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7話 休日の先輩は朝一番にやって来る

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 翌朝。
 今日は朝から香美屋で働く予定である誠は、平日と同じ時間帯に起きて、登校とほぼ同じ時間帯で自宅を出る。普段と違うとすれば、服装は制服ではなくて仕事着で、行き先も学園ではなく、喫茶店であることだが。

 駅前は朝の通勤ラッシュで立て込んでいるが、センター街は至って静かなもので、一部を除いてどこの店舗も開店準備を急いでいるようだ。
 それらを通り過ごして、香美屋へ続く地下階段を降りていく。

 香美屋の開店時間は朝の八時からだが、開店準備もあって、誠は二十分ほど早い時間に店に入る。

「おはようございます、マスター」

「おぉ、椥辻君おはよう。まだ開店の二十分前なのに、感心感心」

「すぐに着替えてきますね」

 カウンターの奥の部屋に入り、上着を脱いでエプロンを着けて、すぐに表に出る。

「朝っていうと、モーニングメニューとかありますよね?」

「そうそう。メニューはこれだけど、もしお客さんが混まなければ、椥辻君にコーヒーの淹れ方とか教えて、実際にやってもらおうと思ってね」

 マスターはモーニングメニューの冊子を誠に手渡す。

「入って二日目なのに、俺がやっていいんですか?正しいコーヒーの淹れ方とか、やったことないんですけど」

 パックのコーヒーなら分かりますけど、と付け足す誠だが、マスターは「いやいや」と首を横に振る。

「任せきりにはしないよ。僕が教えることをちゃんと出来るかどうか、確認しながらね」

「あぁ、それはそうですよね」

 誠がモーニングメニューの冊子を読んでいる内にも、開店時間の八時になり、早速最初のお客が来店し――

「おはようございま、……あ」

 最初のお客とは、昨夜にも会った凪紗だった。
 休日は開店に合わせて来ることもあるんだなと思いつつも、誠はしっかり従業員としての挨拶をする。

「いらっしゃいませ、速水先輩」

「おぉ、速水ちゃん。今日もいらっしゃい」

「お、おはようございます」

 戸惑ったような様子を見せた凪紗は、誠とマスターを見比べて――誠の方に目を向ける。

「えっと、君……なぎ、なた?くん、だっけ?」

 朝から物騒な呼び方をする凪紗。
   
「薙刀じゃなくて、椥辻ですよ。椥辻誠」

 珍しい名字かもしれませんけど、と付け足す誠。

「そうそう、椥辻くんだった」

 ごめんごめんと特に悪びれた風もなくカウンター席に着いて、早速オーダーする。

「マスター、今日はモーニングのCで」

「お、Cとは珍しいね?よし、すぐに用意しよう」

 早速調理にかかるマスターの隣で、誠は「モーニングのCってどれだっけ」とメニュー冊子を開き直す。
 ドリンクとバタートースト、スクランブルエッグにソーセージとレタスサラダを添えた、他のモーニングメニューと比べてもボリュームのある"朝食“らしいものだ。

「椥辻君、卵溶いてもらっていいかな?」

「あっ、はい!」

 早速マスターからの指示を受け、誠はすぐに冷蔵庫から卵を取り出し、ボウルに割り入れて、塩コショウを少し入れた上で菜箸でかき混ぜていく。

 程なくして、厚めに切り出した山型パンをトースターに入れたマスターが代わり、溶き卵とソーセージを炒めている間にレタスを刻み、それも終えればすぐにコーヒー豆を挽いていく。

 あれよあれよの内にコーヒーの香りが漂い始め、スクランブルエッグとソーセージの焼ける音が届く。

「椥辻君、スクランブルエッグとソーセージ、レタス、それとプチトマト、写真のように盛り付けてくれる?」

「はい」
 
 次なる指示を受け、誠は平皿を棚から取り出し、メニュー冊子の写真を見ながら、スクランブルエッグとソーセージ、レタスサラダ、プチトマトを盛り付けていく。



「手慣れてるね」

 ふと、オーダーしてからは黙ってお冷やをちびちびと飲んでいた凪紗が、盛り付けている誠の手付きを見てそう話し掛けた。

「え?あ、はい。これくらいなら、飲食店のバイトで何度もやったことあるんで」

「へぇ、そうなんだ」

 自分で食べる分の盛り付けは適当だが、お客へ提供する場合は異なる。
 極力写真の通りに近付けなければならないものだが、それなりの場数を踏んできている誠にとっては、適度な緊張感を持った上で正確に実行出来る。
 尤も、一人暮らしで普段から自炊に慣れているからと言うのもあるのだが。

 盛り付けも終わったところで、トースターから厚切りのトーストが上がり、その上にブロックバターを乗せられ、ゆっくりと溶け染み込んでいく。

 最後にマスター手ずから焙煎したオリジナルブレンドも添えれば。

「はい、モーニングCセット、お待たせしました」

 一度カウンターを出て、誠はバタートースト、スクランブルエッグとソーセージとレタス、コーヒーを一皿ずつ凪紗の手元に丁寧に置いていく。

「うん、ありがと」

「ごゆっくりどうぞ」

 一礼する誠。

 しかしその一礼を見た凪紗は「ふふっ」とおかしそうに小さく笑った。

「なんだか執事さんみたいだね」

「え……え、まぁ、ウェイターの経験もあるんで...…」

 一瞬、凪紗の微笑に見惚れかけた誠だが、慌ててカウンターに戻る。

「(……やばい、なんと言うか、さすが速水先輩だ)」

 学園の男子が躍起になるのも頷ける、とは声に出さずに。

「すいませんマスター、お冷や飲んでもいいですか?」

「あぁ、どうぞ」

 一言断ってから、コップにお冷やを注いで、飲み干す。

「……ふぅ、暑い暑い」

 顔の火照りを誤魔化すように。
 そんな誠の様子を微笑ましげに見ているマスターの視線には気付くこともなく。
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