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第一章

第1話 子猫獣人ネルル、お友達と一緒にスローライフを始めます

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 わたくしの名はネルル。
 魔物である猫型獣人、ワーキャットとして生を受けてたった三ヶ月の子ども。

 そんなわたくしは今、お友達二人とともに喜びを分かち合っています。

「とうとう出来ました! わたくしたちのお家の完成ですっ!」

 こんな山奥までやってきてから苦節一ヵ月、ようやく報われる時がきました。
 初めての目標達成という快挙に、仲間三人で揃って両手を振り上げます。

 完成させた家は飾りっ気も無い、とても質素な造り。
 壁は石レンガを積み上げただけ、屋根は木の板を並べて張っただけ。
 高さも人間の背丈よりもちょっと高いくらいという小ささです。

 それでも人間の腰の高さにも満たないわたくしたちにとっては充分に広い。
 なにより三人で協力し合って造ったのですから感動は計り知れませんっ!

 きっと幼いわたくしだけではこの目標すら叶わなかったでしょう。
 このお二人がいてくれたからこそ成し得たのだと言えます。

「ヒャッホーーーイ! やったなネルル~!」

 体は小さいけれど、細かい作業が得意なマッドハムスターのチッパーさん。
 言葉遣いは粗暴でも性格紳士なのでいつも助けられてばかり。

「ぐもーん!」

 大雑把だけど力仕事はお任せなミニゴーレムのグモンさん。
 わたくしの言葉は通じないのですが積極的なので頼りになる御方。

「はいっ、これもお二人がいてくれたおかげですっ!」

「へへっ、よせやい! お前さんも頑張ったんだからよぉ!」

 お二人に巡り合えて本当に良かった。
 この幸運を授けて下さった神には感謝せずにいられません。

 だからわたくしは完成した家を見上げた後、満面の笑顔を浮かべられたのです。
 グモンさんには喜びが伝わっているのかわかりませんけど。

「とはいえ、さすがに疲れましたねぇ」

「んだなぁ。隙間埋めだけでも結構疲れるもんだ」

 しかしあまりにも疲れたので、ついつい自然に四つん這いとなって背筋をギューッと伸ばしてしまいました。
 あまりの気持ち良さに、もふもふ尻尾もピーンと立ってしまっています。

「やっぱりワーキャットらしく伸びをした方がずっと気持ち良いですねぇ~んん~~~!」

「でもその〝ワーキャットらしくない台詞〟はあいかわらずだなぁお前さんは」

「あ、あはは……これが性分なものでして」

 いけないいけない、今の自分が魔物であることをうっかり忘れていました。
 やっぱり前世の記憶があるとつい癖で出ちゃいますねぇ。ふふっ!

 ではここからはワーキャットらしく立ってカチドキを上げましょう!

「さぁここからがわたくしたちのスローライフの始まりですにゃーん!」

「おーう!」

「ぐもーん!」

 これから始まるのは新天地での新生活。
 何の使命にも囚われない自由が待っていることでしょう。

 楽しみですねぇスローライフ!

「……で、その〝すろーらいふ〟ってのは結局なんなんだ?」

「フフフ、スローライフとはですねぇ……うーん?」

 ……はて?
 そういえばわたくし、スローライフがどういうものなのかさっぱりわかりません。

 わざと歩くのを遅くしたりするような生活でしょうか?
 それとも何かを投げて生きる生活?

 うう~~~ん!
 首を傾げてもイマイチ思い浮かびません。

「まぁいいや。どうせ飯食って寝て、飯食って寝る生活に変わりはしねぇんだろ? 細けぇこと気にすんなってぇ」

「ぐもん!」

「ほーら、グモンも〝そうだ!〟って言ってらぁ!」

「そうですねぇ~、では気楽に行きましょうかぁ~うふふふっ」

 知らないことを考えても仕方ありませんしね。
 生粋の魔物であるチッパーさんも当然ながら人間用語には詳しくないですし。

 そうも纏まると汗を洗い流したくなりました。

「では少しそこの川で体を洗ってまいりますね」

「お前さん、ほんと綺麗好きだよなぁ」

「女性のたしなみですっ」

「ガキのクセに色気づきやがってぇ。流されないように気を付けろよぉ~」

 やはり魔物になっても身なりには気を遣いたいものです。
 欲を言えばお風呂も欲しい所ですが、今は傍に流れる川で我慢いたしましょう。

 そんな川へと歩み寄ると、ふとわたくしの姿が水面に映って見えました。

 見えたのはまるで人のような小顔と、ツンと立った猫の耳、黒くて小さな鼻先。
 それと炎のような赤と黄と白の毛並みを持った髪と体毛。
 母から譲り受けた猫獣人としての特徴そのものです。
 
 そんな水鏡をふと指でツンと突き、波紋で自分の姿を歪めます。
 すると鏡を通して自分の姿が揺れる水面へと投射されました。

 それは魔物に生まれ変わる前、齢二四の頃の人間だったわたくし。
 真っ直ぐと流れるような長い金髪に、真っ白な素肌と整った顔立ち。
 自分のことながら美しいと思える面相です。

 ただ、その顔からは今あるような喜悦さがまったく伺えません。

「……まだ未練があったようですね。でももう割り切らないといけませんよ?」

 だからそんな憂鬱顔には微笑みを返し、躊躇わずに水面へと足を踏み入れます。
 そうして体まで入水すると、途端に冷たい感覚が染み渡ってまいりました。

「ああ~~~火照った体に染み渡りますぅ~~~」

 緩い川の流れがいい感じに体毛を撫でてほどよく気持ちいい。
 毛が脂を含んでいるおかげでプカプカ浮きますし、まさしく夢見心地です。
 あまりの心地良さに眠くなってまいりましたねぇ~~~。

「おおいっ!? ほんとに流されてるじゃねぇかーーー!?」

 チッパーさんの叫びが聞こえた気がしますがきっと夢でしょう。
 誘惑への自戒の心がそう聞こえさせたに違いありません。

 でも今のわたくしは自由。
 この心地良さを求める心は誰にも止められませぇん。ふわぁ~~~。

 川のせせらぎと森のささやきが調律しらべとなって心に安らぎを与えてくれます。
 まるで川や森と一体になったかのような気分。

 ああ~~~心も洗い流されそうですぅ~~~……。

「――おや?」

 そう浸っていたら、ふと違和感のある匂いが鼻に触れました。
 それに森の方から妙な気配も。

 そう気付いて我に返ると、本当に流されていたことにも気付きました。
 しかも結構な距離を流されていた様子。ちょっとびっくり。

 急いで泳ぎ出るとまずは身をプルプル。
 終えてすぐに立ち上がり、鼻を空へと向けます。

「……どうやら勘違いではなさそうですね」

「どうしたぁネルルー?」

 するとチッパーさんが急いで走ってくるや否や尋ねてきました。
 わたくしの挙動を見て何か察したのでしょう。

「何かが近くまで来ています。ちょっと調べてみましょう」

「なら俺も行くぜー!」

 チッパーさんもこう仰るので頭にちょこんと乗せてあげて、早速と速足でトテテテと二足で歩み始めます。
 それで森へと入ってすぐに匂いの正体と遭遇しました。

「お、おいありゃあ……人間じゃねぇか!」

「ええ、きっと間違いありません……!」

 それも体格からして女性でしょうか、傷だらけで倒れていますね。

 なんでこんな山奥に人間が?
 彼らとも関係を途絶させるつもりで来たはずが、とんだ巡り合わせです。

 これから妙なことにならなければよいのですが……。
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