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1、【再出発】
*
しおりを挟むだが、それから一週間経っても入居者は現れなかった。その間、先日面接を受けた会社で採用が決まり、私は再出発を果たすことができた。
これも、あの強面部長──鬼頭さんのおかげだ。自分が面倒を見ると買って出てくれたらしい。
「おい。突っ立てる暇があるなら、仕事しろ。お前は観葉植物か」
「痛っ……」
「至急、この資料を三十枚ずつコピーし、一部にまとめて各部署の部長に届けてこい」
「は、はい!!」
頭上から大量の資料が下りてきた。根はやさしい人だと思うが、仕事に関しては鬼畜だ。言われた通りコピーしていると、永峯さんが通りかかった。
「ファイトですよ、木浪さん!」
「ありがとうございます!」
「ふふ」
彼女と同じ部署というのが救いだ。永峯さんは仕事もでき、こうして私を気にかけてくれる。時々、一緒にランチをしたり、仕事以外の話を彼女とすることもある。
たかがコピーかもしれないが、永峯さんのおかげでやる気が出てきた。一部ずつ丁寧にまとめ、各部長のもとへ向かった。
各部署の部長さんたちと会う機会はあまりない。おそらく、鬼頭部長の計らいだろう。裏を返せば、「しっかり挨拶してこい」という達し。
途中迷いながらも無事に全て配り終え、挨拶もして来た。忙しい中、ほとんどの部長がやさしく出迎えてくれた。挨拶をしても「そう。鬼頭くんのところの」と目も合わせてくれない部長もいたが。どこにでも派閥問題はあるようだ。
部署に戻ると、鬼頭部長がデスクに腰かけたまま、私を手招きしていた。
「はい、何でしょうか?」
「……忠実な者に褒美をやる」
「え?」
【褒美】……なんだろう、何か嫌な予感がする。彼はデスクの引き出しを物色し、「これでいいか」と何かを取り出した。
「お前にやる」
「これって──」
「万年筆だ。他に何に見える?」
確かに万年筆なのだが、鬼頭部長のイメージとはまるで違うピンクの桜柄。なぜ、彼がこの万年筆を持っていたのか、そっちのほうが気になる。
「……ご自身で購入されたんですか?」
「俺がこれを買うと思うか?」
するどい氷の刃のような瞳が私を射抜く。冗談が通用しないタイプだと確信した。彼の前でふざけるのはやめよう。身の危険を感じる。
「い、いいえ……」
「……贔屓にしている本屋の店主からの頂き物だ。いらないなら、褒美は無しだ」
「頂きます! 大切に使わせて頂きます!」
彼の手から万年筆を受けとると、小さく鬼頭部長は微笑んだ。切れ長の目が細められ、艶っぽい。彼の笑顔のほうが高価な褒美な気がする。滅多に笑うことが無いから。
「ん? なんだ? 俺に不満でもあるのか?」
「え? いいえ、滅相もない! あ、ご褒美ありがとうございました! 仕事に戻ります!」
「あぁ。そうしてくれ。目障りだ」
「……うぅ」
面接に来た日、鬼頭部長のことを話す永峯さんが涙目になっていた理由が今ならわかる。彼が怖いわけじゃない。──恐れ多いだけ。
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