モノクロカメレオン

望月おと

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30、【絶望的に暗い夜】

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 分厚い雲が邪魔をし、月明かりが街に届かない。嫌な予感に拍車をかけるような闇夜。細い路地へ遼たちは進んでいく。明かりの灯った住宅もあるが留守なのかと思うほど静かで生活音がまったく聞こえてこない。

「あった! ここが三丁目の廃ビルだ!」

 ブロック塀が連なっている住宅地の先、コンクリート製の3階建て廃ビルが遼たちを待ち受けるように姿を表した。幽霊が出ると一時噂になったことがあり、地元で知らない者はいない。ここに森と新居は──

「塩ノ谷くん!!」

 遼が闇夜にそびえ立つビルを見上げたとき、ビルの周りを探っていた澄貴が叫んだ。懐中電灯代わりに澄貴が使用したスマートホンのライトが暗がりに倒れている二つの人影を照らしている。

「残念だけど、一足遅かったみたい」
「そんな!?」

 駆け出す遼の腕を掴み、澄貴が制止した。

「ダメだ! もうすぐ青宮さんたちが来る! 現場保存しておかないと! 犯人に繋がる証拠が落ちているかもしれない」
「でも!! 生きてるかもしれないだろ!!」
「近寄ったところで、君に何ができる!? 今、救急車呼ぶから」

 冷静な澄貴の判断に遼はその場に腰を下ろすことしか出来なかった。誰も失いたくないと思っていた矢先、どうして森たちはこんなにも悲しい結末を迎えることになったのだろう。森から届いた奇妙な怪文メール。澄貴は解けたと言っていたが、そこに悲劇を招いた答えがあるのか。響子の事件と森たちをこんな目に遭わせた人物は同一犯なのか。まだ遼には何も見えていなかった。

──ガタン……

 突然の物音。正面入り口の方から聞こえた。考えるよりも先に遼は足が動いていた。もしかしたら、事件の目撃者かもしれない。はたまた、逃げ損ねた犯人かもしれない。いずれにせよ、この場に居たというのが重要だ。青宮たちはまだ到着していない。誰か分からないが、物音の正体が人物であるならば逃がしてはダメだ。

 正面入り口へ出て、スマートフォンのライトを当てた。光の先に人影が立っているのがぼんやりと分かった。この廃ビルは袋小路にある。ビルから出て帰るには、遼が立っている道を真っ直ぐ進む他に無い。

 「誰だ!?」遼が掛けた声に聞き覚えのある声が返ってきた。

「……お前、塩ノ谷か?」
「……あなたは──三澤先生?」
「どうして、お前がここに?」

 「それは、こっちの台詞ですよ。ビルの中で何を?」救急車の手配を終えた澄貴も遼の後に次いで現れ、会話に加わった。

「ちっ、田部井も一緒か」
「おー! よく僕だって分かりましたね、三澤先生。そんなに接点なかったのに」
「お前みたいな不気味な奴、忘れるほうが無理だ!」
「あらら。随分ないようですね。とても教職員とは思えない」

 小馬鹿にした物言いで三澤を挑発する澄貴。前までの遼だったら、「先生に向かって失礼だ」と澄貴に注意しているが、同居をして分かった。澄貴は理由もなく、相手を怒らせる発言はしない。遼に対しては完全におふざけだが、それ以外の人物には決してしない。

 何か狙いがあって挑発をしている。澄貴と三澤のやり取りを遼は空気と同化し、聞いていた。

「俺は、もう教師を辞める!」
「学校側から言い渡されたのは、自宅謹慎でしたよね? 辞めなくても……あ~、不倫を悔い改める気になったんですね」
「何で、お前がそのことを……まさか、森がお前らに話したのか!?」
「どうして森くんから聞いたと思うんですか?」
「アイツが……俺の家族をめちゃくちゃにしたからだっ!!」
「……なるほど」
「なんだ!?」
「それが森くんを殺害した動機ですね」

 「え?」遼と三澤の声が重なった。驚く二人に構わず、澄貴は話を進めていく。

「否定しないんですか? 塩ノ谷くんが驚くのは分かるけど、あなたは当事者ですよ? 急に殺人者扱いされたら、潔白な人なら誰だって『私じゃない』と言うのに。三澤先生。残念ながら、あなたは犯罪者向きじゃない」
「そ、そんなことで犯人扱いか!? たまったもんじゃない!!」
「いいえ。それだけじゃない。……コートのボタン、一つ消えてますよ?」

 慌ててベージュ色のトレンチコートを確かめ始めた三澤。その顔色は血の気が引いて、真っ青だ。澄貴の言う通り、右に配列されたボタンの上から二番目が無くなっていた。

「森くんは推理小説が好きだったようで、犯人に繋がる痕跡を必死で残したんでしょう。彼の右手は何かを強く握り締めていました。──まだ言い逃れしたい?」

 漆黒に染まった眼球が三澤を追い詰めた。その場に三澤は膝から崩れ、自分の罪を認めた。普段とは全く違う澄貴が遼の前にいる。間延びした話し方も、猫背の立ち姿も、今の彼にはその面影すらない。シャッキリした声で刑事のような威圧感のある話し方、真っ直ぐ伸びた背中、美しいほど完璧な立ち姿だ。……本当に【田部井澄貴】か?

「それで、どうして新居くんまで──」
「え!? 新居!? 知らない! 俺は森しか突き落としてない!!」

 警察車両や救急隊のサイレンが複数鳴り響き、近くで止んだ。バタン、バタンと扉の開閉音が聞こえ、複数の足音が通り過ぎていく中、「悪い。遅くなった」と独特な訛りが背後から近づいてきた。

「やっぱり警察は無能ですね、青宮さん」
「悪かったな! 事故があったんだよ。──って、その話し方は まさか!?」
「僕のことより、先に犯人捕まえて。あと、連れて行ってほしい場所があるんです。もちろん、連れて行ってくれますよね?」
「……ちっ、仕方ねーな。ここは、本多に任せる。頼んだぞ」

 「わかりました」と本多は青宮に頭を下げた。青宮が乗り込んだ車に遼たちが乗る寸前、「俺は新居は殺してない!!」という三澤の叫び声が聞こえた。闇夜に浮かんだ無数の赤いテールランプ。その明かりは悲しく揺らいでいた。
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