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10話 文化祭の目玉はメイド喫茶と相場が決まっている
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誠が香美屋で働くようになってから。
彼の礼儀正しさと、まっすぐで真摯な働きぶりは常連客からの反応も良く、既に何人かのお喋りなお客からは、世間話をするようにもなっていた。
その常連客の中には凪紗の姿もあり、すっかり彼女にも顔と名前を覚えられた。
誠は、渉や早苗に対しても、"不攻不落の速水城塞"こと凪紗が香美屋によく出入りしていることは話さなかった。
彼女は朝夕問わず、友人や家族を連れずに必ず一人で来店することだと気付いたからだ。
誠が知り得ない範囲では友人や家族と一緒に来たことはあるのかもしれないが、それなりの頻度で来店しているにも関わらず。
つまり凪紗は、実質的に一人になりたくて香美屋に足繁く通っているのだろう。それこそ友人や家族にも自分がここでコーヒーを傾けていることを教えることもせずに。
誠自身も友人達に凪紗のことを話さないのも、それを他人に話す必要性が無いからと言う建前もあるが、学園では気が休まらないだろう彼女の憩いの時間と場所を他人に触れ回ることへの躊躇いの方が強い。
もし不用意に話してそれが知れ渡れば、凪紗とお近づきになろうとする輩が香美屋に押し掛けてくる可能性もあり、そうなっては店の迷惑になるだろう。
それは避けねばなるまい、と誠は口を固くしたところで。
「――はいと言うわけで、本年度文化祭、我がクラスの出し物は、お化け屋敷に決定!!」
黒板の前で、渉がチョークを片手にそう宣言した。
先日に誠と早苗がバーガーショップでぼやくように話していた、文化祭の出し物についてのロングホームルームだ。
最初の鬼門たる実行委員決めは、渉が自ら買って出たため滞りなく決まり、その後の出し物についても、熾烈な票数争いの結果選ばれたのがお化け屋敷だった。
「(お化け屋敷か……普通に駄菓子屋が良かったんだけどな……)」
自分が希望したものとは違う結果にちょっと落胆した誠だったが、決まったものは仕方ないとして割り切る。
「(……速水先輩のクラス、三年三組は何やるんだろう)」
香美屋で働くようになってから、何かと凪紗と顔を合わせて会話することが増えたためか、ふとそう思ってしまった。
「へぇ、椥辻くんのクラスの出し物、お化け屋敷なんだ」
放課後、香美屋に働きに来た誠と、お客として来た凪紗は、文化祭の出し物について話していた。
もちろん、そう話している合間にも誠の仕事の手は止まることは無いため、マスターも横合いから「文化祭か、懐かしいなぁ」と呟いている。
「俺個人としては、無難な駄菓子屋さんでいきたかったんですけどね」
決まっちゃったものは仕方ないですけど、と付け足す誠は、先のロングホームルームで思ったことを凪紗に訊ねてみた。
「速水先輩のクラスは、何をやるんですか?」
「ん?あー……えぇと……」
出し物が何かを訊かれただけなのだが、凪紗はどこか気まずそうに視線を泳がせる。
何か気が乗らない出し物になってしまったのかと思った誠だったが、相手が話していて自分だけ話さないのも具合が悪いと思ったのか、凪紗はもう少しだけ躊躇ってから。
「ウチのクラス……演劇、なんだよね」
「演劇。いいじゃないですか。演目は?」
「オリジナルストーリー。クラスにネット小説書いてる子がいるから、その子の投稿作品を演劇化するって話になって」
「ははぁ、それはまたすごいですね……」
小説として完成した作品が脚本となって演劇化されると言うのだ、その生徒への期待や重圧は相当なものだろう。
「それで、速水先輩は何をするんですか?まさか主演とか……」
「………………そうなの」
フーーーーー、と凪紗は深い溜め息をついた。
「私、ヒロイン役。イコール、主演」
「………………マジですか」
何の気なしに言ったつもりが、まさにその通りだったとは。
「え、でも速水先輩が主演なら、見映えもいいんじゃ?」
「つまり、私が主演じゃなかったらその時点でアウトと」
「誰もそんなこと言ってませんって」
「言っては無いけど、多くの人がそう思ってる。私の思い込みだけじゃないよ。実際、演劇に決まった時に半ば強制的に主演にされたから」
「それは……」
周囲からの同調圧力を受けて、断るに断れない状況――外堀を埋められたと言うことだ。
「はぁ……文化祭、中止にならないかなぁ」
陰鬱、心底陰鬱そうに凪紗はぼやいた。
「何もそこまで言わなくても」
「そこまで言うよ。たたでさえ『"不攻不落の速水城塞"に敗北する』のが学園の名物と言うか風物詩化してるのに、……よくよく考えたら、学園の名物とか風物詩そのものになるって、私ってわりとすごくない?」
「すごいとは思いますけど、速水先輩的にはこれっぽっちも嬉しく無さそうですね?」
「うんまぁね」
くい、とコーヒーカップを傾けてコーヒーを飲み干す凪紗。
「目立たない役割になって、ひっそり文化祭を終えるつもりだったのに...…」
「……そう言えば速水先輩、去年の文化祭って確か、メイド喫」
「椥辻くん、それは禁句。言わないお約束。……その日から一週間くらい、私とお付き合いしたいと言う建前の"城塞攻略"の人数が倍に増えたから」
「うわぁ……」
一体何人の男子が、この見目麗しい黒髪ロングの美少女に挑んでは蹴り飛ばされて踏み潰されたのやら。
恐るべし速水城塞、と思いはしても決して口には出すまいと誠はまた一段口を固くすると誓った。
彼の礼儀正しさと、まっすぐで真摯な働きぶりは常連客からの反応も良く、既に何人かのお喋りなお客からは、世間話をするようにもなっていた。
その常連客の中には凪紗の姿もあり、すっかり彼女にも顔と名前を覚えられた。
誠は、渉や早苗に対しても、"不攻不落の速水城塞"こと凪紗が香美屋によく出入りしていることは話さなかった。
彼女は朝夕問わず、友人や家族を連れずに必ず一人で来店することだと気付いたからだ。
誠が知り得ない範囲では友人や家族と一緒に来たことはあるのかもしれないが、それなりの頻度で来店しているにも関わらず。
つまり凪紗は、実質的に一人になりたくて香美屋に足繁く通っているのだろう。それこそ友人や家族にも自分がここでコーヒーを傾けていることを教えることもせずに。
誠自身も友人達に凪紗のことを話さないのも、それを他人に話す必要性が無いからと言う建前もあるが、学園では気が休まらないだろう彼女の憩いの時間と場所を他人に触れ回ることへの躊躇いの方が強い。
もし不用意に話してそれが知れ渡れば、凪紗とお近づきになろうとする輩が香美屋に押し掛けてくる可能性もあり、そうなっては店の迷惑になるだろう。
それは避けねばなるまい、と誠は口を固くしたところで。
「――はいと言うわけで、本年度文化祭、我がクラスの出し物は、お化け屋敷に決定!!」
黒板の前で、渉がチョークを片手にそう宣言した。
先日に誠と早苗がバーガーショップでぼやくように話していた、文化祭の出し物についてのロングホームルームだ。
最初の鬼門たる実行委員決めは、渉が自ら買って出たため滞りなく決まり、その後の出し物についても、熾烈な票数争いの結果選ばれたのがお化け屋敷だった。
「(お化け屋敷か……普通に駄菓子屋が良かったんだけどな……)」
自分が希望したものとは違う結果にちょっと落胆した誠だったが、決まったものは仕方ないとして割り切る。
「(……速水先輩のクラス、三年三組は何やるんだろう)」
香美屋で働くようになってから、何かと凪紗と顔を合わせて会話することが増えたためか、ふとそう思ってしまった。
「へぇ、椥辻くんのクラスの出し物、お化け屋敷なんだ」
放課後、香美屋に働きに来た誠と、お客として来た凪紗は、文化祭の出し物について話していた。
もちろん、そう話している合間にも誠の仕事の手は止まることは無いため、マスターも横合いから「文化祭か、懐かしいなぁ」と呟いている。
「俺個人としては、無難な駄菓子屋さんでいきたかったんですけどね」
決まっちゃったものは仕方ないですけど、と付け足す誠は、先のロングホームルームで思ったことを凪紗に訊ねてみた。
「速水先輩のクラスは、何をやるんですか?」
「ん?あー……えぇと……」
出し物が何かを訊かれただけなのだが、凪紗はどこか気まずそうに視線を泳がせる。
何か気が乗らない出し物になってしまったのかと思った誠だったが、相手が話していて自分だけ話さないのも具合が悪いと思ったのか、凪紗はもう少しだけ躊躇ってから。
「ウチのクラス……演劇、なんだよね」
「演劇。いいじゃないですか。演目は?」
「オリジナルストーリー。クラスにネット小説書いてる子がいるから、その子の投稿作品を演劇化するって話になって」
「ははぁ、それはまたすごいですね……」
小説として完成した作品が脚本となって演劇化されると言うのだ、その生徒への期待や重圧は相当なものだろう。
「それで、速水先輩は何をするんですか?まさか主演とか……」
「………………そうなの」
フーーーーー、と凪紗は深い溜め息をついた。
「私、ヒロイン役。イコール、主演」
「………………マジですか」
何の気なしに言ったつもりが、まさにその通りだったとは。
「え、でも速水先輩が主演なら、見映えもいいんじゃ?」
「つまり、私が主演じゃなかったらその時点でアウトと」
「誰もそんなこと言ってませんって」
「言っては無いけど、多くの人がそう思ってる。私の思い込みだけじゃないよ。実際、演劇に決まった時に半ば強制的に主演にされたから」
「それは……」
周囲からの同調圧力を受けて、断るに断れない状況――外堀を埋められたと言うことだ。
「はぁ……文化祭、中止にならないかなぁ」
陰鬱、心底陰鬱そうに凪紗はぼやいた。
「何もそこまで言わなくても」
「そこまで言うよ。たたでさえ『"不攻不落の速水城塞"に敗北する』のが学園の名物と言うか風物詩化してるのに、……よくよく考えたら、学園の名物とか風物詩そのものになるって、私ってわりとすごくない?」
「すごいとは思いますけど、速水先輩的にはこれっぽっちも嬉しく無さそうですね?」
「うんまぁね」
くい、とコーヒーカップを傾けてコーヒーを飲み干す凪紗。
「目立たない役割になって、ひっそり文化祭を終えるつもりだったのに...…」
「……そう言えば速水先輩、去年の文化祭って確か、メイド喫」
「椥辻くん、それは禁句。言わないお約束。……その日から一週間くらい、私とお付き合いしたいと言う建前の"城塞攻略"の人数が倍に増えたから」
「うわぁ……」
一体何人の男子が、この見目麗しい黒髪ロングの美少女に挑んでは蹴り飛ばされて踏み潰されたのやら。
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