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第三章
第32話 生きる希望は向こうからやってくる
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目の前に現れたのはとても可愛らしく優しい子どもたち。
普通の猫と勘違いしたわたくしに救いを差し伸べようとする程の。
そんな彼らだからこそ、わたくしはその優しさに甘えようと考えたのです。
それも決して傷つけることのないよう。
そう、「襲った」というのは決して歯牙にかけるという意味ではありません。
パンを持つ少年の胸に飛び掛かり、尻餅を突かせただけ。
それで通じる訳も無いと思いつつも、謝罪の意味も込めた一言を贈りました。
「どうか、そのヤサしさを、いつまでも、ワスれない、で、ください」
「「「――ッ!?」」」
これが今のわたくしに出来る精一杯のお礼。
そうしてパンを咥えて奪い取り、すぐに飛び出して元の屋根へ。
必死にパンに食い付きつつ、二足歩行で再び走り始めました。
「うっ!? あ、味がしない……! まるで砂を食べているみたい!」
……魔物になって初めてのパンの味はまさかの無味。
触感ですら違和感を覚えるほどだったのは予想外でしたね。
「でもわたくしはパンの味を覚えています! 皮こそ硬いですが中はふっくらもちもちで、塩っぽさとじんわりくる甘さ。そして香ばしいあの味わいも!」
それでも自分に言い聞かせ、過去の記憶を思い返しながらパクパクいきます。
記憶と違ってパサパサで中も硬かったですが関係ありません。
「はむっ! そう、これは食育です! セルフ食育なのです! むぐむぐ、苦いコーヒーを克服するのと同じで何事も慣れと経験が必要なのですから! あむーっ!」
無理矢理喉に押し込み、飲み込みました。
たとえ味がしなくとも栄養があることに違いは無いとわかっているから。
そのおかげで体力もほんの少し蓄えられた気がしました。
これなら逃げられるかもしれない、と。
そう、思っていたのですが。
「駆除対象を発見ッ!」
「法術士班は回り込めェ!」
「絶対に逃がすなあっ!」
気付くと事態がなぜか急激に酷くなっていました。
わたくしを追っていたのが商人ではなく兵士たちに代わっていたのです。
おそらく先ほどの家族が通報したのでしょう。
わたくしが二足で走る様を見た方もいらっしゃったのかもしれません。
しかしまさかこうなるまでに一時間もかからないとは。
そんな中で浴びせられる怒号。
さらには光線法術まで飛び交う始末。
二百年前には存在しえない強力な警備体系には尻尾を巻くばかりで。
だからこそ必死でした。
体力だとかもう気にせず、ただ逃げ回って。
そして朝が訪れた時、初めて絶望を感じたのです。
だって今なお、街の端が見えない場所を走っていたと気付かされたのですから。
「あ、ああ……」
そして悟ってしまった。
もうこの街から出ることは叶わないのだと。
歩を止めたことで足が限界に近いと気付きました。
体力も気力もプツリと途絶えて逃げる気すら失せました。
もうわたくしに抗う力はほぼ残されていなかったのでしょう。
「そう、ですか……この朝日が見納め、ということなのですね」
そうつぶやくと自然と尻餅も突いていました。
ただボーっと朝日を眺めつつ溜息を零します。
あとはふと思い立ち、自分の人生を振り返ってみたり。
孤児として生まれ、街の人から虐げられた子ども時代。
それでも負けずに真っ直ぐ育って、人々のために苦労して。
だけど人に裏切られて死に、あげく魔物にまで転生してしまった。
今思えば前世から不幸続きでしたね。
もしかしたら初めからそういう運命だったのかもしれません。
でもその不幸もここまで。
兵士たちが来ればもうおしまい。
わたくしは全てを忘れて生まれ変わるのでしょう。
もしかしたら再びこの不幸を知らず繰り返すのかもしれません。
そう頭に過った時、気付けば目から涙が溢れていて。
「こんなことになるなら、使命なんて忘れて自由に生きた方がよかった……」
涙より先に本音までがつい零れてしまった。
ずっと心の奥底に仕舞い込んで忘れていた願いがポロリと。
限界まで追い詰められたことで自我の枷が外れたのかもしれません。
途端に後悔ばかりが溢れて止まらない。
涙が、嗚咽が、止まらない。
「おいお前何やってんだ! 早くこっちに来い!」
「――ッ!?」
でも途端、奇妙な声がしたのです。
人間の声にも聞こえましたが、そう聞こえただけで妙な違和感がありました。
ついつい声の元を探そうとしてしまうくらいに。
「バカッ、早くしやがれ! 死にてぇのか!?」
そうしたら居たのです。
屋根の陰りから手を振る、小さな灰色のネズミが。
「死にたくねぇならついてこい! 急げ!」
ネズミ型の魔物でした。
明らかにわたくしへ意思の言葉を向けていたのです。母たちと同じように。
だからか自然と足が動いていました。
死にたくないのと、彼に好奇心を抱いてしまったから。
――これがチッパーさんとの出会い。
彼によって導かれたわたくしは命からがら兵士たちから逃げることが出来たのです。
普通の猫と勘違いしたわたくしに救いを差し伸べようとする程の。
そんな彼らだからこそ、わたくしはその優しさに甘えようと考えたのです。
それも決して傷つけることのないよう。
そう、「襲った」というのは決して歯牙にかけるという意味ではありません。
パンを持つ少年の胸に飛び掛かり、尻餅を突かせただけ。
それで通じる訳も無いと思いつつも、謝罪の意味も込めた一言を贈りました。
「どうか、そのヤサしさを、いつまでも、ワスれない、で、ください」
「「「――ッ!?」」」
これが今のわたくしに出来る精一杯のお礼。
そうしてパンを咥えて奪い取り、すぐに飛び出して元の屋根へ。
必死にパンに食い付きつつ、二足歩行で再び走り始めました。
「うっ!? あ、味がしない……! まるで砂を食べているみたい!」
……魔物になって初めてのパンの味はまさかの無味。
触感ですら違和感を覚えるほどだったのは予想外でしたね。
「でもわたくしはパンの味を覚えています! 皮こそ硬いですが中はふっくらもちもちで、塩っぽさとじんわりくる甘さ。そして香ばしいあの味わいも!」
それでも自分に言い聞かせ、過去の記憶を思い返しながらパクパクいきます。
記憶と違ってパサパサで中も硬かったですが関係ありません。
「はむっ! そう、これは食育です! セルフ食育なのです! むぐむぐ、苦いコーヒーを克服するのと同じで何事も慣れと経験が必要なのですから! あむーっ!」
無理矢理喉に押し込み、飲み込みました。
たとえ味がしなくとも栄養があることに違いは無いとわかっているから。
そのおかげで体力もほんの少し蓄えられた気がしました。
これなら逃げられるかもしれない、と。
そう、思っていたのですが。
「駆除対象を発見ッ!」
「法術士班は回り込めェ!」
「絶対に逃がすなあっ!」
気付くと事態がなぜか急激に酷くなっていました。
わたくしを追っていたのが商人ではなく兵士たちに代わっていたのです。
おそらく先ほどの家族が通報したのでしょう。
わたくしが二足で走る様を見た方もいらっしゃったのかもしれません。
しかしまさかこうなるまでに一時間もかからないとは。
そんな中で浴びせられる怒号。
さらには光線法術まで飛び交う始末。
二百年前には存在しえない強力な警備体系には尻尾を巻くばかりで。
だからこそ必死でした。
体力だとかもう気にせず、ただ逃げ回って。
そして朝が訪れた時、初めて絶望を感じたのです。
だって今なお、街の端が見えない場所を走っていたと気付かされたのですから。
「あ、ああ……」
そして悟ってしまった。
もうこの街から出ることは叶わないのだと。
歩を止めたことで足が限界に近いと気付きました。
体力も気力もプツリと途絶えて逃げる気すら失せました。
もうわたくしに抗う力はほぼ残されていなかったのでしょう。
「そう、ですか……この朝日が見納め、ということなのですね」
そうつぶやくと自然と尻餅も突いていました。
ただボーっと朝日を眺めつつ溜息を零します。
あとはふと思い立ち、自分の人生を振り返ってみたり。
孤児として生まれ、街の人から虐げられた子ども時代。
それでも負けずに真っ直ぐ育って、人々のために苦労して。
だけど人に裏切られて死に、あげく魔物にまで転生してしまった。
今思えば前世から不幸続きでしたね。
もしかしたら初めからそういう運命だったのかもしれません。
でもその不幸もここまで。
兵士たちが来ればもうおしまい。
わたくしは全てを忘れて生まれ変わるのでしょう。
もしかしたら再びこの不幸を知らず繰り返すのかもしれません。
そう頭に過った時、気付けば目から涙が溢れていて。
「こんなことになるなら、使命なんて忘れて自由に生きた方がよかった……」
涙より先に本音までがつい零れてしまった。
ずっと心の奥底に仕舞い込んで忘れていた願いがポロリと。
限界まで追い詰められたことで自我の枷が外れたのかもしれません。
途端に後悔ばかりが溢れて止まらない。
涙が、嗚咽が、止まらない。
「おいお前何やってんだ! 早くこっちに来い!」
「――ッ!?」
でも途端、奇妙な声がしたのです。
人間の声にも聞こえましたが、そう聞こえただけで妙な違和感がありました。
ついつい声の元を探そうとしてしまうくらいに。
「バカッ、早くしやがれ! 死にてぇのか!?」
そうしたら居たのです。
屋根の陰りから手を振る、小さな灰色のネズミが。
「死にたくねぇならついてこい! 急げ!」
ネズミ型の魔物でした。
明らかにわたくしへ意思の言葉を向けていたのです。母たちと同じように。
だからか自然と足が動いていました。
死にたくないのと、彼に好奇心を抱いてしまったから。
――これがチッパーさんとの出会い。
彼によって導かれたわたくしは命からがら兵士たちから逃げることが出来たのです。
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