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第二十節「心よ強く在れ 事実を乗り越え 麗龍招参」
~限られた時間で出来る事~
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魔剣やその根源たる命力珠に触れ続ける限り減る事は無いとされる、命を根源とする精神力に似た命力という力。
戦士達はそれを内に秘め、人を超える力を持つ魔者達との戦いに役立ててきた。
勇がそんな命力が低下するという前代未聞の診断を受けてからはや一週間が過ぎ去った。
魔特隊本部敷地内……訓練施設の一室。
先日診察を受けた時同様……大広間の中央に座る剣聖、そしてそれに相対する形で座り込んだ勇が己の手を彼に差し出していた。
勇の手首を掴み、手のひらをじっと見つめる剣聖の目は真剣そのもの。
勇に起きた事象は長く生き様々な知識を持つ剣聖すらも知らぬ事。
それ故に彼自身も謎の事象に対して誤った診断をせぬ様真剣なのだろう。
「……まぁ、こんなもんかぁ……」
「ど、どうですか……この一週間出来る限りの事はやってみましたが……」
そんな心配そうな顔を浮かべ問い掛けるが……剣聖はそれにも応えず、言葉を考える様に腕を組み俯いていた。
「ど、どうですかね……?」
「……ん、まぁなんだぁ……適当な事は言いたくねぇからなぁ、ハッキリ言わせてもらうぜ」
真剣な表情で淡々と前置く剣聖に……勇が唾を飲み込み言葉を待つ。
「ハッキリ言っちまうとぉなぁ……間違いなく減ってるな。 しかもこの勢いで言えば、早くても半年から1年で恐らく底を突くだろうな」
「半年から1年……」
剣聖から改めて告げられた事実を前に……手放された腕を引き込み自身で見つめる。
端的に言えば自然に弱くなっているという事……そして待つのは死かもしれないという事。
結果こそまだわからないものの、不安を煽るには十分過ぎる情報であった事には変わりない。
「んで、どうするんだ?」
「どうって……?」
「んなの決まってるだろうが……これからの進退だよォ~……今からでも遅くないかもしれねぇ、剣を降ろすのも一つの手っつうこったぁ」
「剣を……降ろす……」
それはつまり、戦う事を辞めるという事。
「魔剣を持つ事を辞めりゃその症状だって収まるかもしれねぇ。 別に魔剣使いを辞める事が恥ずかしい事な訳じゃねぇぞぉ? 今までだって辞めてきた奴はごまんと居るんだからなぁ。 ユハ……フェノーダラ王だってそうだったんだぁよ」
剣聖の言葉の意味を考えつつ……勇は見つめる己の手を握り、拳を作る。
その拳は命力を伴い力強く握り締められていた。
「剣聖さん……俺、魔剣使いを辞めるつもりは……ありません」
その言葉を聞いた途端、剣聖の眉間がぴくりと動く。
「死ぬって言われたら、確かに怖いです。 でも、聞いたら変に思われるかもしれないですが……俺は自分が死ぬ事よりも、仲間が死ぬ事が怖いんです。 『俺の背中を守る為に』って武器を手に取ってくれたアイツらが居る限り、俺は止まりたくない……そう思っています」
握り締められた拳の力が僅かに緩み、隙間に空気が入り込むと……僅かにひんやりとした感覚を感じ、気持ちと共に冷ややかに落ち着いていく。
気付かぬ内に事実を真に受け頭に血が上っていたのだろう……徐々に頭に重く感じる感覚が和らいでいくのを感じとっていた。
「ハァー」と一息吐きだすと……勇は剣聖を見上げ、真っ直ぐな瞳を彼に向けた。
「いつだか剣聖さんは言いましたよね……『守るっていう言葉は力が有る者だけが言っていい言葉だ』と」
「んな事言ったかぁ~?」
「言いましたよぉ……覚えてないんですか?」
「んなもんいちいち覚えてらんねぇよぉ~!!」
両手を大きく開いてそう申し開きする剣聖を前に、再び深い溜息を付くと……勇は再び口を開く。
「その時剣聖さんが言った通り、俺の力じゃ全てを守るなんて事は到底出来ないって事は充分理解出来ました……だから俺は、自分が守れる範囲の人間だけは守りたい。 せめてこの力が失われる時までは、俺が仲間の背中を守っていきたい……そう思ってます」
勇の語りを聞くと剣聖はおもむろにその手を顎に掛け、自慢の髭をワシャリと撫で回し……真剣な眼差しを返す。
「その選択は、自身を苦しめるだけだ……それがわかってて言ってるんだろうな?」
「わかってます……でも俺は決めたんです。 自分の信念を貫く為に、例え自分の手のひらから望みがすり抜けていったとしても……何度でも願いを掬う。 そんな在り方を認め、後押ししてくれた奴が居たから……俺はもう可能性を諦めません」
その言葉はたった今思い付いただけの言葉……だがそれはとても力強く、彼の持つ信念を体現した言葉そのもの。
そんな言葉を耳にした剣聖の口元が僅かに持ち上がり……「フンッ」と小さな鼻息が聞こえた。
「そうかよぉ……なら言うこたぁなんもねぇ。 前にも言ったがぁ、必ずしも結果が決まった訳じゃねぇんだからなぁ~……」
「それもありますし、下がった分の力の制御を認知し続ければ問題無いかなって」
「やり方はおめぇが勝手に考えな、んな事俺の知ったこっちゃねぇ。 ……あぁ、それと他の奴にはこの事は言うのは止めときな、変に外圧が掛かりゃおめぇの精神バランスが崩れる場合も有り得る……そうなったら悪化する事だって考えられらぁな」
「そうですね、わかりました……あ、福留さんにだけは言うつもりですが」
勇は「ハハ」と軽く笑い締めると……立ち上がり外へ向けて歩き始めた。
それを剣聖が首を動かさず視線だけで追う。
「剣聖さんありがとうございました。 俺は前に進みますよ」
「おう、適当に頑張れや」
軽く振り返り会釈をすると、勇はそのまま止まる事無く施設から退出していった。
それを目で見送った剣聖は「はぁ~」と大きく息を吐き出し……半目で開いた眼を浮かべ定まらない視線を地面に向ける。
「そうだなぁ、可能性はまだある……まだ、な……」
誰にも聞こえない意味深な言葉を呟き……剣聖はそのままその場でじっと座り佇んでいた。
―――
それから数日後……どこともわからぬ国の一角……。
岩山に囲まれ霧に包まれたその場所に多くの何かが蠢いていた。
雄叫びの様なものを上げ、一点に向かって突撃していく様に見える。
だが次第にその声は小さくなり、やがて何も聞こえなくなった。
霧の中、大きな巨体を映す影……微動だにしないその巨体の上に佇む一人の人影が在った。
「全く……これだから野蛮な『ヒト』は嫌いなんだ……僕は君達には興味無いって言っただろうに」
そう独り言を呟く人影は足を踏み出し巨体から飛び降り……着地するとそのままとぼとぼと歩き始めた。
すると不意にその人影が何かに反応し、首を大きく上に向けた。
「……あぁ、やっと呼んでくれたんだね……いつか呼んでくれると君を待ち望んでいた甲斐があったってものだよ」
誰に向けたのかもわからない独り言を言い放つと……人影はその上半身を前のめりに構えた。
ヌバァッ!!
その途端、人影の腰から身丈以上ともなる大きな影が姿を現す。
「今行くよ……君の居場所はもうわかったから」
そう呟き……大きな影が凄まじい空気の音を立て、その一瞬で人影は遠い空へと飛び去っていった。
あまりにも強い暴風が周囲に吹き荒れたのだろう、霧が吹き飛ばされその周囲に光が差し込む。
そこに見えたのは、多くの魔者達の死骸……そして人影が乗っていた巨体は彼等の王。
間も無く光に包まれ、光が空に舞い上がり消え始める頃には……謎の人影の姿は空の彼方へと消え去っていた……。
戦士達はそれを内に秘め、人を超える力を持つ魔者達との戦いに役立ててきた。
勇がそんな命力が低下するという前代未聞の診断を受けてからはや一週間が過ぎ去った。
魔特隊本部敷地内……訓練施設の一室。
先日診察を受けた時同様……大広間の中央に座る剣聖、そしてそれに相対する形で座り込んだ勇が己の手を彼に差し出していた。
勇の手首を掴み、手のひらをじっと見つめる剣聖の目は真剣そのもの。
勇に起きた事象は長く生き様々な知識を持つ剣聖すらも知らぬ事。
それ故に彼自身も謎の事象に対して誤った診断をせぬ様真剣なのだろう。
「……まぁ、こんなもんかぁ……」
「ど、どうですか……この一週間出来る限りの事はやってみましたが……」
そんな心配そうな顔を浮かべ問い掛けるが……剣聖はそれにも応えず、言葉を考える様に腕を組み俯いていた。
「ど、どうですかね……?」
「……ん、まぁなんだぁ……適当な事は言いたくねぇからなぁ、ハッキリ言わせてもらうぜ」
真剣な表情で淡々と前置く剣聖に……勇が唾を飲み込み言葉を待つ。
「ハッキリ言っちまうとぉなぁ……間違いなく減ってるな。 しかもこの勢いで言えば、早くても半年から1年で恐らく底を突くだろうな」
「半年から1年……」
剣聖から改めて告げられた事実を前に……手放された腕を引き込み自身で見つめる。
端的に言えば自然に弱くなっているという事……そして待つのは死かもしれないという事。
結果こそまだわからないものの、不安を煽るには十分過ぎる情報であった事には変わりない。
「んで、どうするんだ?」
「どうって……?」
「んなの決まってるだろうが……これからの進退だよォ~……今からでも遅くないかもしれねぇ、剣を降ろすのも一つの手っつうこったぁ」
「剣を……降ろす……」
それはつまり、戦う事を辞めるという事。
「魔剣を持つ事を辞めりゃその症状だって収まるかもしれねぇ。 別に魔剣使いを辞める事が恥ずかしい事な訳じゃねぇぞぉ? 今までだって辞めてきた奴はごまんと居るんだからなぁ。 ユハ……フェノーダラ王だってそうだったんだぁよ」
剣聖の言葉の意味を考えつつ……勇は見つめる己の手を握り、拳を作る。
その拳は命力を伴い力強く握り締められていた。
「剣聖さん……俺、魔剣使いを辞めるつもりは……ありません」
その言葉を聞いた途端、剣聖の眉間がぴくりと動く。
「死ぬって言われたら、確かに怖いです。 でも、聞いたら変に思われるかもしれないですが……俺は自分が死ぬ事よりも、仲間が死ぬ事が怖いんです。 『俺の背中を守る為に』って武器を手に取ってくれたアイツらが居る限り、俺は止まりたくない……そう思っています」
握り締められた拳の力が僅かに緩み、隙間に空気が入り込むと……僅かにひんやりとした感覚を感じ、気持ちと共に冷ややかに落ち着いていく。
気付かぬ内に事実を真に受け頭に血が上っていたのだろう……徐々に頭に重く感じる感覚が和らいでいくのを感じとっていた。
「ハァー」と一息吐きだすと……勇は剣聖を見上げ、真っ直ぐな瞳を彼に向けた。
「いつだか剣聖さんは言いましたよね……『守るっていう言葉は力が有る者だけが言っていい言葉だ』と」
「んな事言ったかぁ~?」
「言いましたよぉ……覚えてないんですか?」
「んなもんいちいち覚えてらんねぇよぉ~!!」
両手を大きく開いてそう申し開きする剣聖を前に、再び深い溜息を付くと……勇は再び口を開く。
「その時剣聖さんが言った通り、俺の力じゃ全てを守るなんて事は到底出来ないって事は充分理解出来ました……だから俺は、自分が守れる範囲の人間だけは守りたい。 せめてこの力が失われる時までは、俺が仲間の背中を守っていきたい……そう思ってます」
勇の語りを聞くと剣聖はおもむろにその手を顎に掛け、自慢の髭をワシャリと撫で回し……真剣な眼差しを返す。
「その選択は、自身を苦しめるだけだ……それがわかってて言ってるんだろうな?」
「わかってます……でも俺は決めたんです。 自分の信念を貫く為に、例え自分の手のひらから望みがすり抜けていったとしても……何度でも願いを掬う。 そんな在り方を認め、後押ししてくれた奴が居たから……俺はもう可能性を諦めません」
その言葉はたった今思い付いただけの言葉……だがそれはとても力強く、彼の持つ信念を体現した言葉そのもの。
そんな言葉を耳にした剣聖の口元が僅かに持ち上がり……「フンッ」と小さな鼻息が聞こえた。
「そうかよぉ……なら言うこたぁなんもねぇ。 前にも言ったがぁ、必ずしも結果が決まった訳じゃねぇんだからなぁ~……」
「それもありますし、下がった分の力の制御を認知し続ければ問題無いかなって」
「やり方はおめぇが勝手に考えな、んな事俺の知ったこっちゃねぇ。 ……あぁ、それと他の奴にはこの事は言うのは止めときな、変に外圧が掛かりゃおめぇの精神バランスが崩れる場合も有り得る……そうなったら悪化する事だって考えられらぁな」
「そうですね、わかりました……あ、福留さんにだけは言うつもりですが」
勇は「ハハ」と軽く笑い締めると……立ち上がり外へ向けて歩き始めた。
それを剣聖が首を動かさず視線だけで追う。
「剣聖さんありがとうございました。 俺は前に進みますよ」
「おう、適当に頑張れや」
軽く振り返り会釈をすると、勇はそのまま止まる事無く施設から退出していった。
それを目で見送った剣聖は「はぁ~」と大きく息を吐き出し……半目で開いた眼を浮かべ定まらない視線を地面に向ける。
「そうだなぁ、可能性はまだある……まだ、な……」
誰にも聞こえない意味深な言葉を呟き……剣聖はそのままその場でじっと座り佇んでいた。
―――
それから数日後……どこともわからぬ国の一角……。
岩山に囲まれ霧に包まれたその場所に多くの何かが蠢いていた。
雄叫びの様なものを上げ、一点に向かって突撃していく様に見える。
だが次第にその声は小さくなり、やがて何も聞こえなくなった。
霧の中、大きな巨体を映す影……微動だにしないその巨体の上に佇む一人の人影が在った。
「全く……これだから野蛮な『ヒト』は嫌いなんだ……僕は君達には興味無いって言っただろうに」
そう独り言を呟く人影は足を踏み出し巨体から飛び降り……着地するとそのままとぼとぼと歩き始めた。
すると不意にその人影が何かに反応し、首を大きく上に向けた。
「……あぁ、やっと呼んでくれたんだね……いつか呼んでくれると君を待ち望んでいた甲斐があったってものだよ」
誰に向けたのかもわからない独り言を言い放つと……人影はその上半身を前のめりに構えた。
ヌバァッ!!
その途端、人影の腰から身丈以上ともなる大きな影が姿を現す。
「今行くよ……君の居場所はもうわかったから」
そう呟き……大きな影が凄まじい空気の音を立て、その一瞬で人影は遠い空へと飛び去っていった。
あまりにも強い暴風が周囲に吹き荒れたのだろう、霧が吹き飛ばされその周囲に光が差し込む。
そこに見えたのは、多くの魔者達の死骸……そして人影が乗っていた巨体は彼等の王。
間も無く光に包まれ、光が空に舞い上がり消え始める頃には……謎の人影の姿は空の彼方へと消え去っていた……。
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