モノクロカメレオン

望月おと

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17、【待ち合わせはファミレスで】

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 帰り始めた太陽が遼の部屋をオレンジ色に染める頃、家に響いたチャイムが訪問者を告げた。二階から降りると、玄関のガラスに見慣れた制服のシルエットが浮かんでいる。グレーのブレザー、紺色のネクタイ、白のYシャツ。

 森が来たのだろうか。遼は玄関のドアを開け、彼を中に入れようとした。

「──お前」
「よっ! これ、ノートのコピー」

 だが、そこに居たのは森ではなく、学級委員長の剛だった。何度か剛は遼の家に訪れたことがあり、遼の家の場所を知っていた。

「あった方がいいと思ってさ」
「あぁ……。ありがとう」
「ついでに宿題に出されたプリントもコピーしておいたから」
「わざわざ悪いな」
「いいって。また持ってくるよ。急に来て悪かったな」
「今度来るときは連絡もらえるか? 家で留守番してるからって、母さんに買い物頼まれること多くてさ」
「分かった。次は連絡してから来るよ」
「あぁ」

 剛が去るのを見送ってから、自室へと遼は戻った。机の上に置いていた携帯が光っていることに気づいた。手に取ると、森から着信が着ていた。

 すぐにかけ直すと数回のコール音の後に森が電話に出た。

「もしもし?」
「さっきは電話出れなくて悪かった。道に迷ったのか?」
「違うよ。まだ学校にいるんだけど……生徒に声を掛けまくってる怪しい人物がいるんだ」

 「それって、スキンヘッドで赤いスカジャン着てる人?」遼の脳裏に青宮の姿が浮かんだ。誰が見ても青宮は【怪しい人物】に見えると思ったからだ。もし、森が言っている【怪しい人物】が青宮だとしたら、「彼は刑事だ」と遼は伝えるつもりでいた。

「ううん、その人とは違う。多分、記者だと思う。……どこかの週刊誌かも」
「……そっか。で、いつ家に来る?」
「そのことなんだけど……塩ノ谷くんの家の近所にファミレスあるでしょ?」
「あぁ」
「そこ集合でもいい?」
「分かった」
「じゃ、今から向かうね」

 意外と森は自由人なのかもしれない。電話を終え、遼は財布と携帯をズボンのポケットに詰め込んで家を出ようとしたが、あることに気づいた。

 母と妹は家の鍵を持っているが、居候の澄貴は鍵を持っていない。彼が最初に帰宅したら家に入れず、困ることになる。携帯を取り出し、澄貴に電話を掛けた。……出ない。呼び出し音ギリギリまで粘ってみたが、ダメだった。その内、澄貴から連絡が来ると信じ、戸締まりをして家を後にした。

 歩いていると様々な制服を着た生徒たちと すれ違う。近くというほどではないが、歩いて行ける範囲内に駅がある。市内の学校であれば、制服を見れば どこの高校か分かるが、市外ともなると知り合いがいない限り、制服を見ただけでは どこの高校か分からない。

 交差点で信号待ちをしていると、携帯が揺れていることに気づいた。手にすれば、【田部井 澄貴】の文字。

「もしもし」
「電話あったみたいだけど、どうしたの? 何か掴んだ?」
「まだだよ。今、家に誰もいないから帰っても入れないぞ」
「そっかー。塩ノ谷くん、出先にいるの?」
「あぁ。これから家の近所のファミレスで、森と会うんだ」
「じゃあさ、森くんと別れたら教えて。その頃合いに、こっちも家に向かうから」
「分かった。……お前、今どこにいる?」
「それじゃあねー」

 遼の質問を無視して澄貴は一方的に電話を切った。「……あいつ」携帯をズボンのポケットに戻してから、ボヤけていた疑問がはっきりと浮かび上がってきた。電話で話していたとき、澄貴の背後から聞こえてくる音は賑やかだった。行き交う車の走行音、人々の談笑する声。それはまるで、どこかの交差点にいるような──あっ、まさか!?

 遼は慌てて周りを見渡したが、澄貴らしき人物の姿はなかった。気のせい、だろうか……。

 信号は青に変わり、人々は横断を始めた。その中の一人だけは渡ることなく、その場に立ち尽くしていた。

 「危ない危ない。……本当、勘がいいんだから。さーてと、俺も動き始めようかな」遼の背中が小さくなるのを確認し、澄貴は反対方向へと足を進めていった。

 森と待ち合わせをしているファミリーレストランは先程の交差点から、およそ100メートル直進した先の右側にある。店内の様子が外から窺えるのは手前に面した一部分の席だけで、森が店の中にいるのかは分からない。外から覗いていると、ただの怪しい人物になってしまう。いてもいなくても集合場所はここだ。とりあえず、遼は入店することにした。

 店内に入ると、「いらっしゃいませ!」と明るい声が出迎えてくれた。次の瞬間、「あ!」驚きの声が相手の女性と重なる。制服姿は見慣れているが、服が変わると誰だか全く分からない。ウェイトレス姿をした目の前の女性は、遼のクラスメイトである、貝塚 由衣だった。

「もしかして……森と待ち合わせ?」
「そうだけど、森いるのか?」
「いるよ。案内するから、ついてきなよ」

 店員としての接し方ではなくなっているが、そのほうが遼は気が楽だった。同級生に客扱いされるのは、お互い気を使うものだ。接客業のマナーとしては違反しているが、自分にだけだったら全然構わないと遼は考えていた。

「はい、席ここね」
「ありがとう。悪いな、森。待ったか?」
「気にしなくていいよ。僕も今しがた着いたとこだから」

 森と向かい合って座ると、すかさず由衣が注文を取り始めた。

「注文は? 二人ともドリンクバーでいい? あと何か頼む?」
「そうだなぁ……少し小腹減ったから、海老ドリアとマルゲリータピザ」
「え!? 小腹で海老ドリアとピザ食べるの!?」
「……アンタ、意外と食べる奴だったんだね」
「このくらい普通だろ?」

 「普通じゃないって!」と前と横から遼に突っ込みが飛んできた。見た目が細いため、遼は少食だと思われがちだが、結構よく食べる。特に、勉強したあとはエネルギーが不足するからなのか、夕飯前にカップ麺を1つと冷蔵庫に入っているデザートを食べる。だが、このデザート……ほとんどが妹の美緒が自分のために買ったもので、遼が勝手に食べたことにより、兄妹喧嘩になることも度々。

「森は?」
「あ、僕はチョコレートパフェで」
「ん!? あ、この隣にあるデラックスパフェも頼む! 食後で」
「……こんなに食べて、夕飯食べれんの?」
「あぁ」
「……アタシ、塩ノ谷のこと誤解してたかも。アンタ、意外と──やっぱ、何でもない! ゆっくりしてってね!」

 気のせいかもしれないが、由衣の頬が赤く染まっているように見えた。森は、そんな由衣を見て「なるほどねぇー」と呟いたあと、ニヤニヤと企み顔を遼に向けた。

「なんだよ……」
「貝塚さんのタイプって、【痩せてて大食いの人】なんだよ」
「……お前、本当何でも知ってるよな」
「まぁね。情報をくれる人がいるおかげかな」
「でもさ、それってリスクないのか?」
「リスク?」
「情報屋が嘘を流す可能性だってあるだろ?」
「……そうだね。だから、僕は自分の目と足を使って確かめることにしてる。……覚えてる? 陣野じんの先生のこと」

 遼は記憶の引き出しをあれこれ開け始めた。陣野……陣野……。微かだが、記憶はある。どこに置いたのか分からない家の鍵を必死で探すように、ここでもない!と手当たり次第、記憶の引き出しを開けては閉じてを繰り返した。

 顔と名前は覚えている。遼たちが一年生の時に美術を担当していた先生だ。大人しい女性で、大きめの目がねをかけ、一本縛りの大きな三つ編みをしていた。その後ろ姿がエビフライのように見え、【エビちゃん】というあだ名で呼ばれていた。

「……彼女が自殺したこと、知ってるでしょ?」

 テーブル越しに、ずいっと伸びてきた森の顔。【自殺】のワードが記憶の部屋にヒットした。遼は完全に陣野じんの 沙織さおりのことを思い出した。

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