時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第二十五節「双塔堕つ 襲撃の猛威 世界が揺らいだ日」

~双塔堕つ~

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 この日はクリスマスであろうと平日には変わりなく。
 世間ではこの日から冬休みに入る職場も多い。
 公務員となれば職業柄なおさらで、殆どの役所はもう既に今年の役目を終えた事だろう。

 しかし今の都庁は別だ。
 少なくとも、今の都知事が収めている以上は。

 そこは都庁第一庁舎、都知事の執務室。
 その大きな部屋の中心に彼は居た。

 彼の名は大間おおま 賢治けんじ
 都民に選出され、東京を統べる事を許された―――現・東京都知事である。

 その容姿はと言えば、まさに厳格そのものといった様相で。
 白髪交じりのオールバックはその象徴といったところか。
 細くともガッシリとした体格に、筋張った肌は年季を感じさせる。
 頬も引き締まって筋肉質にも見え、〝政治家は肥え太っている〟といったイメージを払拭するには充分だ。

「先生、よろしいのですか?」

「……何がかね?」

 そんな彼に話し掛けたのは側近秘書の男だ。

 しかしその表情はと言えば、どうにも浮かない。
 業務用タブレットを片手に、不安をを浮かべていて。

「先日の件です。 例の、都内に正体不明の魔者が侵入したという。 念の為、今日はもう引き上げた方がよろしいのではないかと……」

 それもそのはず。
 この様に、彼等は先日起きた事を知っているのだから。

 都知事ほどの立場ともなれば、正しい情報も入って来る。
 噂レベルでの話ではなく、れっきとした正式情報が。

 それは、都知事達もまた魔特隊の存在を知っているからこそ。

「何の為にあの魔特隊とやらに広大な土地を貸していると思っているのだ。 魔者問題に対処する為の彼等だろう? ならば任せればいい。 我々には我々の仕事がある!」

 ただ、それほど良い印象を持ち合わせている訳ではなさそうだが。
 半ば邪険に扱う様にそう吐き捨て、一向に帰ろうとはしない。

 もっとも、それは決して彼が頑固だとか意固地であるとかそういう訳ではないが。

「で、ですが―――」

「くどいな君は。 それに私が真っ先に逃げて、誰の信頼を得られるというのか?」

「ぶ、無粋な進言、大変申し訳ありませんでした」

 それは彼が真面目な性格であるが故に。

 そう、今日この日が営業日である事もまた、大間が決めた事なのだ。
 年内に終わらせるべき仕事はしっかり終わらせる。
 役人の役目を果たし、都民に尽くす為に。

 仕事に対してクレバーであれ、役割を果たして事を成せ。
 それが大間の都知事としての在り方であり、モットーなのである。



 だが、そんな彼の意思に世界が準拠してくれる訳ではない。
 例えそのモットーがいくら立派であろうとも。

 こう言って再び書類に目を通す間にも、は既に動き始めているのだから。



 知事と秘書がそう話し合っていた頃―――

 都知事達の居る場所からずっと真下、第一都庁ビル一階。
 そこでは彼等の予想も付かない事態が起き始めていた。

 なんと、あのデュゼロー達が堂々と入口から姿を現したのである。

 職員や来訪者は最初、何の冗談かと思った事だろう。
 でもその驚きも、瞬時にして怯えに変わる事となる。

 当然だ、イビドとドゥゼナーまでもが同伴しているのだから。

 黒スーツの男が先行して道を拓き。
 イビドとドゥゼナーを前に立たせたデュゼロー達が後に続く。
 その背後にはテレビカメラ等の機材を持った千野とモッチの姿も。

 幾つものセキュリティゲートを前にしても、彼等は動じない。
 それどころか、セキュリティカードを通して正式に通行する程だ。
 しかも何故か、その様子を見る警備員も動じる事は無く。

 動じないのはその警備員達だけではない。
 職員の中にも明らかに行動のおかしい者達が居たのだ。

 いずれも騒ぐ事無く周囲を見渡していて。
 それどころか、緊急事態用の警報ベルを隠す様に居座っている。
 警報を鳴らさせないよう意図的に。

 まるで、デュゼロー達が訪れる事を知っていたかの如く。
 
 でもこうなればもはやパニックは避けられない。
 たちまち、無関係の人間や職員が庁舎から次々と走り逃げていく。
 立場や老若男女など関係も無く。



 ただ、これはまだ全ての始まりに過ぎない。
 彼等はそう知る事になるだろう。



 一方、庁舎の外でも慌ただしい騒ぎが繰り広げられる事となる。
 なんと、数十人の魔者達が突如として姿を現したのだ。
 大小様々な魔者達が一挙にして。

 そんな者達が一体どこに隠れていたのだろうか。
 しかしそんな事を誰も考える間も無く、魔者の集団がたちまち都庁を囲み尽くす。
 逃げ惑い、都庁から出ていく者達の流れに逆らう様にして。

 そう、彼等は何故か一切人間に手を出そうとしない。
 むしろ、出ていく者を誘導する様に手を振り、送り出す程で。

 こうなれば、あっという間に都庁が占拠されるのは知れた事。
 人が出尽くした所で、入口が魔者数人によって封鎖される事に。
 中には庁舎へと入っていく者もちらほらと。

 そうして出来上がったのは、都庁という名の牢獄。



 そこに囚われたのは他でも無い―――大間都知事本人なのである。



 階下の喧騒など、遥か上空に位置する執務室には届かない。
 警報が鳴る事も無ければ、連絡も来ないのだからなおさらだろう。

 故に、大間は今この時も執務に励んでいる。
 如何な事件が階下で起きているのかも知らずに。

 己の身にも毒牙が迫っている事にも気付かずに。

「失礼いたします」

 そんな執務室にノック音が響き、秘書がドアを開いて姿を現す。
 ただ間も無くの再登場ともあって、大間もどこか不機嫌そうだ。

「何かね? 戯言はもう聞き飽きたぞ」

 先程のやり取りが気に入らなかったからだろうか。
 半ば跳ね退ける様にそう言い放ち、視線すらまともに向けようともしない。

「ただいまお客様がお見えになられましたので」

「客? そんな予定は無かったはずだが―――」

 だが、その一言でふと視線を上げた時、大間は気付く事となる。
 目の前に現れた異質に。

 なんと、デュゼローがそこに立っていたのである。

 それも秘書の隣に堂々と立っていて。
 秘書自身も怯えるどころか、肩を並べて胸を張っている。

「なっ!? 君は一体誰かね!? どうして入れたあッ!?」

 突然の来訪者を前に、大間も動揺を隠しきれない。
 あからさまに怪しげな男を前にして、机を叩いて嫌悪感を露わにする。

 しかしそれでデュゼローが怯む訳も無く。

「落ち着きたまえ、東京都知事 大間 賢治。 私に貴方への害意は無い」

「なに……っ!?」

「ただ貴方に協力して頂きたいだけだ。 その都知事の立場としてな」

 不敵な笑みを向け、強気な態度を崩そうとはしない。

 秘書も先程のおどおどしさは無く、妙な自信で満ち溢れているかのよう。
 まるでデュゼローの威を借るかの如く。

 いや、もしかしたら先程の惑いが演技だったのかもしれない。
 何故なら、彼の顔にもまた笑みが浮かび上がっていたのだから。

「君ッ!! 何故この男を入れたッ!?」

「先生が悪いのですよ。 私は警告したはずです、逃げた方が良いと。 まぁ貴方の性格上、そう言えば逃げないのはわかっていたので当然の結果ですが」

 ただし、彼の場合に至っては不敵というよりも、「ニタァ」とした不遜な笑みだが。

 先程の様なやり取りも今に起こった事ではなかった様で。
 おおかた、内心では大間の事を良く思っていなかったのだろう。
 この皮肉たっぷりの口ぶりからして。

 ここまで言われてしまえば、厳格な大間が憤らない訳も無い。
 途端に机を「ドンッ!」と叩き付け、その怒りを露わにする。

「貴様、どういう事だあッ!!」

「どうもこうもありません。 この方はデュゼロー氏。 世界の行く末を見定め、救いを差し伸べて下さる御方です」

 でももはや会話自体が成り立っていない。
 秘書の語りぶりはもはや心酔にも近く、ただただ思うがままに言葉を並べるのみ。
 それだけデュゼローに入れ込んでいるらしい。

 そもそもが、今日昨日会ったばかりでは無いのだろう。
 恐らくは、随分と前に。

 それも、階下で平然としていた者達と共に。

 そしてそれを大間もようやく察する。
 全てが、この秘書達の手引きによるものだという事を。
 デュゼローが何事も無くこの場に訪れられた事が何よりもの証拠となったから。

 しかし気付いた時にはもう手遅れだ。
 当事者はこうして目の前に居て、自分はあまりにも無力だから。
 そうわかった以上、抵抗するのも無意味で。

 持ち上がっていた腰を再び椅子に預け、机の上で頭を抱える。

「それで、デュゼローとかいう奴……一体何が望みだ?」

 とはいえ、その覇気まで失った訳ではない。
 途端に鋭い眼光を手の合間から向け、敵意を覗かせる。
 完全に屈服したつもりは無さそうだ。

 デュゼローもそんな強気の返しにまんざらではない様子。
 
 それは、目的が大間の屈伏ではないからこそ。
 こうして〝協力要請〟する事も、大事に向けた只の下準備に過ぎないのだから。

「なに、簡単な事だ。 貴方には私の話を聴いてもらい、そして同調して頂ければいい」

「何……!?」

「その上で、交渉の材料となってもらう。 そうすれば身の安全は保障しよう」

「フンッ、ていのいい人質か。 身代金目当てなら諦めるんだな。 私はそんな脅しには屈しない。 当然、日本政府もだ!!」

 ただ、大間は一つ間違いをしている。
 それは、目の前の存在を自身の価値観でしか推し量れていない事だ。
 せいぜい大規模な強盗か、身代金目的のテロリストにしか見えていないのだろう。

 デュゼローの真意をその耳で聴くまでは。



「いいや、違うな。 貴方はただの餌に過ぎない。 魔特隊をおびき出す為のな」



 その一言が放たれた途端、大間は驚愕する事となる。
 トップシークレットとも言える魔特隊の名を、得体の知れない男が口に出したのだから。

「魔特隊だとッ!? 何故その名を……!?」

 それも当然だ。
 目の前の男が魔特隊の名を知るなど、本来有り得ないのだから。
 
 実は魔特隊の存在を知る者は須らくリストアップされている。
 問題が起きた際に発生元がわかる様にと、万全を期して。
 そのリストは名を記載された者全てが確認でき、誰が知っているのかもすぐにわかるという。

 でも、そのリストに「デュゼロー」という名は無かった。
 少なくとも、大間の記憶の中には。

 だから戸惑ったのだ。
 何故この男は魔特隊の事を知っているのか、と。
 
「簡単な事だ。 私が博識なだけに過ぎんよ。 世界を知る上で邪魔な存在としてな」

「世界を、知る? 魔特隊が邪魔だと……?」

 その答えは大間を前にしてもなお曖昧なままで。
 後はただただ「フッ」と笑い、場を濁すだけだ。

 だとしても、大間にもはや選択肢は無いのだろう。
 デュゼローに続き、イビドとドゥゼナーの姿を見つければ、観念せざるを得ない。
 相手が如何に、自分ではどうしようも無い相手なのだと理解してしまったから。

「では都知事、協力を願おうか」

 故に、大間は今ここで止む無く従う事を決めた。
 デュゼローの真意と目的を見定める為に。
 魔特隊を呼び出すその理由を知る為に。

 それが今出来る、東京都知事としての責務だと思ったからこそ。



 こうして、デュゼロー達は再び移動を始める。
 次に向かうのは、都庁ビル最上階―――展望台フロア。

 そこに待っているのは如何な事なのか。
 大間も、そして千野とモッチでさえも、今はまだ何もわからない。

 ただただ静かに付いていく事だけが、今の彼等に出来る事なのだから。


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