時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第二十六節「白日の下へ 信念と現実 黒き爪痕は深く遠く」

~肌に触れた温もり~

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 今この時、都庁が揺れた。
 展望台で勇とデュゼローが剣を交え、一階で茶奈達が力を迸らせたからこそ。
 それに間も無く、茶奈達とギューゼルの戦いが始まろうとしている。

 故に間も無く、この巨大な双塔へ激震が走るだろう。
 彼女達の力はもはやこの様な建物では抑えきれない程に強大なのだ。

バキキッ!
パァンッ!!

 一階周辺を象る窓硝子や電灯に亀裂が入り、中には割れる物まで。
 それだけの振動が周囲を覆い尽くしていて。
 どちらも引く気は無く、命力の輝きをふんだんに打ち放つ。

 外で見ていた者達は気が気でないだろう。
 人が発光するなど見た事があるはずも無いのだから。

カララァン……!

 その時、茶奈は【イルリスエーヴェ】と魔装を放り投げていて。
 途端に、命力光の塊を全身隅々へと行き渡らせる。

クォォォーーーンッ!!

 【命力全域鎧装フルクラスタ】である。
 茶奈は魔剣を使わず、己の肉体で戦うつもりなのだ。
 もし魔剣を下手に奮えば都庁そのものが倒壊しかねないからこそ。
 それに狭い所で戦うならば、このスタイルの方が素早く動けて有効だろう。
 
 心輝もまた同様で。
 魔剣の炎を全身に纏い、陽炎をゆらゆらと揺らめかせている。
 その姿は、いつか見せた獄炎巨人を身に宿したが如き様相だ。
 炎と言えど命力。
 その力こそ茶奈には劣ろうとも、己の力を最大限に引き出してくれよう。

 一方の瀬玲は、一歩引いていた。
 ただただ冷静に魔剣を引き絞り、光槍矢を番えてギューゼルへと向ける。
 弾倉に篭もった力を全て注いだ極太の一本である。
 相手の力が計り知れない事に変わりは無く、周りを見る必要があるからこそ。
 その自慢の観察眼で実力を見極める為に敢えて後衛に甘んじたのだ。

 だが、そんな三人を前にしたギューゼルはと言えば―――背肩をだらりと降ろす姿が。

「さぁどうした、掛かってこないのか?」

「テんメェ……やる気あんのかあッ!?」

 その姿はまるで脱力しているかの様で。
 相手を舐めた様な立ち振る舞いがたちまち心輝の感情を逆撫でする。

 でもギューゼル自身の雰囲気はそれでも変わらない。
 それどころか更に煽るかの如く、片笑窪を吊り上げて「ニヤリ」とした顔を見せつけていて。

 まるで嘲笑だ。
 そんな不敵な笑いを前にして、とうとう心輝が激情を露わに。
 歯を食い縛り、感情のままに両拳を掲げ、「ギリリ」と強く握り締める。

ビシッ!

 しかしその折、滾る心輝の頬に一粒の小石がぶつかり跳ねる。
 それに気付いて振り向けば、瀬玲の眼差しがぶつけられていて。

「よく見なさいよ、あの拳に篭められた力を……ッ!!」

「拳―――ッ!?」

 そして振り返った時、驚愕する事となる。
 ギューゼルの両拳に篭められた殺意の根源を前にして。

 なんと拳が、光っていた。
 小さくはあるが、拳骨を覆う様にして。
 しかも耳を澄ませば鳴音までが響いてくるという。

 そう、紛れも無く―――【フルクラスタ】だ。

 ギューゼルもまた茶奈と同等の輝きを放っていたのである。
 展開箇所こそ限定的だが、濃度に差は殆ど無い。

 心輝自身もこれまでの訓練で、幾度か茶奈の命力拳を経験している。
 あの勇が苦戦を強いられる程の命光拳を。
 だからその威力はよく知っているはずで。

 もしそれを茶奈の様な細腕で、ではなく強靭な肉体を誇る魔者が打ち放ったとしたら。

 考えただけでもぞっとするだろう。
 心輝の反応は当然の結果だ。

「まぁそういう事だ。 攻撃ならばこの拳だけで充分、武器型魔剣など必要は無い。 後は命力を増幅してくれる、この鎧の魔剣【マルクアルグ】さえあれば攻防一体。 俺を止める事はあの剣聖ですら容易には叶わぬ!!」

 それにこうして限定展開・魔剣との併用を自然に出来る技量もが凄まじい。
 茶奈でさえ魔剣と魔装を手放さないと実現出来ない力なのだから。

 この様な力を容易に実現出来るからこその自信。
 先程までの態度に偽りは無いという事か。

 その実力をその身で示し、魔烈王が今、咆え猛る。



「遠慮する事は無い……全力で掛かって来ぉいッ!!」



 垂らしていた腕を抱え上げる様に広げ。
 雄叫びに乗せた命力で、これでもかという程に威嚇して。

 ただその行為が、茶奈達へのこれ以上無い呼び水となる。

 その叫びが打ち上がった時、事は既に起きていた。
 茶奈と心輝がギューゼルに向けて飛び掛かっていたのである。

 茶奈が床面から。
 心輝が上空から。
 それぞれの持ち味を生かした高速二面突撃だ。

 人間的な構造をしている以上、上下同時攻撃を見切る事は困難に近い。
 その構造的弱点を狙った定石セオリー戦術と言えよう。

ドゴゴォッ!!!

 しかし、その戦術は余りにも定石過ぎた。

 なんとギューゼルは二人の同時拳撃を片掌づつで受け止めていたのだ。
 しかもあろう事か、その眼を瞑りながらにして。

「なっ!?」
「ううッ!?」

 その様な戦術を執る相手など、腐る程屠って来たのだろう。
 だからこそ、ギューゼルにとってはもはや見る事さえ必要無い程に―――暗愚。
 例え威力を誇っていようが関係無い。
 来るとわかっている攻撃を耐えるなど、この男には容易い事なのだから。

 その巨腕を前にすれば、二人の体重など有って無い様な物か。
 たちまち二人の拳を掴み取り、両腕を左右へと向けて一気に振り離す。
 その眼を殺意に輝かせながら。

「未熟未熟未熟ゥゥゥーーーッ!!」
「うああッ!?」
「おおッ!?」

 二人とも、その圧倒的な腕力を前にもはやされるがままで。
 勢いのまま引っ張られ、遂には壁へ叩き付けんばかりの勢いでほうられる事に。

 そうして大きく開かれた両腕がその力強さをありありと物語る。
 余りにも無駄が無く、それでいて完全左右対称となる程に整った動作。
 それも、茶奈と心輝の高速拳を前にしても成すという脅威の戦闘力だ。



 だが―――
 


 そんな両腕を開き切ったギューゼルの胸目掛け、光槍矢が一直線に迫る。
 瀬玲が二人の動きに合わせて撃ち込んでいたのだ。

 ギューゼルが隙を見せると読んでいたのだろう。
 ならば二人の攻撃を防ぐ事も読み通り。
 その動きに合わせて撃ち込めば、敵の虚を突く事も出来よう。



「んぬぅああああッッ!!!」



 ただし、それは常識の通じる相手に限る事だが。

 この時、瀬玲は驚愕する。
 その異様なまでのギューゼルの行動力を前にして。

ギュギュムッッ!!!

 それは筋肉の軋む音だ。
 ギューゼルの両腕が響かせた凝縮音だ。
 その異音と共に、その両腕が異様な動きを体現する。

 力強く開き、慣性も乗っていたはずの両腕を―――強引に引き戻したのである。
 それも体現出来る力を全て乗せた状態で。

 そしてあろう事か、光槍矢を叩き掴む。
 それもまた飛翔を塞き止めるほど強引に。

ギャギャギャギャッ!!!

 まるでその両腕で吸い込んだかの様だった。
 それ程までに自然と掴み取っていたのだから。

 命燐光が散り飛ぶ。
 火花と共に激しく。
 それも、光槍矢を押し潰しながら。

ドッパァァァーーーンッ!!!

 遂には光の塊が弾けて飛び散る事に。
 粉々に、跡形も無く。

「ふざけッ!?」

 あまりにも強引。
 あまりにも強烈。

 今行われた事が如何に恐ろしいかわかるだろうか。

 今の一矢は並みの魔者なら肉片も残らずに消し飛ぶ威力を誇っていた。
 あのウィグルイですら、いなして躱す事しか出来ない程に。
 下手をすればその腕が逆に吹き飛びかねないからだ。

 それをあろう事か、力のままに叩き潰したというのだから。

 恐るべしはギューゼル。
 その手段を迷う事無く選んだ、この判断力と実力こそが自信の源と言えよう。

 ただ、これで終わる茶奈達ではない。
 放り投げられた二人はと言えば、共に壁を蹴って跳び上がっていて。
 怯む事無く、再び飛び掛かる姿が。

「オラァーーーッ!!」

 先手を打ったのは心輝だ。
 自慢の魔剣から炎を吹き出し、瞬時にしてギューゼルを包み込む。
 
 するとどうだろう、突如として炎が蠢き、纏まっていくではないか。

ビシィッ!!

 そして出来上がったのはなんと縄。
 炎の縄がギューゼルの全身関節に縛り付き、締め上げていたのである。

「ヌゥッ!?」

 それだけではない。
 炎の縄で縛り付け、身動きを封じていたのだ。
 突撃していた心輝が爆発反転し、勢いのままに引き込む事で。

 如何なギューゼルと言えど、それ程の力で縛られれば一瞬の隙が生まれる。
 その隙さえ突けば、渾身の一撃を見舞う事も不可能ではない。

「はぁぁぁーーー!!」

 その様な隙を突く事など、今の茶奈なら充分可能である。

 いや、むしろ心輝がそうさせたのだろう。
 茶奈の一撃ならば間違い無くギューゼルを黙らせられるのだと。

 ギューゼルの隙だらけとなった頭部へ向け、茶奈が拳を突き出す。
 ありったけの力を篭めての一撃を。

ドッゴォ!!!

「ッるォ!?」

 余りの威力故に、呻き声と共にギューゼルの首がガクンと大きく傾く。
 茶奈の命光拳フルブレイクがその側頭部へと撃ち込まれた事によって。

 それだけの威力が今の一撃には篭められていたのだ。
 それも見紛う事無き直撃。



ギロリ……!!



 そう、直撃のはずだった。
 渾身の一撃なはずだった。

 なのに今、ギューゼルが睨みつけている。
 あろう事か傾いた首を捻り、茶奈を睨みつけている。

「ウウッ!?」

 その瞳から注がれたのは―――殺意。
 しかもかつて無い悪寒を背筋に走らせる程の。

 それ程の殺意をぶつけられた瞬間、茶奈は思わず退いていた。
 ギューゼルの肩を即座に蹴り上げて。
 闘争本能が〝逃げろ〟と訴えたからだ。

 でももう、それは既に遅かったのかもしれない。



 次の時にはもう、茶奈も心輝も跳ね上げられていたのだから。



 それはただ、ギューゼルが命力を迸らせただけで。
 たったそれだけで衝撃波が構内中を走り、何もかもをも圧し退けていたのである。
 自身を縛っていた炎の縄さえも引き千切って。

「んなあッ!?」

 ギューゼルの暴挙は留まる事を知らない。
 更には浮き上がった茶奈の足をも掴み取っていて。

「ぬぅおおおッッ!!!」

 またしても力の限りに振り回す。
 今度は掴んだまま、己の身ごとグルリと。

 そしてその勢いのままに茶奈が真上へと投げつけられる事となる。
 瞬時にして天井へと叩き付けられる程に激しく強く速く。

ガッシャァーーーーーーンッ!!!

 たちまち天井壁だけではなく照明までもが弾け飛び。
 無数の破片と火の粉を階下へと撒き散らしていく。

「がはッ!?」

 茶奈自身の損傷ダメージも相応に重い。
 肉体的ダメージは無くとも、衝撃は筒抜けであるが故に。
 魔装を脱いだ事が裏目に出たのだ。

 しかしギューゼルはそれでも止まっていない。
 茶奈を投げ付けた勢いのままに体を回していて。

 今度は心輝が伸ばす縄の端片を掴み取っていた。
 それも回転力を活かしたままに。

 ならば引き込まれるのは必然か。
 その勢い、心輝の下半身が不意に浮き上がる程に強引極まりない。

「ッハハァーーーッ!!」

 その時ギューゼルが顔に浮かばせていたのは、なんと笑み。

 愉しんでいるのだ。
 悦んでいるのだ。
 獲物を狩るという愉悦を存分に味わっているのだ。

 その喜びに打ち震えるがまま、心輝を強引に引きずり込む。
 後は迫る獲物に対し、引き込んだ腕を力のままに跳ね上げるだけだ。
 たったそれだけで相手は粉々に砕け散るであろう。



 並の相手ならば。



ッドバォォォウッ!!!

 心輝がこの時、再び炎を纏う。
 炎の縄をも解き加えて。

 目下迫る巨拳を前にしてもなお、恐れる事も無く。

 そうして見せたのは、螺旋の軌道。
 それも迫り来る腕周りをぐるりと、烈火の軌跡を残して突き抜けて。

 その回転力が。
 その遠心力が。
 遂には力と換え、渾身の一撃と成ってギューゼルの顔面へと突き刺さる。
 爆炎加速からの強烈な回転膝蹴りが見事炸裂したのだ。

「くおおッ!?」

 その威力を前に、ギューゼルの頭が跳ね上がる。
 生まれた隙を見逃す瀬玲ではない。

 ここぞとばかりに飛び出し、空中でその身を軸に高速回転させる。
 身長程もある長髪をふわりと靡かせながら。

 その姿、まるで空舞う駒の如く。
 しかしてその本質は、髪の方に在り。

 出来上がった様相はまるで旋回剣。

 無数の髪一本一本に命力を篭めて形成した髪の剣ヘアブレードだ。
 近接武器の無い瀬玲が編み出した、己の誇る最大の武器である。

 奮う髪は全て切断力を有している。
 故に真向から叩いて止めるのは不可能だろう。
 外面髪が衝撃を殺し、内包髪が叩き斬るからだ。
 それは例えギューゼルの拳であろうとも例外は無い。



 だが、その脅威さえも跳ね退ける者こそが【魔烈王】なり



「クゥオオオーーーーーーッ!!」

 ギューゼルが突如として咆えたその時、驚くべき事が起こる。
 なんと気迫だけで、床一面が炸裂して歪み沈んだのだ。
 巨体の膝下が埋まる程に激しく。

バキギャンッ!!

 それと同時に、その体をも強引に屈ませる。
 膝を、腰を、腹をも力だけで。
 そうなれば、一瞬にして心輝・瀬玲との間隔が僅かに開くだろう。

 それで充分だ。
 その間隔があれば充分、反撃の機会を得る事が出来るのだから。

「なっ!?」
「くっ!?」

 心輝に対しては、腕を振り抜ける間隔を得られた様なものだ。
 途端に、先程心輝を狙っていた腕がそのままに襲い行く。

ドッッゴォッッ!!!

「ぐぶぉおッ!?」

 無情にもその肘が心輝の体へと打ち当たり、強く弾き飛ばす事に。
 余りの剛力故に、一瞬にして壁へと激突させてしまう程の威力を伴って。

 一方の瀬玲に対しても同様だ。

 髪刃が危険ならば、その側面を叩けばいい。
 刀にも言える理論のままに、もう片方の腕がブーメランの如く鋭い動きを刻む。
 まるで別の生き物の如く、瀬玲を視界にも入れないままに。

バンッッッ!!!

 その拳は見事、髪の剣側面を撃ち抜いていた。
 瀬玲の身ごと弾き飛ばす程の威力と共に。

 ただ、その髪の剣はと言えば寸前で形を変えていたが。

 言うなれば髪の盾か。
 ギューゼルの反撃に気付き、咄嗟に防御へ切り替えていて。
 とはいえ剛腕に晒された事に変わりはなく、弾けた髪片が舞い散っていく。
 無事に着地を果たしても、当人はとても悔しそうだ。

 心輝も同じく、寸前で防御していたのだろう。
 壁に叩き付けられ、その身を埋めていてもなお戦意を失ってはいない。

「あぐっ!!」

 そして茶奈が今ここでようやく天井からの帰還を果たす。
 それも墜落、という形で。

 その間、僅か数秒。
 たったそれだけの間で、茶奈達は全ての攻撃を阻止・無効化されたのだ。

 強靭無比。
 攻撃が通用しない相手を前に、不安さえもが過って止まらない。

 自分達の相手をしている存在が、如何に強大であるかという事を悟ったが故に。


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