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13、【クラス委員長と副委員長】
しおりを挟む森が言っていた通り、市立図書館は朝風高校の生徒たちで埋め尽くされていた。特に遼と同学年の生徒が多かった。大学受験に向け、図書館の至るところで生徒たちは受験勉強に励んでいた。
中庭のベンチに剛の姿はあった。ガラス越しに見ている遼に気づいていない様子で、剛は本に夢中になっている。剛の意外な一面を見た。
剛は小麦色の肌に束感のあるベリーショートのお洒落な髪型をしている。キリッと整った顔立ちで誰に対しても優しく、女子生徒たちからの人気も高い。夏まで彼は高校球児で、部の主将を務めていた。当時は坊主頭だったが、伸びた髪が引退から過ぎた月日の長さを物語っている。後輩たちからの希望で引退した今でも部に顔を出すこともある。そんなスポーツ少年の彼が本を読んでいる。じっとしているよりも体を動かすほうが好きだと剛自身話していた。本のイメージがないと言ったら失礼かもしれないが、本よりも野球のグローブのほうが剛にはしっくり来ると遼は感じていた。
中庭へ出ると、真っ先に金木犀の香りが遼の鼻に届いた。秋らしい香りだ。緑から白へと変色し始めた短い芝を踏み歩き、剛が腰かけているベンチの近くで足を止めた。そこでようやく本から目を離し、剛は遼を見上げた。
「……よっ」
「悪い。遅くなった」
「大丈夫。まだ約束の時間になってない」
剛の日に焼けた腕に嵌められたシリコン製の黒い腕時計は約束の時間の五分前を差していた。シンプルな黒と白のデザインをした腕時計は、朝風高校野球部のユニフォームを彷彿とさせた。
「隣、座れよ」剛に促され、遼は彼の隣に腰を落とした。
「みんな考えることは一緒らしい」
館内の学習部屋を見つめ、剛はため息を吐き出した。彼も大学受験を考えている。大学から野球のオファーが何校か来ていたらしいが、すべて断ったと遼は噂で聞いた。将来有望な選手の剛だが、野球は高校までと決めているようだ。隣に座っている剛の目に輝きはなかった。教師である父の背中を追いかけていた、かつての自分と剛の姿が重なって遼には見えていた。
「あまり根詰めて勉強するのは良くない。たまには息抜きもしないと」
「……あぁ、そうだな」
剛は話題を受験勉強から、響子の事件に切り替えた。今日会う約束をしたのは、この議論をするためだ。
「お前が来る前に同じクラスの奴に何人か会ったんだけど、よくない噂が流れてる」
森と会ったとき、剛と同じことを言っていた。だが、あえて遼は知らないふりをした。ここで「知っている」と答えれば、剛に森と会ったことを問われるだろう。できれば、遼は森と会っていないことにしておきたかった。
「残念なことに遼を犯人だと思っている奴が多数いる。誰がそんな噂を流したのか分からないけど、校内中の噂になっているのは間違いない」
「……マジか。困ったな」
「いつ学校が再開するのか分からないけど、冷たい視線で見られるのは覚悟しておいたほうがいいかもな。辛かったら、すぐ俺に言えよ」
「あぁ、そうする。ありがとな」
「いいって。いつもお前には助けてもらってばかりなんだから」
秋風が中庭を通り過ぎた。風に乗り、金木犀の香りが一段と強く薫る。
「なぁ、遼は誰が犯人だと思う?」
「……まだ分からない。動機も何も見えてこないから」
動機が分からないことには犯人像も浮かんでこない。今はまだ情報が少なすぎる。使い道の分からない香味料だけが置かれたキッチンのようだ。フレンチなのかイタリアンなのか、はたまた中華やアジアンなのか、どの料理を作るときに使う香味料なのか、何か手がかりがほしい。些細なことでもいい。考える材料をまず集めないと。
「お前らしい答えだな」
「え?」
「どんな時でも立ち止まって冷静に判断ができる。だから、お前はクラスのみんなから信頼されるんだ。……凄い奴だよ、お前は」
「凄いのは、竹内のほうだよ。一年から三年まで、ずっとクラス委員長に選ばれてるんだから。部活だって主将を任されて、後輩からも慕われてるし。俺なんか全然……」
「クラス委員長に選ばれたのも何回も経験して慣れてるからだと思う」
「そうじゃないって。クラスのみんなは、竹内だから委員長に推したんだと思う。責任感と行動力があるから」
「……なんか照れるな。ありがと……」
頬を赤らめた剛に遼は微笑みを向け、脱線してしまった話題を響子の事件に戻した。
「そういえば、いつ学校再開されるんだ? 学校から、何か連絡あった?」
「まだない。殺害現場が校内だから慎重に対応してるんだろう」
「……あまり長引かないといいな。家にジッと閉じ籠ってたら、どんどん気持ちが沈んでいっちゃうから」
「そうだよな……。学年主任の岸田に相談してみるわ。ありがとな、遼。お前に相談してよかったよ!」
「役に立てたなら、よかった」
「また何かあったら連絡する。……しっかり、飯食えよ?」
「え……。あ、うん」
「辛い時こそ、無理してでも食わないとな」
「……そうだな」
「今日は、ありがとな! それじゃ、また」
剛もまた優れた観察眼の持ち主だ。遼の顔を見て、食べる気力がないことを見抜いた。どれだけ気持ちを奮い立たせても、心が受けたダメージは大きい。最愛の人の突然の死。平穏な毎日が突如として狂い、昨日まで会えていたのに今日になったら会えないという喪失感は計り知れない。
どうして響子が事件に巻き込まれてしまったのか、遼には検討もつかないでいた。
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