上 下
109 / 126

第109話 今まで本当にありがとう

しおりを挟む
『まったく……あなた達はホント、どこまでいっても仲良しですわね』

 こんな声が聞こえてからが始まりだった。
 それでふと気付いて見上げれば遥の姿があって。

『これでは本当に付け入る隙なんてとてもありませんわ。なのにどうしてあなたなんて好きになってしまったのかしら』
「遥……」

 隣にはなぜかつくしもいた。
 ただなんだろう、俺達のいる場所がまるで現実じゃないみたいだ。
 ぼんやりと虚ろで、でも間違いなく俺達の放った光の中にいる事はわかる。

 そんな中で遥は「フフッ」と笑い、俺達に恨み節をぶつけてくる。
 なんだか俺達が恥ずかしくなってしまうような事を平気で。

『でも後悔はありませんわ。だってわたくし、あなた達とお友達になれたんですもの。ずっとずっと願っていた、心を許せるお友達……』
「そうだね、遥はもう親友だよ! だから――」
『そう。だからわたくしの願いはもう叶いましたの』
「何を言っているんだお前は? 叶ったならそれで終わりみたいな言い方をするなよ! だってこれからだろ!?」

 でも俺達のこの言葉に対し、遥は首を横に振っていた。

『……そうですわね、これからなのでしょう。ですからその続きを歩みたい、そう願わずにはいられません』

 遥が何を言いたいのかはわからない。
 微笑んでくれているのに、目は笑っているようには見えないんだ。

 まるで悲しんでいるかのようにまぶたが震えていて。

「だったら行こう! 帰るんだ、みんなと一緒に!」
「そうだよ、みんな待ってる! ドブはるさんを待ってるんだよ!」

 それを見かねたから俺もつくしもただひたすら訴えた。
 遥の復活を心から祈って、願って!

 ……それなのに、あいつの不思議な微笑みは消えなかった。

『ええ、そうですわね。帰りましょう。あるべき形で』
「あるべき、形……?」
『つくし、あなたには本当に感謝してもしきれない。一緒にお風呂に入ってくれた事、わたくしとっても嬉しかった!』
「遥……!?」
『彼方、ごめんなさい。幼い頃にあなたに出会っていたのに忘れてしまって。酷い事を言ってしまって』
「馬鹿野郎! こんな時に何言ってんだお前っ!!」
『だけど、あなた達と会えて本当に良かった。わたくしを普通の人にしてくれて、本当に本当に嬉しかったの!』

 声が詰まる。
 止めたくても声が出せない。

 遥が涙を流していても、指一本さえ差し出せない!
 


『だから、今まで本当に、ありがとう……!』



 そして遥のこの一言を最後に、周囲の光が花びらのように散っていく。
 俺達だけを置いて、遥の微笑む姿ごと。

 ――そうして俺達は、膝を着いて座っていた。

 気付けば、目の前で魔物遥だった何かが地面に沈んでいる。
 まるで水銀のようにドロリと溶け、もはや原型など残ってはいない。

 つくしももう人間にまで戻っていた。
 元に戻す事に悩んでいたのがバカバカしくなるくらいにあっけなく。
 とはいえつくし自身もなぜ戻っているのかわからないようだが。

「あ、彼方、遥は……?」
「そ、そうだ、あいつはまだ、死んだって決まった訳じゃない!」

 しかしもうそんな事なんてどうでもいい。
 俺達のやった事が間違っていないのなら、遥はきっと助かっているはずなんだ!
 今の光景がたとえ幻想でも現実でも知った事じゃない!

 だから俺達は即座に魔物遥の死骸に手を突っ込み、一心不乱に掻き分ける。
 もしかしたらこの中にまだ埋まっているかもしれないと踏んで。

「っ!? これは!?」
「いたの!?」

 それで腰部の塊の中を探ってみたら、それはたしかに
 淡く輝く球体のような何かがしっかりと。

 それなので俺達はすぐに腰部を掻き分け、ぬぐい、その球体を持ち上げる。

 それなりに大きい。両腕でやっと持ち上げられる大きさだ。
 それでいて中に液体のようなものが入っている。

 そして、その中には見覚えのある少女の姿も。

「これって……女の子?」
「ああ。それにこの容姿は見覚えがあるよ。この子は……遥だ」
「えっ!?」

 ただし小学生くらいの小さな子だ。
 俺の記憶にあるよりも少しだけ成長しているが、雰囲気は当時とそっくり。
 ブロンドの細い髪に小顔という白人の母親の特徴はそのままで。

 するといきなりそんな球体の表皮が破れ、溶けて中の水が流れ出す。
 それで少女の遥が俺の腕の中へ収まる事に。

「……えほっ!! げほっごほっ!!」
「い、生きてる! 生きてるよこの子!」
「あ、ああ……」
「う、ううん……ここ、どこ?」

 少女遥自体はなんの問題もなさそうだ。
 ちゃんと意識もあるし、次第に目も見開き始めてきた。

「……!? あなただれですか!」
「えっ?」
「は、離して! 助けてお父さま! お母さまーっ!」
「お、おい!?」

 なんだ、俺の事を覚えていない?
 しかも暴れて、このままじゃ手が付けられないぞ!?
 まるで昔のままじゃないか!?

 ――だったら。

「待って、待ってくれ! 俺達は君を助けに来たんだ!」
「……え?」
「君は寝ている間に悪い奴にさらわれてしまって。それで今やっと助ける事ができたんだ。ほ、本当の事だよ」
「まぁ、本当ですの!?」
「う、うん」

 嘘は言っていない。
 色々と紆余曲折はあるけれど、これは嘘じゃないんだ。

 そう、これは彼女にとっての、悪い夢だったんだよ。

「でしたらあなたはわたくしのナイト様!?」
「え!? あ、いや、そういう訳ではないかなーあははは……」
「あたし達が助けにきたんだよー!」
「そう、ここにいるみんながナイトさ」
「あらそうですの。白馬の王子様が助けに来てくれたのかと思いましたわ。残念」

 まったく、この性格は相変わらずだな。
 ……いや、これが普通なんだ。今までがおかしかっただけで。

 そう、ドブ川遥なんて者は最初から存在しないんだ。
 あれは魔物とダンジョンが造り出した虚像なのだから。

 俺達の友達だった遥は、もう……。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

最強のコミュ障探索者、Sランクモンスターから美少女配信者を助けてバズりたおす~でも人前で喋るとか無理なのでコラボ配信は断固お断りします!~

尾藤みそぎ
ファンタジー
陰キャのコミュ障女子高生、灰戸亜紀は人見知りが過ぎるあまりソロでのダンジョン探索をライフワークにしている変わり者。そんな彼女は、ダンジョンの出現に呼応して「プライムアビリティ」に覚醒した希少な特級探索者の1人でもあった。 ある日、亜紀はダンジョンの中層に突如現れたSランクモンスターのサラマンドラに襲われている探索者と遭遇する。 亜紀は人助けと思って、サラマンドラを一撃で撃破し探索者を救出。 ところが、襲われていたのは探索者兼インフルエンサーとして知られる水無瀬しずくで。しかも、救出の様子はすべて生配信されてしまっていた!? そして配信された動画がバズりまくる中、偶然にも同じ学校の生徒だった水無瀬しずくがお礼に現れたことで、亜紀は瞬く間に身バレしてしまう。 さらには、ダンジョン管理局に目をつけられて依頼が舞い込んだり、水無瀬しずくからコラボ配信を持ちかけられたり。 コミュ障を極めてひっそりと生活していた亜紀の日常はガラリと様相を変えて行く! はたして表舞台に立たされてしまった亜紀は安らぎのぼっちライフを守り抜くことができるのか!?

ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。

夜兎ましろ
ファンタジー
 高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。  ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。  バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...