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第一章
第12話 悲劇の聖滅が起きた後は
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聖女とは正真正銘の神の子。
至高神オーヴェル様の力を受け継いだ人の子です。
そして使命を果たした聖人はいずれ天寿を全うした後、神へと生まれ変わる。
その後に世界を優しく見守るのが本懐でした。
でも、わたくしはあろうことか人に殺されてしまった。
しかも多くの者達に「悪逆の魔女」と蔑まされて。
それが冤罪であろうとも人の祝福を得られなかったことに変わりはありません。
故にわたくしが神になることはもう無いのでしょう。
そう思っていたのですが。
『おお! ネルル、我が娘よ。よくぞ帰ってきた』
それは処刑後のことでした。
優しきお声が響いて目を覚ますと、視界にはかの至高神オーヴェル様の御姿が。
雲の中とも思える場にそびえる巨大な体に、後光を放つ背後の聖輪。
老人のようにも見える深い白髭を生やしながらも体付きはとてもたくましい。
いずれも何度も夢で見た様相と何ら変わりありません。
そしてその慈悲深い微笑みも。
「ああオーヴェル様、わたくしは――」
『みなまで言わなくともよい。魔族の侵攻阻止を任せようとして力を授けたのだが、それが結果的にお前を苦しめることとなってしまった。本当にすまなかったと思う』
オーヴェル様はこんなわたくしに涙まで流して下さいました。
父とも言える存在を悲しませてしまったことはわたくしも残念でなりません。
「いえそんな恐れ多い! 結果はどうあれ、わたくしは本望です!」
『だが人の悪意がそれ以上に根深かった。そのことを見抜けなかったワシにも責はあろう』
やはりオーヴェル様はちっぽけな教皇たちとは器が違いました。
人が犯した罪を自分のことのように悔いていましたから。
『しかし安心せよ。お前を咎めた者たちはもういない。あの聖滅の輝きで滅びを迎えた愚か者の魂は全て贖罪の獄界へと堕ちた』
ただし罪深き者たちには一切容赦はありません。
この時掌から放たれた映像には、業火に焼かれて苦しむ教皇たちの姿が映っておりました。
おそらくは向こう百年ずっと罪を償い続けることになるのでしょう。
そしてわたくしにはというと、これ以上無い返礼が待っていたのです。
『だがネルルよ、お前は立派に責務を果たしたであろう? 故にお前には幸せになってもらいたいと思う』
「えっ? わたくしが、幸せに……?」
『そう。その記憶、力を持ったまま新たな肉体へと転生するのだ』
転生。
それは前世の記憶や経験、能力を受け継いで新たな命へと生まれ変わること。
その力の度合いによっては成長にさえ大きく影響を与える、まさに命を司る神の所業です。
ですが、転生には大きなデメリットも存在することも確か。
「お、お待ちください! 転生など行えばオーヴェル様の御力をも削ぐことになってしまいます!」
『よい。そうする価値がお前にはあるのだ。力は今の半分ほどしか引き継げぬが、さすれば神の子として世界を導くことも早々に出来よう』
しかしオーヴェル様はなんとそのデメリットすら受け入れて下さったのです。
なればこの好意を無碍になど出来る訳がありません。
「……わかりました。その好意、謹んでお受けいたします。ありがとうございます、オーヴェル様」
『うむ、新たなる人生を思うまま謳歌するがよい。そして再び正しくこの天界へと戻ってくることを祈っておるぞ』
「はいっ!」
元気よく返事をすると、オーヴェル様が掲げた掌から力の波動を送られます。
するとふわりと浮くような感覚を得たと共に、意識が足場から抜けて落ちました。
目下にはもう現世が。
そう、転生が始まったのです。
ならば新たな人生に心を躍らせずにはいられません。
そこでわたくしは敢えて地上に背を向け、来る時を両手を重ねながら安らかに待つことにしたのです。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
「見て、私たちの赤ちゃんよ……」
わたくしのものであろう産声と共に両親らしい方々の影が見えます。
雰囲気からして上流階級の御両親なのでしょう。
でも生まれは関係ありません。
親という存在に恵まれたこと、それ以上の幸運はありませんから。
故に未来を期待しつつ、わたくしは本能の赴くまま目を瞑ったのです。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
――しかし再び目を覚ましたら、何故かまたオーヴェル様が目前にいました。
忘れ物かと思いましたね。
『あーいや、そのな、ちょっと手違いがあって』
でもこの反応には思わず目をキョトンとさせてしまったものです。
『実はのう、お前はもう死んでしまったのだ。あの後、父親がつい手を滑らせてしまってのぉ……』
「ぇええーーーっ!?」
もう驚愕を抑えきれませんでした。
天界に響き渡るほどの叫びを上げてしまうくらいに。
「じゃあさっきの転生先はもうこれで終了ってことなのですか!?」
『あ、うん、ごめんねぇ。多少の運勢は弄れるけど、さすがに人が選んだ運命までは変えられなくってェ……』
あの時のオーヴェル様の情けない表情は今でも忘れません。
疲れ切ってない? 大丈夫? って心配してしまうくらいだったもので。
『もう一回チャンスが欲しい。今度こそちゃんと転生させるから』
「わ、わたくしは構わないのですが、その、オーヴェル様は平気なのです?」
『愛しのネルルちゃんのためならワシがんばっちゃう~!』
それでもこう仰るので渋々受け入れました。
しかしルンルンなオーヴェル様には先ほどの威厳はもう残されていません。
そう不安を抱く中、オーヴェル様から波動が再びみょんみょんと送られました。
雲からシュッと落ちるのもさっきと同じです。
ああ、再びの地上も見えます。
今度こそ良い人生に恵まれますように。
そう思いつつ、また地上に背を向けて祈りを捧げながら転生を待つのでした。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「――で、なぜまたオーヴェル様がいらっしゃるのですか?」
ですが目を覚ませばやはりまた天界。
オーヴェル様ももうなんか顔に両手を充てて情けない御姿を晒しています。
『ホンットごめん。今度は生まれられなかったみたい』
「そうですか。事情は敢えて聞きませんが、仕方ありませんよ。きっと不可抗力だったのでしょうから」
『ほんとそれなー』
ううん、これはわたくしの運が悪いだけ。きっとそう。
たったそれだけなのです。オーヴェル様は悪くないのです! 多分!
……そうでも思わないと正気を保てる自信がありませんでした。
『でも今度こそはやるから。ワシの全身全霊をもって凄いの一発かますからー』
なんたってもう威厳もクソも無いトロットロの緩さでしたから。
あと全身全霊をキメるなら最初にやって欲しかったとも思いましたね。
ですがもう頼りきる訳にはいかない。
そうとも思ったわたくしは一つ提案をします。
「オーヴェル様、そのお気持ちとてもありがたく存じます。ですが、それもここまでに致しましょう」
『むむっ?』
「もし次の転生が失敗したとしても、もう天界に呼び戻す必要はございません」
『なんと!? それでは普通の魂のように浄化されると申すか!?』
「はい。それがオーヴェル様のためともなりましょう。なぁに平気です、その時はまた一から聖女としての力を蓄えれば良いだけですからっ!」
『そ、そう……』
オーヴェル様は不満そうでしたが、あの御方をこれ以上パープーにさせる訳にはいきません。
わたくしはこうしてオーヴェル様とお会い出来ただけで充分。
ならば仮に次の転生が失敗しても後悔は無かったのです。
この時だけは。
『わかった。ならばネルルよ、最後の機会が上手く行くことを祈っておるぞ』
そしてオーヴェル様がまたしても波動を送り、シュッと地上へ。
またまた祈りを捧げながら三度目の正直が来る時を待ったのです。
でもちょっと不安なのでチラッチラと地上を見つつ身構えながらに。
――しかしその結果は今の通り。
オーヴェル様の本気はわたくしを魔物、ワーキャットへと転生させたのでした。
それも越界大戦から遥か先の二百年後に。
まさか人間の天敵とも言える魔物に転生するなんて夢にも思いませんでしたね。
もっとも、今ではしっかり順応して受け入れられた訳ですが。
至高神オーヴェル様の力を受け継いだ人の子です。
そして使命を果たした聖人はいずれ天寿を全うした後、神へと生まれ変わる。
その後に世界を優しく見守るのが本懐でした。
でも、わたくしはあろうことか人に殺されてしまった。
しかも多くの者達に「悪逆の魔女」と蔑まされて。
それが冤罪であろうとも人の祝福を得られなかったことに変わりはありません。
故にわたくしが神になることはもう無いのでしょう。
そう思っていたのですが。
『おお! ネルル、我が娘よ。よくぞ帰ってきた』
それは処刑後のことでした。
優しきお声が響いて目を覚ますと、視界にはかの至高神オーヴェル様の御姿が。
雲の中とも思える場にそびえる巨大な体に、後光を放つ背後の聖輪。
老人のようにも見える深い白髭を生やしながらも体付きはとてもたくましい。
いずれも何度も夢で見た様相と何ら変わりありません。
そしてその慈悲深い微笑みも。
「ああオーヴェル様、わたくしは――」
『みなまで言わなくともよい。魔族の侵攻阻止を任せようとして力を授けたのだが、それが結果的にお前を苦しめることとなってしまった。本当にすまなかったと思う』
オーヴェル様はこんなわたくしに涙まで流して下さいました。
父とも言える存在を悲しませてしまったことはわたくしも残念でなりません。
「いえそんな恐れ多い! 結果はどうあれ、わたくしは本望です!」
『だが人の悪意がそれ以上に根深かった。そのことを見抜けなかったワシにも責はあろう』
やはりオーヴェル様はちっぽけな教皇たちとは器が違いました。
人が犯した罪を自分のことのように悔いていましたから。
『しかし安心せよ。お前を咎めた者たちはもういない。あの聖滅の輝きで滅びを迎えた愚か者の魂は全て贖罪の獄界へと堕ちた』
ただし罪深き者たちには一切容赦はありません。
この時掌から放たれた映像には、業火に焼かれて苦しむ教皇たちの姿が映っておりました。
おそらくは向こう百年ずっと罪を償い続けることになるのでしょう。
そしてわたくしにはというと、これ以上無い返礼が待っていたのです。
『だがネルルよ、お前は立派に責務を果たしたであろう? 故にお前には幸せになってもらいたいと思う』
「えっ? わたくしが、幸せに……?」
『そう。その記憶、力を持ったまま新たな肉体へと転生するのだ』
転生。
それは前世の記憶や経験、能力を受け継いで新たな命へと生まれ変わること。
その力の度合いによっては成長にさえ大きく影響を与える、まさに命を司る神の所業です。
ですが、転生には大きなデメリットも存在することも確か。
「お、お待ちください! 転生など行えばオーヴェル様の御力をも削ぐことになってしまいます!」
『よい。そうする価値がお前にはあるのだ。力は今の半分ほどしか引き継げぬが、さすれば神の子として世界を導くことも早々に出来よう』
しかしオーヴェル様はなんとそのデメリットすら受け入れて下さったのです。
なればこの好意を無碍になど出来る訳がありません。
「……わかりました。その好意、謹んでお受けいたします。ありがとうございます、オーヴェル様」
『うむ、新たなる人生を思うまま謳歌するがよい。そして再び正しくこの天界へと戻ってくることを祈っておるぞ』
「はいっ!」
元気よく返事をすると、オーヴェル様が掲げた掌から力の波動を送られます。
するとふわりと浮くような感覚を得たと共に、意識が足場から抜けて落ちました。
目下にはもう現世が。
そう、転生が始まったのです。
ならば新たな人生に心を躍らせずにはいられません。
そこでわたくしは敢えて地上に背を向け、来る時を両手を重ねながら安らかに待つことにしたのです。
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「おぎゃあ! おぎゃあ!」
「見て、私たちの赤ちゃんよ……」
わたくしのものであろう産声と共に両親らしい方々の影が見えます。
雰囲気からして上流階級の御両親なのでしょう。
でも生まれは関係ありません。
親という存在に恵まれたこと、それ以上の幸運はありませんから。
故に未来を期待しつつ、わたくしは本能の赴くまま目を瞑ったのです。
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――しかし再び目を覚ましたら、何故かまたオーヴェル様が目前にいました。
忘れ物かと思いましたね。
『あーいや、そのな、ちょっと手違いがあって』
でもこの反応には思わず目をキョトンとさせてしまったものです。
『実はのう、お前はもう死んでしまったのだ。あの後、父親がつい手を滑らせてしまってのぉ……』
「ぇええーーーっ!?」
もう驚愕を抑えきれませんでした。
天界に響き渡るほどの叫びを上げてしまうくらいに。
「じゃあさっきの転生先はもうこれで終了ってことなのですか!?」
『あ、うん、ごめんねぇ。多少の運勢は弄れるけど、さすがに人が選んだ運命までは変えられなくってェ……』
あの時のオーヴェル様の情けない表情は今でも忘れません。
疲れ切ってない? 大丈夫? って心配してしまうくらいだったもので。
『もう一回チャンスが欲しい。今度こそちゃんと転生させるから』
「わ、わたくしは構わないのですが、その、オーヴェル様は平気なのです?」
『愛しのネルルちゃんのためならワシがんばっちゃう~!』
それでもこう仰るので渋々受け入れました。
しかしルンルンなオーヴェル様には先ほどの威厳はもう残されていません。
そう不安を抱く中、オーヴェル様から波動が再びみょんみょんと送られました。
雲からシュッと落ちるのもさっきと同じです。
ああ、再びの地上も見えます。
今度こそ良い人生に恵まれますように。
そう思いつつ、また地上に背を向けて祈りを捧げながら転生を待つのでした。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「――で、なぜまたオーヴェル様がいらっしゃるのですか?」
ですが目を覚ませばやはりまた天界。
オーヴェル様ももうなんか顔に両手を充てて情けない御姿を晒しています。
『ホンットごめん。今度は生まれられなかったみたい』
「そうですか。事情は敢えて聞きませんが、仕方ありませんよ。きっと不可抗力だったのでしょうから」
『ほんとそれなー』
ううん、これはわたくしの運が悪いだけ。きっとそう。
たったそれだけなのです。オーヴェル様は悪くないのです! 多分!
……そうでも思わないと正気を保てる自信がありませんでした。
『でも今度こそはやるから。ワシの全身全霊をもって凄いの一発かますからー』
なんたってもう威厳もクソも無いトロットロの緩さでしたから。
あと全身全霊をキメるなら最初にやって欲しかったとも思いましたね。
ですがもう頼りきる訳にはいかない。
そうとも思ったわたくしは一つ提案をします。
「オーヴェル様、そのお気持ちとてもありがたく存じます。ですが、それもここまでに致しましょう」
『むむっ?』
「もし次の転生が失敗したとしても、もう天界に呼び戻す必要はございません」
『なんと!? それでは普通の魂のように浄化されると申すか!?』
「はい。それがオーヴェル様のためともなりましょう。なぁに平気です、その時はまた一から聖女としての力を蓄えれば良いだけですからっ!」
『そ、そう……』
オーヴェル様は不満そうでしたが、あの御方をこれ以上パープーにさせる訳にはいきません。
わたくしはこうしてオーヴェル様とお会い出来ただけで充分。
ならば仮に次の転生が失敗しても後悔は無かったのです。
この時だけは。
『わかった。ならばネルルよ、最後の機会が上手く行くことを祈っておるぞ』
そしてオーヴェル様がまたしても波動を送り、シュッと地上へ。
またまた祈りを捧げながら三度目の正直が来る時を待ったのです。
でもちょっと不安なのでチラッチラと地上を見つつ身構えながらに。
――しかしその結果は今の通り。
オーヴェル様の本気はわたくしを魔物、ワーキャットへと転生させたのでした。
それも越界大戦から遥か先の二百年後に。
まさか人間の天敵とも言える魔物に転生するなんて夢にも思いませんでしたね。
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