上 下
70 / 86
第六章

第69話 想像を越えた設備の影にはあの人が。

しおりを挟む
「せっかくお前の言葉がわかるようになったからよ、今の話をサムのおっさんに通訳しといたぜ」

 ファズさんが急に寄ってきて見下ろしてきたと思ったら妙なドヤ顔。
 その理由はどうやらこれのようですね。けどなんだか憎たらしいです。

「あらファズさん、気が利きますね」

「へへっ、お前のためなら俺はなんだって――」

「よぉし後はこのサムがこの壁について説明してやろうっ!」

 しかしファズさんが何か言いかけた途端、サムさんに強引に押し退けられました。
 どうやら調子のいい所は村人の皆さんもご存知のようです。
 一度力で負けてしまったせいか、ファズさんも抵抗することを諦めたご様子。

 そんな訳でわたくしも兎力神輿から降り、サムさんやミネッタさんたちと共に壁の内側を沿うように歩き始めます。

「壁は石材で出来ているのですか?」

「まぁ似たようなもんだ。砂利と食物繊維が混ざった特殊な泥を塗って固めてるんだ。そうすることで石みたいな強度と製造工程の簡易化が出来るようになっている」

「はぇ~~~」

「まだ試作らしくて安定はしてないが、これはいずれ建物の構造材としても使えるかもなぁと思っているよ」

 実際に固まる前の素材を見せてもらいましたが、ドロドロで扱いは簡単そう。
 これもチッパーさんが考案したと思うと驚きを隠せません。

「壁自体も実に機能的だ。と言っても使えるのは魔兎たちみたいな小型の魔物だけどな」

「本当ですね。小さいですが階段と足場が見えます」

 あの足場は畑で使われている移動式足場と同じ構造ですね。
 それが固定式となって各所に設置されています。

 しかもその上に見えるのは……!

「おっ、見る目があるなぁ~? あれはバリスタだ。壁の向こうに大型の矢を放てる代物さ」

「そ、そんな兵器まで設置しているのですね」

「どうやら力の弱い魔兎たちが戦えるようにするためのもんらしい。数だけは多いからこういう風に使えばいいっていうネズ公の提案さ」

 まさか兵器まで造っているとは思いもしませんでした。
 チッパーさんの想像力はもはや人間のそれさえ凌駕しているのかもしれません。

「ま、紹介するといってもこんなもんなんだがな。壁上兵器は今も至る所で建造中で、外観を先に仕上げたって感じだな。威嚇の意味も兼ねて先に作ったってのがネズ公の言い分さね」

「そこまで考えて造り上げたのですね……」

 確かに、後ろから見ると木造の骨組みが丸見えのハリボテです。
 ですが周りから見れば城塞都市、強固な防備を見せつけていました。
 これだけで普通の魔物は敬遠してしまいかねません。

 その特性をよく知るチッパーさんだからこその発案だったのでしょう。
 さすが、何もかもよく考えておられます……!

「おや……?」

 すると、働く人たちの中に見たことの無い大きな男性の姿が。
 しかもかなりの筋肉質で、木の丸太を二本も担いで歩いています。
 魔兎さんが三人ほど丸太に乗っていますが、まったく意にも介していません。

「あ、あの人は……!?」

「ん? 会うのは初めてだったか? ありゃドネウ爺さんだよ」

「「はああああああ!!!??? ドネウ爺さん!?」」

 名前を聞いた途端、ミネッタさんとファズさんの叫び声が響きました。
 そうしたらその声に気付いたのか、大男がのしのしとこちらに歩いてきます。

「おぉ帰って来たかネコチャン」

「ド、ドネウさん、その御姿は……!?」

「ふむ、この筋肉についてを知らなんだか。まぁ来たばかりだし無理もあるまいて」

「いやいやもう別人とかそういう次元じゃねぇ変わりっぷりだろうが!」

「ド、ドネウお爺ちゃん、どうしてそんな姿に?」

「カッカッカッ! なぁに、これが儂の真の姿じゃよ」

「「「えええ……」」」

 し、信じられません。
 わたくしが野菜を卸すまでは寝たきりの骨も同然だったあのドネウさんが、まさかこんな筋骨隆々なマッチョになるなんて!

「儂はこう見えても昔、マッスルファイターという職の冒険者をやっておったのじゃ」

「今はどう見てもその肩書しか思い浮かばねぇよ!」

「じゃが歳の荒波には勝てず、さらにはある時から栄養が摂れにくくなり、激しい新陳代謝に抗えず痩せ細り、ついには寝たきりとなってしまっておった」

 まさかドネウさんにそんな過去が!
 なんだかまるで体格まで変わっているようにも見えるのですが。

「じゃがネコチャンが卸してくれた栄養たっぷりの野菜と、リハビリを兼ねた訓練のおかげで今はほれ、見ての通りよ! おかげで百年は若返った気分じゃわい!」

「いやアンタまだ八〇歳くらいでしょ!?」

「逆に考えるのよファズ! このご時世で八〇歳まで生きられるお爺ちゃんが凄いんだって!」

「すげえなマッスルファイター!?」

 な、なにはともあれ昔の元気を取り戻して頂けたようで何よりです。
 魔兎さんたちとも仲良くやっているようですし、こちらとしても助かりますね。

「フオオオオオ……!」

「ムッ!?」

 そう思っていた矢先、殺意をむき出しにしたボルグさんがわたくしの横から前へと一歩を踏み出します。
 それに気付き、ドネウさんもが丸太を降ろして彼の前に!?

 なんだか異様な空気が流れ始めました。
 まるで一触即発のようなこの空気は……!?

「我が主ネルル殿よ、どうやら私は戦いを望まぬとはいったものの、体に流れる武人の血には抗えぬようだ……!」

「え、え、えええ!?」

「ほう? 貴様、儂とやりあいたいとでも言いたげじゃのぉ……?」

「疼くぞ! 武人としての血が!」

 こ、これはいけません!
 もう互いに額をぶつけ合い、両手を合わせあって押し合いを始めました!
 なんという闘志でしょう!? まるで地響きすら感じるかのようです!

「はあああああああ!!!!!」
「ゴオオオオオオオ!!!!!」

「お、おいお前らァ!?」
「どどどうなっちゃうのー!?」

 これでは、もう――

「「ナイス筋肉だッッッ!!!!!」」

 しかし途端、「バチッ」という音と共に二人が離れます。
 さらには互いに片手で掴み合い、ギュッと力強い握手を交わしていて。

「次回会う時が楽しみじゃのぉ……!」

「貴様の力、必ず見せてもらうぞ……!」

 なんでしょう? 意気投合でしょうか?
 互いにニッコリと笑い、同時に背を向けて歩き始めました。
 再び丸太を担ぐドネウさんの背中が妙に暑苦しいです。

「主殿よ」

「はい」

「貴殿に忠誠を誓った際は戦うことを放棄しました。ですがいつかこの争いが終わった後、彼奴と雌雄を決するべく戦いたいと存じます。そのことをどうかお許しください」

「はい」

「ありがたき幸せッ!」

 いやまぁ別にそこまで戦いを否定するつもりはないんですけども。
 スポーツなどの興行的な争いもあるものですし。

 どうやらその辺りの融通というものはまだ魔物にはわからないのかもしれません。
 そこは落ち着いたら学びの場を設けてあげたいものですねぇ。

 なんだか些細ですが、れっきとした目標が出来た気がします。
 後は魔物たちが本当に来なければよいのですが。



 ……そう密かに願っていたのに。
 どうやらチッパーさんたちの懸念は現実となってしまったようです。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

転生5回目!? こ、今世は楽しく長生きします! 

実川えむ
ファンタジー
猫獣人のロジータ、10歳。 冒険者登録して初めての仕事で、ダンジョンのポーターを務めることになったのに、 なぜか同行したパーティーメンバーによって、ダンジョンの中の真っ暗闇の竪穴に落とされてしまった。 「なーんーでーっ!」 落下しながら、ロジータは前世の記憶というのを思い出した。 ただそれが……前世だけではなく、前々々々世……4回前? の記憶までも思い出してしまった。 ここから、ロジータのスローなライフを目指す、波乱万丈な冒険が始まります。 ご都合主義なので、スルーと流して読んで頂ければありがたいです。 セルフレイティングは念のため。

処理中です...