上 下
19 / 26

19話 質疑応答とは失言を引き出すためにある

しおりを挟む
 新しいアルバイトこと、新條結依が香美屋での面接に受かった日から。

 いつもの時間帯の通学路で、誠と渉が合流し、誠は日曜日のことを話していた。

「へぇー、新しいバイト、入ってくれたんだな」

 良かった良かった、と笑うのは渉。

「でもマスターが言うには、以前に何度かアルバイト経験があったんだけど、どこも人間関係で長続きしなかったらしいんだ」

 対する誠は懸念点を挙げた。

「そうなのか?つかその新人、男か女かどっちだ?」

「女の子。多分同じ高校生だと思う」

「面接態度が悪かったわけじゃねぇんだよな?」

「ちょっと気弱そうだけど、すごく丁寧でしっかりした子だったって、マスターは言ってたけど」

 面接を終えたその帰り際にも、誠に挨拶していたのだ、態度が悪いどころか、むしろ礼儀正しいと言ってもいいだろう。

「それじゃぁアレだ、今までの店の方が悪いんじゃね?同じバイトが先輩風吹かして、後輩イビりしてたとか、そう言うのが続いたんだろ」

「うーん……そこまでは分からないけど、彼女にとって働きやすい環境を作ってあげようとは思ってるよ」

 それも今日の放課後からになるけど、と付け足す誠。



 学園に到着し、靴を履き替えて二年二組の教室へ向かおうとした誠と渉だったが、その寸前で足を止めざるを得なかった。

 二年生のクラス階である三階に上がると、どこかざわめいているのだ。
 そのざわめきの発生原因は何かと言えば。

「お?あれ、速水先輩じゃね?」



 渉が曲がり角の先を指すと、二年二組の教室の前で、凪紗が立っているのだ。ざわめきと言うのは、“不攻不落の速水城塞"が他のクラスの前で、誰かを待っているように立っており、一体誰を待っているのかと気になっているからだろう。

「確かに速水先輩だな。でも、どうしたんだろう?」

 何故彼女が自分達の教室の前にいるのか。
 疑問符を浮かべていると、ふと誠の視線と凪紗の視線が合った。
 すると、凪紗は誠の方目掛けて真っ直ぐ歩いてくる。

「おはよう、椥辻くん」

「お、おはようございます、速水先輩」

 朝一番の香美屋で顔を合わせるのと同じような挨拶をする凪紗に、誠は少し戸惑いつつも挨拶を返す。

「この間はありがとうね。本当に助かった」

「いえ、人として当然のことをしたまでですから」

 謙遜してみせる誠だが、美人の先輩から感謝されると言うのは悪いものではなかった。

「当然、ねぇ。当然のことだからって、ほぼ赤の他人の面倒を見ようとする人とか、そうそういないと思うよ?」

 介護士みたいだったよ、と苦笑する凪紗。

「椥辻が速水先輩の面倒を見たって……?」

「えー?あの二人どういう関係……?」

「俺達の速水先輩を一人占めしやがって……」

 が、彼女のこの発言がざわめきを大きくする。
 それに気付いているのかいないのか、凪紗はさらに話を進めていく。

「それでね、この前のお礼をしなくちゃと思うんだけど、何か欲しいものとか、してほしいこととかある?」

「ちょっ……」

 学園一の美少女が、特定の男子に「何か欲しいものとか、してほしいこととかある?」と訊くなど、どう考えても誤解しか生まない状況である。
 ここでその発言はまずい、と誠はなんとか誤魔化すように「いやいや!」と声を張る。

「い、いいですってそんな!大したことしたわけじゃないですし!」

「えぇ?それじゃ私の気が済まないよ。私、借りを作りっぱなしなのは、我慢出来ないから」

「(いやだから発言!その発言が誤解の種ですから!)」

 誠は心の中で悲鳴を上げているが、それが凪紗に伝わっていない。
 しかも、隣にいる渉からの「お前速水先輩に何やらかしたんだ!?」と言う視線が痛い。

「あーあーえーと……じゃぁ、今度コーヒーの一杯でも奢ってくれれば、それで十分ですよ!」

「……施しへの対価が安過ぎない?自分で言うのもなんだけど、私ってそんなに安い女?」

 これ以上はまずい!!

「まぁまぁ、コーヒーってそこまで安いものじゃありませんし!じゃ、俺はトイレに行きますから!」

 逃げるように踵を返してトイレのある方向へ駆け込む誠。

 実際に用を足して、凪紗が二年二年の教室の前から去ったのを確かめてから、教室に入っ――

 た瞬間、待ち伏せしていたのだろう渉に横合いからヘッドロックをされる。

「なんつーか、アレだ……誠。速水先輩とナニがあったのか、洗いざらい吐くまで、生きて帰れると思うなよ?」

 渉だけではない、今教室にいる男子の大半が血眼になって誠に詰め寄っている。

「椥辻!あの速水先輩を、どうやって攻略したんだ!?」

「我慢出来ないとか、安い女とか、何も無かったとは言わせねぇぞ!」

「しかもその対価がコーヒー一杯って、てめぇ何様のつもりだ!?」

「ちょっ、待て待て待て!お、落ち着けって!?話すからっ、話すから!」

 話すからと言っても、そのまま洗いざらい吐いて、「風邪で弱った凪紗のためにとは言え部屋に上がった」などと言えば、誠はこの教室の床の“赤い染み"になるだろう。

 当たり障り無いように、なおかつ余計な誤解を生まないように、ボロが出ないように、まるで失言を引き出させようとする週刊誌の記者への質疑応答のように、誠は細心の注意を払いながら言葉を選ぶことになるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編3が完結しました!(2024.8.29)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...