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2、【始まり】

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 何とか時間内までにファイルを作成し、部長にメールを送ることができた。だが、思った以上に時間が掛かってしまい、みんな昼休憩に入ったらしく、周囲に人がいない。

 がらんとしたオフィスで書類整理に励んでいると、右隅の視界に誰かの手が入った。と同時にデスクの上にコンビニの袋が置かれていた。

「昼休憩くらい、ちゃんと取れ」
「あ、部長……」

 「誰のせいで!」と思ったが、「これでも食べておけ。俺は会議に行ってくる。他の者が俺を探していたら、そう伝えてくれ」と言われてしまっては文句のやり場がない。

「ありがとうございます」
「食事当番のお前に倒れられては、俺も倒れることになるからな」
「……あー、そうですよね」

 頑張る部下に気遣いできるいい上司だと見誤った自分が悲しい。家に帰れば、私は彼の食事係だった。そのことをすっかり忘れていた。

「あまり真面目に頑張りすぎるな。その……もっと、いじめたくなる」
「え!? なんで、そうなるんですか!? あ、やっぱり……無茶ぶりが趣味なんですね!」
「は? 誰が……藤川か。ったく、アイツは余計なことを新人に吹き込みやがって」
「部長、落ち着いてください! これから会議なんですよね? ちゃんと準備しましたか? 忘れ物はないですか?」
「大丈夫だ。……お前、見かけによらず心配性なんだな」
「はい。気にしすぎだって、よく言われます」
「……戸締りは、お前に任せても大丈夫なようだな。そろそろ行くか。見張る奴がいないからって、ちゃんと休憩しろよ」
「……分かりました。部長、ご馳走様です」

 やさしい笑みを残し、部長は立ち去った。それにしても変な言い方。「見張る奴がいないからって、手を抜くなよ」なら分かるのに、「ちゃんと休憩しろよ」と言われるなんて。

 ……もしかして、部長ずっと私を気に掛けて──なんて考えすぎか。部長が買ってくれたご飯を頂こう。サラダサンド、梅・昆布・鮭のおにぎり。それと、紅茶の飲み物まで。

「あ!!」

 極めつけは、デザートのプリンまで入っている。私と部長は食の好みが似ているのかもしれない。鬼畜だけど、ちょっとした気遣いに心が温かくなる。両手を合わせ、部長への感謝を込め、誰もいないオフィスで食事を開始した。


 昼休みも終わりに近づき、ぞろぞろとオフィスに人が戻ってきた。

「木浪さん、ずっとオフィスに残ってたの?」
「あ、藤川さん。お疲れ様です。でも、しっかり休憩は取りましたよ」
「そう。……これ、どーぞ」

 「え?」藤川さんが私に差し出したのは、ピンクのハートが散りばめられた透明の包装紙に包まれたクッキーだった。手作り、だろうか?

 会社の一階に売店がある。もしかしたら、そこで販売されている商品かもしれない。売られているパンは自社製造だと店員の女性が言っていたから、クッキーも手作りして売っているのかも。

「これ、女子社員からもらったんだけど……俺、甘い物苦手で。よかったら、食べてくれないかな?」
「でも……」

 女子社員からもらったということは、藤川さんのために作ったということ。その気持ちを考えると、「いただきます!」と素直に受け取れない。

 学生時代の話になるが、私も好きな男の子に気持ちを込めてチョコレートを手作りしたことがある。下調べもしっかりして、どんなラッピングにしようか考えたり。受け取ってくれるのか、美味しいと言ってくれるか、ドキドキしながら作ったチョコレート。

 手作りは女性にとって、【特別】なこと。私がこのクッキーを受け取ったら、その気持ちを踏みにじってしまうのではないだろうか……。

「そんなに謙遜しないで。お昼ご飯買うついでにクッキーも売店で買ったらしいんだけど、食べきれなくて俺によこしたらしいから」
「そうだったんですね。てっきり、藤川さんのために手作りした物なのかと……それじゃ、お言葉に甘えて。いただきます」
「どうぞ。あ、そうだ! 会社内で連絡取りたいとき困るから連絡先教えてくれませんか?」
「はい、わかりました!」

 連絡先を交換し終え、藤川さんは「ありがとう! 何かあったら、連絡するね」と立ち去った。

 もう一息でファイル整理も終わる。気合を入れ、業務にあたった。
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