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第三章

第37話 こうして首都を発つことになりまして

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「さぁて、色々大変な目に遭ったがそれもここまでだ。ネルル、達者でな」

 水路の外へと出たわたくしたちは別れの挨拶をかわします。
 そしてチッパーさんは微笑んで手を振ってくれていて。

 その小さな勇者の逞しい御姿に思わず涙してしまいました。 

「お、おいおい!? ここで泣くのかよ!?」

「ご、ごめんなざいっ! 色々あっだげど、ぞの色々があまりにも感慨深ぐっでぇ~! ブワワッ!」

 恩人なのにロクなお礼も出来ていませんでしたから。
 本当は神の祝福を送りたいのですが、そうするとチッパーさんが消滅しちゃいますし。

 だから出来ることならもっと一緒にいたかったのに。

「子どもじゃねぇんだからそうピーピー泣くなよぉ」

「子どもですぅ~~~! まだ生後一ヵ月半ちょっとですぅぅぅ~~~!」

「ウソォ!? いやいや一ヵ月でその賢さは無いだろ!?」

 彼にとってはわたくしでも大人に見えていたのでしょうね。
 紳士的ではありますが、今まで水路から出たことが無いそうでしたから。

 しかしこればかりは大人も子どもも関係ありません。
 恩人と別れる悲しみは何より感慨深いものです。

「落ち着けって。な?」

「ハイ……ぐすっ」

「随分と頭が回るから大人かと思ってたぜ。だが子どもでもそれくらい要領がありゃ生きるのも問題無いだろ?」

「そうなんですけどね、やっぱり寂しいです」

 例え前世の記憶があっても、多少精神が肉体に引っ張られるのもあるのでしょう。
 そう認識してしまうとますます欲求が止まりません。

 でもわたくしの個人的な欲を押し付ける訳にもいきません。

「いっそチッパーさんが付いてきてくれれば最高なのですが」

「ん? いいぞ」

 そう、これはただのわたくしの我儘。
 チッパーさんの生活を顧みない一方的な願い。

 ――とかなんとか思っていたのですが関係なく即答でしたね。

「んじゃ行くかぁ」

「ちょちょ待ってください!? え、なんで乗り気なんです!? 天国離れるんですけど!?」

「いや別にこだわりねぇし。お前と一緒にいるとなんか楽しそうだしなぁ」

「ええーーーーーー!!?」

「かくいう俺も外の世界には憧れちゃいたが、出る理由も目的も無いのに出ても仕方ねぇと思ってたからここで暮らしていたようなもんよ」

「か、軽ぅ~い! 天国の扱い軽すぎますぅ~~~!」
 
 まるで今までの葛藤が馬鹿らしく思えるような答えでしたね。
 こんなことなら最初から勧誘しておけばよかったって。

 ですが意外だったのも事実。
 まさかチッパーさんが外の世界に憧れていたなんて夢にも思いませんでしたから。

「だったら一緒に行きますか?」

「おう、ならこれからもよろしく頼むぜ!」

「はいっ!」

 なにはともあれ別れずに済んで本当に良かった。
 心からそう思ったものです。

 おかげで旅は道連れ、全くもって退屈しませんでしたね。
 チッパーさんが一緒だったおかげで今ここにもいられるというものです。

 つまりあの水路からわたくしの真の第二の人生が始まったと言えましょう。
 そこに至るまでの嫌な思い出も今となっては微笑ましく思います。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆



「――と、そんな経緯を経てわたくしはこの場所にやってきたという訳ですね」

「なるほど、それが俺に出会う前の出来事ってことかい」

「ええそうです。いやーもうチッパーさんとの出会いが無ければきっとここまで上手く行ってなかったでしょうねぇ。感謝してもしきれません。ウンウン」

「ふぅーん」

 一連の出来事を話せて実にスッキリしました。
 チッパーさんとの思い出も懐かしくって、つい張り切り過ぎちゃいましたね!

 でもなんだかミネッタさんは不満げに頬杖をついています。
 何かまずいことでも話しちゃったのでしょうか。

「ま、ネルルちゃんのチッパー君への想いはよぉ~~~くわかったよ」

「チッパーって奴の話になると一気に濃厚になったもんな」

 あ、もしかしてこれ嫉妬って奴です?
 ミネッタさん、まさかチッパーさんを熱弁するわたくしに妬いているのかしら。

 うーん、彼は誰の物でもないので独り占めなんてする気は無いのですが。

「でもねネルルちゃん、ちょっといい?」

「はい?」

「話の本質が全く入ってないんだけど? チッパー君への愛くらいしか伝わってこなかったんだけど?」

「ええーーーっ!? それのどこが悪いのです!?」

「おいおい、今の話の目的を忘れてないかーい? 俺との出会いの話だろうがよぅ」

「あー……」

 ……ついうっかり目的を見失っていました。
 チッパーさんとの出会いを語ることに夢中となり過ぎてしまったようです。

 はーーー、個人的にはもう満足しちゃってるんですけどー。

 そう思いつつクッキーに手を伸ばし、甘味をはむはむ味わいます。
 熱弁したことで消耗したカロリーを取り戻しませんと。

「……しゃあない、じゃあ俺が話すわ。時系列的に似たようなもんだし」

「「おねがいしまーす」」

「二人とも、ちゃんと聞いてくれるよね? オジサンの一人語りとかさせないでね?」

 ジェイルさんが心配そうに眉をひそめていますがきっと平気でしょう。
 わたくしはちょっと眠いですけど。ふわぁ~~~。

 あくびを大きくかくと、ジェイルさんも大きな溜息を一つ。
 ですが鼻背をキュッと摘まむと、両肘を机上に充てつつ淡々と語り始めたのです。

 それはまるで、今語られた一連の出来事を裏側から補填していくかのように。
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