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2、【始まり】
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箱の中には真っ白な生クリームの上に控えめに座っているイチゴのケーキが二つ入っていた。部長に視線を移すと「早く皿に移せ」と催促の声が飛んできた。ブラックコーヒーが好きなこともあり、部長は甘党ではないと思っていたのだが、意外と甘党らしい。
お皿にケーキを移し、「いただきます」と手を合わせてからケーキを口に含んだ。スポンジ生地にたっぷり塗られた生クリーム。見た目の重量感とは異なり、全然重くない。ふわふわなメレンゲのような口当たり。これなら何個でも食べられそうだ。幸せな気持ちを噛みしめていると、向かいに座っている部長が「……美味しい」とやわらかな笑みを浮かべていた。
見慣れない表情をした部長が目の前にいる。私しか知らない鬼畜部長の裏の顔。加速する心臓とケーキの甘い香りに包まれた室内。
「ん? どうした? さっきから手が止まっているが……口に合わなかったか?」
「そんなことないです! 美味しすぎて食べるのが勿体ないくらい」
部長に言ったのは本当のこと。こんなにも美味しいケーキは久々。食べたら無くなってしまうのが悲しい。それに──この時間が過ぎてしまうのも惜しい。もっと部長のいろんな顔が見てみたい。できれば、私しか知らない部長の表情だったらいいな……なんて。
甘い物を食べたからか、思考まで甘くなっている。私がそんなことを考えているなんて知るはずもない部長は「それじゃ、今度店に連れてってやる。他にも可愛いケーキがたくさんあった」と誘ってくれた。
まさか部長の口から「可愛い」なんて言葉が出てくるなんて──なんだろう、この違和感は。ケーキを見て男性は何て言うだろう? 見た目なんて気にする? ケーキ屋さんでバイトしていた時、来店した男性客のほとんどが【美味しそう】って言ってなかった?
でも、部長は【可愛い】と言った。もしかして、部長は……
「……部長。今、【可愛い】って言いませんでした?」
「……それが?」
「もしかしてですけど……部長って、【可愛いもの】が好きなんじゃないですか?」
私の質問に部長は目を見開き、視線を慌てて逸らした。口元を隠すも、真っ赤に染まった顔と耳は隠しきれていない。
普段の部長は無表情の仕事人間。思ったことはズバズバ言い、人が傷つくのも気にしない。高身長というだけでも小さい者からしたら威圧感があるが、さらに部長は眼鏡の奥から鋭い目を光らせている。オールバックのヘアスタイルからも気迫が伝わってくる。
そんな【怖い】という言葉を具現化したような人物が【可愛いものが好き】だなんて……ギャップが凄すぎる。おまけに、照れた部長は大きな体を縮めて顔を隠す始末。こんな姿を見たら──
「可愛い!」
「……木浪」
部長の眼差しから殺気が伝わってきた。慌てて謝罪したものの、その目はより冷たくなっていく。
「ご、ごめんなさい! 部長のこと【可愛い】と思っても、もう口に出しませんから!!」
「あ?」
「あ……しまった」
呆れたように部長はため息を吐いた。諦めとも取れる表情を浮かべている。
「……バレたものは仕方ない。お前が言う通り、俺は【可愛いもの】が好きだ。そこで、お前と取引きしたい」
「取引き、ですか?」
「俺の【秘密】を知った以上、お前にはとことん協力してもらう。もし、俺の秘密を他言したら……ここから追い出す。どんな手段を使っても」
「他言なんてしません!! それで、協力というのは何をすればいいんですか?」
「俺の代わりに【可愛いもの】を買ってきてほしい」
「なーんだ、そんなことならお安い御用ですよ! 喜んで協力させていただきます!」
「……気持ち悪いとか思わないのか?」
「全然! むしろ、可愛い──じゃなくて、えっと……」
目の前から大きな手が伸びてきた。そのまま私の頭をやさしく撫で出した。部長はご機嫌に微笑んでいる。
「ったく、お前は……」
「……な、なんで頭を?」
「さぁ? 何でだろうな。俺の気が済むまで、お前の頭を貸せ」
「……はい」
部長に撫でられるのは嫌いじゃない。それに、笑っている部長が見れるなら……これはこれでアリかもしれない。
お皿にケーキを移し、「いただきます」と手を合わせてからケーキを口に含んだ。スポンジ生地にたっぷり塗られた生クリーム。見た目の重量感とは異なり、全然重くない。ふわふわなメレンゲのような口当たり。これなら何個でも食べられそうだ。幸せな気持ちを噛みしめていると、向かいに座っている部長が「……美味しい」とやわらかな笑みを浮かべていた。
見慣れない表情をした部長が目の前にいる。私しか知らない鬼畜部長の裏の顔。加速する心臓とケーキの甘い香りに包まれた室内。
「ん? どうした? さっきから手が止まっているが……口に合わなかったか?」
「そんなことないです! 美味しすぎて食べるのが勿体ないくらい」
部長に言ったのは本当のこと。こんなにも美味しいケーキは久々。食べたら無くなってしまうのが悲しい。それに──この時間が過ぎてしまうのも惜しい。もっと部長のいろんな顔が見てみたい。できれば、私しか知らない部長の表情だったらいいな……なんて。
甘い物を食べたからか、思考まで甘くなっている。私がそんなことを考えているなんて知るはずもない部長は「それじゃ、今度店に連れてってやる。他にも可愛いケーキがたくさんあった」と誘ってくれた。
まさか部長の口から「可愛い」なんて言葉が出てくるなんて──なんだろう、この違和感は。ケーキを見て男性は何て言うだろう? 見た目なんて気にする? ケーキ屋さんでバイトしていた時、来店した男性客のほとんどが【美味しそう】って言ってなかった?
でも、部長は【可愛い】と言った。もしかして、部長は……
「……部長。今、【可愛い】って言いませんでした?」
「……それが?」
「もしかしてですけど……部長って、【可愛いもの】が好きなんじゃないですか?」
私の質問に部長は目を見開き、視線を慌てて逸らした。口元を隠すも、真っ赤に染まった顔と耳は隠しきれていない。
普段の部長は無表情の仕事人間。思ったことはズバズバ言い、人が傷つくのも気にしない。高身長というだけでも小さい者からしたら威圧感があるが、さらに部長は眼鏡の奥から鋭い目を光らせている。オールバックのヘアスタイルからも気迫が伝わってくる。
そんな【怖い】という言葉を具現化したような人物が【可愛いものが好き】だなんて……ギャップが凄すぎる。おまけに、照れた部長は大きな体を縮めて顔を隠す始末。こんな姿を見たら──
「可愛い!」
「……木浪」
部長の眼差しから殺気が伝わってきた。慌てて謝罪したものの、その目はより冷たくなっていく。
「ご、ごめんなさい! 部長のこと【可愛い】と思っても、もう口に出しませんから!!」
「あ?」
「あ……しまった」
呆れたように部長はため息を吐いた。諦めとも取れる表情を浮かべている。
「……バレたものは仕方ない。お前が言う通り、俺は【可愛いもの】が好きだ。そこで、お前と取引きしたい」
「取引き、ですか?」
「俺の【秘密】を知った以上、お前にはとことん協力してもらう。もし、俺の秘密を他言したら……ここから追い出す。どんな手段を使っても」
「他言なんてしません!! それで、協力というのは何をすればいいんですか?」
「俺の代わりに【可愛いもの】を買ってきてほしい」
「なーんだ、そんなことならお安い御用ですよ! 喜んで協力させていただきます!」
「……気持ち悪いとか思わないのか?」
「全然! むしろ、可愛い──じゃなくて、えっと……」
目の前から大きな手が伸びてきた。そのまま私の頭をやさしく撫で出した。部長はご機嫌に微笑んでいる。
「ったく、お前は……」
「……な、なんで頭を?」
「さぁ? 何でだろうな。俺の気が済むまで、お前の頭を貸せ」
「……はい」
部長に撫でられるのは嫌いじゃない。それに、笑っている部長が見れるなら……これはこれでアリかもしれない。
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