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28、【三澤佑司の誤算】
しおりを挟む三澤佑司は自宅のリビングで頭を抱えていた。警察は自分にも疑いの目をかけてきた。そのせいで、学校側から「明日から自宅待機」と今日言い渡されてしまった。
「はぁ……」
誰もいないリビング。いつ帰宅しても出迎えてくれた妻の姿はどこにもない。子供たちの賑やかだった声も遠い昔のように感じられる。ビールを飲み、現実逃避することが日に日に増してきた。
響子の事件があった直後、妻は子供たちを連れて実家へ。一時帰省ではなく、家族の幕切れ。当たり前だった日常は一変した。離婚をした男性は寿命が短くなるとテレビ番組で観たことを今になって思い出す。部屋の散らかり具合を見ても、これじゃそうなるなと妙に納得がいった。
家を出ていく際、妻は三澤に言った。
「あなたはバレていないと思っていたようだけど、私は全部知ってた。これまで、あなたが誰と関係を持ったのかも、全部。何も知らないのは、あなたの方。【優秀な生徒】さんが教えてくれたの。……口説いていたのは生徒だけかと思っていたけど、まさか響子までとはね。──もう、あなたを信じられない。慰謝料はいらないから、二度と私たちの前に姿を現さないで」
響子は魅力的な女性だった。穏やかで清楚な妻にもなく、フレッシュで魅惑ボディの持ち主である愛人の由衣にもない、二面性のギャップを響子は持っていた。凛とした顔立ちと佇まいから、男に靡くことなどないと思っていたが、少し体に触れただけで頬を赤らめたりと男慣れしていないのが分かり、初心な彼女を自分色に染めたい欲求が三澤の中で高まっていた。
だから、あの日──教室で彼女を……
このままでは警察が事実を突き止めてしまう。三澤の思考は、食べかけのまま放置されたカップ麺や弁当の残骸、脱ぎっぱなしの服が散乱した荒れ果てた家の中同様、ごちゃごちゃと負の感情が入り乱れていた。
「アイツが……森が俺から全てを奪ったんだ。響子先生も、女房も、由衣までも──」
自宅謹慎が言い渡され、三澤は由衣にメールを送った。俺を癒してくれるのは彼女しかいない、そう思ったからだ。しかし、由衣から着た返事は【もう連絡してこないで。アタシ、彼氏できたから】
捨てられた。もう自分を慰めてくれる女《ヒト》はいない。三澤の思考は、どんどん歪んでいく。どろっと溶け、原型を忘れてしまったチョコレートのように。憎しみの熱は高まるばかりだ。飲みかけの缶ビールを一気に飲み干し、口を豪快に拭った。
「今度は俺の番だ。アイツから全てを奪ってやる──!!」
グシャッとアルミ缶を握りつぶし、足の踏み場もない床に叩きつけた。その衝撃で他のゴミが宙を舞う。とんだ連鎖反応だ。
「……覚悟してろよ、森」
テレビの光が煌々と照らすゴミだらけのリビング。その中で、にたりと笑う三澤。今の彼に指導者としての顔も心も無い。あるのは、森に対する復讐だけ。
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