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第二十七節「空白の年月 無念重ねて なお想い途切れず」
~それぞれの空~
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最初の変容、世界の転移が起きてから五年。
月日は流れ、世界の流れは大きく変わってしまった。
それでも人は適応し、今となっては日常に溶け込んでいる。
別世界から訪れた人間や魔者すらも、僅かであるが人と共に生きる事を選択する者が増えていた。
反共存団体とも言える【救世同盟】。
互いの世界の存在を憎み合い、否定し続ける事で世界の理を存続させるのが彼等の目的。
その思想は世界に広がりつつあるが、それと同時に共存を望む声も少なくは無い。
『あちら側』と呼ぶ別世界において、人間と魔者は憎み、恨み、争い合う存在だった。
だがこうして『こちら側』の人間を介して手を取り合える事を知った。
今はまだ歪かもしれない。
それでも、時が経てばその形はいずれ整うだろう。
流水に打たれ続けた石の様に。
世界がそれを成す事を許すのならば……。
◇◇◇
かつて東京の中心地の一つとして発展し、多くの人が行き交っていた活気のある街……渋谷。
だがフララジカが起きて以降しばらく、人はその場所を忌み嫌って近づこうとはしなかった。
何故なら、当時その現象と共に現れた魔者が多くの人々を虐殺したという事があったから。
またフララジカによって行方不明になった人間も数知れず……そういった事もあったのだから人々が不安に思うのも無理はないだろう。
だが近年、魔者との和解と共存を謡った都市が世界中で名乗りを上げた。
魔者と争わずに共に生きる道を選択した人々は、変容した土地の再開拓を彼等に任せたのだ。
現代の技術を教え、共に築き、造りを讃えあう。
そんな文化が世界の各所で生まれ始めていた。
渋谷もその一つだ。
勇達魔特隊の活躍もあって、世界で最も魔者関連に詳しい国となった日本。
共存都市という場所の設立こそ出遅れてしまったが……【東京事変】の収束後に大きく計画が進んだ様だ。
元々ビル群が立ち並ぶその土地は森と混ざり合って緑生い茂る地と成った。
フララジカの影響なのだろうか、街が丸ごと植物と一体化したのにも関わらず通電などのインフラは未だ生きている。
それを生かす形での再開拓ともあり、大きな工事などは必要無かった。
既に街の八割程に人の手が入り、多くの魔者がその地に移り住んでいる。
もちろん争いなどは無く、日本政府の保護の下で補助を受けながら現代人とさほど変わらない生活を送っている。
最初は戸惑うばかりだったが……彼等は順応するのも早かった。
気付けば現代機器を扱う様になり、現実だけでなくインターネットの世界にまで手を出す様になっていた。
有志を募り、彼等と共にその場に住む人間も既に居る。
量販店もあれば、魔者達が造った物を扱う店もあり、観光客を呼び込む。
気取ったカフェもあれば、インフラを整備する為の会社すらある。
そこはもう、東京の中にある一つの街となっているのだ。
そんな渋谷の奥地、未だ人の手が入らない場所にある一つのビル。
元々そこは入るテナントも無かったのだろう……古い造りが目立つ廃ビルだった。
それに加えて森と融合したことで苔やツタが絡み、混ざり、古臭さを一層増させていた。
そのビルの内部階上にある一つの部屋。
そこに居るのは、尻を突き座り込む一人の少女。
半目を見開かせた光悦な笑みを浮かべ、虚空を見つめる様に何も無い天井を見上げている。
だが……少女は明らかに普通では無かった。
その顔、その体、全身が赤。
決して、肌の色がそうなのではない。
それは生臭い錆の臭いを伴う血玉の真紅。
一糸纏わぬ肢体をまんべんなく赤黒い液体が染め上げ、何重にも包み込んだかのように重厚な艶やかさを放っていた。
そして彼女が座り込む場も赤。
それもまた、ただの床では無い。
幾重にも積み重ねられた肉の山。
彼女はそこに座して悦を興じていたのである。
人間だけではなく、魔者すらその死体の山に含まれる。
未だ温かすら感じられる血肉。
先程までは生きていたのだろう。
もはや誰一人として動く者は居ない。
そんな時ふと、彼女は山から滑るように降り……「ぬたり」と赤黒い液体を浸らせながら立ち上がる。
どこか覚束ない足取りで、「ひたり、ひたり」と部屋の外へと歩いていった。
少女は部屋から出ると、変わらぬ足捌きでゆっくりと廊下を歩いていく。
その跡には酸素を吸って粘性を帯びた赤い足跡が一つ一つ刻まれている。
誰一人居ない廃ビルで、誰にも気付かれる事無く階段を登り……その足跡を増やしていった。
ピュウ……
僅かなビル風が風切り音を響かせる。
そこは廃ビルの屋上。
青空と太陽が覗き、何者も隠す物の無いその場所に……少女が姿を現した。
少女はそっと空を見上げ、変わる事の無い悦な表情を浮かべたまま……恥ずかしがる事無く太陽の光を一身に浴びる。
「……待ちに待った時が来た……」
少女が呟く。
だが声は、その声質に似合わずどこかおぞましさを帯びる。
「……幾百億の時を越えて……積み重ねられた怨念は……もはや誰にも止められない……」
その時、くたりと下がっていた両腕がゆらりと揺れた。
「ありがとう世界ッ!!!」
「おめでとう未来ッ!!!」
途端、その両腕が大きく左右へ広げられ、彼女の感情が迸る。
悦な笑みはもはや見開き、絶頂を体した様相へと変貌を遂げていた。
「せいぜい愉しめ……若き人の子達よ―――」
だが途端に顔が下がり、大きな影を作った時……少女の顔に浮かぶのは―――狂喜。
「―――最後の楽園を……!!」
彼女の名は小野崎 紫織。
どこにでもいるはずだったただの少女。
しかし、その内に潜むのは彼女自身とは言い難い……異質。
藤咲勇が、小野崎紫織が、共に同じ空を見上げ、それぞれの想いを馳せる。
彼等が見る空に描かれた景色は、果たしてどの様な光景なのだろうか……。
月日は流れ、世界の流れは大きく変わってしまった。
それでも人は適応し、今となっては日常に溶け込んでいる。
別世界から訪れた人間や魔者すらも、僅かであるが人と共に生きる事を選択する者が増えていた。
反共存団体とも言える【救世同盟】。
互いの世界の存在を憎み合い、否定し続ける事で世界の理を存続させるのが彼等の目的。
その思想は世界に広がりつつあるが、それと同時に共存を望む声も少なくは無い。
『あちら側』と呼ぶ別世界において、人間と魔者は憎み、恨み、争い合う存在だった。
だがこうして『こちら側』の人間を介して手を取り合える事を知った。
今はまだ歪かもしれない。
それでも、時が経てばその形はいずれ整うだろう。
流水に打たれ続けた石の様に。
世界がそれを成す事を許すのならば……。
◇◇◇
かつて東京の中心地の一つとして発展し、多くの人が行き交っていた活気のある街……渋谷。
だがフララジカが起きて以降しばらく、人はその場所を忌み嫌って近づこうとはしなかった。
何故なら、当時その現象と共に現れた魔者が多くの人々を虐殺したという事があったから。
またフララジカによって行方不明になった人間も数知れず……そういった事もあったのだから人々が不安に思うのも無理はないだろう。
だが近年、魔者との和解と共存を謡った都市が世界中で名乗りを上げた。
魔者と争わずに共に生きる道を選択した人々は、変容した土地の再開拓を彼等に任せたのだ。
現代の技術を教え、共に築き、造りを讃えあう。
そんな文化が世界の各所で生まれ始めていた。
渋谷もその一つだ。
勇達魔特隊の活躍もあって、世界で最も魔者関連に詳しい国となった日本。
共存都市という場所の設立こそ出遅れてしまったが……【東京事変】の収束後に大きく計画が進んだ様だ。
元々ビル群が立ち並ぶその土地は森と混ざり合って緑生い茂る地と成った。
フララジカの影響なのだろうか、街が丸ごと植物と一体化したのにも関わらず通電などのインフラは未だ生きている。
それを生かす形での再開拓ともあり、大きな工事などは必要無かった。
既に街の八割程に人の手が入り、多くの魔者がその地に移り住んでいる。
もちろん争いなどは無く、日本政府の保護の下で補助を受けながら現代人とさほど変わらない生活を送っている。
最初は戸惑うばかりだったが……彼等は順応するのも早かった。
気付けば現代機器を扱う様になり、現実だけでなくインターネットの世界にまで手を出す様になっていた。
有志を募り、彼等と共にその場に住む人間も既に居る。
量販店もあれば、魔者達が造った物を扱う店もあり、観光客を呼び込む。
気取ったカフェもあれば、インフラを整備する為の会社すらある。
そこはもう、東京の中にある一つの街となっているのだ。
そんな渋谷の奥地、未だ人の手が入らない場所にある一つのビル。
元々そこは入るテナントも無かったのだろう……古い造りが目立つ廃ビルだった。
それに加えて森と融合したことで苔やツタが絡み、混ざり、古臭さを一層増させていた。
そのビルの内部階上にある一つの部屋。
そこに居るのは、尻を突き座り込む一人の少女。
半目を見開かせた光悦な笑みを浮かべ、虚空を見つめる様に何も無い天井を見上げている。
だが……少女は明らかに普通では無かった。
その顔、その体、全身が赤。
決して、肌の色がそうなのではない。
それは生臭い錆の臭いを伴う血玉の真紅。
一糸纏わぬ肢体をまんべんなく赤黒い液体が染め上げ、何重にも包み込んだかのように重厚な艶やかさを放っていた。
そして彼女が座り込む場も赤。
それもまた、ただの床では無い。
幾重にも積み重ねられた肉の山。
彼女はそこに座して悦を興じていたのである。
人間だけではなく、魔者すらその死体の山に含まれる。
未だ温かすら感じられる血肉。
先程までは生きていたのだろう。
もはや誰一人として動く者は居ない。
そんな時ふと、彼女は山から滑るように降り……「ぬたり」と赤黒い液体を浸らせながら立ち上がる。
どこか覚束ない足取りで、「ひたり、ひたり」と部屋の外へと歩いていった。
少女は部屋から出ると、変わらぬ足捌きでゆっくりと廊下を歩いていく。
その跡には酸素を吸って粘性を帯びた赤い足跡が一つ一つ刻まれている。
誰一人居ない廃ビルで、誰にも気付かれる事無く階段を登り……その足跡を増やしていった。
ピュウ……
僅かなビル風が風切り音を響かせる。
そこは廃ビルの屋上。
青空と太陽が覗き、何者も隠す物の無いその場所に……少女が姿を現した。
少女はそっと空を見上げ、変わる事の無い悦な表情を浮かべたまま……恥ずかしがる事無く太陽の光を一身に浴びる。
「……待ちに待った時が来た……」
少女が呟く。
だが声は、その声質に似合わずどこかおぞましさを帯びる。
「……幾百億の時を越えて……積み重ねられた怨念は……もはや誰にも止められない……」
その時、くたりと下がっていた両腕がゆらりと揺れた。
「ありがとう世界ッ!!!」
「おめでとう未来ッ!!!」
途端、その両腕が大きく左右へ広げられ、彼女の感情が迸る。
悦な笑みはもはや見開き、絶頂を体した様相へと変貌を遂げていた。
「せいぜい愉しめ……若き人の子達よ―――」
だが途端に顔が下がり、大きな影を作った時……少女の顔に浮かぶのは―――狂喜。
「―――最後の楽園を……!!」
彼女の名は小野崎 紫織。
どこにでもいるはずだったただの少女。
しかし、その内に潜むのは彼女自身とは言い難い……異質。
藤咲勇が、小野崎紫織が、共に同じ空を見上げ、それぞれの想いを馳せる。
彼等が見る空に描かれた景色は、果たしてどの様な光景なのだろうか……。
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