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第二十七節「空白の年月 無念重ねて なお想い途切れず」
~久しぶりの再会~
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その日、日曜。
洗濯物を干すには最適という天気予報が示す通り、空は快晴。
日光が強く降り注ぎ、陽気が休みを盛り上げている様であった。
東京―――渋谷。
中心部こそまだ手が入らぬものの、外縁部は今や魔者すら姿を見せる。
駅前に至っては既に以前と変わらず整備されており、この地を訪れたい者達は電車を使ってこの場所へやってくるのが一般的だ。
【共存街渋谷】……それが今の名前だった。
当時のポップな雰囲気こそ残ってはいないが、観光地としてだけでなく人が憩う場としても十分な様相を誇る。
今や多くの人間がその場所で行き交い、それぞれの想いを馳せながら生きていた。
「早過ぎたかな……」
そんな渋谷の駅前で、サングラスを掛けた男が一人呟き時計を眺める。
誰にも気付かれる事無く……壁に背を預けながら待ち人を静かに待つ。
そう……勇である。
時刻は9時過ぎ……予定していた時間よりも僅かに早い。
彼の服装はいつもと変わらない、シャツにチノパン、襟付きの白い上着を羽織っただけの軽い格好。
それもそのはず……彼は今日、空中滑走の体裁で来ていたからだ。
彼に対する監視は今でも続いている。
特に今日この日……茶奈が外出する日ともあり、彼を監視する目は目立つ程に多かった。
しかしそれは彼にとっては予想の範囲内。
今、彼は全く別の場所を跳んでいる事になっている。
そう思わせる様にフェイクを入れ、今こうして渋谷に訪れたという訳だ。
茶奈に会う為に……細心の注意を払いながら。
時刻を逐一確認し、訪れる電車の停止音に耳を傾け時を待つ。
勇がそれを繰り返しながらソワソワする気分を抑えつつ、ふと視線を駅構内へと移した。
すると……電車が去っていく音と共に、構内から見た事のある服装を身に纏った一人の女性がゆっくりと歩いてくる姿が目に留まる。
白のワンピースにタンポポ色のカーディガン、小さなポーチを片手に携え、直射日光を遮る様に麦わら帽子を被り、眼鏡を掛けたその顔に影を落としていた。
「あ……」
その時、勇が思わず口を開けて惚ける様を見せる。
「久しぶりです、勇さん……」
そんな彼に向けて、女性が笑みを零す。
彼女こそが茶奈……二年ぶりの再会であった。
◇◇◇
多くの人々が行き交う街で、二人の男女が並び歩く。
それはどこにでも見られる光景で、すっかり風景の一部として溶け込む様を見せていた。
茶奈も勇と同様に、自然に近い形で監視の目から逃れていた。
衣服は持参品だが盗聴器や発信機の類は付いていない。
手にある道具も現地調達……監視機器が付いているであろう持参の荷物はしっかりと盗難されやすい様に細工してあって、結果は言わずもがな。
勇と茶奈……もはや二人が共に歩くのを遮る者は誰一人としていない。
彼等がこの場所に居る事など、誰も知りはしないのだ。
「なんていうかこう、久々だと何から話したらいいか思い付かないね」
「うん……もう、沢山話したい事があり過ぎて……」
二人の口には笑みが浮かぶも、会話の内容はそんなやりとりばかり。
こんな事も久しぶりで、互いにどうにも恥ずかしいのだろう。
「まぁどこか落ち着ける場所……あそこの店にでも入ろうか」
「あそこ……ですか……」
勇が指を差して示すのは、スィーツ食べ放題のお店。
茶奈の事を知ってのチョイスなのだろうが……彼女が僅かに声を籠らせる。
「あれ? 苦手だったっけ?」
茶奈の反応に気付き、勇が思わず頬を指で掻く。
だがそれに対して彼女は首を横に振って返した。
「違いますよ……勇さん、最初から私を食い倒れさせるつもりですか……!」
既に彼女の目には輝きが灯っていた。
欲を抑えるかの様にその両目を両手で覆う。
肩をすぼめて目を覆う彼女に勇が向けるのは、いじらしさを交えた笑みだった。
「じゃあ、俺が一人で食べるから茶奈は我慢しているといいさ」
「もうっ、勇さん!!」
茶奈が堪らず勇の肩を「てしてし」と叩く。
そんな彼女もどこか嬉しそうだ。
勇が言う程甘い物が好きな訳ではない事を知っているからこそ、茶奈はそれが冗談である事にすぐに気付いていた様だが。
店内へ足を踏み入れると……内装の綺麗さだけでなく、内部の様子までが二人の興味を惹く。
僅かワンペアだけであるが……魔者が二人ほど店を利用している姿が目に留まったのだ。
そして彼等は相席している人間と話し、楽しそうに笑っている。
恐らく相席している人も彼等の知り合いなのだろう。
勇達の居る街とは目と鼻の先とも言えるこの街で、こうやって魔者が自然体で過ごす。
それがどうにも勇には久しく感じる感覚の様で……思わず笑みが浮かんでいた。
店員に案内されて席へと座ると……二人がメニューを机に広げ、食べたい物を注文する。
オーダー形式の食べ放題の様で、しきりに動き回る店員は忙しそうだ……きっと繁盛しているのだろう。
間も無く訪れた店員からドリンクと注文のスィーツを差し出され……料理を前に、二人が改めて顔を合わせた。
「本部内でスィーツとか出る?」
「あっても普通の市販のショートケーキとかかなぁ……時々ね、笠本さんと安居さんが仕入れてくれるんだ」
魔特隊が変わる以前から知る彼女達だからこそ、そういった気配りをしてくれる。
そういった所に助けられて、今も茶奈達は食に対して不満を持った事はあまり無い様だ。
「へぇ……もういっそ材料仕入れてもらって自分達で作れればいいんだけどな」
「それもやりたかったんだけど……他の隊員の目があるから……」
彼女曰く、本部内で【一番隊】と【二番隊】に対する目は厳しいのだという。
【東京事変】の当事者で監視対象であるのと同時に、彼女達が本部内で好き勝手にやる事を良く思っていない者が多いらしい。
「今は随分過ごし難そうだな……本部内しか動けないんだから自由にさせてくれてもいいのにな」
「そうですよね……訓練は他部隊優先、訓練内容を見せても貰えないし、見せる事も出来ないんですよ。 レクリエーションルームも今はなかなか使えないし、やれる事は精々自室で寝るか自主練するかゲームするかくらいしかないんですよ……スマホも無いですし……」
徐々に発する声が小さくなり、彼女の悲痛を感じ取った勇の顔が思わず陰る。
想像していたよりもずっと不便な生活を強いられて来た彼女に共感したのだろう。
自身もまた行動制限を強いられて来たから。
しかしそれに伴い、彼女の本音もまた……その口から漏れ始めていた。
「魔特隊だけじゃなく、政府の指示もどこかおかしいんです。 何か秘密主義的な雰囲気を感じますし、世界で起きている事が報道されない……まるで日本という国を柵で覆ってるみたい」
「茶奈……」
思いがけない茶奈の暴露話に、勇の顔が固まる。
勇は海外の事情など知らない。
厳密に言えば、知ってはならない。
それもまた、政府によって課せられた枷だったから。
そしてテレビでも海外の事情などほとんど放映されない。
せいぜい救世同盟のテロが起きた、などといったものばかりだ。
彼が知る以上、想像以上に……彼女は何かを知っている様だった。
最後の一言を発した時、茶奈の顔が俯き陰りを帯びる。
居た堪れない様子を見せる茶奈を前に、勇はケーキの先端を刻むフォークを掴んだ手が止まり、僅かにその目が細らせた。
すると、そんな彼を前に茶奈は何を思ったのか……手に持ったフォークをまだ塊とも言える勇のケーキへと突き刺し、そのまま口へとパクリと頬張ったのだった。
「ちゃ、茶奈……!?」
頬を膨らませ、もごもごと頬張ったケーキを荒々しく噛み砕く。
そして間も無く……内包物は喉を通り、彼女のお腹へと消えたのだった。
「……色々ありますけど、今は我慢して、いつか報われる時が来るって信じてましたから……私は全然大丈夫です。 だから……あんまり気に病まないで下さいね?」
「……うん、わかった。 君は本当に強くなったよ……俺が知っているよりもずっと……」
「ふふっ、これでも部隊長ですからね」
気付けば茶奈のケーキも既に消えていた。
そのまま彼女は机に備えてあった呼び鈴を押して店員を呼ぶ。
そして新しいスィーツの注文を行い、間も無く現れた新しい供物に瞳を輝かせるのだった。
こうやってストレスを発散する事が出来るのならば、それが彼女の本望だったのだろう。
洗濯物を干すには最適という天気予報が示す通り、空は快晴。
日光が強く降り注ぎ、陽気が休みを盛り上げている様であった。
東京―――渋谷。
中心部こそまだ手が入らぬものの、外縁部は今や魔者すら姿を見せる。
駅前に至っては既に以前と変わらず整備されており、この地を訪れたい者達は電車を使ってこの場所へやってくるのが一般的だ。
【共存街渋谷】……それが今の名前だった。
当時のポップな雰囲気こそ残ってはいないが、観光地としてだけでなく人が憩う場としても十分な様相を誇る。
今や多くの人間がその場所で行き交い、それぞれの想いを馳せながら生きていた。
「早過ぎたかな……」
そんな渋谷の駅前で、サングラスを掛けた男が一人呟き時計を眺める。
誰にも気付かれる事無く……壁に背を預けながら待ち人を静かに待つ。
そう……勇である。
時刻は9時過ぎ……予定していた時間よりも僅かに早い。
彼の服装はいつもと変わらない、シャツにチノパン、襟付きの白い上着を羽織っただけの軽い格好。
それもそのはず……彼は今日、空中滑走の体裁で来ていたからだ。
彼に対する監視は今でも続いている。
特に今日この日……茶奈が外出する日ともあり、彼を監視する目は目立つ程に多かった。
しかしそれは彼にとっては予想の範囲内。
今、彼は全く別の場所を跳んでいる事になっている。
そう思わせる様にフェイクを入れ、今こうして渋谷に訪れたという訳だ。
茶奈に会う為に……細心の注意を払いながら。
時刻を逐一確認し、訪れる電車の停止音に耳を傾け時を待つ。
勇がそれを繰り返しながらソワソワする気分を抑えつつ、ふと視線を駅構内へと移した。
すると……電車が去っていく音と共に、構内から見た事のある服装を身に纏った一人の女性がゆっくりと歩いてくる姿が目に留まる。
白のワンピースにタンポポ色のカーディガン、小さなポーチを片手に携え、直射日光を遮る様に麦わら帽子を被り、眼鏡を掛けたその顔に影を落としていた。
「あ……」
その時、勇が思わず口を開けて惚ける様を見せる。
「久しぶりです、勇さん……」
そんな彼に向けて、女性が笑みを零す。
彼女こそが茶奈……二年ぶりの再会であった。
◇◇◇
多くの人々が行き交う街で、二人の男女が並び歩く。
それはどこにでも見られる光景で、すっかり風景の一部として溶け込む様を見せていた。
茶奈も勇と同様に、自然に近い形で監視の目から逃れていた。
衣服は持参品だが盗聴器や発信機の類は付いていない。
手にある道具も現地調達……監視機器が付いているであろう持参の荷物はしっかりと盗難されやすい様に細工してあって、結果は言わずもがな。
勇と茶奈……もはや二人が共に歩くのを遮る者は誰一人としていない。
彼等がこの場所に居る事など、誰も知りはしないのだ。
「なんていうかこう、久々だと何から話したらいいか思い付かないね」
「うん……もう、沢山話したい事があり過ぎて……」
二人の口には笑みが浮かぶも、会話の内容はそんなやりとりばかり。
こんな事も久しぶりで、互いにどうにも恥ずかしいのだろう。
「まぁどこか落ち着ける場所……あそこの店にでも入ろうか」
「あそこ……ですか……」
勇が指を差して示すのは、スィーツ食べ放題のお店。
茶奈の事を知ってのチョイスなのだろうが……彼女が僅かに声を籠らせる。
「あれ? 苦手だったっけ?」
茶奈の反応に気付き、勇が思わず頬を指で掻く。
だがそれに対して彼女は首を横に振って返した。
「違いますよ……勇さん、最初から私を食い倒れさせるつもりですか……!」
既に彼女の目には輝きが灯っていた。
欲を抑えるかの様にその両目を両手で覆う。
肩をすぼめて目を覆う彼女に勇が向けるのは、いじらしさを交えた笑みだった。
「じゃあ、俺が一人で食べるから茶奈は我慢しているといいさ」
「もうっ、勇さん!!」
茶奈が堪らず勇の肩を「てしてし」と叩く。
そんな彼女もどこか嬉しそうだ。
勇が言う程甘い物が好きな訳ではない事を知っているからこそ、茶奈はそれが冗談である事にすぐに気付いていた様だが。
店内へ足を踏み入れると……内装の綺麗さだけでなく、内部の様子までが二人の興味を惹く。
僅かワンペアだけであるが……魔者が二人ほど店を利用している姿が目に留まったのだ。
そして彼等は相席している人間と話し、楽しそうに笑っている。
恐らく相席している人も彼等の知り合いなのだろう。
勇達の居る街とは目と鼻の先とも言えるこの街で、こうやって魔者が自然体で過ごす。
それがどうにも勇には久しく感じる感覚の様で……思わず笑みが浮かんでいた。
店員に案内されて席へと座ると……二人がメニューを机に広げ、食べたい物を注文する。
オーダー形式の食べ放題の様で、しきりに動き回る店員は忙しそうだ……きっと繁盛しているのだろう。
間も無く訪れた店員からドリンクと注文のスィーツを差し出され……料理を前に、二人が改めて顔を合わせた。
「本部内でスィーツとか出る?」
「あっても普通の市販のショートケーキとかかなぁ……時々ね、笠本さんと安居さんが仕入れてくれるんだ」
魔特隊が変わる以前から知る彼女達だからこそ、そういった気配りをしてくれる。
そういった所に助けられて、今も茶奈達は食に対して不満を持った事はあまり無い様だ。
「へぇ……もういっそ材料仕入れてもらって自分達で作れればいいんだけどな」
「それもやりたかったんだけど……他の隊員の目があるから……」
彼女曰く、本部内で【一番隊】と【二番隊】に対する目は厳しいのだという。
【東京事変】の当事者で監視対象であるのと同時に、彼女達が本部内で好き勝手にやる事を良く思っていない者が多いらしい。
「今は随分過ごし難そうだな……本部内しか動けないんだから自由にさせてくれてもいいのにな」
「そうですよね……訓練は他部隊優先、訓練内容を見せても貰えないし、見せる事も出来ないんですよ。 レクリエーションルームも今はなかなか使えないし、やれる事は精々自室で寝るか自主練するかゲームするかくらいしかないんですよ……スマホも無いですし……」
徐々に発する声が小さくなり、彼女の悲痛を感じ取った勇の顔が思わず陰る。
想像していたよりもずっと不便な生活を強いられて来た彼女に共感したのだろう。
自身もまた行動制限を強いられて来たから。
しかしそれに伴い、彼女の本音もまた……その口から漏れ始めていた。
「魔特隊だけじゃなく、政府の指示もどこかおかしいんです。 何か秘密主義的な雰囲気を感じますし、世界で起きている事が報道されない……まるで日本という国を柵で覆ってるみたい」
「茶奈……」
思いがけない茶奈の暴露話に、勇の顔が固まる。
勇は海外の事情など知らない。
厳密に言えば、知ってはならない。
それもまた、政府によって課せられた枷だったから。
そしてテレビでも海外の事情などほとんど放映されない。
せいぜい救世同盟のテロが起きた、などといったものばかりだ。
彼が知る以上、想像以上に……彼女は何かを知っている様だった。
最後の一言を発した時、茶奈の顔が俯き陰りを帯びる。
居た堪れない様子を見せる茶奈を前に、勇はケーキの先端を刻むフォークを掴んだ手が止まり、僅かにその目が細らせた。
すると、そんな彼を前に茶奈は何を思ったのか……手に持ったフォークをまだ塊とも言える勇のケーキへと突き刺し、そのまま口へとパクリと頬張ったのだった。
「ちゃ、茶奈……!?」
頬を膨らませ、もごもごと頬張ったケーキを荒々しく噛み砕く。
そして間も無く……内包物は喉を通り、彼女のお腹へと消えたのだった。
「……色々ありますけど、今は我慢して、いつか報われる時が来るって信じてましたから……私は全然大丈夫です。 だから……あんまり気に病まないで下さいね?」
「……うん、わかった。 君は本当に強くなったよ……俺が知っているよりもずっと……」
「ふふっ、これでも部隊長ですからね」
気付けば茶奈のケーキも既に消えていた。
そのまま彼女は机に備えてあった呼び鈴を押して店員を呼ぶ。
そして新しいスィーツの注文を行い、間も無く現れた新しい供物に瞳を輝かせるのだった。
こうやってストレスを発散する事が出来るのならば、それが彼女の本望だったのだろう。
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