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16話 美味しそうだからこそ食欲は増進する
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「……は、入っていいよ」
体温を計り終えただろう凪紗の声を確認して、念のためもう一度ノックして、やはり二秒の間を置いてから、再度部屋に入る。
制服から着替えたのか、部屋着の状態で上体を起こしている。
「体温はどうでした?」
「37.9℃。寝たおかげで少しは下がったみたい」
「なら良かった。食欲、ありますか?」
「うん、ある」
即答。
「じゃぁ、どうぞ」
(食器棚の中で眠っていた)お盆に乗せた卵粥を凪紗に差し出す。
「おぉ、美味しそう……じゃぁ、いただきます」
スプーンを入れて、一口。
「ん、美味しい。こんな美味しいお粥、初めてかも……」
「まぁ、言ってもお粥ですから」
そもそも普段の食事がまともじゃないからでしょう、と思いかけた誠だったが、辛うじて飲み込んだ。
はふはふはむはむと卵粥にがっつく凪紗。気に入ったようだ。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
そうして間もなく、完食した。
「お粗末さまでした」
この食欲ならもう少しボリュームを持たせても良かったかな、と誠は空になったどんぶり鉢を下げる。
「はい、じゃぁ次は薬です」
「え?ウチにそれ、あったっけ?」
凪紗は風邪薬の瓶を見て目を丸くする。
「これは俺の家から持ってきた分です。……あ、もしかしてこの薬と相性悪いですか?」
市販の風邪薬とは言え、効き目や身体との相性に個人差はある。この場に至ってからその可能性に思い当たった誠だったが、凪紗は首を横に振る。
「うぅん、多分大丈夫。それもわざわざ持ってきてくれたんだ、ありがとうね」
「なら良かった。えーと、十五歳以上は……」
ラベルに記載されている用量を確かめてから、必要な数の錠剤を凪紗の手のひらに転がし、続けて水を差し出す。
風邪薬も無事に飲み終えたところで。
「あとこれ、冷えピタです。一応、スポーツドリンクと、もう一食文のお粥も冷蔵庫に置いてます。身体拭くためのお湯とタオルは今用意しますね」
先程衣類を畳んでいく中で見つけた、多分清潔だろうタオルと、洗面器にお湯を汲んで来て、見えやすい位置に置いておく。
「着替えは……さすがに、俺が用意するわけにはいかないんで、自分で頑張ってください」
「むしろそこまで用意してたら、怒ってたよ……」
凪紗は、あれもこれもそれもどれもと用意していく誠に訊ねた。
「ねぇ……なんでそこまでしてくれるの?」
「なんでって、他に頼れる人がいないからでしょう?一人暮らしで親兄弟がいませんし」
対する誠は、何を当然のことをとばかりごく自然に答える。
「そうじゃなくて……いくら見知った仲とは言え、いくら私が病人だからって、普通はこんなに面倒見ないよ?」
おまけに部屋もこんなんだし、と自嘲する凪紗。
「部屋がこんな状況だって自覚があるなら、少しは片付けましょうよ。まさかお米炊くのに、炊飯器の掃除から始めないといけないなんて思ってませんでした」
「うぐっ……お手数おかけしてごめんなさい、大変助かりました……」
「それに、昨夜は雨に濡れて帰ったとは言え、この部屋の様子から見ても、その後の身体のアフターケアもちゃんとしてなかったんでしょう」
「むぐぐ……」
だから風邪引いたんです、と正論を叩き込む誠に、図星を突かれまくっている凪紗は唸るしかない。
「……うん、その通りです、反省してますぅ」
不貞腐れたようにベッドに倒れ、毛布で顔を隠す凪紗。
「よし、こんなもんでいいでしょう」
用意するべきものをあらかた用意し終えたのを確認した誠は、大きく頷く。
「速水先輩、家の鍵、ここに置いておきますね」
彼女のキーケースを目につきやすい場所に置いておく。
「何て言うか……ほんとに、何から何までありがとうね」
「どういたしまして。じゃ、俺はこの辺で。また香美屋で」
「そこは学園じゃないんだ」
「学年違うから、そうそう会うこともありませんしね」
後で戸締まり忘れずに、と付け足してから、今度こそ誠は部屋を後にした。
――誠がアパートを出てから。
凪紗はベッドから身を降ろして、立ち上がる。
「(悪いことはしないって言ってたけど、さすがにね……)」
自分が寝込んでいる間に、誠は何をしていたのか。
最低でもそれを確かめてからでないと気になって眠れないだろう。
少しは覚束くようになってきた足取りでリビングに向かうと。
「……片付けてくれてる」
足の踏み場の方が少ないくらいだったリビングは、見違えるほどに片付けられていた。
衣類は丁寧に畳まれて重ねられており、雑貨や雑誌類もおおよその分類別になって一ヶ所に固められている。
キッチン周りも同様に整理整頓され、少なくとも卵粥を作るための卵の殻のひとつもゴミが残っていない辺り、誠が自分で持ち帰ったのだろう。
冷蔵庫の扉には、予備のお粥とスポーツドリンクが置いてあることが書かれたメモ書きが貼られ、冷蔵庫を開けてみれば、ラップがけされたお粥が保管されている。
本当に、何から何までやってくれたらしい。
しかも、「悪さはしない」と言う宣言通り、家捜ししたような形跡は見られない。
凪紗も、少なくとも学園内では自分がどういう目で見られているかの自覚はある。
邪な下心を隠しているつもりなのか、自分に言い寄ってくるような男子など、大抵ロクでもない。
そんな男子が速水凪紗の部屋に入る機会を得たなら、良からぬことのひとつやふたつ、いいやその程度の事で済ませるつもりは無いだろう。
にも、関わらず。
椥辻誠と言う一個下の後輩男子は、こちらが嫌がるような事は一切せずに、むしろ気遣ってさえくれた。
お粥もちょうどいい塩梅の温度で、何より美味しかった。その後で薬も用意してくれていた点も見逃せない。
それはまるで、
「何だか――おかんみたい」
梨央とはまた違う意味での、「おかん」だ。
誠本人が聞いたら「大変不本意です」と自己主張するだろうことを呟いてから。
凪紗は彼が残していった厚意に素直に甘えることにした。
体温を計り終えただろう凪紗の声を確認して、念のためもう一度ノックして、やはり二秒の間を置いてから、再度部屋に入る。
制服から着替えたのか、部屋着の状態で上体を起こしている。
「体温はどうでした?」
「37.9℃。寝たおかげで少しは下がったみたい」
「なら良かった。食欲、ありますか?」
「うん、ある」
即答。
「じゃぁ、どうぞ」
(食器棚の中で眠っていた)お盆に乗せた卵粥を凪紗に差し出す。
「おぉ、美味しそう……じゃぁ、いただきます」
スプーンを入れて、一口。
「ん、美味しい。こんな美味しいお粥、初めてかも……」
「まぁ、言ってもお粥ですから」
そもそも普段の食事がまともじゃないからでしょう、と思いかけた誠だったが、辛うじて飲み込んだ。
はふはふはむはむと卵粥にがっつく凪紗。気に入ったようだ。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
そうして間もなく、完食した。
「お粗末さまでした」
この食欲ならもう少しボリュームを持たせても良かったかな、と誠は空になったどんぶり鉢を下げる。
「はい、じゃぁ次は薬です」
「え?ウチにそれ、あったっけ?」
凪紗は風邪薬の瓶を見て目を丸くする。
「これは俺の家から持ってきた分です。……あ、もしかしてこの薬と相性悪いですか?」
市販の風邪薬とは言え、効き目や身体との相性に個人差はある。この場に至ってからその可能性に思い当たった誠だったが、凪紗は首を横に振る。
「うぅん、多分大丈夫。それもわざわざ持ってきてくれたんだ、ありがとうね」
「なら良かった。えーと、十五歳以上は……」
ラベルに記載されている用量を確かめてから、必要な数の錠剤を凪紗の手のひらに転がし、続けて水を差し出す。
風邪薬も無事に飲み終えたところで。
「あとこれ、冷えピタです。一応、スポーツドリンクと、もう一食文のお粥も冷蔵庫に置いてます。身体拭くためのお湯とタオルは今用意しますね」
先程衣類を畳んでいく中で見つけた、多分清潔だろうタオルと、洗面器にお湯を汲んで来て、見えやすい位置に置いておく。
「着替えは……さすがに、俺が用意するわけにはいかないんで、自分で頑張ってください」
「むしろそこまで用意してたら、怒ってたよ……」
凪紗は、あれもこれもそれもどれもと用意していく誠に訊ねた。
「ねぇ……なんでそこまでしてくれるの?」
「なんでって、他に頼れる人がいないからでしょう?一人暮らしで親兄弟がいませんし」
対する誠は、何を当然のことをとばかりごく自然に答える。
「そうじゃなくて……いくら見知った仲とは言え、いくら私が病人だからって、普通はこんなに面倒見ないよ?」
おまけに部屋もこんなんだし、と自嘲する凪紗。
「部屋がこんな状況だって自覚があるなら、少しは片付けましょうよ。まさかお米炊くのに、炊飯器の掃除から始めないといけないなんて思ってませんでした」
「うぐっ……お手数おかけしてごめんなさい、大変助かりました……」
「それに、昨夜は雨に濡れて帰ったとは言え、この部屋の様子から見ても、その後の身体のアフターケアもちゃんとしてなかったんでしょう」
「むぐぐ……」
だから風邪引いたんです、と正論を叩き込む誠に、図星を突かれまくっている凪紗は唸るしかない。
「……うん、その通りです、反省してますぅ」
不貞腐れたようにベッドに倒れ、毛布で顔を隠す凪紗。
「よし、こんなもんでいいでしょう」
用意するべきものをあらかた用意し終えたのを確認した誠は、大きく頷く。
「速水先輩、家の鍵、ここに置いておきますね」
彼女のキーケースを目につきやすい場所に置いておく。
「何て言うか……ほんとに、何から何までありがとうね」
「どういたしまして。じゃ、俺はこの辺で。また香美屋で」
「そこは学園じゃないんだ」
「学年違うから、そうそう会うこともありませんしね」
後で戸締まり忘れずに、と付け足してから、今度こそ誠は部屋を後にした。
――誠がアパートを出てから。
凪紗はベッドから身を降ろして、立ち上がる。
「(悪いことはしないって言ってたけど、さすがにね……)」
自分が寝込んでいる間に、誠は何をしていたのか。
最低でもそれを確かめてからでないと気になって眠れないだろう。
少しは覚束くようになってきた足取りでリビングに向かうと。
「……片付けてくれてる」
足の踏み場の方が少ないくらいだったリビングは、見違えるほどに片付けられていた。
衣類は丁寧に畳まれて重ねられており、雑貨や雑誌類もおおよその分類別になって一ヶ所に固められている。
キッチン周りも同様に整理整頓され、少なくとも卵粥を作るための卵の殻のひとつもゴミが残っていない辺り、誠が自分で持ち帰ったのだろう。
冷蔵庫の扉には、予備のお粥とスポーツドリンクが置いてあることが書かれたメモ書きが貼られ、冷蔵庫を開けてみれば、ラップがけされたお粥が保管されている。
本当に、何から何までやってくれたらしい。
しかも、「悪さはしない」と言う宣言通り、家捜ししたような形跡は見られない。
凪紗も、少なくとも学園内では自分がどういう目で見られているかの自覚はある。
邪な下心を隠しているつもりなのか、自分に言い寄ってくるような男子など、大抵ロクでもない。
そんな男子が速水凪紗の部屋に入る機会を得たなら、良からぬことのひとつやふたつ、いいやその程度の事で済ませるつもりは無いだろう。
にも、関わらず。
椥辻誠と言う一個下の後輩男子は、こちらが嫌がるような事は一切せずに、むしろ気遣ってさえくれた。
お粥もちょうどいい塩梅の温度で、何より美味しかった。その後で薬も用意してくれていた点も見逃せない。
それはまるで、
「何だか――おかんみたい」
梨央とはまた違う意味での、「おかん」だ。
誠本人が聞いたら「大変不本意です」と自己主張するだろうことを呟いてから。
凪紗は彼が残していった厚意に素直に甘えることにした。
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