695 / 1,197
第二十五節「双塔堕つ 襲撃の猛威 世界が揺らいだ日」
~再会せしは恩師~
しおりを挟む
時を同じくして―――
事務棟正門前。
そこではアージが身を盾に、魔者達の流入を食い止めていた。
……が、〝盾〟というのはいささか表現違いか。
言うなれば〝矛〟だろう。
剛力によって繰り出された斬撃は、生半可な者では防ぐ事さえ叶わない。
正直にゲートから入って来た者達を片っ端から薙ぎ払いまくる。
ガガガガッッッ!!!!!
それを成すのは相棒である大斧型魔剣【アストルディ】。
自慢の巨大な刀身があってこそ、対集団戦においては比類なき力を発揮しよう。
相手が魔剣使いだろうが関係無く打ち砕くのだから。
「カァーーーーーーッッ!!!」
その様相はまさに豪嵐旋風。
素早さのマヴォとは対極の、力に力を重ねた怒涛の連斬撃が嵐を呼ぶ。
このままアージだけで全ての敵を倒してしまいそうな勢いだ。
この勢いを前には襲撃者達も躊躇せざるを得ない。
少しでも近づけばそれだけで絶命確定の嵐撃が待っているのだから。
それはもちろん、背後から迫って来ようが関係無し。
気配あらば近づいた時点で薙ぎ払われるのみ。
「貴様らの真の目的はわからんが関係は無いッ!! 魔剣を持って敵意を向けるというのであれば、この【白の兄弟】が豪兄アージが一人残らず屠ってくれるわァ!!」
アージももはや容赦するつもりなど無い。
相手が魔剣使いで争いを呼ぶならば、なおの事。
〝この魔者達の様な者達を一人残らず駆逐する〟
これこそが【白の兄弟】本来の目的なのだから。
その信念の呼んだ強さが今、魔者達の流入を遂に塞き止める。
誰しもが怯え、後続を押し返す程に踏ん張っていたからである。
「覚悟するがいいッ!!」
だが不幸にもそこは正面ゲートという鉄の箱の中で。
後続という〝蓋〟がなされている以上、そこはもはや養殖魚の生け簀と同様。
アージという収穫者を前にして、ただ獲られる以外に道は無い。
だが、そう思われたその時―――
「これがお前の目指した〝戦い無き世界を作る道のり〟か? アージよ」
突如としてその様な声が場に響く。
低くともしっかりと意思の籠った一声が。
しかもそれと同時に一つの人影がゲート裏から舞い上がり。
あろう事かアージの下へと弧を描いて飛び込んでいくではないか。
「なッ!?」
しかし、それをアージはなんと―――躱していた。
影から逃げる様に背後へと跳ねていたのである。
コトォーン……
その影が大地へ着いた時、その場に奇妙な音が響き渡る。
ビー玉ほどの小さな金属玉が石を突いた様な鳴音だ。
それだけ静かにふわりと降り立ったが故に。
でも現れた者は決してそんなに軽そうには見えない。
むしろアージにも負けぬ程の身長を誇る程で。
しかも、その雰囲気はただならぬ気配を醸し出している。
魔者に珍しく、身体ほぼ全体をくすんだ淡黄蘗色の衣服で包み。
その端々を荒麻紐で縛って覆う姿はどこか人間らしい。
見える体毛は栗色だが毛先は白髪化し、若干の小汚ささえ感じさせる風体だ。
それにも拘らず威風堂々、背を伸ばしてそそり立つ姿はまさに強者のなりか。
僅かに傾き上がった犬の様な赤鼻先が、言い得ない自信さえ覗かせる。
更にはその手に携えし銀棍を地に突き、背筋同様に天へ向け。
そして見せるだろう。
誇るべきその雄姿を。
「あ、貴方はあッ!?」
この魔者の事を、アージは知っている。
知らないはずが無かったのだ。
敬服しないはずが無かったのだ。
「久しいなアージ。 マヴォは元気にしているか?」
「カノバト師匠!? 何故貴方が……!!」
そう、この男こそアージとマヴォの師。
幼い頃から二人に武道を教え育てた、まさに親とも言える存在なのである。
「それはワシが訊きたい事だぞ? お前は言うたではないか、『世界から戦いを無くしたい』とな。 あれ程の熱意と信念があったからこそ、マヴォを連れ行く事を許したのだ」
「その考えは今でも変わりありません。 だからこそ、俺が進む道は間違っていないと自負しております!!」
そのカノバトの登場間も無く、二人の言い合いが始まる。
ゲートに押し込められた魔者達の事など、一切気に掛ける事も無く。
でも彼等が介入する余地などありはしない。
何故なら―――
こう語っていても、二人からは闘志が消えていないからだ。
互いに命力を揺らめかせ、今にもぶつかろうとしている様にさえ見える。
それは二人が刃を交えるつもりでいるのか。
それとも、ただそう在れる様に鍛えられただけか。
「確かに、魔剣を破壊しつくして戦いを終わらせようとするのは一つの暴論なのかもしれません。 ですがその上で戦いさえ制すれば、いずれ魔者も人間も戦う事に無意味さを知る事になりましょう!! 俺はその形が最も手っ取り早いと―――」
「違う、違うぞアージよ。 それはワシが望む問いの答えではない」
「えっ!?」
「では問いを直そう。 お前は本当にそれが成せると思っているのか?」
それは恐らく、前者だろう。
互いが今、立場的に敵である事を理解しているからこそ。
カノバトの眼がこの問いと共に細められる。
目の前の弟子にあろう事か敵意をぶつけて。
「ワシは言うたぞ、その道は困難極めるだろうと。 何故魔剣が今これだけ溢れているかわかるか? それは魔者が、人間が戦いを望んだからだ。 遥か昔、その望みに応えた者が無数の魔剣を生み出したからだ。 そして魔者が、人間が、利己心から産んだ殺器は今なお造り続けられておる」
「ッ!? それはまさかッ!?」
「そう、魔剣製造士だ。 そしてそれはお前の仲間に限った事ではない。 同様の知識を持つ者達もまた同じよ。 彼奴等の祖先には遥か昔に隠れ里を離反し、公に魔剣を産み続けた者さえおる。 それだけの負の遺産を全て破壊しようとしても出来る訳がなかろう? 何せ無限に生えて来るのだからな」
カノバトは憤っているのだ。
アージがその信念にも拘らず、魔特隊に身を置いている事を。
魔剣を破壊する為に魔剣を産み、力を付け続けた者達の傍に居る事を。
でもカノバトは知らないのだろう。
カプロが決してただ無暗に魔剣を造っている訳ではないという事を。
正しく扱えると信じた者だけに魔剣を授けているのだという事を。
アージはそれを知っている。
知った上で理解し、造る事を認めた。
カプロは負の遺産を産み続けた愚か者達とは訳が違うのだと。
「ならば無限に生えるその元凶を断てばよいだけの事です。 その為の魔特隊であり、世界の繋がりなのです!! ……また、カプロの事も貴方は何もわかっていない。 あの男は小さく非力で小賢しいが、強いのですよ。 他を説き伏せ、独善ではなく多角的に物事を見られる。 アレは私が心から認める、本物の賢者だ。 かつての愚者と一緒にしないで頂きたい」
「ふぅむ。 まさかお前がそこまで言うとはな。 昔は聞かん坊であったお前が」
「む、昔の話は関係無いでしょう!!」
そんな熱意がカノバトの心を揺り動かしたのだろうか。
今の今まで荒ぶっていた命力が自然と穏やかさを取り戻し。
睨み付ける程の眼も、途端に緩みを見せる。
更には微笑みまで見せていて。
「であれば魔剣製造士の事に関しては引くとしよう。 ワシとて与り知らぬ事を押し通す程愚かではないつもりよ」
「わかって頂き、ありがとうござい―――」
「―――だが、お前自身の事となれば話は別よ」
しかしその微笑みは、間も無く別の形に置き換わる。
再び憤りを露わにするのか?
生真面目な表情でも見せつけるのか?
答えは否。
カノバトは―――笑っていた。
アージを鼻で嘲笑い、片笑窪を吊り上げていたのである。
「お前は何もわかっておらん。 わかってなさすぎて笑いが止まらんわ。 その単細胞な所は変わらぬなぁ。 戦い以外の事がからっきしなのはお前の欠点ぞ?」
「なっ……!?」
「お前もあの放送を見たはずだ。 そして聴いたはずだ、デュゼローの話を。 あれがどういう事を言っていたのか、お前にわかるか?」
「そ、それは……ッ!!」
カノバトには全てお見通しだったのだろう。
アージが反論する事は愚か、こうして答えられない事も。
当然だ。
アージには答えが無いのだから。
勇達はデュゼローの救世理論に対して反論する事が出来ない。
覆せる情報を持っていないからだ。
なのにもし、この質問を素直に答えてしまったならば。
「わかる」と答えたのなら、カノバトの前に立ち塞がる理由が無い。
デュゼローと同調した事と同義となるからだ。
「わからない」と答えたのなら、たちまち愚か者となるだろう。
信念が実は盲信であるという思考停止者に過ぎないと。
つまり無回答こそが今のアージの最適解。
それでいて、【救世】を止める正当な理由が無いという証明ともなる。
なんとも残酷な問いであろうか。
だからカノバトは笑ったのだ。
その答えがあまりにもわかりきっていたから。
加えて、自身の信じる事が正しいと再認識も出来たからこそ。
「……お前達、ここはワシに任せて先に行け」
それだけわかれば充分だったのだろう。
この時、カノバトがそっとその身を横へと退ける。
後ろに控えていた魔者達に道を空ける様にして。
でも闘志が消えた訳ではない。
今なおアージに向けて刺す様な威圧を向け続けている。
こうなればさしものアージも迂闊に動く事は叶わない。
少しでも動けば、カノバトは容赦しないだろうから。
師がどの様な存在かはアージが誰よりも知っている。
いざという時には冷酷であれる事を。
意思にそぐわぬ事をすれば、きっと牙を剥くのだと。
カノバトが退いた事で、魔者達も道が拓けた事に気付いた様だ。
たちまち集団が二人を避ける様にして敷地内へと進入していく。
それも全然途切れる事も無い大行列で次々と。
するとそんな時、行列の中から突如として逸脱する一人の者が。
「今ならばァーーーッ!!」
あろう事かアージの背後から斬り掛かったのである。
カノバトの威圧によって動けないのをいい事に。
その無情の刃が、アージの背中目掛けて迫り行く。
ガゴォンッッ!!!
しかしその直後には、魔者はアージから離されていた。
鋭き銀の閃光が魔者の身体を撃ち抜いていたのだ。
アージの頬スレスレを突き抜けて。
「下郎が、ワシに任せろと言うたハズ……!!」
その一撃を撃ち放ったのはなんとカノバト。
まるでアージを守るかの如く、容赦無き一撃を見舞ったのである。
その手に握る銀棍の一突きを。
当然、その魔者は即死だ。
寸分の狂いも無く心臓の中心を撃ち抜かれたのだから。
それを隙無く成せるのがカノバトという男。
その実力は、アージでさえも敵うかどうかはわからない。
「さてアージよ、また少し話をしようか」
「ぐぅ……!!」
一つ言えるのは、今のアージに拒否は許されないという事だけだ。
出来るのは、語り、訴え、説き伏せる事のみ。
もう魔者の集団を止める事さえ、叶いはしない。
こうして遂に魔者の流入が再開する。
魔特隊の裏の立役者とも言える者達を消す為に。
故にまだこの戦いに、末が見える兆しは依然として無い。
事務棟正門前。
そこではアージが身を盾に、魔者達の流入を食い止めていた。
……が、〝盾〟というのはいささか表現違いか。
言うなれば〝矛〟だろう。
剛力によって繰り出された斬撃は、生半可な者では防ぐ事さえ叶わない。
正直にゲートから入って来た者達を片っ端から薙ぎ払いまくる。
ガガガガッッッ!!!!!
それを成すのは相棒である大斧型魔剣【アストルディ】。
自慢の巨大な刀身があってこそ、対集団戦においては比類なき力を発揮しよう。
相手が魔剣使いだろうが関係無く打ち砕くのだから。
「カァーーーーーーッッ!!!」
その様相はまさに豪嵐旋風。
素早さのマヴォとは対極の、力に力を重ねた怒涛の連斬撃が嵐を呼ぶ。
このままアージだけで全ての敵を倒してしまいそうな勢いだ。
この勢いを前には襲撃者達も躊躇せざるを得ない。
少しでも近づけばそれだけで絶命確定の嵐撃が待っているのだから。
それはもちろん、背後から迫って来ようが関係無し。
気配あらば近づいた時点で薙ぎ払われるのみ。
「貴様らの真の目的はわからんが関係は無いッ!! 魔剣を持って敵意を向けるというのであれば、この【白の兄弟】が豪兄アージが一人残らず屠ってくれるわァ!!」
アージももはや容赦するつもりなど無い。
相手が魔剣使いで争いを呼ぶならば、なおの事。
〝この魔者達の様な者達を一人残らず駆逐する〟
これこそが【白の兄弟】本来の目的なのだから。
その信念の呼んだ強さが今、魔者達の流入を遂に塞き止める。
誰しもが怯え、後続を押し返す程に踏ん張っていたからである。
「覚悟するがいいッ!!」
だが不幸にもそこは正面ゲートという鉄の箱の中で。
後続という〝蓋〟がなされている以上、そこはもはや養殖魚の生け簀と同様。
アージという収穫者を前にして、ただ獲られる以外に道は無い。
だが、そう思われたその時―――
「これがお前の目指した〝戦い無き世界を作る道のり〟か? アージよ」
突如としてその様な声が場に響く。
低くともしっかりと意思の籠った一声が。
しかもそれと同時に一つの人影がゲート裏から舞い上がり。
あろう事かアージの下へと弧を描いて飛び込んでいくではないか。
「なッ!?」
しかし、それをアージはなんと―――躱していた。
影から逃げる様に背後へと跳ねていたのである。
コトォーン……
その影が大地へ着いた時、その場に奇妙な音が響き渡る。
ビー玉ほどの小さな金属玉が石を突いた様な鳴音だ。
それだけ静かにふわりと降り立ったが故に。
でも現れた者は決してそんなに軽そうには見えない。
むしろアージにも負けぬ程の身長を誇る程で。
しかも、その雰囲気はただならぬ気配を醸し出している。
魔者に珍しく、身体ほぼ全体をくすんだ淡黄蘗色の衣服で包み。
その端々を荒麻紐で縛って覆う姿はどこか人間らしい。
見える体毛は栗色だが毛先は白髪化し、若干の小汚ささえ感じさせる風体だ。
それにも拘らず威風堂々、背を伸ばしてそそり立つ姿はまさに強者のなりか。
僅かに傾き上がった犬の様な赤鼻先が、言い得ない自信さえ覗かせる。
更にはその手に携えし銀棍を地に突き、背筋同様に天へ向け。
そして見せるだろう。
誇るべきその雄姿を。
「あ、貴方はあッ!?」
この魔者の事を、アージは知っている。
知らないはずが無かったのだ。
敬服しないはずが無かったのだ。
「久しいなアージ。 マヴォは元気にしているか?」
「カノバト師匠!? 何故貴方が……!!」
そう、この男こそアージとマヴォの師。
幼い頃から二人に武道を教え育てた、まさに親とも言える存在なのである。
「それはワシが訊きたい事だぞ? お前は言うたではないか、『世界から戦いを無くしたい』とな。 あれ程の熱意と信念があったからこそ、マヴォを連れ行く事を許したのだ」
「その考えは今でも変わりありません。 だからこそ、俺が進む道は間違っていないと自負しております!!」
そのカノバトの登場間も無く、二人の言い合いが始まる。
ゲートに押し込められた魔者達の事など、一切気に掛ける事も無く。
でも彼等が介入する余地などありはしない。
何故なら―――
こう語っていても、二人からは闘志が消えていないからだ。
互いに命力を揺らめかせ、今にもぶつかろうとしている様にさえ見える。
それは二人が刃を交えるつもりでいるのか。
それとも、ただそう在れる様に鍛えられただけか。
「確かに、魔剣を破壊しつくして戦いを終わらせようとするのは一つの暴論なのかもしれません。 ですがその上で戦いさえ制すれば、いずれ魔者も人間も戦う事に無意味さを知る事になりましょう!! 俺はその形が最も手っ取り早いと―――」
「違う、違うぞアージよ。 それはワシが望む問いの答えではない」
「えっ!?」
「では問いを直そう。 お前は本当にそれが成せると思っているのか?」
それは恐らく、前者だろう。
互いが今、立場的に敵である事を理解しているからこそ。
カノバトの眼がこの問いと共に細められる。
目の前の弟子にあろう事か敵意をぶつけて。
「ワシは言うたぞ、その道は困難極めるだろうと。 何故魔剣が今これだけ溢れているかわかるか? それは魔者が、人間が戦いを望んだからだ。 遥か昔、その望みに応えた者が無数の魔剣を生み出したからだ。 そして魔者が、人間が、利己心から産んだ殺器は今なお造り続けられておる」
「ッ!? それはまさかッ!?」
「そう、魔剣製造士だ。 そしてそれはお前の仲間に限った事ではない。 同様の知識を持つ者達もまた同じよ。 彼奴等の祖先には遥か昔に隠れ里を離反し、公に魔剣を産み続けた者さえおる。 それだけの負の遺産を全て破壊しようとしても出来る訳がなかろう? 何せ無限に生えて来るのだからな」
カノバトは憤っているのだ。
アージがその信念にも拘らず、魔特隊に身を置いている事を。
魔剣を破壊する為に魔剣を産み、力を付け続けた者達の傍に居る事を。
でもカノバトは知らないのだろう。
カプロが決してただ無暗に魔剣を造っている訳ではないという事を。
正しく扱えると信じた者だけに魔剣を授けているのだという事を。
アージはそれを知っている。
知った上で理解し、造る事を認めた。
カプロは負の遺産を産み続けた愚か者達とは訳が違うのだと。
「ならば無限に生えるその元凶を断てばよいだけの事です。 その為の魔特隊であり、世界の繋がりなのです!! ……また、カプロの事も貴方は何もわかっていない。 あの男は小さく非力で小賢しいが、強いのですよ。 他を説き伏せ、独善ではなく多角的に物事を見られる。 アレは私が心から認める、本物の賢者だ。 かつての愚者と一緒にしないで頂きたい」
「ふぅむ。 まさかお前がそこまで言うとはな。 昔は聞かん坊であったお前が」
「む、昔の話は関係無いでしょう!!」
そんな熱意がカノバトの心を揺り動かしたのだろうか。
今の今まで荒ぶっていた命力が自然と穏やかさを取り戻し。
睨み付ける程の眼も、途端に緩みを見せる。
更には微笑みまで見せていて。
「であれば魔剣製造士の事に関しては引くとしよう。 ワシとて与り知らぬ事を押し通す程愚かではないつもりよ」
「わかって頂き、ありがとうござい―――」
「―――だが、お前自身の事となれば話は別よ」
しかしその微笑みは、間も無く別の形に置き換わる。
再び憤りを露わにするのか?
生真面目な表情でも見せつけるのか?
答えは否。
カノバトは―――笑っていた。
アージを鼻で嘲笑い、片笑窪を吊り上げていたのである。
「お前は何もわかっておらん。 わかってなさすぎて笑いが止まらんわ。 その単細胞な所は変わらぬなぁ。 戦い以外の事がからっきしなのはお前の欠点ぞ?」
「なっ……!?」
「お前もあの放送を見たはずだ。 そして聴いたはずだ、デュゼローの話を。 あれがどういう事を言っていたのか、お前にわかるか?」
「そ、それは……ッ!!」
カノバトには全てお見通しだったのだろう。
アージが反論する事は愚か、こうして答えられない事も。
当然だ。
アージには答えが無いのだから。
勇達はデュゼローの救世理論に対して反論する事が出来ない。
覆せる情報を持っていないからだ。
なのにもし、この質問を素直に答えてしまったならば。
「わかる」と答えたのなら、カノバトの前に立ち塞がる理由が無い。
デュゼローと同調した事と同義となるからだ。
「わからない」と答えたのなら、たちまち愚か者となるだろう。
信念が実は盲信であるという思考停止者に過ぎないと。
つまり無回答こそが今のアージの最適解。
それでいて、【救世】を止める正当な理由が無いという証明ともなる。
なんとも残酷な問いであろうか。
だからカノバトは笑ったのだ。
その答えがあまりにもわかりきっていたから。
加えて、自身の信じる事が正しいと再認識も出来たからこそ。
「……お前達、ここはワシに任せて先に行け」
それだけわかれば充分だったのだろう。
この時、カノバトがそっとその身を横へと退ける。
後ろに控えていた魔者達に道を空ける様にして。
でも闘志が消えた訳ではない。
今なおアージに向けて刺す様な威圧を向け続けている。
こうなればさしものアージも迂闊に動く事は叶わない。
少しでも動けば、カノバトは容赦しないだろうから。
師がどの様な存在かはアージが誰よりも知っている。
いざという時には冷酷であれる事を。
意思にそぐわぬ事をすれば、きっと牙を剥くのだと。
カノバトが退いた事で、魔者達も道が拓けた事に気付いた様だ。
たちまち集団が二人を避ける様にして敷地内へと進入していく。
それも全然途切れる事も無い大行列で次々と。
するとそんな時、行列の中から突如として逸脱する一人の者が。
「今ならばァーーーッ!!」
あろう事かアージの背後から斬り掛かったのである。
カノバトの威圧によって動けないのをいい事に。
その無情の刃が、アージの背中目掛けて迫り行く。
ガゴォンッッ!!!
しかしその直後には、魔者はアージから離されていた。
鋭き銀の閃光が魔者の身体を撃ち抜いていたのだ。
アージの頬スレスレを突き抜けて。
「下郎が、ワシに任せろと言うたハズ……!!」
その一撃を撃ち放ったのはなんとカノバト。
まるでアージを守るかの如く、容赦無き一撃を見舞ったのである。
その手に握る銀棍の一突きを。
当然、その魔者は即死だ。
寸分の狂いも無く心臓の中心を撃ち抜かれたのだから。
それを隙無く成せるのがカノバトという男。
その実力は、アージでさえも敵うかどうかはわからない。
「さてアージよ、また少し話をしようか」
「ぐぅ……!!」
一つ言えるのは、今のアージに拒否は許されないという事だけだ。
出来るのは、語り、訴え、説き伏せる事のみ。
もう魔者の集団を止める事さえ、叶いはしない。
こうして遂に魔者の流入が再開する。
魔特隊の裏の立役者とも言える者達を消す為に。
故にまだこの戦いに、末が見える兆しは依然として無い。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
85
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる