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14話 人の部屋の中に踏み込むには、それ相応の勇気がいる
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風邪で弱っている凪紗を背負いつつ、誠は駅の南改札口に到着すると、彼女のナビゲーションに従って、そのまま高架下を抜けて北へ向かって、少し入り込んだ団地にまで来る。
「あ、そこ右に曲がって……」
「はい」
「うん、ここ……」
到着したのは、建築されてから結構な年数が経っていそうな、単身者用と思われる小さなアパートだった。
「先輩って、もしかして一人暮らしなんですか?」
「ん、そう...…」
普通に親兄弟と暮らしている裕福な家庭だと思っていた誠だったが、どうやらそうではないらしい。
「ここまででいいですか?あ、もちろん今日のことは誰にも言わないんで」
「そこは、信用してるから...…えっと、201号室。そこまでお願い……」
「了解です」
階段を登り、201号室の部屋の前まで移動して。
「はい、到着です」
「ぁ、ありがと……」
誠はゆっくりと屈んで凪紗を降ろす。
「ふー……これで、あとは大じょ、」
大丈夫、と言いながら鞄からキーケースを取り出し、鍵穴に差し込もうとした凪紗だったが、
「ぁ……」
半ば意識が混濁しているのか、背中から倒れかけ――
その寸前に、誠は腕を伸ばして彼女を支える。
「全然大丈夫じゃないでしょう。鍵、貸してください」
誠は凪紗の手から鍵を取り上げると、ドアを解錠する。
「ゃ、ちょ、待って……」
「申し訳無いですけど、部屋に上がりますよ。そんな調子じゃ、部屋の中で行き倒れそうですし」
「ぃや、そぉじゃなくて……」
問答無用とでも言わんばかりに、誠は凪紗を抱えながらドアを開けて、
――玄関から見るだけでも、至るところに物が散らかっており、とても真っ当な生活が出来ているとは思えない様相だった。
「こ れ は ……」
「……だから、待ってって言ったのに……」
懐にいる凪紗から、嘆くような呻きが聞こえた。
タイミングが悪くてたまたまこうなっているのか、それともこれが日常になっているのかは、誠に判断出来なかったが、なるほど確かにこんな有り様の部屋は見られたく無いだろう。それも、知り合いの異性が相手なら尚更。
だが、ここまで踏み込んでおきながら今さら無責任なことは出来ない、と誠は意を決して凪紗を抱えて部屋に上がる。
「その、ごめん..…」
汚部屋で申し訳ないと頭を下げる凪紗だが、
「ノーコメントです。言いたいことはありますが、今それを言っても仕方ないので」
誠はノーコメントで切り捨てた。
「はは、ノーコメントかぁ……」
床に散らばる衣類や雑誌やら雑貨などを避けながら、誠は凪紗をベッドのある部屋まで支え運んでいく。
「(こんな部屋でどうやって生活してるんだ……?)」
普通の人なら一週間、俺なら……三日も保たん、と誠は凪紗の私生活に大いに疑問を抱きながら、道無き道を往く。
凪紗を支えるより足場の確保に苦戦しながら、どうにかこうにか、ベッドのある部屋までたどり着き、凪紗を寝かしつける。
「何から何まで、ありがとね……」
「俺は先輩をここまで運んできただけですから、気にしないでください」
ベッド周りですら物が散乱している始末だ。
少なくとも、一朝一夕でこうはならないだろう。
不意に誠は脳裏に、『このまま蜻蛉返りして真っ直ぐ帰るわけにはいかないかもしれない可能性』を浮上させる。
「速水先輩……まさかとは思いますけど、今って、家に食べ物ありますか……?」
いやさすがにそこまででは無いだろう、と言うかそうでなくてくれ、と祈るように訊ねたが。
「んー……無い、かも?今晩買いにいく予定だったから...…」
「マジか」
一度悪い懸念を挙げると、物事は坂を転がり落ちるかのごとく悪いように悪いように傾いてしまうのは何故なのか。
「だ、大丈夫……風邪なら、寝れば治るし……」
風邪なら寝れば治ると言うが、こじらせれば風邪でも死ぬものだ。
このまま凪紗を放っておけば、何もしないままに寝過ごすかもしれない。
「………………」
数巡の末。
「先輩はこのまま寝といてください。すみませんけど、もうちょっとだけ鍵と、あと台所借りますよ」
「え……?」
「悪さはしませんから、そこは信じてください」
「ゃ、ちょっと、何を……?」
押し問答はさせないままに、誠は凪紗の寝室だろう部屋を出て、彼女を閉じ込めるようにドアを閉じて、冷蔵庫はどこかと探す。
さすがに下着が落ちていると思いたくはないが、もし見つけてしまったら見てみぬフリをしよう、と足場の確保に苦戦しつつも冷蔵庫を発見し、扉を開けてみると。
「ゼリー飲料ぐらいしか食べ物がない……」
冷蔵庫の中は、パウチのゼリー飲料とペットボトルの飲料がいくつか入っているだけで、ほぼすっからかんだ。
キッチン周辺を見ても、ほとんど使われた形跡が無く、むしろそこには弁当や惣菜の空容器が積まれており、その多くは値引きのシールが張られている。
パッケージデザインを見ても、誠が普段通っているスーパーと同じ系列……と言うより、同じ場所だろう。
「(この様子だと、自炊はほとんどしてないみたいだな。……となると、前に夜のスーパーで買い物していたのはたまたまじゃなくて、あの時間帯によく出入りしている、と)」
一応栄養バランスは気にしているようだけど、と惣菜サラダの空容器やカット野菜の袋、使いきったドレッシングの容器を見やる。
夜のスーパーで値引きものばかり買っていたのは、一人暮らしで出来るだけ支出を抑えたかったからか、あるいは香美屋でのコーヒー代を捻出するためか。
炊飯器もあるにはあったが、埃被っている辺りやはり使われていないようで、そもそもお米も無いかもしれない。
「(薬とか冷えピタの類いも無さそうだし……うん、俺の家から全部持ってきた方がいいな)」
結論を出した誠は、自宅から何を持ち込んでくるべきかと、その途中で何を買ってくるべきかを瞬時に列挙、すぐさま行動に移った。
「あ、そこ右に曲がって……」
「はい」
「うん、ここ……」
到着したのは、建築されてから結構な年数が経っていそうな、単身者用と思われる小さなアパートだった。
「先輩って、もしかして一人暮らしなんですか?」
「ん、そう...…」
普通に親兄弟と暮らしている裕福な家庭だと思っていた誠だったが、どうやらそうではないらしい。
「ここまででいいですか?あ、もちろん今日のことは誰にも言わないんで」
「そこは、信用してるから...…えっと、201号室。そこまでお願い……」
「了解です」
階段を登り、201号室の部屋の前まで移動して。
「はい、到着です」
「ぁ、ありがと……」
誠はゆっくりと屈んで凪紗を降ろす。
「ふー……これで、あとは大じょ、」
大丈夫、と言いながら鞄からキーケースを取り出し、鍵穴に差し込もうとした凪紗だったが、
「ぁ……」
半ば意識が混濁しているのか、背中から倒れかけ――
その寸前に、誠は腕を伸ばして彼女を支える。
「全然大丈夫じゃないでしょう。鍵、貸してください」
誠は凪紗の手から鍵を取り上げると、ドアを解錠する。
「ゃ、ちょ、待って……」
「申し訳無いですけど、部屋に上がりますよ。そんな調子じゃ、部屋の中で行き倒れそうですし」
「ぃや、そぉじゃなくて……」
問答無用とでも言わんばかりに、誠は凪紗を抱えながらドアを開けて、
――玄関から見るだけでも、至るところに物が散らかっており、とても真っ当な生活が出来ているとは思えない様相だった。
「こ れ は ……」
「……だから、待ってって言ったのに……」
懐にいる凪紗から、嘆くような呻きが聞こえた。
タイミングが悪くてたまたまこうなっているのか、それともこれが日常になっているのかは、誠に判断出来なかったが、なるほど確かにこんな有り様の部屋は見られたく無いだろう。それも、知り合いの異性が相手なら尚更。
だが、ここまで踏み込んでおきながら今さら無責任なことは出来ない、と誠は意を決して凪紗を抱えて部屋に上がる。
「その、ごめん..…」
汚部屋で申し訳ないと頭を下げる凪紗だが、
「ノーコメントです。言いたいことはありますが、今それを言っても仕方ないので」
誠はノーコメントで切り捨てた。
「はは、ノーコメントかぁ……」
床に散らばる衣類や雑誌やら雑貨などを避けながら、誠は凪紗をベッドのある部屋まで支え運んでいく。
「(こんな部屋でどうやって生活してるんだ……?)」
普通の人なら一週間、俺なら……三日も保たん、と誠は凪紗の私生活に大いに疑問を抱きながら、道無き道を往く。
凪紗を支えるより足場の確保に苦戦しながら、どうにかこうにか、ベッドのある部屋までたどり着き、凪紗を寝かしつける。
「何から何まで、ありがとね……」
「俺は先輩をここまで運んできただけですから、気にしないでください」
ベッド周りですら物が散乱している始末だ。
少なくとも、一朝一夕でこうはならないだろう。
不意に誠は脳裏に、『このまま蜻蛉返りして真っ直ぐ帰るわけにはいかないかもしれない可能性』を浮上させる。
「速水先輩……まさかとは思いますけど、今って、家に食べ物ありますか……?」
いやさすがにそこまででは無いだろう、と言うかそうでなくてくれ、と祈るように訊ねたが。
「んー……無い、かも?今晩買いにいく予定だったから...…」
「マジか」
一度悪い懸念を挙げると、物事は坂を転がり落ちるかのごとく悪いように悪いように傾いてしまうのは何故なのか。
「だ、大丈夫……風邪なら、寝れば治るし……」
風邪なら寝れば治ると言うが、こじらせれば風邪でも死ぬものだ。
このまま凪紗を放っておけば、何もしないままに寝過ごすかもしれない。
「………………」
数巡の末。
「先輩はこのまま寝といてください。すみませんけど、もうちょっとだけ鍵と、あと台所借りますよ」
「え……?」
「悪さはしませんから、そこは信じてください」
「ゃ、ちょっと、何を……?」
押し問答はさせないままに、誠は凪紗の寝室だろう部屋を出て、彼女を閉じ込めるようにドアを閉じて、冷蔵庫はどこかと探す。
さすがに下着が落ちていると思いたくはないが、もし見つけてしまったら見てみぬフリをしよう、と足場の確保に苦戦しつつも冷蔵庫を発見し、扉を開けてみると。
「ゼリー飲料ぐらいしか食べ物がない……」
冷蔵庫の中は、パウチのゼリー飲料とペットボトルの飲料がいくつか入っているだけで、ほぼすっからかんだ。
キッチン周辺を見ても、ほとんど使われた形跡が無く、むしろそこには弁当や惣菜の空容器が積まれており、その多くは値引きのシールが張られている。
パッケージデザインを見ても、誠が普段通っているスーパーと同じ系列……と言うより、同じ場所だろう。
「(この様子だと、自炊はほとんどしてないみたいだな。……となると、前に夜のスーパーで買い物していたのはたまたまじゃなくて、あの時間帯によく出入りしている、と)」
一応栄養バランスは気にしているようだけど、と惣菜サラダの空容器やカット野菜の袋、使いきったドレッシングの容器を見やる。
夜のスーパーで値引きものばかり買っていたのは、一人暮らしで出来るだけ支出を抑えたかったからか、あるいは香美屋でのコーヒー代を捻出するためか。
炊飯器もあるにはあったが、埃被っている辺りやはり使われていないようで、そもそもお米も無いかもしれない。
「(薬とか冷えピタの類いも無さそうだし……うん、俺の家から全部持ってきた方がいいな)」
結論を出した誠は、自宅から何を持ち込んでくるべきかと、その途中で何を買ってくるべきかを瞬時に列挙、すぐさま行動に移った。
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