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12話 雨の日は滑りやすい、誇張ではない
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他の常連客は雨に降られる前に退散しているので、現時点で香美屋にいるお客は凪紗だけだ。
今の話題は、"不攻不落の速水城塞“に挑む凡愚がまた一人討ち取られて塵芥に成り果てた(意訳)、と言う話だ。
「なんと言いますか、その人らも懲りないですね?」
「まぁね……モテる女って辛いわー、って言って済むならそう言いたいくらい。いちいちお断りの返事をするのも面倒になるよ」
もーやだ、と凪紗はカウンター席の上に突っ伏すように上体を預ける。
こんな気も身体の力も抜いたような凪紗を見たら、"不攻不落の速水城塞“しか知らない者なら卒倒するか、優しく慰めてつけこもうとするかのどちらかだろう。どっちにしろロクでもないが。
「(よっぽどこの店が、先輩にとっての心の拠り所なんだな……)」
自宅とここ以外では気を抜くことさえ出来ないのか、と誠は言葉に出さずに凪紗に同情した。
ホットブレンドを一杯オーダーしてちびちびと飲みながら、マスターや誠と雑談に花を咲かせていた凪紗だったが、ふと店内の壁時計に目をやる。
時刻は既に18時前、もう辺りは暗くなっているだろう。
「……さて、と。そろそろ覚悟を決めようかな」
フー、と溜め息をついた。
「覚悟を決めるって……あぁ、雨だからか」
誠は、凪紗が何に覚悟を決めたのかを察し取る。
外はまだ雨が降っている。
そして、凪紗は傘を持っていない。
雨に濡れながら走って帰るつもりのようだ。
「あの、良かったら俺の傘、貸しますよ。折り畳みで良ければ、ですけど」
「うぅん、大丈夫。雨を避けて帰るから」
「それは人間業じゃないですね……」
雨を避けて帰ると言っている凪紗だが、さすがにそれは不可能だろう。
「君が私に傘を貸したら、君が濡れるだけだよ。私のことならお構い無く」
でもまぁ、と。
「君はそう言うところが紳士で、……だから、他の男子とは違うのかな……」
「え?」
紳士で、のあとの声が小さくて聞こえなかった誠は聞き返そうとするが、
お会計して、と席を立って財布を取り出す凪紗に、誠はレジに回って、ホットブレンド一杯の代金を読み上げる。
「ホットブレンド、450円です」
「はい、500円で」
500円玉を差し出す凪紗に、誠は「50円のお返しです」と50円玉を手渡し返す。
「ん。それじゃぁマスター、椥辻くん、ごちそうさまでした」
「速水ちゃん、気を付けて帰ってな」
「先輩もお気を付けて」
マスターと誠に見送られながら、地上へ上がった凪紗だが。
ドバババババ、と雨が出したらいけないような音を上げながら、センター街を水没させん勢いで降り頻っている。
「生きて帰れるかなぁ……」
ブレザーの上着を脱いで鞄の中に押し込むと、一気に駆け出
べちゃん、と思い切り水溜まりに足を滑らせて転んでしまった。
「………………さい、あく」
口にしてしまった水溜まりの雨水をべっべっと吐き出してから、凪紗はもう一度走り出した。
香美屋の閉店時刻を迎え、誠が店を出る頃には雨は止んでおり、傘無しでも問題なく帰れるような状態だった。
これなら先輩に傘貸してもよかったな、と思いつつ、誠はのんびりとセンター街を抜けて自宅への帰路を辿る。
「(速水先輩、大丈夫かな……)」
雨を避けて帰るから、と言っていた凪紗だが、それは誠に気遣わせないための方便を面白おかしく喩えただけだ。
地下にいた自分でさえ聞こえていたほどに、先ほどの雨は強かったのだから、それほどの豪雨の中を生身で突っ切るのは自殺行為ですらあるだろう。
もし誠があの豪雨の中を傘無しで帰宅するともなれば、最寄りのコンビニでビニール傘を買っていたところだ。
自分が心配しても仕方ないのと、"不攻不落の速水城塞“が雨に濡れたぐらいで弱るほどヤワでは無いだろう、と勝手に思い込むことにした。
帰宅した誠は、冷蔵庫の有り合わせで夕食を作り、それも食べ終えて洗い物をしている最中、ふと思い出したことがあった。
「(速水先輩、無事に帰れたかな……)」
RINEでメッセージのひとつでも送っておこうと思い、洗い物を終えて手を拭いてからスマートフォンを手にとってアプリを開いて、「あっ」と思わず声を上げた。
「そう言えば俺、先輩の連絡先知らなかったな……」
当たり前と言えば当たり前なのだが、凪紗とは香美屋でよく顔を合わせる間柄ではあるが、その関係はあくまでも店員とお客様と言うものだ。
いつの間にか親しくなった"つもり“だった、と誠は自嘲気味に呟いた。
確かに他の同年代の男子らと比べればまだ親しい――と言うよりマシな――方かもしれないが、凪紗からすれば誠など大勢の男子の中の一人で、"不攻不落の速水城塞“を攻略しようとしない変わり者、ぐらいの認識だろう。
その程度――知り合い以上友人未満な後輩男子と連絡先の交換などするような"不攻不落の速水城塞“では無いとさえ思った。
けれど、そんな非の打ち所も向かうところの敵も無し、絶対無敗の"不攻不落の速水城塞“は――多分、周囲が思っているほどガチガチの堅牢堅固でアリの子一匹通さぬ鉄壁、でも無いかもしれない。
学園内ではそう見せないように心を尖らせて警戒しているだけなのかもしれないが、学園の外の凪紗は、意外と抜けているところもある。
それらを知っている、見たことがある誠にとって、学園内の凪紗では見えない一面を見知っていると言う、優越感とも言えない優越感が無くも無かったが、
「(俺がそんなこと気にしても仕方ない、のは分かってるんだけど)」
なんか、こう、気になる存在なのだ。
それが恋愛感情なのかどうかは誠に判断出来ず、だからといってそれを理由に宝くじでも買うように"不攻不落の速水城塞“攻略に名を挙げるつもりなどこれっぽっちも無い。
意味も理由も無い、ただ何となく気になる、本当にそれだけなのだ。
「なんか、さっきから速水先輩の心配ばっかりしてるな、俺」
いかんいかん、と誠は頭を振って、凪紗のことは一旦頭の片隅に追いやり、気分転換も含めて入浴することにした。
今の話題は、"不攻不落の速水城塞“に挑む凡愚がまた一人討ち取られて塵芥に成り果てた(意訳)、と言う話だ。
「なんと言いますか、その人らも懲りないですね?」
「まぁね……モテる女って辛いわー、って言って済むならそう言いたいくらい。いちいちお断りの返事をするのも面倒になるよ」
もーやだ、と凪紗はカウンター席の上に突っ伏すように上体を預ける。
こんな気も身体の力も抜いたような凪紗を見たら、"不攻不落の速水城塞“しか知らない者なら卒倒するか、優しく慰めてつけこもうとするかのどちらかだろう。どっちにしろロクでもないが。
「(よっぽどこの店が、先輩にとっての心の拠り所なんだな……)」
自宅とここ以外では気を抜くことさえ出来ないのか、と誠は言葉に出さずに凪紗に同情した。
ホットブレンドを一杯オーダーしてちびちびと飲みながら、マスターや誠と雑談に花を咲かせていた凪紗だったが、ふと店内の壁時計に目をやる。
時刻は既に18時前、もう辺りは暗くなっているだろう。
「……さて、と。そろそろ覚悟を決めようかな」
フー、と溜め息をついた。
「覚悟を決めるって……あぁ、雨だからか」
誠は、凪紗が何に覚悟を決めたのかを察し取る。
外はまだ雨が降っている。
そして、凪紗は傘を持っていない。
雨に濡れながら走って帰るつもりのようだ。
「あの、良かったら俺の傘、貸しますよ。折り畳みで良ければ、ですけど」
「うぅん、大丈夫。雨を避けて帰るから」
「それは人間業じゃないですね……」
雨を避けて帰ると言っている凪紗だが、さすがにそれは不可能だろう。
「君が私に傘を貸したら、君が濡れるだけだよ。私のことならお構い無く」
でもまぁ、と。
「君はそう言うところが紳士で、……だから、他の男子とは違うのかな……」
「え?」
紳士で、のあとの声が小さくて聞こえなかった誠は聞き返そうとするが、
お会計して、と席を立って財布を取り出す凪紗に、誠はレジに回って、ホットブレンド一杯の代金を読み上げる。
「ホットブレンド、450円です」
「はい、500円で」
500円玉を差し出す凪紗に、誠は「50円のお返しです」と50円玉を手渡し返す。
「ん。それじゃぁマスター、椥辻くん、ごちそうさまでした」
「速水ちゃん、気を付けて帰ってな」
「先輩もお気を付けて」
マスターと誠に見送られながら、地上へ上がった凪紗だが。
ドバババババ、と雨が出したらいけないような音を上げながら、センター街を水没させん勢いで降り頻っている。
「生きて帰れるかなぁ……」
ブレザーの上着を脱いで鞄の中に押し込むと、一気に駆け出
べちゃん、と思い切り水溜まりに足を滑らせて転んでしまった。
「………………さい、あく」
口にしてしまった水溜まりの雨水をべっべっと吐き出してから、凪紗はもう一度走り出した。
香美屋の閉店時刻を迎え、誠が店を出る頃には雨は止んでおり、傘無しでも問題なく帰れるような状態だった。
これなら先輩に傘貸してもよかったな、と思いつつ、誠はのんびりとセンター街を抜けて自宅への帰路を辿る。
「(速水先輩、大丈夫かな……)」
雨を避けて帰るから、と言っていた凪紗だが、それは誠に気遣わせないための方便を面白おかしく喩えただけだ。
地下にいた自分でさえ聞こえていたほどに、先ほどの雨は強かったのだから、それほどの豪雨の中を生身で突っ切るのは自殺行為ですらあるだろう。
もし誠があの豪雨の中を傘無しで帰宅するともなれば、最寄りのコンビニでビニール傘を買っていたところだ。
自分が心配しても仕方ないのと、"不攻不落の速水城塞“が雨に濡れたぐらいで弱るほどヤワでは無いだろう、と勝手に思い込むことにした。
帰宅した誠は、冷蔵庫の有り合わせで夕食を作り、それも食べ終えて洗い物をしている最中、ふと思い出したことがあった。
「(速水先輩、無事に帰れたかな……)」
RINEでメッセージのひとつでも送っておこうと思い、洗い物を終えて手を拭いてからスマートフォンを手にとってアプリを開いて、「あっ」と思わず声を上げた。
「そう言えば俺、先輩の連絡先知らなかったな……」
当たり前と言えば当たり前なのだが、凪紗とは香美屋でよく顔を合わせる間柄ではあるが、その関係はあくまでも店員とお客様と言うものだ。
いつの間にか親しくなった"つもり“だった、と誠は自嘲気味に呟いた。
確かに他の同年代の男子らと比べればまだ親しい――と言うよりマシな――方かもしれないが、凪紗からすれば誠など大勢の男子の中の一人で、"不攻不落の速水城塞“を攻略しようとしない変わり者、ぐらいの認識だろう。
その程度――知り合い以上友人未満な後輩男子と連絡先の交換などするような"不攻不落の速水城塞“では無いとさえ思った。
けれど、そんな非の打ち所も向かうところの敵も無し、絶対無敗の"不攻不落の速水城塞“は――多分、周囲が思っているほどガチガチの堅牢堅固でアリの子一匹通さぬ鉄壁、でも無いかもしれない。
学園内ではそう見せないように心を尖らせて警戒しているだけなのかもしれないが、学園の外の凪紗は、意外と抜けているところもある。
それらを知っている、見たことがある誠にとって、学園内の凪紗では見えない一面を見知っていると言う、優越感とも言えない優越感が無くも無かったが、
「(俺がそんなこと気にしても仕方ない、のは分かってるんだけど)」
なんか、こう、気になる存在なのだ。
それが恋愛感情なのかどうかは誠に判断出来ず、だからといってそれを理由に宝くじでも買うように"不攻不落の速水城塞“攻略に名を挙げるつもりなどこれっぽっちも無い。
意味も理由も無い、ただ何となく気になる、本当にそれだけなのだ。
「なんか、さっきから速水先輩の心配ばっかりしてるな、俺」
いかんいかん、と誠は頭を振って、凪紗のことは一旦頭の片隅に追いやり、気分転換も含めて入浴することにした。
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