モノクロカメレオン

望月おと

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11、【最期を救った愛】

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 警察署に着き、入り口付近に設置されている自転車置き場に自転車を停め、鍵をかけたところで田部井が片手を上げ、左手側にある駐車場から現れた。逆さ三日月の顔が遠くから遼の元へ近づいてくる。登場曲は、ホラー映画のサウンドがピッタリかもしれない。

「待ってたよ、塩ノ谷くん」
「本当に会って大丈夫なのか?」
「うん。問題ないんじゃないかな」
「いや、問題はあるだろ! 俺、部外者だし……。何より、疑われてる身だから……」
「塩ノ谷くんを疑うなんて、節穴もいいところだね。まったく、これだから警察は頼りにならないんだよ」

 警察署前で平然と警察批判をする田部井。その顔に悪びれた様子は一切なく、むしろ「改善のための意見だよ」とサラっと言い退けた。

「ほら、ボサっとしてないで。ついてきて。案内するから」

  呆気に取られる遼を手招きし、田部井は誘導を開始した。どどん!と力強い太鼓の音が聞こえてきそうなほど、ずっしり構えている正面入り口から中へ入るのかと遼は予想していたのだが、田部井は正面入り口ではなく、年季の入った白い建物をグルっと回り、職員駐車場と書かれた看板の近くにある銀色のドアノブが付いている扉の前で足を止めた。不法侵入の怪しげな香りがぷんぷん漂っている。

「まさか、ここから入るとか言わないよな?」
「ご名答! そのまさか」
「は!? これ、どう見たって不法侵入──」
「しっ。それ以上騒ぐと大事になっちゃうから、お口はチャック。アンダースタンド?」
「……お前、イカれてる」
「ふふ。そういう君だって、十分イカれてる。自分の身を危険に晒してまで、恋人の亡骸に会おうなんて普通じゃ考えないよ? 少なくとも、僕には理解できないね」

 会いたい、それしか遼の頭になかった。愛する者に会いたいと思うのは当然のことだ。タイムリミットがあるなら、尚のこと。田部井は誰かを好きになったことがないのかもしれない。恋をすると、相手のことで頭がいっぱいになる。自分のことより、相手のことを考えて行動してしまう。

「ここ、霊安室の近道なんだ。監視カメラは気にしなくていいから。その代わり、面会時間は──」

 田部井の指が目の前に伸びてきた。その数、三本。面会時間を表しているようだ。

「あげられても、三分が限界。きっちり、その時間までに響子に会ってあげて。響子も喜ぶからさ」
「……分かった」

 遼の本音を言えば、もっとじっくり時間を気にせず響子と向き合いたい。だが、本来であれば部外者の自分が霊安室に入ることは不可能に近い。会えるというだけでも有り難いことだ。与えられた三分間を大切にしよう。遼は自分に言い聞かせた。

「覚悟はいい?」
「あぁ、そのために来たんだ」
「ふふ。だよね! それじゃ行こう。眠り姫に会いに」
「……なんだよ、そのロマンチックな例えは」
「雰囲気出るかなーって」
「そういう雰囲気は要らないから」
「意外と塩ノ谷くんってノリ悪いんだね」
「……もう何とでも言ってろ」

 構うんじゃなかった……と後悔しながら、遼は田部井の背中を追いかけた。時間に限りがあるからか、田部井は小走りで霊安室を目指していく。体育の授業で田部井が活躍しているのを見たことがないが、目の前を走っている彼は陸上選手のように美しいフォームで風を切って進んでいた。おまけに小走りといっても、速い。遼もそれなりに足は速いほうだが、田部井に追い付くのがやっとだった。

「着いた。この先に響子はいるよ。ここから三分ね。移動だけで、一分半は必要だから」

 厚みのある白い扉を開け、中に入った。ひんやりとした空気が室内に漂っている。まるで、冷蔵庫の野菜室のようだ。品質を保つため、一定の温度に設定されている。

「……寒いだろうな、先生」

 背後から聞こえた遼の呟きを耳に入れつつ、田部井は響子の顔にかかった白い布を静かに取った。色白の肌は透明度を増し、雪で出来た彫刻のような美しさを放っていた。

 静かに眠る最愛の人の顔を遼は覗き込んだ。残忍な犯人の手によって奪われた命。しかし、彼女は穏やかな顔で眠っていた。今にも声を掛けたら「おはよう」と起き上がりそうだ。有名な野球アニメの台詞が隣から聞こえてきた。

「本当に死んでるんだぜ……」

 発した澄貴の目は悲しみに揺らいでいた。時折見せる、いつもとは違う彼の一面。本当の澄貴はどれなのか、遼は分からなくなっていた。どれも彼なのは確かだが、またどれも違うような変な感じがする。田部井澄貴……一体何者なのだろうか?

 言葉より先に遼の目から感情が溢れ落ちていく。言いたいことは、たくさんある。だが、込み上げる思いが強すぎて、言葉に変換している時間がない。止まらない遼の涙を見て、田部井が遼の思いを代弁するかのように響子に向け、話し始めた。

「苦しかったね。痛かったね。……ごめんな、守ってあげられなくて。──【俺】が絶対犯人見つけるから。お前をこんな目に遭わせた奴を必ず、【俺】が捕まえるから」

 響子の髪を撫でる遼の手を田部井が掴んだ。

「君に頼みがある」
「……何だよ、改まって」
「そのために君をここへ呼んだんだ。──僕に協力してくれないか?」
「協力?」
「響子をこんな目に遭わせた奴を捕まえる」
「捕まえるって……無理だろ!? 俺たち、一般人だぞ!?」
「君は……ね。もちろん、タダとは言わないよ。君が協力してくれたら、君が気になってることを教えてあげる。……例えば、【青い御守り】の行方とか?」

 田部井は眠る響子に視線を移した。「これでいいかい?」と微かに口許が動いたように遼には見えた。……まさか、まさか……。

「先生は、こうなることを!?」
「……うん、予期してた。だから、君から御守りを取ったんだ。疑いが向かないようにね。でも……捨てられなかったみたいだね。『ちゃんと捨てた』って言ってたのに」
「……変なこと聞くけど、先生は俺のこと……」
「そんなの聞かなくても分かるでしょ。この顔が何よりの証拠。苦しかったはずなのに、痛かったはずなのに……。──塩ノ谷くん、君が響子を救ったんだよ」
「……俺が?」
「ありがとう、塩ノ谷くん。最期まで君が愛してくれたから、響子は……」

 その先の言葉は田部井の涙が代弁していた。遼の目からも滴が落ちていく。目の前で眠る最愛の人。ちゃんと自分の思いは彼女に届いていた。彼女もまた、自分を愛していてくれた。【女は裏切るもの】青宮のかけた呪縛が解けた瞬間だった。

「分かった、お前に協力する。──響子のためにも」

 遼は響子の前で誓った。「必ず犯人を見つけ出す」と。

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