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第三章

第31話 囚われの身からの脱出

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「――だからってぇ眉唾な話に金なんざ出せねぇってんだよォ!」

「っざけんな! こちとら危険を冒して持って来たんだぞ!?」

 人間二人が言い合い、唾を飛ばし合う。
 そんな醜いさまを見ながら目を覚ましたのを覚えています。

「ワーキャットだぜ!? だからもうちっと高く買い取ってくれよぉ!」

「ワーキトンだ、間違えるな。まだロクに訓練もしてねぇガキで何の役にもたちゃしねぇ。そんなのが高く買いとれるものかよ、何も知らん新米が」

「うぐっ……」

 言い負かされている方が巣を襲った男。
 もう一人は白いローブと帽子を被った小太りの男で、身なりからして商人だとすぐにわかりました。

「仕方ねぇからまだ職もねぇ新米冒険者の小僧に教えてやる。いいか、魔獣使いテイマーってのはな、強い魔物を操れば操るほど活躍できるんだよ」

 しかし商人にしてはやたらと魔物や魔獣使いに詳しい。
 今の時代、彼らでもこれくらいの知識があるのかと勘違いしそうになりました。

「だがテイマーがテイム出来るのはあくまでも自分よりレベルが低い相手だけだ。実力が上の相手を操るには相応の代償が必要になる。それがコイツよ」

 ですが商人の男が金貨を取り出したことで気付きます。
 魔物に詳しいのは彼の取り扱う商品が特殊だったからなのだと。

「弱い魔物や獣なら服従させ、絆を育んで〝使役術テイミング〟も出来るだろう。だが強い相手を操るにはこの方法じゃまず無理だ」

「じゃ、じゃあどうするんだよ?」

「簡単な話よ。〝魅了術チャーム〟で強制的に操ればいい」

「チャ、チャーム!?」

「ま、違法だし曰く付きだから普通の奴にはオススメせんがな。だが需要があるから商売になる。後は勝手におっんでチャームから解放された魔物が大暴れしなけりゃ問題ねぇだろ。それも売るだけの俺側にゃ関係ねぇがな」

 まさか違法の魔物販売店に持ち込まれていたとは思いもしませんでした。
 人間だったなら摘発に一役買いたい所ですが、魔物の身ではそうもいきません。

「い、違法なのは知ってる。だが報酬がこれっぽっちなら通報してもいいんだぞ!?」

「やってみな。そうすりゃ俺はツテ頼りに逃げるだけだ。そんでてめぇは魔物を持ち込んだことでお縄確定、冒険者どころか市民資格すら失うだろうよぉ」

「ううっ!?」

 しかも商人には逃げ道まであった。
 人の世には悪者が付き物とはよく言いますが、こうも腐敗しているとは思いもしませんでしたね。

「まぁ危険費用込みでこれくらいが限度だ。今度はもうちっとマシなの捕まえてこい。リピーターならもう少しは弾んでやる」

「チッ、わかったよ。邪魔したなっ!」

 ここまで言われると冒険者の男も言い返せなかったのでしょう。
 腹立たしくドアをバタンと閉じて去ってしまいました。

「ったくこれだから新人は。……だが、場合に寄っちゃ掘り出し物かもしんねぇなぁ。この個体が術法を使ったっていうが実際はどうなのかねぇ」

 すでにわたくしのことは説明済みだった模様。
 それでもなお商品価値無し扱いされたのは少し腹が立ちましたね。
 まさしく詐欺ではないか、と。

「ま、御託はいいさ。さっさとこいつの商品価値を確かめればいいだけだ。操っちまえばどんな能力持ちかは一発でわかるからな、へへっ」

 それに商人もまた魔獣使い。
 それならばやることはもはや決まっているようなもので。

魅了術チャーム!」

「うああッ!!?」

 間髪入れず商人にチャームを仕掛けられました。

 話に聞いていたチャームですが被者にとっては想像を越えてキツい術でした。
 まるで心を直接鷲摑みにされて潰されそうな気分に陥るものだったのですから。

「ほぉ? なかなかの耐性だ。こいつはぁひょっとするとひょっとするかもなぁ!」

「あ、かは……!?」

 しかもその瞬間に訪れるのは、なんと商人への愛情。
 身も心も捧げたくなる衝動にまで駆られ、本心とのせめぎ合いで吐き気すら催すほどです。

 もうダメかと思いました。
 商人を愛してもいいとさえ思いました。

 ですが。

「な、なんだ、ひ、光が溢れ――うおおおおおお!!!??」

 その瞬間、内に秘められていた聖力が術を跳ね返したのです。
 秩序、倫理、そして自由を司る聖属性が束縛を許さなかったのでしょう。

 さらにその聖なる輝きが籠の錠前ですら外してくれた。
 おかげで間髪入れずに飛び出せたわたくしは商人の顔を蹴り付け、おまけに周囲の荷物を崩して埋めて差し上げました。

 後は冒険者の男が開けっ放しにしていた扉を抜け、そのまま外へ。
 建物の壁さえよじ登り、屋根上へと昇ります。

 こうして高い屋根にまで登り詰めたことでようやく気付いたのです。
 わたくしが巨大な街の中心部にいたということに。

 そう、この国の首都フェテニスです。

 街はあまりにも広大でした。
 一望するだけではとても見きれないほどに。
 この時は夜でしたが、ワーキャットは夜行性なので言い訳も出来ません。

「ちくしょう、待ちやがれこのクソ猫がぁ!」

「あっ!? 早く逃げないと!」

 ただ商人が追いかけて来る以上、悠々と眺めている暇もない。
 ですから急いで屋根の上を走って跳んでひたすら逃げまわります。

 しかしその限界もすぐに訪れてしまった。

「そういえばロクに食べないまま捕まったのを忘れていました、ぐぅ~~~!」

 そう気付いたせいで途端に眩暈を催し、倒れそうにまでなってしまいました。
 今までは必死だったおかげで飢餓感が紛れていたのでしょう。

 しかも商人も何故かわたくしの位置がわかるようで、遅れながらも追ってきている。

 このままでは捕まるのは必至。
 どうすればいいのかと掠れゆく意識の中で必死に葛藤します。

 するとそんな時でした。

「みてみて、ニャンニャンだよー」
「ほら、こっちおいでー」

「えっ……!?」

 この声に気付いて振り向くと、道を挟んで反対側の家の窓から幼い少年少女が手を伸ばしていました。
 それも片手にパンを掴んだままに。
 両親らしい方々もその背後で笑顔を浮かべていましたね。

 どうやら屋根の上で佇むわたくしに気付き、魔物と知らずに誘ってくれているのでしょう。
 当然ですね、街中に魔物がいるとは思いもしないのでしょうから。

 ですがお二人の姿を見て、わたくしはつい「なんて美味しそうなのでしょう」と考えを過らせてしまいました。
 パンではなく子どもたちが、です。

 だからこそ直後には自分を責めたものでした。
 
(何を考えているのですがわたくしは! 人を見て美味しそうだなんて! ああ自分自身が嘆かわしい! 一瞬でもやましいことを思ってしまった弱さが情けないっ! この堕落猫~~~っ!)

 あまりにも情けなさ過ぎて自分の頭をポカポカ、戒めなければと心に訴えます。

 しかし空腹が、極度の飢餓感が理性を押しのけようとしているのも事実。
 故にわたくしは意を決してとある行動を起こしたのです。

 あえて子どもたちを襲う、という行動を。



 ……もちろん、悪い意味ではありませんよ?
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