伺う必要があるのだ。
それだけではない。
何かと動くには食料や消耗品などの戦略物資の補給が必要となる。
国連やアメリカ政府など、【救世同盟】に敵対する勢力からそういった補給物資を調達する事もまた彼女の役目。
経歴、経験共に福留の代わりとしては申し分ない人物という訳である。
そして三人目。
ミシェルの横に立つのもまた女性であった。
「次に彼女ですが……恐らく皆さん知っているハズです」
「あ、貴女は……!!」
そんな彼女、ミシェルよりも僅かに背が低く、見た目から日本人と思われる顔付き。
ショートで纏まった髪型は清潔さを感じさせ、化粧の乗った肌は見栄えに富んでいる。
明らかに人前に出る事を意識したかの様な、反りかえらんばかりに背筋を伸ばした姿が彼女の気の強さを表すかのよう。
黒のレディーススーツ身に纏い、妖艶さすら感じさせる彼女を前に、ディックも思わず声を唸らせていた。
そんな彼女こそ―――
「……えーっと……誰でしたっけ?」
「なんでよッ!?」
途端、心輝ばりのツッコミがその場に木霊する。
いつものツッコミ役である心輝が思わず首を引かせる程に。
とはいえ、誰しもが彼女を前に首を傾げるばかり……どうやら皆、憶えていない様だ。
「ああもう……最後が締まらないなんて最悪……」
「はは……まぁ仕方ありませんよ、貴女はしばらく表に出ていませんでしたし」
そんなやりとりを前に、勇達が再び考えを巡らせる。
彼女の顔がどこか記憶の隅にあって。
しかし福留の一言が引き金となり……咄嗟に勇がその顔を持ち上げた。
「思い出した……!! 貴女は確か……千野アナウンサー……?」
「そう!! 正解!!」
ようやく報われたと言わんばかりに彼女が勇達に鋭いサムズアップを見せつける。
そう、彼女は千野 由香。
かつて二年前の【東京事変】にて、デュゼローを存在を世界中に知らしめた人物である。
勇とデュゼローとの戦いの際にも、実況を行い二人の戦いを伝え続けた。
その後、デュゼローの協力者と疑われ、会社も追われ、世間からその姿を消したのだが……今こうして勇達の目の前に立っている。
それが勇達には不思議でならなかったのだ。
「千野って確か……デュゼローの宣言の時に居たリポーターよね」
「それだけじゃねぇ……サウジアラビアでの俺達の戦いを『救世同盟みたいだ』ってこき下ろしてた奴じゃねぇか!!」
茶奈達にとって、彼女の存在はあまり好ましいものでは無い。
一年前、サウジアラビアでの戦いで茶奈達が千野達を助けた事があった。
だがその後……日本で流れたのは、彼女達を咎め、陥れるの様な報道だったのである。
彼女達が怒るのも無理は無いだろう。
「それは私が望んだ形じゃなかった。 あれは日の本テレビが創ったねつ造ニュースだったのよ」
「えっ……」
弁明とも言える発言に、周囲が途端静まる。
困惑の空気が場を包む中……福留がそっと彼女の横に立ち、代弁する様に口を開いた。
「千野さんはかのサウジアラビアの際、本当は皆さんを応援する様な発言をしておりました。 しかし一部の役員がそれを歪めた形で報道する様に作り替えたのです。 千野さんはそれに納得出来ず、日の本テレビを退社し、その後独自に真実を伝えようと奔走したのです」
福留から語られる真実が茶奈達の驚きを呼び込む。
報道の闇……それをこうして今、初めて目の当たりにしたのだから。
「ま、匿名掲示板に書き込んだって誰も相手にしてくれなかったけどね」
「ですがそのおかげで私は貴女の存在に気付いたのですよ? 私はその後密かに千野さんとコンタクトを取り、協力を仰ぎました。 彼女のお陰で色々と証拠も集められましたしね。 小嶋由子氏を捕まえた時の映像、素晴らしかったでしょう?」
その時、その場に「ああっ!!」という声が響き渡った。
そう……小嶋由子逮捕の瞬間の映像は千野が撮ったのである。
全て計算づくだったのだろう。
小嶋が国外に去る一部始終を撮る為に、予め空港にスタンバイしていたのだ。
勇が現れたのは想定外であったが、それによって最高の映像を撮る事が出来たという訳である。
「なるほど……通りであれ程鮮明な映像が撮れてた訳だ……」
「あれは結構撮り応えある映像だったわ。 本当はプロにやってもらいたかったけどね」
彼女の本業はアナウンサー……撮る側ではない。
ただ知識はあったからこそ、今こうして役に立っているという訳である。
「彼女にはこれから我々の動きを逐一発信していただく事になります。 こうする事で少しでも正しい事をしている団体としてアピールする事が出来る訳ですね」
つまり彼女が広報担当。
勇達の戦いの真実を間近で映し続け、その正当性を示す。
こうする事で平和を望む人々の支持を受けられ、【救世同盟】には牽制にもなる。
情報戦こそが、この情報社会において物理戦闘にも並ぶ重要な戦いなのである。
「でもどうして……貴女はどちらかと言えばデュゼロー派なんじゃ?」
それはふとした疑問。
そう思うのも無理は無い……誰しもがかつての映像を見て思った事だろうから。
だが、それに対する回答は……勇の予想を超えたものであった。
「そうね、私は今もデュゼロー氏の言った事を信じているわ。 あの人の言う事には芯があった。 何があっても成し遂げる……そんな気概を感じさせる程のね。 だからこそ……私はここに居るの」
そう言い切った時、気性の荒い心輝や瀬玲が顔を僅かにしかめる。
彼女の言った理由がどこか抜けていて、どうにも理解出来なくて。
でもその懸念は、すぐにでも晴れる事になる。
「……あの人は私達に言ったわ。 『世界を全て救う事が出来たら、全ての責は私が負う』ってね。 そこで気付いたのよ、彼が自分を犠牲にして世界を救おうとしていたんだって。 例え最終的に世界の恨みを買っても、やり遂げようと思っていたんだってさ」
「デュゼローがそんな事を……」
「でも今の【救世同盟】は違う。 全てでは無いけれど、目立って動いている団体はどれも戦う事を目的としていて世界を救えるなんて微塵も考えていない。 彼の思想を利用してただ暴れ回っているだけ。 そんなの許せるはず無いじゃない。 だから私は彼等を止めなきゃいけない、そう思ったのよ」
それが千野の同行理由だった。
そしてそれは福留も知る所だ。
デュゼローの本音を間近で聴いた者だからこそ、この場所に居たいと願う。
【救世同盟】はもはや、デュゼローの思惑から逸脱した存在となっているのだから。
「なるほど……そういう事でしたら俺も少なからず協力させて頂きますよ」
「アリガト。 ま、私は私で好きにやらせてもらうつもり。 もちろん仕事はしっかりやりますけどね」
「それでいいさ……ありのままを映してほしい。 それだけで十分だ」
そう答えた勇を前に……千野がニコリと笑い、小さく頷く。
彼女はもう真実の探求者なのだ、言われなくとも仕事をこなすだろう。
ただそれに恥じる事の無い生活と戦いをすればいいだけの事。
勇達にはそうする事に何の負い目も無いからこそ……堂々と受け入れる事が出来たのだ。
こうして三人の仲間が新たに加わった。
新進気鋭とも言える仲間達を前に、勇達のテンションが更なる高まりを見せる。
だが彼等はまだ気付いていない。
最後を飾る四人目の仲間……その者が近づいてきている事に。
新たに吹き込まれた風が龍の体内を駆け巡る。
その全てが交わった時、如何な嵐が生まれるのか……今はまだ、誰も予想しえなかった。
遂にその日が訪れた。
同行を決めた一般人枠の人々は既にアルクトゥーンへ搭乗、各々に割り当てられた部屋へ移住を開始していた。
必要な物だけを運び込み、後は置いていく。
当然、空く事になる各実家は日本政府によって厳重な保護が図られ、空き巣対策などはバッチリだ。
竜星に至っては両親に状況を説明しつつもホームステイの様な感覚で送り出す事となり、結局一人での同行となった。
既に先日の時点で半数が完了し、本日で全ての人員が揃う手筈となっていた。
それはもちろん一般人枠だけに限らない。
国連から派遣される人員も入れ替えとなる。
今まで空島に居たのは、空島維持を目的とした調査団がメインだった。
しかしこれからは、戦いに秀でた兵隊が構成員として働く事になる。
入れ替えの対象はほぼ全員。
ロナーもまた、例外では無かった。
「ロナーさん、養生してくださいッス」
「カプロ氏、御健闘をお祈り致します。 創世の女神の祝福を胸に」
ストレッチャーに乗せられたロナーがカプロのお見送りの下、アルクトゥーンから去る。
彼女も元々はカプロの護衛に付いていたに過ぎない。
一時的な任務……これからの戦いにはもとより同行の予定は無かったのだ。
彼女は先日中に目を覚ましていた。
貧血状態ではあったが命はとりとめ、今こうやって生きて降機を果たしたのである。
一時的にとはいえ命を守ってもらった事に感謝を拭えず。
カプロはロナーを乗せたヘリコプターが空の彼方へ消えるまでずっと曇り空を仰ぎ続けていた。
その様な形で人員の入れ替えが行われていた頃。
勇達中核メンバーは会議室とも言える管制室に集まり、福留から話を受けていた。
それは勇達の今後に繋がるとても大事な事案。
「さて、全員が集まった所で……皆さんに重大な発表があります」
そう語る福留の顔に浮かぶのは……思いの外、余裕を感じさせる微笑。
「翌日、新団体の発表となりますが、それの前に中核メンバー人員の増員を致します」
その時、勇達が一斉にして驚きの声を上げる。
当然知らされておらず……困惑するのも無理は無い。
だが福留は……当然の如く表情を変えぬまま、淡々と語り続けた。
「実はですね……戦いを続けるにあたり、現状で不足した要素が我々にはあるのです。 様々な分野での知識や経験が、ね……」
これから勇達の戦いはとても厳しい物になる事が予想されるだろう。
その上で、これからの活動において必要な事が幾つか存在する。
一つ、戦略・戦術面の充実。
二つ、情報戦への対応。
三つ、各国との連携。
これらに対応するには、明らかに人員が足りない。
それぞれのプロフェッショナルが勇達の中には存在しないのだ。
戦いに関しては力任せのごり押ししか出来ない。
情報戦と言えば、福留の受け身の情報網に頼りっぱなしで発信力に乏しい。
各国の連携であればまだどうにかなるかもしれないが、交渉術となれば話は別。
今までは全て福留の力に頼ってきたが、これからはそういう訳にもいかない。
何故なら、福留はもう個人で動く事が出来なくなるからだ。
勇達の専属プラニスト……いわゆる提案者としてアルクトゥーンに常駐し続け、仲間達や同行者達の声を集めて解決を促す役割になるからである。
だからこそ福留は呼ぶ事にしたのだ。
それらの方面に長けた人物達を。
そしてそれは既に……勇達が立つ前から決まっていた事でもあった。
「という訳で……この場で一斉に紹介するつもりでしたので、追加人員は既に先日の時点でこの艦に乗り合わせています」
「相変わらず手際がいいですね……」
そこには僅かながら福留のお茶目な部分も見え隠れするかのよう。
サプライズとも言える展開に、勇達の心が躍る様であった。
「皆さんのそういう期待する所が見たかったのでね。 では早速ですが……紹介するとしましょうか」
すると福留が部屋中央のコンソールへと手を触れ、通信を始める。
もう操作方法を憶えたのだろう、手馴れた様な扱いが勇達の驚きを誘う。
「皆さん、管制室に来ていただけますか」
そう一言添えると、通信を終えるかの様にコンソールから手を離した。
この様に手短に済ませる事は今でも変わらない。
「さてさて、一体どんなダァムが登場するのかねぇ」
軽口を挟むディックに軽いツッコミが飛ぶ中、勇達が静かに待つ。
訪れる人物達がどの様な者達なのか……そんな期待を膨らませながら。
その時、軽い足取りで通路に足音を刻むのは……三人の人影。
そして遂にその者達が勇達の前に姿を現した時、その目が見開かれる。
福留に呼ばれた者達はいずれも……勇達のいずれかに面識のある者達だったのだから。
「おや、三人だけですか……まぁいいでしょう、早速紹介しますねぇ」
意味深な一言を残しつつも、福留が現れた人物達の前へと歩み寄る。
その時一番に彼に誘われ、胸を張って前に出る人物……それは茶奈とマヴォに面識のある、深緑の軍服の男であった。
「彼は中国政府からの協力という形で来られました、龍さんです」
「紹介に与った、龍 麗孝と言う。 よろしく頼む」
思わぬ人物の登場に、茶奈とマヴォと笠本が懐かしの余り口元を緩ませる。
彼とは僅かな間だけであったが、色々と世話になったからこそ。
「今回、君達が志新たに再出発するという事を福留氏から伺ってな、是非とも参加させて欲しいと打診した次第だ」
「彼は元々軍人でしたが、今回にあたって退役、戦術アドバイザーとしての役割を担ってもらう為に来ていただきました。 あ、もちろん中国政府との話は付いています」
龍の参加は福留にとってもありがたい話でもあった。
それというのも……龍ほどわかりやすく【救世同盟】と対立する立場の人間はほとんど存在しないからだ。
昔から中国は一党支配での政治を行ってきた。
これはいわゆる独裁支配とも言える事ではあるが、これによって保たれる秩序がある事は否めない。
だが現在中国では、【救世同盟】の思想が広がりつつあった。
彼等の思想に乗っかり、周辺諸国への侵攻を推し進める声が大きくなり始めたのである。
多党によって成り立つ自由主義国家にはそういった場合に互いの行いを諫める自浄作用が見られるのだが……一党支配となればその作用はほとんど働かない。
それが仇となり、思想の広がりを抑える事が出来ないでいるのだ。
それに対し、良識のある官僚が龍の様な保守派を集め、表立って対抗を始めたのである。
龍はそういった腐敗に対してハッキリとNOを突き付ける事が出来る人物。
それは茶奈達が倒したベゾー族達と軍の癒着を正そうとした実績があるからこそ。
それに相まって軍人であり、実績には申し分無い。
かの戦いの折も、真っ先に茶奈達の救援に向かった姿勢は信頼に値すると言い切れるだろう。
「お次ですが……彼女はもちろんご存知ですね」
「はい……ミシェルさん、数日ぶりです」
勇の歓迎に笑顔を振り向いたのはミシェル=スミス。
勇と茶奈に日本の事実を伝えた功労者とも言える人物である。
「えぇ……貴方達ならきっとやってくれると信じていましたよ」
その優しい笑顔は彼女を知らない者にも安らぎを与える。
相応の歳ではあるが、そうとは感じさせない柔らかさを持たせた姿はまるで聖母のよう。
僅かにふくよかさを持ち合わせながらも、ラインを崩さない灰色のスーツ姿がとても似合う。
「紹介頂きました、ミシェル=スミスと申します。 以前はアメリカの外交官として、今度は皆さんの仲間の一人として各国との橋渡しを行っていくつもりです。 どうかよろしくお願い致します」
「ミシェルさんは日本のみならず各国との太いパイプを持っていますので、訪れた先で動きやすくするよう彼女に交渉して頂く事になります」
例え世界を救うのが目的だとしても、他国の地を無許可で荒らしてしまえば結果的には【救世同盟】とやる事は変わらなくなってしまう。
その為にも、彼女の様な顔の知れた人物がその可否を伺う必要があるのだ。
それだけではない。
何かと動くには食料や消耗品などの戦略物資の補給が必要となる。
国連やアメリカ政府など、【救世同盟】に敵対する勢力からそういった補給物資を調達する事もまた彼女の役目。
経歴、経験共に福留の代わりとしては申し分ない人物という訳である。
そして三人目。
ミシェルの横に立つのもまた女性であった。
「次に彼女ですが……恐らく皆さん知っているハズです」
「あ、貴女は……!!」
そんな彼女、ミシェルよりも僅かに背が低く、見た目から日本人と思われる顔付き。
ショートで纏まった髪型は清潔さを感じさせ、化粧の乗った肌は見栄えに富んでいる。
明らかに人前に出る事を意識したかの様な、反りかえらんばかりに背筋を伸ばした姿が彼女の気の強さを表すかのよう。
黒のレディーススーツ身に纏い、妖艶さすら感じさせる彼女を前に、ディックも思わず声を唸らせていた。
そんな彼女こそ―――
「……えーっと……誰でしたっけ?」
「なんでよッ!?」
途端、心輝ばりのツッコミがその場に木霊する。
いつものツッコミ役である心輝が思わず首を引かせる程に。
とはいえ、誰しもが彼女を前に首を傾げるばかり……どうやら皆、憶えていない様だ。
「ああもう……最後が締まらないなんて最悪……」
「はは……まぁ仕方ありませんよ、貴女はしばらく表に出ていませんでしたし」
そんなやりとりを前に、勇達が再び考えを巡らせる。
彼女の顔がどこか記憶の隅にあって。
しかし福留の一言が引き金となり……咄嗟に勇がその顔を持ち上げた。
「思い出した……!! 貴女は確か……千野アナウンサー……?」
「そう!! 正解!!」
ようやく報われたと言わんばかりに彼女が勇達に鋭いサムズアップを見せつける。
そう、彼女は千野 由香。
かつて二年前の【東京事変】にて、デュゼローを存在を世界中に知らしめた人物である。
勇とデュゼローとの戦いの際にも、実況を行い二人の戦いを伝え続けた。
その後、デュゼローの協力者と疑われ、会社も追われ、世間からその姿を消したのだが……今こうして勇達の目の前に立っている。
それが勇達には不思議でならなかったのだ。
「千野って確か……デュゼローの宣言の時に居たリポーターよね」
「それだけじゃねぇ……サウジアラビアでの俺達の戦いを『救世同盟みたいだ』ってこき下ろしてた奴じゃねぇか!!」
茶奈達にとって、彼女の存在はあまり好ましいものでは無い。
一年前、サウジアラビアでの戦いで茶奈達が千野達を助けた事があった。
だがその後……日本で流れたのは、彼女達を咎め、陥れるの様な報道だったのである。
彼女達が怒るのも無理は無いだろう。
「それは私が望んだ形じゃなかった。 あれは日の本テレビが創ったねつ造ニュースだったのよ」
「えっ……」
弁明とも言える発言に、周囲が途端静まる。
困惑の空気が場を包む中……福留がそっと彼女の横に立ち、代弁する様に口を開いた。
「千野さんはかのサウジアラビアの際、本当は皆さんを応援する様な発言をしておりました。 しかし一部の役員がそれを歪めた形で報道する様に作り替えたのです。 千野さんはそれに納得出来ず、日の本テレビを退社し、その後独自に真実を伝えようと奔走したのです」
福留から語られる真実が茶奈達の驚きを呼び込む。
報道の闇……それをこうして今、初めて目の当たりにしたのだから。
「ま、匿名掲示板に書き込んだって誰も相手にしてくれなかったけどね」
「ですがそのおかげで私は貴女の存在に気付いたのですよ? 私はその後密かに千野さんとコンタクトを取り、協力を仰ぎました。 彼女のお陰で色々と証拠も集められましたしね。 小嶋由子氏を捕まえた時の映像、素晴らしかったでしょう?」
その時、その場に「ああっ!!」という声が響き渡った。
そう……小嶋由子逮捕の瞬間の映像は千野が撮ったのである。
全て計算づくだったのだろう。
小嶋が国外に去る一部始終を撮る為に、予め空港にスタンバイしていたのだ。
勇が現れたのは想定外であったが、それによって最高の映像を撮る事が出来たという訳である。
「なるほど……通りであれ程鮮明な映像が撮れてた訳だ……」
「あれは結構撮り応えある映像だったわ。 本当はプロにやってもらいたかったけどね」
彼女の本業はアナウンサー……撮る側ではない。
ただ知識はあったからこそ、今こうして役に立っているという訳である。
「彼女にはこれから我々の動きを逐一発信していただく事になります。 こうする事で少しでも正しい事をしている団体としてアピールする事が出来る訳ですね」
つまり彼女が広報担当。
勇達の戦いの真実を間近で映し続け、その正当性を示す。
こうする事で平和を望む人々の支持を受けられ、【救世同盟】には牽制にもなる。
情報戦こそが、この情報社会において物理戦闘にも並ぶ重要な戦いなのである。
「でもどうして……貴女はどちらかと言えばデュゼロー派なんじゃ?」
それはふとした疑問。
そう思うのも無理は無い……誰しもがかつての映像を見て思った事だろうから。
だが、それに対する回答は……勇の予想を超えたものであった。
「そうね、私は今もデュゼロー氏の言った事を信じているわ。 あの人の言う事には芯があった。 何があっても成し遂げる……そんな気概を感じさせる程のね。 だからこそ……私はここに居るの」
そう言い切った時、気性の荒い心輝や瀬玲が顔を僅かにしかめる。
彼女の言った理由がどこか抜けていて、どうにも理解出来なくて。
でもその懸念は、すぐにでも晴れる事になる。
「……あの人は私達に言ったわ。 『世界を全て救う事が出来たら、全ての責は私が負う』ってね。 そこで気付いたのよ、彼が自分を犠牲にして世界を救おうとしていたんだって。 例え最終的に世界の恨みを買っても、やり遂げようと思っていたんだってさ」
「デュゼローがそんな事を……」
「でも今の【救世同盟】は違う。 全てでは無いけれど、目立って動いている団体はどれも戦う事を目的としていて世界を救えるなんて微塵も考えていない。 彼の思想を利用してただ暴れ回っているだけ。 そんなの許せるはず無いじゃない。 だから私は彼等を止めなきゃいけない、そう思ったのよ」
それが千野の同行理由だった。
そしてそれは福留も知る所だ。
デュゼローの本音を間近で聴いた者だからこそ、この場所に居たいと願う。
【救世同盟】はもはや、デュゼローの思惑から逸脱した存在となっているのだから。
「なるほど……そういう事でしたら俺も少なからず協力させて頂きますよ」
「アリガト。 ま、私は私で好きにやらせてもらうつもり。 もちろん仕事はしっかりやりますけどね」
「それでいいさ……ありのままを映してほしい。 それだけで十分だ」
そう答えた勇を前に……千野がニコリと笑い、小さく頷く。
彼女はもう真実の探求者なのだ、言われなくとも仕事をこなすだろう。
ただそれに恥じる事の無い生活と戦いをすればいいだけの事。
勇達にはそうする事に何の負い目も無いからこそ……堂々と受け入れる事が出来たのだ。
こうして三人の仲間が新たに加わった。
新進気鋭とも言える仲間達を前に、勇達のテンションが更なる高まりを見せる。
だが彼等はまだ気付いていない。
最後を飾る四人目の仲間……その者が近づいてきている事に。
新たに吹き込まれた風が龍の体内を駆け巡る。
その全てが交わった時、如何な嵐が生まれるのか……今はまだ、誰も予想しえなかった。
応援ありがとうございます!
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