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17話 事と次第によっては大惨事を招きかねない
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風邪で倒れかけた凪紗を誠が運び送り、その上からあれやこれやと世話を焼いた、翌日。
大事を取って凪紗は今日は欠席し、それももう夕方頃。
「――うん、熱も下がったし、土日のんびりして来週から学園に来れるから、大丈夫」
『そうなの?なら、よかったわ』
ベッドの上でスマートフォンで通話する凪紗。
電話先の相手は、梨央だ。
今朝の時点で熱は下がったものの、ぶり返しの恐れもあるため、今日は大事を取って学園を休み、半日ほど眠り、そうして起きたところで梨央からRINEのメッセージが送られて、電話で近況報告をすることになった。
『全くもう、常日頃からずぼらな生活をしてるからよ』
「面目次第もございません」
『そう言うなら、少しは改善しなさいよ?と言うか一昨日の雨だって、濡れて帰ったって言ってもその後適当に拭いただけで済ませたでしょう。むしろ、風邪引いたのはそっちが原因よ』
「……椥辻くんにも同じようなこと言われたよ」
『ナギツジクン?……誰よそれ、男子?』
不意に、梨央の声のトーンが下がる。
「あー、えっと……」
しまった、と答えに窮する凪紗。
まさか梨央に「昨日、その椥辻くんに色々世話焼いてもらったんだ」と言うわけにはいかないだろう。
そんなことを言ってしまった日には、電話の向こうの梨央が発狂してどうかしてしまいかねない。一頻り発狂したあとは、長々としたお説教が始まるまでがワンセット。
お昼のドラマで妻に浮気を疑われる男のような気分になりつつ、凪紗は部分的に正直に答えた。
「ほ、ほら、前に言ってた、新しいバイトくんのこと。帰り道に偶然会って、その時点でもう倒れそうだったから、家の近くまで送ってもらったの」
『……その後、尾けられたんじゃないでしょうね?』
「さすがにそんなことするほど、彼はダメな人じゃないって」
『ふぅん?』
本当に大丈夫かしら、と梨央の声が明らかに訝しんでいる。
「何て言うか、梨央ってほんと男が嫌いだよね?」
『別に男の人が嫌いなわけじゃないのよ?相手のこともよく知らないくせに、知ろうともしないくせに、"城塞攻略"なんてふざけたお題目で凪紗に群がろうとする男に虫酸が走るだけよ』
「あー、まぁ……その、攻略される側の本人としては、コメントに困るね……?」
凪紗は苦笑してから。
「椥辻くんは、少なくとも梨央の機嫌を損ねるような男子じゃないよ。それは間違いないから」
『凪紗が特定の男子に入れ込むなんて、随分その彼のことを信用してるのね』
「まぁ……信用はしてるかな」
入れ込んでいるかどうかは別にして、と言いつつも、凪紗は誠と出会った二週間ほど前から今日までをつらつらと思い返していた。
――始まりは、香美屋に行く途中で、同じく香美屋に向かおうとしていた誠を偶然見かけたことだった。
同じ翠乃愛学園の制服を着ていたので、声を掛ければ「不攻不落の速水城塞が向こうから近付いてきた」と勘違いするのではないかと思い、最初は無視しようと思っていたのだが、どうも本当に困っているようなので、見てみぬふりも出来ずに声をかけてしまった。
声をかけられて何故か驚いた誠だったが、すぐに何に困っているのかを答えてくれて、自分と行き先が同じだったので、案内ついでに一緒に来店。
誠は香美屋のアルバイトの面接に来たらしく――アルバイトと聞くと、先日まで粘着してきた上にストーカー行為までしてきた不愉快な男のことを思い出したが、面接自体は真面目に受け答えし、凪紗には必要以上に話しかけようとしなかった。
あの不愉快なストーカー男と比べても好感が持てる立ち振舞いと、穏やかで優しそうな雰囲気。
その時は、過度な干渉はせず、従業員とお客様と言う体をきちんと守ってくれる分には文句は無いとして流したが。
次に会ったのは、夜のスーパーで値引きものを買いに来ていて、ばったり遭遇してしまった時。
顔見知りに『"不攻不落の速水城塞"がこんな気の抜けた格好で買い物している』ところを見られたのだ、下手に噂にされたくないと思って逃げようとしたのに、こんな時に限って足が縺れて転んでしまった。
そんな間抜けな凪紗を見ても、誠は笑いも幻滅もせずに、助け起こしてくれた。
気まずさのあまり塩対応でその場から去ってしまったが、彼はそこで追ってきたりはしなかった。
その翌朝にも、朝一番の香美屋でも会ってしまったものの、気遣ってくれているのか、昨夜のことは何も訊いてこようとしなかった。
マスターの話や指示をよく聞き、手際も良く、素早くて丁寧、堅苦しくない接客は、まるで執事のようだと思った。
それから、誠とは香美屋で何度も顔を合わせることになり、彼の前では"不攻不落の速水城塞"として取り繕うことをあまり意識しなくなった。
雨の日も、自分の心配は後回しにして傘を貸そうとしてくれるなど、何気ない気遣いや優しさをごく当たり前のようにしてくれた。
そして昨日、風邪をこじらせて倒れそうになったところを助けてもらい、――まぁ、心配してのこととは言え、部屋に踏み込まれるとは思っていなかったが、お粥や薬を用意してくれたり、部屋を片付けてくれて、そこまでしてくれながら見返りは何も求めない。
一緒にいても息苦しくない、ガチガチに気を張らなくてもいい……少なくとも、こんな男子は初めてだ。
『……ま、凪紗の人を見る目は疑ってないけど。それでも、ダメなものはハッキリ断りなさいよ?恩に着せて外堀埋めようとしているとも限らないんだから』
「分かってるよ。もう少し休むから、またね」
『えぇ、お大事にね』
通話を終えて、スポーツドリンクを一口飲んでから。
「(今度、椥辻くんに何かお礼しないと)」
近い内に、彼に看病の礼をしようと心に決めながら―一胸に暖かいものが灯るのを感じる凪紗は、もう一度横になった。
大事を取って凪紗は今日は欠席し、それももう夕方頃。
「――うん、熱も下がったし、土日のんびりして来週から学園に来れるから、大丈夫」
『そうなの?なら、よかったわ』
ベッドの上でスマートフォンで通話する凪紗。
電話先の相手は、梨央だ。
今朝の時点で熱は下がったものの、ぶり返しの恐れもあるため、今日は大事を取って学園を休み、半日ほど眠り、そうして起きたところで梨央からRINEのメッセージが送られて、電話で近況報告をすることになった。
『全くもう、常日頃からずぼらな生活をしてるからよ』
「面目次第もございません」
『そう言うなら、少しは改善しなさいよ?と言うか一昨日の雨だって、濡れて帰ったって言ってもその後適当に拭いただけで済ませたでしょう。むしろ、風邪引いたのはそっちが原因よ』
「……椥辻くんにも同じようなこと言われたよ」
『ナギツジクン?……誰よそれ、男子?』
不意に、梨央の声のトーンが下がる。
「あー、えっと……」
しまった、と答えに窮する凪紗。
まさか梨央に「昨日、その椥辻くんに色々世話焼いてもらったんだ」と言うわけにはいかないだろう。
そんなことを言ってしまった日には、電話の向こうの梨央が発狂してどうかしてしまいかねない。一頻り発狂したあとは、長々としたお説教が始まるまでがワンセット。
お昼のドラマで妻に浮気を疑われる男のような気分になりつつ、凪紗は部分的に正直に答えた。
「ほ、ほら、前に言ってた、新しいバイトくんのこと。帰り道に偶然会って、その時点でもう倒れそうだったから、家の近くまで送ってもらったの」
『……その後、尾けられたんじゃないでしょうね?』
「さすがにそんなことするほど、彼はダメな人じゃないって」
『ふぅん?』
本当に大丈夫かしら、と梨央の声が明らかに訝しんでいる。
「何て言うか、梨央ってほんと男が嫌いだよね?」
『別に男の人が嫌いなわけじゃないのよ?相手のこともよく知らないくせに、知ろうともしないくせに、"城塞攻略"なんてふざけたお題目で凪紗に群がろうとする男に虫酸が走るだけよ』
「あー、まぁ……その、攻略される側の本人としては、コメントに困るね……?」
凪紗は苦笑してから。
「椥辻くんは、少なくとも梨央の機嫌を損ねるような男子じゃないよ。それは間違いないから」
『凪紗が特定の男子に入れ込むなんて、随分その彼のことを信用してるのね』
「まぁ……信用はしてるかな」
入れ込んでいるかどうかは別にして、と言いつつも、凪紗は誠と出会った二週間ほど前から今日までをつらつらと思い返していた。
――始まりは、香美屋に行く途中で、同じく香美屋に向かおうとしていた誠を偶然見かけたことだった。
同じ翠乃愛学園の制服を着ていたので、声を掛ければ「不攻不落の速水城塞が向こうから近付いてきた」と勘違いするのではないかと思い、最初は無視しようと思っていたのだが、どうも本当に困っているようなので、見てみぬふりも出来ずに声をかけてしまった。
声をかけられて何故か驚いた誠だったが、すぐに何に困っているのかを答えてくれて、自分と行き先が同じだったので、案内ついでに一緒に来店。
誠は香美屋のアルバイトの面接に来たらしく――アルバイトと聞くと、先日まで粘着してきた上にストーカー行為までしてきた不愉快な男のことを思い出したが、面接自体は真面目に受け答えし、凪紗には必要以上に話しかけようとしなかった。
あの不愉快なストーカー男と比べても好感が持てる立ち振舞いと、穏やかで優しそうな雰囲気。
その時は、過度な干渉はせず、従業員とお客様と言う体をきちんと守ってくれる分には文句は無いとして流したが。
次に会ったのは、夜のスーパーで値引きものを買いに来ていて、ばったり遭遇してしまった時。
顔見知りに『"不攻不落の速水城塞"がこんな気の抜けた格好で買い物している』ところを見られたのだ、下手に噂にされたくないと思って逃げようとしたのに、こんな時に限って足が縺れて転んでしまった。
そんな間抜けな凪紗を見ても、誠は笑いも幻滅もせずに、助け起こしてくれた。
気まずさのあまり塩対応でその場から去ってしまったが、彼はそこで追ってきたりはしなかった。
その翌朝にも、朝一番の香美屋でも会ってしまったものの、気遣ってくれているのか、昨夜のことは何も訊いてこようとしなかった。
マスターの話や指示をよく聞き、手際も良く、素早くて丁寧、堅苦しくない接客は、まるで執事のようだと思った。
それから、誠とは香美屋で何度も顔を合わせることになり、彼の前では"不攻不落の速水城塞"として取り繕うことをあまり意識しなくなった。
雨の日も、自分の心配は後回しにして傘を貸そうとしてくれるなど、何気ない気遣いや優しさをごく当たり前のようにしてくれた。
そして昨日、風邪をこじらせて倒れそうになったところを助けてもらい、――まぁ、心配してのこととは言え、部屋に踏み込まれるとは思っていなかったが、お粥や薬を用意してくれたり、部屋を片付けてくれて、そこまでしてくれながら見返りは何も求めない。
一緒にいても息苦しくない、ガチガチに気を張らなくてもいい……少なくとも、こんな男子は初めてだ。
『……ま、凪紗の人を見る目は疑ってないけど。それでも、ダメなものはハッキリ断りなさいよ?恩に着せて外堀埋めようとしているとも限らないんだから』
「分かってるよ。もう少し休むから、またね」
『えぇ、お大事にね』
通話を終えて、スポーツドリンクを一口飲んでから。
「(今度、椥辻くんに何かお礼しないと)」
近い内に、彼に看病の礼をしようと心に決めながら―一胸に暖かいものが灯るのを感じる凪紗は、もう一度横になった。
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