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第五章

第58話 少女の箍(第三者視点)

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 少女は一人、唸っていた。
 握り拳で床を叩き、歯を覗かせて苛立ちを見せながら。

 だがその怒りをぶつける相手がいない。
 故に憤りはますます膨れ上がるばかりで、周囲の巫女たちは声を掛けられずにいる。

 そう、あの小さな聖女アンフェルミィである。

 しかしその様子は聖女とは到底言えないほどに無様。
 それでいて険悪に苛立つ様子はもはや悪童さえ霞むほどだ。

「なぜだ、なぜだナゼだ何故だぁ!? なぜ誰も帰ってこないッ!? なぜ結果の報告が無いッ!? 命令したであろうっ!? あの猫獣人を捕まえよとォォォ!!!!!」

 叱咤。
 激昂。
 アンフェルミィは頭を降ろしたままの巫女たちにさえ咆え散らかす。

 それに対して巫女たちはただ無言で頭を降ろし続けるしかない。
 何か一言でも軽々しく発すれば、それだけで己の首が飛ぶことは明白だからだ。

 ただそれでもずっと無言という訳にもいかない。

「おいキサマ!? 今一体何人の刺客を送り込んだ!?」

「……現在、六人でございます」

「ならばそやつらは今どこにいる!?」

「音沙汰がございません」

「ぎぃいぃぃぃ!!!!! もうよい! 彼奴等は見つけ次第、即刻処刑せよぉ!!!!!」

「承知いたしました」

 結果、淡々とした答えだけが返る。
 それがアンフェルミィは気に入らない。
 まるで人形と話しているかのように感じているからだ。

 故に枕を投げつけて側近の巫女にぶつける。
 巫女はその枕を無言で拾うと、アンフェルミィの傍にそっと置いて擦り足で去る。

 そしてアンフェルミィがまた苛立ちを募らせる。

 最近はずっとこの繰り返し。
 そろそろ一人くらい居なくなってもおかしくない剣幕だ。

「聖女様、御来客にございます」

「こんな時に誰じゃあっ!?」

「ジェイル=ラウズ=ヴェルフェリオ殿にございます」

「――えッ!? は、はよう! はよ通せっ!」

 しかしジェイルの名を聞いた途端、歪んでいた顔がパァっと満面の笑顔に変わった。
 握り締めていた拳もいつの間にか胸元に寄せられ、期待するように揺れていて。

 その中で大扉が開かれ、ジェイルの姿が現れる。
 するとアンフェルミィが顔を真っ赤に染め上げて「わぁ!」と口からも喜びを漏らす。

「久しくお目通り出来ず申し訳なく思います」

「よ、よい! 貴様の気苦労を我はよぉくしっておる。そしてその中でもこうして我の下へ訪れてくれる気遣い深さもな! 我は何でも知っておるのだ!」

「お褒めのお言葉、至極恐悦にございます」

「うむうむっ!」

 今の様子からはもはや先程までの憤りを感じさせない。
 そのせいか、巫女の一部がこっそりと溜息を付いている。

 そんなすぐ傍の者の気苦労さえ気付かないアンフェルミィはただ得意げに声を上げるばかりで。

「聞けば最近では遠征先でオークの王を討ち取ったという話ではないか! さすがジェイル、我が見込んだだけのことはあるのう!」

「相手が浮足立っていたため、運良く仕留められただけです。テリック村の方へと向かっていたという駐屯地からの素早い報告が無ければ見逃していたやもしれません。なれば彼らの功績が大きいと言えましょう」

「うむ! ならば報告者に褒美を与えることを許可しよう! いつも通り貴様が決めて構わぬ!」

「はっ! では駐屯地在任の者たちへ、合計虹金貨一枚分の賞与を都合していただきたく」

「わかった、許そう! おい巫女、今の話を財務部へ報告せよ!」

「承知いたしました」

 このような巨額の報酬ですらアンフェルミィにとっては一言で片付く事。
 彼女にはもはや当たり前のような采配だ。

 例えそれをわかっていてもジェイルは深々と頭を下げて謝意を示す。
 それがアンフェルミィには堪らない。
 体をゾクゾクと震わせて悦に浸るほどに。

「……報告は以上でございます」

 だが途端の一言がアンフェルミィを動揺させた。

(えっ!? 待て、まだじゃ、まだ話したい! ジェイル行くな! 頼むぅ~~~!)

 彼女が心で叫ぶ。
 しかしジェイルは踵を返して去ろうとしていて。
 
「ぁ待てっ!」
「――ッ!?」

「……れ、例の喋る魔物! あの魔物は、何か問題を、起こしてはおらぬか?」

「いえ、特に問題はありません」

「そ、そうか……」

 必死に話題をひり出し、なんとか声を上げられたものの長くは続かない。
 それが自分でも情けなく思えたのか、落胆のままに顔を降ろすアンフェルミィ。

「……ですが最近、ふもとのテリック村が活気づいているようです」

「えッ!?」

「なんでも伝説級の野菜がよく採れるようになったという話ですよ」

 しかしまさかのジェイルからのアプローチに、思わず目を見開かせる。
 それがアンフェルミィにとってどれだけ喜ばしかったか。

 少なくとも、溢れかけた涙が一瞬で振り払われるほどには。

「今度、都合を付けて仕入れて参ります。ですからお楽しみになさっていてください」

「あ、ああっ! 楽しみにして待っておる! だから約束じゃ! ちゃんと、貴様が、持ってきておくれ……!」

「拝承仕りました。では、失礼いたします」

 はたから見ればジェイルの態度は巫女と話すのと大差ない。
 だがアンフェルミィにとっては特別なほど違っていた。

 それは彼だけが自分に新しい世界を教えてくれるから。
 彼だけが自分の願いを叶えてくれるから。

 だから彼女は両手を握り締めて、薄布越しに願うのだ。
 また再びジェイルが自分の下へと馳せ参じてくれることを。

 そしてその障害となる者がいるならば全力で排除することを厭わないとも。



 これが聖女として崇められた少女のたが
 ジェイルという存在のみによってかろうじて形を保たせた〝純真無垢〟のなれの果てなのである。
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