モノクロカメレオン

望月おと

文字の大きさ
上 下
27 / 44

26、【接触】

しおりを挟む
「退屈だね、塩ノ谷くん」

 遼のベッドで寝そべりながら、勉強机に向かっている遼の背に澄貴は声を掛けた。しかし、遼の耳には届いていない。耳にはめているイヤフォンが外部の音を遮断しているからだ。少しでも勉強に集中したい。大学受験の日程は確実に近づいている。どんな私情があろうと大学側には関係のない話だ。

「……ごめん、邪魔したね。散歩に行ってくるよ」

 夢を追う遼の邪魔はできない。澄貴は静かに部屋を出ていった。一人になった部屋で遼は大きく伸びをした。いつまでこの生活が続くのだろう。できることなら明日にでも学校へ行き、授業に出たい。窓の外に広がる青い空がやけに遠く見える。囚われの鳥は、こんな窮屈な思いで外の景色を見ているのだろうか。考えても仕方ない。気を使ってくれた澄貴の手前もある。遼は再び机に向かい、大学受験対策の問題集に取り掛かった。

 問題集には響子との思い出も詰まっている。抑えておくべき問題に響子はマークを付けてくれていた。文字だらけの問題集を彼女が描いた花が彩る。確かに響子は生きていた。同じ時間を彼女と遼は共有していた。しかし、もう彼女には会えない。どこを探しても、この世にはいないのだから。思い出だけが響子が生きていた証だ。

「先生……」

 響子に伝えたい気持ちは山ほどある。だが、そのどれも彼女に届けることは叶わない。響子が書いたマークを指でなぞりながら、「……ごめん」全部を集約した三文字を遼は涙と一緒に何度も溢した。

*************

 どこからか音楽が聞こえてくる。聞き覚えのあるメロディ……着信音だ。机から顔を上げると、スマートフォンが鳴っていた。いつの間にか寝てしまっていたようだ。すっかり陽は傾いている。遼は眠い目を擦りながら、電話に出た。

「塩ノ谷くん、息抜きに出ておいで」
「……田部井、か」
「あれ? もしかして、寝てた?」
「あぁ……」
「近所のファミレスに集合ね」
「……分かった」

 由衣が働いているファミレスか。家の戸締りをして遼はファミレスを目指した。学生たちの下校時間と重なっていたこともあり、様々な制服を着た学生が家路を目指していた。

 「塩ノ谷?」ふいに呼ばれた声に振り返ると、新居が立っていた。制服にリュックを背負っている。学校の帰りだろうか。その疑問を新居にぶつけると、彼は首を横に振った。

「え? 学校行ってないのか!?」
「行ったよ。……午前中だけ」
「午後は、どうしたんだ?」
「取り調べ」

 新居からの意外な返答に遼は言葉を詰まらせた。警察は新居の犯行も視野に入れて捜査を始めたということか。それとも、森と同じように情報をたくさん持っている新居に話を聞いただけか。どちらにしろ、「取り調べ」と発した新居の顔を見る限り、警察でこってりと絞られたことが分かる。

「お疲れ」
「なんだよ、皮肉か?」
「いや、本心だよ。取り調べしたのは、青宮さん?」
「あぁ。赤いスカジャン着たスキンヘッドの柄が悪いオジサン。俺の顔見るなり、『お前か?』ってさ。この間も家に来るし。……迷惑なんだよ。探偵ごっこで人の名前出されると」
「でも、先生に嫌がらせしてたって噂が──」

 「あぁ。事実だよ」あっさり新居は認めた。情報源が森だと察したのだろう。観念したように真相を話し始めた。

「好きでやったわけじゃない。本当は、嫌がらせなんかしたくなかった」
「だったら、やめればよかっただろ! そうすれば、疑われなくて済んだのに」
「できてたら、とっくにやめてた。──あの人……先生はさ、そのことを最初から見抜いていたんだ。誰かに言われてやらされてるだけだって。そう分かっていながら、嫌がらせを受け続けていたんだよ。俺なんかのために……本当、馬鹿だよ。あの人は」
「……ちょっと、待て! それじゃ、お前は──誰に頼まれたんだ? 誰に頼まれて先生に嫌がらせを」

 新居は犯人を知っている。遼の直感が告げていた。もう少しで犯人に辿り着ける。詰め寄る遼に新居は静かに首を横に振った。

「どうして言わないんだよ!! ……俺は犯人が誰であろうと許さない。知りたいんだ。なんで、犯人は先生を殺さなくちゃいけなかったのか」
「塩ノ谷ってさ、結局は自分のことしか見えてないよな」
「え?」
「【恋は盲目】ってやつなのか、もともと視野が狭いのか。……いいか? 殺さなくちゃいけない理由があって犯罪を犯す奴なんて、ほんの一握りなんだよ。残りは何だと思う? 【私利私欲】だ。お前みたいなやつが一番犯罪に近いところにいるんだよ、塩ノ谷」

 真っ直ぐな新居の視線は遼の奥底にある黒い感情を見抜いているようだった。

「何も言い返さないってことは図星か……。でも、お前に人は殺せない」
「どうして?」
「だって、お前は優しいから。俺に言っただろ? 『お疲れ』って。自分で体験して辛かったから、労いの言葉を俺にかけたんだろ? 人の痛みが分かる奴に人をあやめるなんて無理な話だよ」

 どうだろう。本当に無理な話なのだろうか。響子のことを考えると、犯人に対して憎悪が膨らむばかりだ。彼女には未来があった。この先も教師として教壇に立ち続けいたはずだ。それなのに、それなのに……。いつかこの黒い感情が爆発して取り返しのつかないことをしてしまうんじゃないかと不安になる。犯人を突き止め、その人物を前にしたら──冷静でいられる自信などない。人の痛みが分かるからこその犯罪も世の中には少なからずあるのではないか。遼は首を縦にも横にも振ることができず、ただ黙って新居の話を聞いていた。

「塩ノ谷は、どこか行く予定だったのか?」
「そこのファミレスに」
「貝塚がバイトしてるファミレスか……。アイツには気をつけたほうがいい。とんだ【ダークホース】だから」
「森も前に似たようなことを言ってたな」
「貝塚もだけど、柴崎もここ最近変なんだ」
「変って?」
「いや、大したことじゃない。用事があったのに、引き留めて悪かったな」

 紗奈のことが気になったが、深く聞いても新居は答えてくれなかった。遼は新居に「またな」と告げ、待ち合わせのファミレスへ急いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

蠍の舌─アル・ギーラ─

希彗まゆ
ミステリー
……三十九。三十八、三十七 結珂の通う高校で、人が殺された。 もしかしたら、自分の大事な友だちが関わっているかもしれない。 調べていくうちに、やがて結珂は哀しい真実を知ることになる──。 双子の因縁の物語。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

リアル

ミステリー
俺たちが戦うものは何なのか

こちら百済菜市、武者小路 名探偵事務所

流々(るる)
ミステリー
【謎解きIQが設定された日常系暗号ミステリー。作者的ライバルは、あの松〇クン!】 百済菜(くだらな)市の中心部からほど近い場所にある武者小路 名探偵事務所。 自らを「名探偵」と名乗る耕助先輩のもとで助手をしている僕は、先輩の自称フィアンセ・美咲さんから先輩との禁断の関係を疑われています。そんなつもりは全くないのにぃ! 謎ごとの読み切りとなっているため、単独の謎解きとしてもチャレンジOK! ※この物語はフィクションです。登場人物や地名など、実在のものとは関係ありません。 【主な登場人物】 鈴木 涼:武者小路 名探偵事務所で助手をしている。所長とは出身大学が同じで、生粋の百済菜っ子。 武者小路 耕助:ミステリー好きな祖父の影響を受けて探偵になった、名家の御曹司。ちょっとめんどくさい一面も。 豪徳寺 美咲:耕助とは家族ぐるみの付き合いがある良家のお嬢様。自称、耕助のフィアンセ。耕助と鈴木の仲を疑っている。 御手洗:県警捜査一課の刑事。耕助の父とは古くからの友人。 伊集院:御手洗の部下。チャラい印象だが熱血漢。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

マスクドアセッサー

碧 春海
ミステリー
主人公朝比奈優作が裁判員に選ばれて1つの事件に出会う事から始まるミステリー小説 朝比奈優作シリーズ第5弾。

嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)

短な恐怖

望月おと
ホラー
身近にある恐怖を短い話でまとめた短編集 第4回ホラー・ミステリー小説大賞参加作品 応援いただけたら、幸いです!

処理中です...