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第二十二節「戦列の条件 託されし絆の真実 目覚めの胎動」
~勝利と敗北は一重のコンセクエンス~
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瀬玲の命力は言うなれば、「才能が無い」レベルのはずであった。
そう見立てた者は居ない。
だが彼女の今までの力の在り方から誰しもがそう思っていただけであった。
誰しもが思わぬ誤算をしていたに過ぎなかった。
かつて、茶奈がアストラルエネマ……無限の命力を持つにも拘らず自身の心が邪魔をして才能を最大限にまで発揮する事が出来ないでいた事があった。
瀬玲もまた……同様だったのである。
それは単に、茶奈の様な心の抑圧から成る制約とは違う。
それは自身すらも気付かない心の枷……「そう在りたいと願う傲慢」による自己の抑制である。
ありのままの自分を知らず、ただただ願う自分に成ろうという気持ちが隠れた自分を完全に隠しきっていたのだ。
そして……恐怖、絶望、怒り……それらが偽りの自分を完膚なきまでに打ち壊した時……彼女の真価が呼び覚まされた。
誰よりも強く、気高く、そして……荒々しく、おぞましい程の命力を高らかに上げて叫ぶ。
「アアアアアーーーーーーッ!! ぶッ殺すッ!!!!!」
「カアアーーーーーー!! その意気や打ち砕いて見せよぉう!!」
二人の戦士が己の出しうる全ての力を篭めて……最後の戦いが始まる。
ドンッ!!
その時……互いが同時に飛び出し、一直線に向かいあった。
共に鬼の形相を浮かべ、攻撃を繰り出す。
瀬玲はカッデレータを両手で構え、弓身に迸る命力を伝わらせた剣として振りかぶる。
ウィグルイはそれを迎え撃つ様に拳を瀬玲へと向けて突き上げた。
ッガァーーーーンッ!!
直撃の瞬間……瀬玲の力が圧し負け、魔剣が空へと舞い飛んでいく。
同時に相手の拳に突き上げられた彼女の右手がグシャリとひしゃげ、鈍い音を立てた。
だが……それにすらも構う事無く、彼女の手を潰したウィグルイの右腕へと膝蹴りが見舞われた。
針の一撃に次ぐ命力の乗った重厚な一撃は、彼の腕の骨と筋肉を完全に破砕し、激痛を伴いひしゃげさせていく。
ウィグルイはそれでも怯まない。
途端、突き出された瀬玲の左脚へとウィグルイの右手が素早く弾く様に叩かれると……その反動を利用し、その体を空中でぐるりと水平回転させる。
彼の左脚が振りかぶる様に大きく弧を描き、彼女の頭へと鋭く襲い掛かった。
咄嗟に瀬玲の左腕が頭部を覆い隠す様に突き上がり防御を試みる。
だが重い一撃が与えられたと同時に彼女の体全体へと大きな衝撃が響き渡った。
ドッガァーーーッ!!
弾かれる彼女の体。
勢いのまま、一回、二回……大地を跳ねる様に打ち付けられていく。
そんな瀬玲の顔には未だ闘志が篭められたまま。
最後の跳ねる勢いを利用し、右肘で大地を突くと……途端に浮いた体が体勢を立て直させ、滑る様にその二つの足が大地へと着く。
しかし、その間にも……ウィグルイが着地したと同時に彼女へと飛び掛かっていた。
「オオオオーーーーーーーッ!! 終いだアアアアーーーーーーッ!!」
どくんっ……!!
その時、彼女の中に一つの可能性が呼び起こされる……。
「アンタが終いッだってぇーーーーーーーーッ!!!」
そして彼女は渾身の力を篭めて……高く飛び上がった。
その先に在るのは……空高く舞いあげられたカッデレータ。
それを左手で掴み取ると……おもむろに空中で切り返し……体の向きをウィグルイへと向けた。
「うあああああああああッ!! つらぬっけェーーーーーー!!」
ひしゃげた右手を力の限り握り締め……天高く、その拳を突き上げる。
その瞬間……ウィグルイが見上げ立つ地面からとてつもない光が溢れだした。
それだけではない。
戦闘していた場所の各地から、無数の光が筋を作り空高く閃光を生んでいく。
それはまるで……勇の【片翼の光壁】の様に。
そして……光が収束し……ウィグルイへと集まり幾重にも重なっていった。
「オオオオオッ!? こ、これはアアアアアアッ!!?」
ギィイイイイイイイインッ!!
多重の共鳴音が異音と成って大気へ響き、眼も開けられぬ程の眩い光を伴っていく。
ズオォォォォォォ―――
それはかつて、ヴェイリと呼ばれたカッデレータの前使用者が使った『閃光陣』という技。
だがその威力は桁違いなまでに強力無比な力を誇っていた。
大気を歪め、光が虹色に変化する程の強力な力……。
名付けるならば……【幻光閃光陣】。
「があああーーーーーーーーーッ!!」
今までに撃ち放ってきた力が大地に潜み続け、そして今……多重閃光となってウィグルイを焼く。
あまりの衝撃、鳴音、閃光によって……全ての感覚が真っ白に塗り潰されていく……。
近くまでやってきていたアージとマヴォ達もまた……突然の出来事にただ……怯み、己の顔を腕で覆い隠すのみであった……。
―――ォォォン……
光と音が徐々に収まり、周囲が彩りを取り戻し始めていく。
腕を覆い被せていたアージ達は再び歩み始め、遂に山頂へと辿り着いた。
そこで皆が目の前に広がる光景を前に……ただ声を殺し、事実を認識していく。
煙を立てて倒れるウィグルイ……そしてそこから少し離れた所で佇む瀬玲の姿。
瀬玲の勝利であった。
「や、やりやがったあの女……」
「なんと……我等が師父が負けた……!?」
驚きの顔を浮かべ、事実を前に各々が続く一歩を踏み出せないままでいた。
「カ……ハ……クク……クハハ……」
その時、倒れたウィグルイから枯れた様な声が漏れる。
死に至っていなかった彼ではあったが……その体は最早ピクリとも動かず、息も絶え絶えであった。
「つよ……い……さすがであった……クハハ……」
瀬玲がそんな事を言い放つウィグルイの下へゆっくりと近づいていく。
左手にはなお魔剣を携えたまま、その目は未だ闘争心がしっかりと焼き付いたかの様に残っていた。
「儂の負け……よ……だが……悔いのない戦いで……あった……カハッ」
ウィグルイの顔に浮かぶのは笑み。
激戦に負けたとは思えぬ程に満足そうな様子を醸し出していた。
「さぁ……止めを刺せよ……それこそが……我が本懐……強き者と戦い……果てに……討たれる事こそが……」
ウィグルイの元へ到達した瀬玲の顔に浮かぶのは……彼を見下ろす、細く冷たい目。
「クク……だが……我が孫は強いぞ……儂が死しても……いつか彼奴が……儂の代わりに……貴公の前に現れようぞ……」
そして彼女はおもむろに……手に取った魔剣を振り上げる。
「……その時は……是非とも……儂は強かったと……伝えて欲しいものよのぉ……フハハ……」
そんな彼女を前に……ウィグルイは安らかな顔を浮かべ、そっと自ら目を閉じる。
まるで自身の最後を受け入れる様に。
そして瀬玲は……振り上げた魔剣を……振り下ろした。
カラァーーーーーンッ!! キィーン!! ……カララァン……
「そんな事……てめーで言えッ!! バァーーーーーーカッッッ!!」
「ウ……ヌ……?」
ウィグルイが思わず目を開かせる。
再び開かれた視界に映ったのは、魔剣を持たない瀬玲の姿だった。
瀬玲は彼の止めを刺す事無く……魔剣を投げ捨てていたのだ。
「どういう……事だ……」
「言ったでしょうが……私らは……殺す為に来たんじゃねーって……」
その瞳からは既に狂気の意思は消え……以前の優しい彼女の眼へと戻っていた。
言葉にこそ未だ影響は残っているが……少なくとも、最早彼女に戦う意思は残っていなかったのである。
「死ぬなら勝手に死ねッ!! ……でも……生きたいなら生きなよ。 死んだって……何の意味も無い……私はそれを知ってるから殺さない」
そう答えると……彼女はゆっくりと足を引きずりながらアージとマヴォ達が佇む場所へと歩いていく。
彼女の言葉を受けたウィグルイは……唖然とした面持ちのまま、仰向けで転がった自身の体を動かす事無く……空を見上げた。
「生きる……そうか……貴公は敗者の儂に生きろと……生き恥を晒してもなお生きて……意味を成せ……そう言うのだな……ハハ……手厳しいのぉ……」
その時……ウィグルイの目にうっすらと涙が浮かび、小さな雫と成って干からびた皮膚を伝う。
その皮膚へと吸い込まれていく様に……涙は大地に至る前にその姿を消していく……一筋の染みを遺して。
「師父ッ!!」
「師父様ッ!!」
堪らず兵達がアージとマヴォから離れ、ウィグルイへと駆け寄っていく。
「我等もお供致します!!」
「イシュライト様が仰っておりました……もしかしたらこれが新時代の幕開けに成るのだと……これがそういう事なのですね!?」
「そうか……彼奴が……そうかもしれんなぁ……」
ウィグルイを囲む様に兵達が屈み、彼を労る様に声を掛ける。
そんな彼等を前に、弱った顔で小さな笑顔を浮かべていた。
「いッた……ウゥ……」
すると突然……瀬玲が苦しみだし、その膝を地面へと突いた。
緊張が解け、自身が負った傷の痛みを脳が認識し始めたのだろう。
彼女の負った傷は常人であればショック死してもおかしくない程に深く全身に及ぶ程の重体状態。
命力である程度は維持出来ていたとはいえ、下手をすれば即死してもおかしくない程にボロボロだったのだ。
「うぅうううう……痛い……痛いよぉ……ぎあああ……!!」
「セリッ!!」
「い、いかん……!!」
アージとマヴォが堪らず彼女へ駆け寄る。
もがき苦しむ彼女へ近寄ると、自身に残った命力を彼女へ送っていく。
「ぐぅう……セリ!! 聞こえるか!! 意識を保て!! 傷を修復する様に命力を巡らせるのだ!!」
「死ぬな、死ぬんじゃねぇ!! セリィ!!」
「あが……うあああああ!!!」
なおもがき苦しむ彼女を前に、残り少なくなった命力では補いきれず……遂に彼女が倒れ込み、地面をのたうち回り始めた。
「やべぇぞ兄者!! セリがぁ!!」
「アッ!! カッ!! ングゥウウ!!」
次第に瀬玲の口から出る涎が気泡を作り、瞳孔が開いていく。
もはや彼女の体は限界そのもの……救う術は二人には残されていなかった。
「退けい、二人とも……」
途端「ハッ」として二人が振り向いた先には……震えながらも立ち上がるウィグルイの姿があった。
腕を組み、強がりながらも直立する彼は……素早い足さばきで彼女の下へと駆け寄ると、静かに身を屈め……その両手をそっと彼女の体へと添えた。
「我等が掟に背き、今ここに我等が秘術をこの者へ施さん!! 各々方、儂に続けぃ!! 【連鎖命力陣】ッ!!」
その言葉を皮切りに、残りの兵達がまるで自分達同士をつなぐ様に手を繋ぎ始める。
そしてウィグルイの背に並び立つ端の二人が、彼の背中へと手を沿えた。
その瞬間……それぞれの体が強く輝き、命力の共鳴音を放ち始めたのだった。
「おおっ、こ、これはッ!?」
それは奇跡の光。
それぞれの体が持つ命力が共鳴し、連鎖し、そして増幅される。
各々の体から増幅された力がウィグルイの両手を伝い瀬玲の体へと流れ込んでいった。
「あがっ……かはっ……あっ……うぅ……」
見る見るうちに彼女の容体が治まっていく。
気付くと彼女は整えた息を立て始め……昏倒する意識をそのまま眠りへと換えて、深い闇へと落ちていった。
「これでよい……貴公も生きよ……これで儂も……ウゥ……」
だがウィグルイもまた限界だったのだろう。
その力を解き放ち終えたと共に、身を崩しその場へと倒れ込んだ。
「師父!?」
「安心しろ、師父様はまだ息をしておられる……」
瀬玲とウィグルイ。
共に並び眠る姿は、先程の激戦を繰り広げた相手同士とは思えぬ程に……安らぎに満ちていた。
そう見立てた者は居ない。
だが彼女の今までの力の在り方から誰しもがそう思っていただけであった。
誰しもが思わぬ誤算をしていたに過ぎなかった。
かつて、茶奈がアストラルエネマ……無限の命力を持つにも拘らず自身の心が邪魔をして才能を最大限にまで発揮する事が出来ないでいた事があった。
瀬玲もまた……同様だったのである。
それは単に、茶奈の様な心の抑圧から成る制約とは違う。
それは自身すらも気付かない心の枷……「そう在りたいと願う傲慢」による自己の抑制である。
ありのままの自分を知らず、ただただ願う自分に成ろうという気持ちが隠れた自分を完全に隠しきっていたのだ。
そして……恐怖、絶望、怒り……それらが偽りの自分を完膚なきまでに打ち壊した時……彼女の真価が呼び覚まされた。
誰よりも強く、気高く、そして……荒々しく、おぞましい程の命力を高らかに上げて叫ぶ。
「アアアアアーーーーーーッ!! ぶッ殺すッ!!!!!」
「カアアーーーーーー!! その意気や打ち砕いて見せよぉう!!」
二人の戦士が己の出しうる全ての力を篭めて……最後の戦いが始まる。
ドンッ!!
その時……互いが同時に飛び出し、一直線に向かいあった。
共に鬼の形相を浮かべ、攻撃を繰り出す。
瀬玲はカッデレータを両手で構え、弓身に迸る命力を伝わらせた剣として振りかぶる。
ウィグルイはそれを迎え撃つ様に拳を瀬玲へと向けて突き上げた。
ッガァーーーーンッ!!
直撃の瞬間……瀬玲の力が圧し負け、魔剣が空へと舞い飛んでいく。
同時に相手の拳に突き上げられた彼女の右手がグシャリとひしゃげ、鈍い音を立てた。
だが……それにすらも構う事無く、彼女の手を潰したウィグルイの右腕へと膝蹴りが見舞われた。
針の一撃に次ぐ命力の乗った重厚な一撃は、彼の腕の骨と筋肉を完全に破砕し、激痛を伴いひしゃげさせていく。
ウィグルイはそれでも怯まない。
途端、突き出された瀬玲の左脚へとウィグルイの右手が素早く弾く様に叩かれると……その反動を利用し、その体を空中でぐるりと水平回転させる。
彼の左脚が振りかぶる様に大きく弧を描き、彼女の頭へと鋭く襲い掛かった。
咄嗟に瀬玲の左腕が頭部を覆い隠す様に突き上がり防御を試みる。
だが重い一撃が与えられたと同時に彼女の体全体へと大きな衝撃が響き渡った。
ドッガァーーーッ!!
弾かれる彼女の体。
勢いのまま、一回、二回……大地を跳ねる様に打ち付けられていく。
そんな瀬玲の顔には未だ闘志が篭められたまま。
最後の跳ねる勢いを利用し、右肘で大地を突くと……途端に浮いた体が体勢を立て直させ、滑る様にその二つの足が大地へと着く。
しかし、その間にも……ウィグルイが着地したと同時に彼女へと飛び掛かっていた。
「オオオオーーーーーーーッ!! 終いだアアアアーーーーーーッ!!」
どくんっ……!!
その時、彼女の中に一つの可能性が呼び起こされる……。
「アンタが終いッだってぇーーーーーーーーッ!!!」
そして彼女は渾身の力を篭めて……高く飛び上がった。
その先に在るのは……空高く舞いあげられたカッデレータ。
それを左手で掴み取ると……おもむろに空中で切り返し……体の向きをウィグルイへと向けた。
「うあああああああああッ!! つらぬっけェーーーーーー!!」
ひしゃげた右手を力の限り握り締め……天高く、その拳を突き上げる。
その瞬間……ウィグルイが見上げ立つ地面からとてつもない光が溢れだした。
それだけではない。
戦闘していた場所の各地から、無数の光が筋を作り空高く閃光を生んでいく。
それはまるで……勇の【片翼の光壁】の様に。
そして……光が収束し……ウィグルイへと集まり幾重にも重なっていった。
「オオオオオッ!? こ、これはアアアアアアッ!!?」
ギィイイイイイイイインッ!!
多重の共鳴音が異音と成って大気へ響き、眼も開けられぬ程の眩い光を伴っていく。
ズオォォォォォォ―――
それはかつて、ヴェイリと呼ばれたカッデレータの前使用者が使った『閃光陣』という技。
だがその威力は桁違いなまでに強力無比な力を誇っていた。
大気を歪め、光が虹色に変化する程の強力な力……。
名付けるならば……【幻光閃光陣】。
「があああーーーーーーーーーッ!!」
今までに撃ち放ってきた力が大地に潜み続け、そして今……多重閃光となってウィグルイを焼く。
あまりの衝撃、鳴音、閃光によって……全ての感覚が真っ白に塗り潰されていく……。
近くまでやってきていたアージとマヴォ達もまた……突然の出来事にただ……怯み、己の顔を腕で覆い隠すのみであった……。
―――ォォォン……
光と音が徐々に収まり、周囲が彩りを取り戻し始めていく。
腕を覆い被せていたアージ達は再び歩み始め、遂に山頂へと辿り着いた。
そこで皆が目の前に広がる光景を前に……ただ声を殺し、事実を認識していく。
煙を立てて倒れるウィグルイ……そしてそこから少し離れた所で佇む瀬玲の姿。
瀬玲の勝利であった。
「や、やりやがったあの女……」
「なんと……我等が師父が負けた……!?」
驚きの顔を浮かべ、事実を前に各々が続く一歩を踏み出せないままでいた。
「カ……ハ……クク……クハハ……」
その時、倒れたウィグルイから枯れた様な声が漏れる。
死に至っていなかった彼ではあったが……その体は最早ピクリとも動かず、息も絶え絶えであった。
「つよ……い……さすがであった……クハハ……」
瀬玲がそんな事を言い放つウィグルイの下へゆっくりと近づいていく。
左手にはなお魔剣を携えたまま、その目は未だ闘争心がしっかりと焼き付いたかの様に残っていた。
「儂の負け……よ……だが……悔いのない戦いで……あった……カハッ」
ウィグルイの顔に浮かぶのは笑み。
激戦に負けたとは思えぬ程に満足そうな様子を醸し出していた。
「さぁ……止めを刺せよ……それこそが……我が本懐……強き者と戦い……果てに……討たれる事こそが……」
ウィグルイの元へ到達した瀬玲の顔に浮かぶのは……彼を見下ろす、細く冷たい目。
「クク……だが……我が孫は強いぞ……儂が死しても……いつか彼奴が……儂の代わりに……貴公の前に現れようぞ……」
そして彼女はおもむろに……手に取った魔剣を振り上げる。
「……その時は……是非とも……儂は強かったと……伝えて欲しいものよのぉ……フハハ……」
そんな彼女を前に……ウィグルイは安らかな顔を浮かべ、そっと自ら目を閉じる。
まるで自身の最後を受け入れる様に。
そして瀬玲は……振り上げた魔剣を……振り下ろした。
カラァーーーーーンッ!! キィーン!! ……カララァン……
「そんな事……てめーで言えッ!! バァーーーーーーカッッッ!!」
「ウ……ヌ……?」
ウィグルイが思わず目を開かせる。
再び開かれた視界に映ったのは、魔剣を持たない瀬玲の姿だった。
瀬玲は彼の止めを刺す事無く……魔剣を投げ捨てていたのだ。
「どういう……事だ……」
「言ったでしょうが……私らは……殺す為に来たんじゃねーって……」
その瞳からは既に狂気の意思は消え……以前の優しい彼女の眼へと戻っていた。
言葉にこそ未だ影響は残っているが……少なくとも、最早彼女に戦う意思は残っていなかったのである。
「死ぬなら勝手に死ねッ!! ……でも……生きたいなら生きなよ。 死んだって……何の意味も無い……私はそれを知ってるから殺さない」
そう答えると……彼女はゆっくりと足を引きずりながらアージとマヴォ達が佇む場所へと歩いていく。
彼女の言葉を受けたウィグルイは……唖然とした面持ちのまま、仰向けで転がった自身の体を動かす事無く……空を見上げた。
「生きる……そうか……貴公は敗者の儂に生きろと……生き恥を晒してもなお生きて……意味を成せ……そう言うのだな……ハハ……手厳しいのぉ……」
その時……ウィグルイの目にうっすらと涙が浮かび、小さな雫と成って干からびた皮膚を伝う。
その皮膚へと吸い込まれていく様に……涙は大地に至る前にその姿を消していく……一筋の染みを遺して。
「師父ッ!!」
「師父様ッ!!」
堪らず兵達がアージとマヴォから離れ、ウィグルイへと駆け寄っていく。
「我等もお供致します!!」
「イシュライト様が仰っておりました……もしかしたらこれが新時代の幕開けに成るのだと……これがそういう事なのですね!?」
「そうか……彼奴が……そうかもしれんなぁ……」
ウィグルイを囲む様に兵達が屈み、彼を労る様に声を掛ける。
そんな彼等を前に、弱った顔で小さな笑顔を浮かべていた。
「いッた……ウゥ……」
すると突然……瀬玲が苦しみだし、その膝を地面へと突いた。
緊張が解け、自身が負った傷の痛みを脳が認識し始めたのだろう。
彼女の負った傷は常人であればショック死してもおかしくない程に深く全身に及ぶ程の重体状態。
命力である程度は維持出来ていたとはいえ、下手をすれば即死してもおかしくない程にボロボロだったのだ。
「うぅうううう……痛い……痛いよぉ……ぎあああ……!!」
「セリッ!!」
「い、いかん……!!」
アージとマヴォが堪らず彼女へ駆け寄る。
もがき苦しむ彼女へ近寄ると、自身に残った命力を彼女へ送っていく。
「ぐぅう……セリ!! 聞こえるか!! 意識を保て!! 傷を修復する様に命力を巡らせるのだ!!」
「死ぬな、死ぬんじゃねぇ!! セリィ!!」
「あが……うあああああ!!!」
なおもがき苦しむ彼女を前に、残り少なくなった命力では補いきれず……遂に彼女が倒れ込み、地面をのたうち回り始めた。
「やべぇぞ兄者!! セリがぁ!!」
「アッ!! カッ!! ングゥウウ!!」
次第に瀬玲の口から出る涎が気泡を作り、瞳孔が開いていく。
もはや彼女の体は限界そのもの……救う術は二人には残されていなかった。
「退けい、二人とも……」
途端「ハッ」として二人が振り向いた先には……震えながらも立ち上がるウィグルイの姿があった。
腕を組み、強がりながらも直立する彼は……素早い足さばきで彼女の下へと駆け寄ると、静かに身を屈め……その両手をそっと彼女の体へと添えた。
「我等が掟に背き、今ここに我等が秘術をこの者へ施さん!! 各々方、儂に続けぃ!! 【連鎖命力陣】ッ!!」
その言葉を皮切りに、残りの兵達がまるで自分達同士をつなぐ様に手を繋ぎ始める。
そしてウィグルイの背に並び立つ端の二人が、彼の背中へと手を沿えた。
その瞬間……それぞれの体が強く輝き、命力の共鳴音を放ち始めたのだった。
「おおっ、こ、これはッ!?」
それは奇跡の光。
それぞれの体が持つ命力が共鳴し、連鎖し、そして増幅される。
各々の体から増幅された力がウィグルイの両手を伝い瀬玲の体へと流れ込んでいった。
「あがっ……かはっ……あっ……うぅ……」
見る見るうちに彼女の容体が治まっていく。
気付くと彼女は整えた息を立て始め……昏倒する意識をそのまま眠りへと換えて、深い闇へと落ちていった。
「これでよい……貴公も生きよ……これで儂も……ウゥ……」
だがウィグルイもまた限界だったのだろう。
その力を解き放ち終えたと共に、身を崩しその場へと倒れ込んだ。
「師父!?」
「安心しろ、師父様はまだ息をしておられる……」
瀬玲とウィグルイ。
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