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1、【再出発】

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 上機嫌で新居に帰宅した私のもとに電話がかかってきた。非通知と表示された画面を見て、電話をかけてきたのは借金を残し、失踪した元カレのような気がなんとなくした。


──出る? 出ない? ……どうしよう。


 恋愛感情はもうないし、未練もない。ただ……彼の状況は気になる。|強面(こわもて)の借金取りに追われているかもしれない。住む場所・食事はどうしているのだろうか。私に借金をなすり付けた最低な男だと分かっていても、心配してしまう自分もいる。


 電話に出るか迷っていると、今度は来客を告げるインターフォンが部屋に鳴った。【気づかなかった】ことにして、自室に携帯を残し、私は玄関へ向かった。

 扉を開けた先にいたのは、不動産屋さんの石井さんだった。わざわざ訪問したところを見ると、よほど大事な話なのかもしれない。「どうぞ」と石井さんを部屋に招き、お茶を淹れた。

 リビングに元から設置されていたテーブルに向かい合う形で席に着いた。

「突然、伺ってすみません。何度かお電話したのですが繋がらなかったもので」
「ごめんなさい! 今日、面接に出掛けてて」
「そうでしたか。実は……こちらに入居者が決まりました」
「本当ですか!」
「はい。……少々、いや大きな問題がありまして。本日、お伺いさせていただきました」

 普段は、いかにも営業マンといった饒舌じょうぜつな話し方をする石井さんだが、今日は歯切れが悪い。話しにくい事なのか、何度も言い淀んでいる。我慢できず、私のほうから切り出すことにした。

「あの……そんなに入居者される方、怪しい人物なんですか?」
「え? い、いえ! そうではなくて……。申し上げにくいのですが、私共の会社を束ねている経営者のご子息なんです!」
「え!? ご子息ということは──男性!?」

 見ず知らずの男女が一つ屋根の下というのは、どうなのだろうか。そもそもご子息がなぜシェア物件に?

「はい。30代後半の男性です」
「どうして、この物件に? 他にもいろいろあるじゃないですか?」
「私も同じことをお伝えしましたが……この間取りが大変気に入られたようで。それで……木浪さんのことをお伝えしたところ、構わないと仰いまして。もし、木浪さんが承諾しない場合は──早急に立ち去れとのことです」

 先に住んでいる見ず知らずの人物に「早急に立ち去れ」とは、ひどい物言いだ。よほど、性格が歪んでいるらしい。私は、ここを出る気はない。立地条件はいいし、会社までも近い。何より家賃が安い。こんな良い物件手放すわけにはいかない。

 どんなわがままなご子息でも私は出て行かない。むしろ、気に入らないなら彼が出ていけばいいだけだ。

「私も承諾します。『出ていく気はありません。よろしくお願いします』とお伝えください」
「分かりました。あー、よかったー! ありがとうございます! いやー、心配だったんですよー! 近々、入居されると思いますので、よろしくお願いしますね!」

 石井さんは嬉しそうに帰っていった。男性とシェアかー……。本音を言えば、女性がよかった。しかし、贅沢を言える身分じゃない。私の背中には、借金がのしかかっているのだから。

 不動産経営者のご子息か……。どんな人なのだろう。話を聞いた第一印象は最悪だけど、まだ会って話したわけではない。実際に話さないと、相手を知ることはできない。反社会勢力の怖い人ではないことを願おう。

 
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