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6話 時が変われば人も変わる
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香美屋での勤務を終えた誠は、帰りにスーパーに寄ろうと予定していた。
「(結構遅くなったな……今日のお買い得品が残ってればいいけど)」
いつもならバイトの入っていない日の、下校ついでに買い物を済ませるのだが、今日はタイミング悪く使いきってしまった食材が多く、今晩はともかく、明日の朝食を作るためには、冷蔵庫の中が心許ない。
加えて、明日は土曜日で授業はなく、朝から昼前まで香美屋で勤務だ。
明日の朝はしっかり食べておかないと、勤務の終わりまで保たないのもあって、まだスーパーが開いている今しか買い物が出来ない。
腹も減ったし早く済ませて帰ろう、と誠は足を速めてスーパーへ向かう。
日も暮れた夕食時が過ぎてもなお、深夜手前のスーパーはそれなりに混雑している。
それと言うのも、この時間帯は学校や仕事帰りの学生やサラリーマン、夕食時が遅い家庭の主婦など、店が閉まる前に買い込んでおきたい客層だ。
この時間帯のスーパーは初めてかもな、と呟く誠もその一人。
「(さて……何があるかなと)」
とりあえずは常日頃から使っている野菜などを買い物カゴに並べる。
調味料の類いはまだ余裕があったはずだと、冷蔵庫と戸棚の中を思い浮かべながら、弁当や惣菜のコーナーを通りかかると、特にこの辺りに買い物客が集まっていることに気付く。
「(そうか、値引きもの狙いか)」
見れば、弁当や惣菜の多くは"30%引き"や"半額“のシールが貼られている。
この時間帯が夕食時と言う人にとっては、安く食べ物が買えるちょうど良いタイミングと言えるだろう。
まぁ買わなくていいか、と誠はそこを通り過ぎようとして、
「うーん……この時間なら、そろそろ半額になるはずだけどな……」
ジャージ姿の見目麗しい黒髪の美少女――凪紗が、惣菜のパックを手にラベルシールとにらめっこをしている。
……というよりも、
「(…………なんでこんなところで、しかもこんな時間に、速水先輩がいるんだ!?)」
何故と言うならそりゃ買い物しに来たに決まってるか、と自己完結しかけた誠だったが。
すると凪紗は、近くで半額の値引きシールをラベラーで貼り付けている店員に声をかけて。
「あの、これって半額になりますか?」
「あ、なりますよ。先にシールだけ貼っときますね」
半額シールを貼ってもらって。
「ありがとうございます」
嬉しそうに買い物カゴに半額処理が為された惣菜パックを入れた。
孤高でクールな速水凪紗が、半額品を狙って買い物している。
その様子を遠巻きに見ていた誠は「見なかったことにしよう」と、この場をそっと立ち去ろうとして、
「あっ」
何気なく振り返った凪紗と目が合ってしまった。
「……」
「…………」
「「………………」」
しばし無言のまま見つめあったところで。
「えっと……こんばんは、速水先、輩?」
とりあえず無難な夜の挨拶をする誠。
しかし、
「………………」
凪紗は何事も無かったかのように踵を返して、けれどその場から逃げ出し――その拍子に足が縺れて、
どんがらずべたーん!!と前のめりに転んでカゴを引っくり返し、カゴに入っていたものを床にばらまいてしまった。
「ちょっ、ちょっ、大丈夫ですか先輩!?」
誠も慌てて凪紗を追いかけて、転んでしまった彼女に手を差し伸べる。
「いっつつ……あ、う、うん……ありがと……」
凪紗の手を掴んで起き上がらせて、散らばってしまったものを拾い集めて。
「大丈夫、ちょっと崩れてますけど十分食べられますよ」
凪紗のカゴにあったものの中で、惣菜パックのそれは中身が崩れたりしていたが、蓋が開いてしまうようなことはなかった。
「………………」
「速水先輩?どうしました?」
気まずそうに、ばつの悪そうに顔を背けている凪紗に、どうしたのかと訊ねる誠。
「…………」
答えに窮する凪紗。
ふと、誠は凪紗の今の姿を見る。
スポーティーなジャージを緩く着ているその様は部屋着のそれだろう。
"オフ“のところを顔見知りに見られたくなかったのだろうかと思いかけたところで、
「……ごめん、私もう行くから」
強引に話を終わらせるように、凪紗はレジへと向かって行った。
それを呆然と見送ってしまった誠は「やっぱり見られたくなかったんだな」と、少し申し訳ない気分になった。
そう言えば、と誠は凪紗が先ほど買い物カゴに詰めていたものを思い浮かべる。
弁当や惣菜と言った出来合い、それも半額処理が為されたものばかりだった。
その上、鮮度時間を確かめて半額になるかどうかを店員に催促までしていた。
加えて、凪紗の服装から見ても、何かの帰りついでにと言うよりも、最初からこの時間帯――弁当や惣菜が値引きになるタイミング――を見計らってスーパーに来ていたのかもしれない。
単に夜食が欲しかっただけだろう、と誠はそれ以上の憶測をやめて、自分の買い物を続けることにした。
帰宅してすぐに夕食を作り、それを食べている合間。
「(なんか、昨日以上に速水先輩の意外過ぎる一面を見たな...…)」
昨日に、凪紗が香美屋に入り浸っていたのを知ったのも意外と言えば意外だったが、夜中のスーパーに値引きものを買いに来ていて、それを顔見知りに見られても、何事も無かったかのように逃げようとして思いっきり転ぶなど。
孤高でクールな"不攻不落の速水城塞“を遠目から見知っていただけの誠にとって、それはまるで別人のようだった。
「(多分、あれが速水先輩の"素“なんだろうな)」
学園内で見せている"不攻不落の速水城塞“も、彼女にとってはもうひとつの"素“でもあるのだろうが、あの時の凪紗は、
「なんか……かわいかったな」
ほぼ無意識に、誠はそう口にしていた。
「(結構遅くなったな……今日のお買い得品が残ってればいいけど)」
いつもならバイトの入っていない日の、下校ついでに買い物を済ませるのだが、今日はタイミング悪く使いきってしまった食材が多く、今晩はともかく、明日の朝食を作るためには、冷蔵庫の中が心許ない。
加えて、明日は土曜日で授業はなく、朝から昼前まで香美屋で勤務だ。
明日の朝はしっかり食べておかないと、勤務の終わりまで保たないのもあって、まだスーパーが開いている今しか買い物が出来ない。
腹も減ったし早く済ませて帰ろう、と誠は足を速めてスーパーへ向かう。
日も暮れた夕食時が過ぎてもなお、深夜手前のスーパーはそれなりに混雑している。
それと言うのも、この時間帯は学校や仕事帰りの学生やサラリーマン、夕食時が遅い家庭の主婦など、店が閉まる前に買い込んでおきたい客層だ。
この時間帯のスーパーは初めてかもな、と呟く誠もその一人。
「(さて……何があるかなと)」
とりあえずは常日頃から使っている野菜などを買い物カゴに並べる。
調味料の類いはまだ余裕があったはずだと、冷蔵庫と戸棚の中を思い浮かべながら、弁当や惣菜のコーナーを通りかかると、特にこの辺りに買い物客が集まっていることに気付く。
「(そうか、値引きもの狙いか)」
見れば、弁当や惣菜の多くは"30%引き"や"半額“のシールが貼られている。
この時間帯が夕食時と言う人にとっては、安く食べ物が買えるちょうど良いタイミングと言えるだろう。
まぁ買わなくていいか、と誠はそこを通り過ぎようとして、
「うーん……この時間なら、そろそろ半額になるはずだけどな……」
ジャージ姿の見目麗しい黒髪の美少女――凪紗が、惣菜のパックを手にラベルシールとにらめっこをしている。
……というよりも、
「(…………なんでこんなところで、しかもこんな時間に、速水先輩がいるんだ!?)」
何故と言うならそりゃ買い物しに来たに決まってるか、と自己完結しかけた誠だったが。
すると凪紗は、近くで半額の値引きシールをラベラーで貼り付けている店員に声をかけて。
「あの、これって半額になりますか?」
「あ、なりますよ。先にシールだけ貼っときますね」
半額シールを貼ってもらって。
「ありがとうございます」
嬉しそうに買い物カゴに半額処理が為された惣菜パックを入れた。
孤高でクールな速水凪紗が、半額品を狙って買い物している。
その様子を遠巻きに見ていた誠は「見なかったことにしよう」と、この場をそっと立ち去ろうとして、
「あっ」
何気なく振り返った凪紗と目が合ってしまった。
「……」
「…………」
「「………………」」
しばし無言のまま見つめあったところで。
「えっと……こんばんは、速水先、輩?」
とりあえず無難な夜の挨拶をする誠。
しかし、
「………………」
凪紗は何事も無かったかのように踵を返して、けれどその場から逃げ出し――その拍子に足が縺れて、
どんがらずべたーん!!と前のめりに転んでカゴを引っくり返し、カゴに入っていたものを床にばらまいてしまった。
「ちょっ、ちょっ、大丈夫ですか先輩!?」
誠も慌てて凪紗を追いかけて、転んでしまった彼女に手を差し伸べる。
「いっつつ……あ、う、うん……ありがと……」
凪紗の手を掴んで起き上がらせて、散らばってしまったものを拾い集めて。
「大丈夫、ちょっと崩れてますけど十分食べられますよ」
凪紗のカゴにあったものの中で、惣菜パックのそれは中身が崩れたりしていたが、蓋が開いてしまうようなことはなかった。
「………………」
「速水先輩?どうしました?」
気まずそうに、ばつの悪そうに顔を背けている凪紗に、どうしたのかと訊ねる誠。
「…………」
答えに窮する凪紗。
ふと、誠は凪紗の今の姿を見る。
スポーティーなジャージを緩く着ているその様は部屋着のそれだろう。
"オフ“のところを顔見知りに見られたくなかったのだろうかと思いかけたところで、
「……ごめん、私もう行くから」
強引に話を終わらせるように、凪紗はレジへと向かって行った。
それを呆然と見送ってしまった誠は「やっぱり見られたくなかったんだな」と、少し申し訳ない気分になった。
そう言えば、と誠は凪紗が先ほど買い物カゴに詰めていたものを思い浮かべる。
弁当や惣菜と言った出来合い、それも半額処理が為されたものばかりだった。
その上、鮮度時間を確かめて半額になるかどうかを店員に催促までしていた。
加えて、凪紗の服装から見ても、何かの帰りついでにと言うよりも、最初からこの時間帯――弁当や惣菜が値引きになるタイミング――を見計らってスーパーに来ていたのかもしれない。
単に夜食が欲しかっただけだろう、と誠はそれ以上の憶測をやめて、自分の買い物を続けることにした。
帰宅してすぐに夕食を作り、それを食べている合間。
「(なんか、昨日以上に速水先輩の意外過ぎる一面を見たな...…)」
昨日に、凪紗が香美屋に入り浸っていたのを知ったのも意外と言えば意外だったが、夜中のスーパーに値引きものを買いに来ていて、それを顔見知りに見られても、何事も無かったかのように逃げようとして思いっきり転ぶなど。
孤高でクールな"不攻不落の速水城塞“を遠目から見知っていただけの誠にとって、それはまるで別人のようだった。
「(多分、あれが速水先輩の"素“なんだろうな)」
学園内で見せている"不攻不落の速水城塞“も、彼女にとってはもうひとつの"素“でもあるのだろうが、あの時の凪紗は、
「なんか……かわいかったな」
ほぼ無意識に、誠はそう口にしていた。
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