モノクロカメレオン

望月おと

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29、【森から届いた怪文書】

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 あれから森から連絡はなく、数日が経過した。彼のことは気がかりだったが、何かあれば連絡してくるだろうと遼は思っていた。

 遼と澄貴は響子の事件について、遼の自室で考察していた。まだ夕方の七時前だというのに、窓の外はすっかり暗い。秋から冬へと近づいている影響もあり、一段と日が短くなった。

 「犯人、どんな人だと思う?」澄貴が居候を始めて、今日で一週間が経った。澄貴の突飛な質問にも遼は大分慣れ、平然とした顔で答えた。

「事件から二週間が経つのに、まだ捕まらないんだから犯人は用心深い人物だと思う」
「なるほどねー」
「お前は、どうなんだよ」
「うーん……近くにいる人物が犯人だったりして」
「お、おい! なんで、俺を見るんだよ!?」
「だって、今僕の側にいるのは君だから」
「それって──」
「……君が犯人だとしたら、とっくに墓場に送ってる」
「怖いこと言うなよ! それに、俺は犯人じゃ──」
「知ってるよ。君が犯人じゃないのは確実」
「だったら、お前はどうなんだよ!? 怪しいところ満載で……この間、喫茶店で会った女の人も不思議な人だったし……」

 大きく息を吐き出すと、澄貴は窓の手すりに左肘を置き、頬杖をついた。暗闇を照らす街灯や、家々の明かりが横を向いている彼の瞳に写っていた。

「あの人、余計なこと言ってなかった?」
「……何も」
「君って、嘘をつくのがどこまでも下手だねー。瞬きの回数が増えてるよ。典型的な嘘をついたときのパターン。【教師は、演技力が大事】だって、響子は言ってたよ」
「演技力?」
「そっ。教師は誰に対しても平等に接しなきゃいけないでしょ? 人間だから好き嫌いはあるけど、表に出したら贔屓ひいきになる。それに、生徒からの相談だって乗らないといけない。心の内を隠せないようじゃ、やっていけないって」
「……だよな。俺、教師に向いてない気がする」
「まだ先は長いし、学生の内になんとかしようと思えば出来るようになるよ」

 「どうだか」と項垂れる遼に澄貴の横顔は微笑んだ。逆さ三日月の不気味な笑みではなく、別人のような少し不格好で人間味のある笑顔だった。

「話はズレたけど、あの女性が君に言ったことは本当だよ。僕は響子の事件が解決したら、存在が消える。といっても、幽霊やお化けじゃないから成仏して跡形もなくなるわけじゃないけどね」
「この街から居なくなるのか?」
「うーん……。それは、どうだろう。居たとしても、絶対分からないよ」
「……そっか」
「なに? もしかして、僕と離れるの寂しいの?」
「は!? 誰もそんな事言ってないだろ!? 部屋が元の広さになるのかと思ったら、清々する!」
「……嘘をつくと瞬きが増える癖、直すのに時間掛かりそうだね」

 「本心だ!」と遼が反論するも、澄貴は「はいはい」と受け流し、再び窓の外に視線を移していた。

 遼に寂しいかと訊ねた澄貴だったが、そう思っていたのは澄貴自身かもしれない。彼は、ここ数年気の許せる人物と出会えずにいた。寄ってくるのは、嘘で塗り固めたような人物ばかりで、軽い人間不振になっていた。だから、遼のような嘘がつけない人間と出会え、彼は嬉しかったのだ。

 穏やかな空気が流れている部屋に携帯のバイブ音が鳴り響いた。低く唸るような振動音に何か嫌な予感がし、遼は直ぐさま携帯を手にした。

「……森からだ」
「なんだって?」
「【三丁目にある廃ビルで、今から新居くんと会ってくる】」
「こんな時間に、ねぇ……」
「気になるよな……」

 今度は澄貴の携帯が鳴り出した。クラシックの名曲【ハンガリー舞曲第五番】を携帯の中にいるオーケストラが奏でている。この曲により、部屋の雰囲気がより重くなったように感じる。

「なんで、その曲に設定してんだよ!」
「好きなんだよねー、ハンガリー舞曲」
「それより、誰からだったんだ?」
「君と同じ、森くんから。ただし、僕の方はちょっと難問」
「難問?」

 澄貴の携帯を見せてもらった遼は眉を八の字にし、首を右に捻った。

「なんだ、これ……。エラー?」

 これが澄貴の元に届いたメールの内容だ。遼が首を傾げるのも頷ける。

────────────────────

【 VKRXNRKD/URNND-QR/QDNDQL/DUX 】

※(£)

───────────────────​​─

「違うよ、塩ノ谷くん。これはね──」

 澄貴の糸目が開かれ、好奇心に満ちた漆黒の瞳が現れた。

「僕たちへの挑戦状。いや──犯人に繋がる重要な手がかり」
「え!? この奇妙な文字が?」
「そうだよ。だって、これはだもん」
「暗号!? これが!? 全然分からない……。まさか、田部井──」
「うん。僕は、もう解けたよ。それより、急いで出掛けよう」
「三丁目にある廃ビルだな!」
「うん! これは、青宮さんにも連絡入れないと!」

 暗号の文章が送られてきたことにより、二人の緊張感は高まっていた。身の危険を案じ、森は澄貴にこんなメールを送ってきたのだろう。これ以上、犠牲者を増やすわけにはいかない。

 澄貴からの電話に出た青宮もまた同じ気持ちだった。

──間に合ってくれ!!

 深い闇夜を走り抜ける遼と澄貴、警察車両で向かっている青宮と本多の思いは三丁目の廃ビルへと向かっていた。
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