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第二章 落ちこぼれの天才魔法使い
16話 異変を追って
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一度住宅に戻って装備を置き、財布とバッグを手に、いざ商業区へレッツゴーだ。
「日用品とか服とかも揃えたいけど、あんまり買っても置き場に困っちゃうよね」
エリンがそう言ったように、元々単身用の部屋に三人住んでいる状態だ。
三人とも性別が同じなら共有してもいい部分はあるが、残念ながら俺は男だ、女の子二人にはちょっと遠慮しなければならないし、二人も俺に対して気を遣う。
「せ、狭い部屋でごめんなさい……」
「あぁいやその、それに文句を言いたいんじゃなくてね……」
落ち込むリザに、慌ててエリンが言い直そうとする。
だが、これから三人で住み続けると、必然的に物も増えてくる。
そうだなぁ……
「何なら、物件も今から探すか」
ふと思い付いたように言ってみたが、エリンとリザは「えっ!?」と驚く。
「そうだな……二、三年分の資産を使えば、中古でも三人で住むには不便のない程度の家が買えるかな?」
フローリアンの町に来た、その日に換金してもらった金額はそれなりにある。
これからも順調に冒険者生活を続けるなら、このくらいの先行投資は問題ない。
多少ボロくても、その後で老朽化した部分に補強やら改修やら何やらすれば、みすぼらしさも無いだろう。建築系の技術知識もあるんだよ、俺。
「ままっ、待ってくださいアヤトさん!?そんなぱっと思い付いたみたいに家を買わなくても……!」
「落ち着いて、リザちゃん。アヤトの金銭感覚は、ちょっとおかしいところあるけど、決して無駄遣いはしないから」
慌てるリザを、エリンが諫める。
え、そんなに俺の金銭感覚っておかしい?
将来性のある理性的な投資だと思ってるんだけど。
ガルチラ達にくれてやった金塊?いや、だってあんなにあっても重くて邪魔だったからなぁ。ついでだよ、ついで。
「不動産屋は商業区にあったな。まずはそこに行こうか」
「え、え、えぇぇぇぇぇ……?」
戸惑うリザを引き摺るように不動産屋へ向かう。
結果を言えば、即日引っ越しが決まった。
ちょうどいい広さをした、中古の一軒家が空いているとのことで、視察もさせてもらったが、状態も悪くない。
ということで、その場で現金払いで契約させてもらい、合鍵をいただいた。
引っ越しの前に昼食を簡単に済ませ、荷車を借りて、リザの部屋の荷物や私物、家具などをせっせと運んでいく。
エリンやリザは衣類といった食器と言った小さくて軽いものを運んでもらい、俺は専らベッドや衣装ケースといった大きくて重いものを荷車に乗せてガラガラと転がしていく。
旧宅と新宅を何度か行き来して、ようやく荷物の運び込みが終わっても、やることはまだ山積みだ。
リザが住んでいた部屋の解約手続きや、後回しになっていた日用品や食材、衣服などの買い込み、住居の掃除などもすれば、あっという間に夕暮れ時。
リザの部屋には元々あまり物が無く、整理整頓もきちんとしていたのも助かった点だ、荷造りもすぐに済んだからな。
私服や装備に関するものは自室に置き、食材は台所、その他何をどこに置くかは逐一リザに訊きつつ、順番に順調に荷物や家具を運び込み、
それを幾度も繰り返して、もう日が沈みかける頃には、引っ越し完了だ。
「ふぅ、思ったより時間がかかったな」
のんびり楽しく三人でショッピングを楽しむはずが、引っ越しとその買い出しになってしまった。
これでもまだ、俺やエリンのベッドなども調達出来ていない。
しばらくはエリンはリザと一緒に寝るとして、俺もリビングのソファーで寝ることになるな、明日辺り家具屋にベッドのオーダーをしよう。
二階建てで、一回にリビングとキッチンと浴場、二階には四つの個室があるこの家は、中古と言う割には目立った経年劣化は見られず、空き家となってからあまり時間も経っていないらしく、空き家になる以前から清掃が行き届いていたように見える。
エリンとリザが手分けして掃除してくれているが、この分ならすぐに終わるだろう。
さて、そろそろ夕食を作ろうかね。
二人が掃除を終わる頃には出来ているといいなぁ。
とか思ってリビングに降りたら、なんだかいい匂いがする。
「あ、アヤトさん。お疲れ様です」
見ると、キッチンにリザがエプロンを着けて立っている。
どうやら先を越されてしまったようだ。
「おぉ、リザ。早かったな」
「そんなに汚くなかったので、思ったより早く終わったんです。それで、アヤトさんはまだ積み下ろしとかしていますし、先にお夕飯作っておこうかなと。エリンさんはお風呂場の掃除をしてくれていますけど、そろそろ終わる頃だと思います」
慣れた手付きだな。
「アヤトさんも手と顔を洗ったら、あとは休んでいてください。重いものとかたくさん運んでくれましたし、疲れていると思います」
「それじゃぁ、お言葉に甘えさせてもらおうかね」
くあー、と背伸びしつつのっそりと洗面所へ向かう。
濃厚なクリームシチューに、焼き立てパン、色とりどりのサラダ。
リザが作ってくれた料理は、色合いもよくてとても美味しそうだ。
美味しそう……なのだが、
「……なんか俺の分だけ量がすごいことになってるんだが」
女の子二人の量と比較しても、五倍くらいのボリュームと、ついでにドカンとひとつ、骨付き肉が鎮座している。
「アヤトさんならこれくらい食べると思って。食べますよね?」
リザは何ひとつ疑っていない顔でそう言ってくれる。
「あ、もし無理なら残しても大丈夫です。明日の朝ごはんに回せばいいですから」
心配してくれているのかな?
だが、その程度で俺の腹の虫が音を上げると思ったら大間違いである!
「ありがとう。全部残さずいただくよ」
それでは早速、
「「「いただきます」」」
ではまずは一番手を込んだだろうクリームシチューから一口。
おぉ……程よく甘じょっぱく味付けされたミルクに、柔らかく丹念に煮込まれたニンジンとジャガイモ、タマネギ、チキンが染み込み合わさり、口の中でとろけあう……!
しかし、食レポな感想は大袈裟過ぎて逆に伝わりにくいだろう。
だから、ただ素直に率直に。
「ん……うん、美味い。リザ、料理上手だなぁ」
「うんうん、美味しいね」
エリンももぐもぐと頬を綻ばせている。
「良かったです。アヤトさんって食事にすごいこだわりそうですから、これで大丈夫かなって、ちょっと不安だったんです」
まぁ確かに、食にこだわりを持っているのは認めるよ。
過去の異世界転生で、『料理の概念が無い世界で、美味しい料理を作りまくってたらいつの間にか王族貴族に溺愛される作品』とかにもけっこう出向かされていたし。
あぁいう世界って、野菜とか果物とか、自然に生えているものをそのままむしり取って食べて生きてるんだもの、人として正気を疑ったね……。
それは閑話休題として。
焼き立てパンもさくさくふわふわでシチューに合うし、サラダのドレッシングも自作かな?大変美味しいです。
骨付き肉は、パンがあるのでスライスしてサラダと一緒に挟んで食べる……うん、これもいいね。
骨付き肉をスライスしてパンに挟む俺の食べ方を見て、エリンとリザが食べたそうな顔をしているので、ちょっとお肉を分けてあげました。
「ん~っ、お肉はしばらくいらないって思ってたけど、やっぱり美味しい」
「わわっ、肉汁が溢れ、はむむっ……」
せっかくの団欒だから、美味しいものはみんなで分け合ってこそだ。
エリンと二人きりもいいが、リザと一緒の三人でもいいなぁ。
これからはこんな光景が日常になるんだなと思いを馳せつつ、静かに夜は過ぎていく。
おはようございますグッドモーニング、休暇開始から十日目の俺、つまりはアヤトである。
さぁ、昨日は忙しい休日だったけど、今日は冒険者の本業を勤めに行きますよ。
エリンとリザのリクエストにつき、フレンチトーストのブレックファストを食べて、装備や道具を整えたらすぐに集会所へGOだ。
依頼を完了して帰ってきたら、家具屋さんにベッドのオーダーをしに行こうと思います。
早いところリザのランクをCに上げて、上位ランクの依頼を受けられるようにならないとな。
というわけで受付カウンターに鎮座する受付嬢さんに挨拶して、ギルドカードを提示したら、
「SSランクのアヤト様ですね。少々お待ちくださいませ」
受付嬢さんは一度カウンターの奥に引っ込んでしまった。
俺、なんかやらかしたっけ?やらかしてないと思うけど……なんか微妙に不安だ。
待つこと数秒、カウンターの奥から先程の受付嬢さんと、貫禄のある白髭を蓄えた、仙人のようなお爺さんが杖を着きながらやって来た。
「ほほ……お前さんが、一昨日に登録したその日からSSランクになったという、アヤトじゃな?」
「はい、俺はアヤトです。失礼ですが、あなたは?」
「ほほ……こりゃ失礼。小生は冒険者ギルド・フローリアン支部のギルドマスター、『オルコット』じゃ」
「こちらこそよろしくお願いします、オルコットマスター」
とりあえずは形式張った挨拶。偉い人だから、礼儀正しくね。
「あ、私も初めてだ……初めまして、ギルドマスターさん。私はエリンです」
エリンも初対面なので、ぺこりと頭を下げて一礼。
「ほほ……よろしくなぁ、お嬢さん」
しかしこのオルコットと言うお爺さん、ニコニコした好々爺に見えるが……実はそんなことはなさそうだ。
杖を着きながら歩いているが、あの杖は仕込み刀。
その上、ヨボヨボ歩きに見えるが俺には分かる、一分の隙も無い、暗殺者の身のこなしだ。
ギルドマスターと言っているが……実は特殊部隊の司令官だったりするのだろうか。
リザは……一度くらい挨拶はしたことあるだろうけど、緊張している。町のお偉いさんだし、リザとしては貴族的な意味もあって、身分も遥かに上の人なんだろう。
「ほほ……よもや、お前さんのような若人がSSランクの座を戴こうとは、時代は変わるものだのぅ」
いや、俺を時代の基準にしちゃダメですよ。実はあなたの何百万倍も齢食ってますから。
「俺はこの町に来てまだ日が浅いものですが……ところで、俺に何か御用があるのでは?」
下手すると俺ですら不覚を取りかねないほどの猛者。
そんな大人物が、俺に名指しで用があるというのだ。
「ほほ……そうそう、ちとお前さんに話しがあってのぅ」
受付嬢さんがサッと用意した椅子に座るオルコットマスター。
すると、先程までの、"のほほん"とした雰囲気は霧散し、皺の内側から鋭い眼が光る。
「お前さん。最近、『ヨルムガンド湿地帯』のことについて、何か知ってはおらんか?」
声色にもドスが効くようになり、エリンとリザはちょっと怖がっている。
いや、ここに来てまだ四日目の人に外のことを訊かれても困るんだけど?
ここは素直に答えよう。無い袖は振れないからな。
「いえ、知りません。そのヨルムガンド湿地帯というのが、どういう場所なのかも分かりません」
「ふむ……嘘をついておるとは思えんな」
当たり前でしょう、嘘がつけるほどの情報だって持ってないんだから。
俺の態度から真偽を見極めようとしたようだが、思ったよりも俺が正直者だったのか拍子抜けしているオルコットマスター。
けれどそれはおくびにも出さずに続ける。
「このフローリアンの町から東に向かったところに、そのヨルムガンド湿地帯がある。その湿地帯から最近奇妙な噂が流れておる」
「噂、というと?」
「曰く、「湿地帯全体がまるで毒に侵されたかのようだ」とのこと。少し前までは、温暖な湿地帯で、冒険者の狩り場として機能しておったのだが、最近になって川が濁り、草花が枯れ、動植物は環境の急変に適応出来ずにその数を急激に減らしておる」
ほうほう、これはなんだか怪しい感じだな。
「調査に向かわせた冒険者パーティも未だ帰還しておらず、恐らくヨルムガンド湿地帯は今、非常に危険な地と化している可能性が高い。そこで、SSランクのお前さんに白羽の矢を立てた」
「つまり、俺にその冒険者パーティの救出、及びヨルムガンド湿地帯の調査、可能であれば原因究明・解決を頼む……そういうことですね?」
なるほど、緊急クエストってわけだ。
「そういうことだ。最優先目標は、冒険者パーティ三名の救出。次いでその地の調査、及び原因究明・解決。報酬は、ギルドの資産から相応の額を出そう」
人命第一。調査解明は二の次三の次。
オルコットマスターは良識的な判断を下せているようで何よりだ。
組織によっては刻限に帰ってこない時点で死んだ扱いされるとかザラにあるからなぁ。人の命を大事にしない指導者には誰も付いて来ないってハッキリ分かんだね。
よーしいいだろう、後はこのアヤト=サンに任せなさい。
恩はざくざく売っておけ、よく分からんが乗るしかないこのビッグウェーブ。
「分かりました。では、俺、エリン、リザの三人で受けましょう」
「「えっ」」
依頼を受けますと言うのに、エリンとリザは意外そうに声を揃えた。君らほんとに仲良くなったね。
「あの、アヤトさん。ギルドマスターは、アヤトさん個人に依頼をしたのであって、エリンさんとわたしは違うのでは?」
はぁん?何を言うとるんだリザ、君らも一緒に行くに決まってるだろうに。
「俺はヨルムガンド湿地帯に行くのは初めてで、地理にも詳しくない。リザには案内役、個人の判断だけで調査を続行するかどうかを決めるわけにはいかないから、補佐としてエリンも同行させる。そうですね、オルコットマスター?」
「ほほ……この依頼はお前さん個人の裁量に任せるつもりじゃ。結果が伴うなら自由にするがよい」
はい言質取りましたよ、後から文句は言わせません。
それじゃぁ……『自由にさせてもらおう』か。
オルコットマスターからの緊急の依頼を受けて、俺、エリン、リザの三人は、フローリアンの町から徒歩で三時間ほど東に向かったところにある、ヨルムガンド湿地帯なる場所に訪れた。
その湿地帯の入口とも言える、ベースキャンプ近くに来ると同時に、ツンと鼻を突くような悪臭が漂って来た。
「うっ……なに、これ……」
エリンは手で鼻を押さえて不快げに顔を歪ませた。
「これは……毒の臭いです。でも、こんなに酷いのは初めてです……」
リザがそう言ったように、やはりこれは毒素が発する悪臭か。
オチューの毒ブレスの悪臭を常に嗅ぎ続けるようなものだ、こんなところで数日過ごそうものなら、鼻がまともに機能しなくなりそうだ。
「あまり長居はしたくないな。早く救助者を保護し、悪臭の根源を絶たなければ」
嵩張る荷物を天幕の保管庫の中に置いておき、準備を整える。
まずは、救助者の確保が先だ。
気配感知の範囲を広げ、救助者の気配を探す。
「ん……これは……あそこ、あの中か?」
ベースキャンプから遠くに見える、遺跡らしきオブジェクト。
人の気配が三つと、さらにその奥に何やら禍々しい邪気……
いや、なんだ?時空の歪みを感じる?
というかこの反応、前にも一度……
「わたしは、アリス」
その聞き覚えのある無機質な声色とフレーズが聴こえたと同時にバッと振り返ると、
「あなたも、アリス」
前の世界の船の墓場にいた、黒髪ロングにウサ耳カチューシャの少女……アリスちゃんが、いつの間にかいた。
どこから現れたのか、エリンもリザもその存在に戸惑っている。
……何故、彼女"も"ここにいるんだ?
いや、今目の前にいるアリス少女は、俺が会ったことのあるアリスちゃんとはまた別の人物の可能性も有り得るか?
落ち着け俺、いつもの俺だ。
「やぁ、アリス。俺に何か御用かな?」
「そう、アリスはアリスにつたえることがあるの」
だからさぁ……君の言う「アリス」ってのは何通りの意味があるんだよ?
ほんと、この頭サイコパスな不思議ちゃんが俺を追って時空を超えて来たんなら、ちょっと対応を考えさせてもらうぞ?
「アリスはここにいちゃいけない。ここには、アリスをたべるアリスがいるから」
アリスを食べるアリスってどゆことよ?
この子の名詞は全部"Alice"なのか?頭アリスかよ!
いかん、アリスがあまりにもアリス過ぎてアリスという三文字がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。
エリンもリザも「この子、頭大丈夫?」みたいな顔をしてるし……いいから早くこの茶番を終わらせよう。
「ごめんなアリス、俺達は人を助けに来たんだ。危ない目に遭うかもしれないけど、助けを求めている人を見捨てるわけにはいかない」
「アリスは、アリスをたすけにきたの?」
「そうそう、だから急いでいるんだ」
「うん、わかった」
ふわりとスカートを翻して、
「わたしは、アリス。あなたも、アリス」
と、お決まりのセリフらしいそれを最後に、またパッと消えた。
「ハァ……」
話すだけで疲れるわ、あの子。マジで何なんだ。
「アヤト……今の、誰?っていうか、何?」
エリンは当然そういうことを訊いてくる。対応出来たのは俺だけだったからね。
少しだけ迷った末に、大まかに話すことにした。
「……ルナックスに滞在していた時に会ったことがある。アリスアリスばっかり言ってるだけで、話が通じていたかどうかも怪しいが……気にしない方が、というか関わらない方がいい」
それはいいだろう、と強引に話を切り替える。
「今、気配を探ってみたが……救助者らしき反応は、あそこの遺跡の中にいる可能性が高い。ついでに、悪臭の根源らしき禍々しい邪気もな」
「禍々しい邪気、ですか……」
リザも緊張に声を固くしている。
「だが、人の反応があるということは、まだ間に合う。手遅れになる前に救助者の確保、これが最優先目標だ。魔物との戦闘は極力避けていく。二人ともいいな?」
「うん、分かった」
「分かりました」
ふたりとも緊張しているが、ガチガチになって戦えなくなる程ではない、いい感じに気を引き締めるような緊張感だ。
「よし、行くぞ」
俺達三人はベースキャンプを飛び出し、遺跡へと急いだ。
「日用品とか服とかも揃えたいけど、あんまり買っても置き場に困っちゃうよね」
エリンがそう言ったように、元々単身用の部屋に三人住んでいる状態だ。
三人とも性別が同じなら共有してもいい部分はあるが、残念ながら俺は男だ、女の子二人にはちょっと遠慮しなければならないし、二人も俺に対して気を遣う。
「せ、狭い部屋でごめんなさい……」
「あぁいやその、それに文句を言いたいんじゃなくてね……」
落ち込むリザに、慌ててエリンが言い直そうとする。
だが、これから三人で住み続けると、必然的に物も増えてくる。
そうだなぁ……
「何なら、物件も今から探すか」
ふと思い付いたように言ってみたが、エリンとリザは「えっ!?」と驚く。
「そうだな……二、三年分の資産を使えば、中古でも三人で住むには不便のない程度の家が買えるかな?」
フローリアンの町に来た、その日に換金してもらった金額はそれなりにある。
これからも順調に冒険者生活を続けるなら、このくらいの先行投資は問題ない。
多少ボロくても、その後で老朽化した部分に補強やら改修やら何やらすれば、みすぼらしさも無いだろう。建築系の技術知識もあるんだよ、俺。
「ままっ、待ってくださいアヤトさん!?そんなぱっと思い付いたみたいに家を買わなくても……!」
「落ち着いて、リザちゃん。アヤトの金銭感覚は、ちょっとおかしいところあるけど、決して無駄遣いはしないから」
慌てるリザを、エリンが諫める。
え、そんなに俺の金銭感覚っておかしい?
将来性のある理性的な投資だと思ってるんだけど。
ガルチラ達にくれてやった金塊?いや、だってあんなにあっても重くて邪魔だったからなぁ。ついでだよ、ついで。
「不動産屋は商業区にあったな。まずはそこに行こうか」
「え、え、えぇぇぇぇぇ……?」
戸惑うリザを引き摺るように不動産屋へ向かう。
結果を言えば、即日引っ越しが決まった。
ちょうどいい広さをした、中古の一軒家が空いているとのことで、視察もさせてもらったが、状態も悪くない。
ということで、その場で現金払いで契約させてもらい、合鍵をいただいた。
引っ越しの前に昼食を簡単に済ませ、荷車を借りて、リザの部屋の荷物や私物、家具などをせっせと運んでいく。
エリンやリザは衣類といった食器と言った小さくて軽いものを運んでもらい、俺は専らベッドや衣装ケースといった大きくて重いものを荷車に乗せてガラガラと転がしていく。
旧宅と新宅を何度か行き来して、ようやく荷物の運び込みが終わっても、やることはまだ山積みだ。
リザが住んでいた部屋の解約手続きや、後回しになっていた日用品や食材、衣服などの買い込み、住居の掃除などもすれば、あっという間に夕暮れ時。
リザの部屋には元々あまり物が無く、整理整頓もきちんとしていたのも助かった点だ、荷造りもすぐに済んだからな。
私服や装備に関するものは自室に置き、食材は台所、その他何をどこに置くかは逐一リザに訊きつつ、順番に順調に荷物や家具を運び込み、
それを幾度も繰り返して、もう日が沈みかける頃には、引っ越し完了だ。
「ふぅ、思ったより時間がかかったな」
のんびり楽しく三人でショッピングを楽しむはずが、引っ越しとその買い出しになってしまった。
これでもまだ、俺やエリンのベッドなども調達出来ていない。
しばらくはエリンはリザと一緒に寝るとして、俺もリビングのソファーで寝ることになるな、明日辺り家具屋にベッドのオーダーをしよう。
二階建てで、一回にリビングとキッチンと浴場、二階には四つの個室があるこの家は、中古と言う割には目立った経年劣化は見られず、空き家となってからあまり時間も経っていないらしく、空き家になる以前から清掃が行き届いていたように見える。
エリンとリザが手分けして掃除してくれているが、この分ならすぐに終わるだろう。
さて、そろそろ夕食を作ろうかね。
二人が掃除を終わる頃には出来ているといいなぁ。
とか思ってリビングに降りたら、なんだかいい匂いがする。
「あ、アヤトさん。お疲れ様です」
見ると、キッチンにリザがエプロンを着けて立っている。
どうやら先を越されてしまったようだ。
「おぉ、リザ。早かったな」
「そんなに汚くなかったので、思ったより早く終わったんです。それで、アヤトさんはまだ積み下ろしとかしていますし、先にお夕飯作っておこうかなと。エリンさんはお風呂場の掃除をしてくれていますけど、そろそろ終わる頃だと思います」
慣れた手付きだな。
「アヤトさんも手と顔を洗ったら、あとは休んでいてください。重いものとかたくさん運んでくれましたし、疲れていると思います」
「それじゃぁ、お言葉に甘えさせてもらおうかね」
くあー、と背伸びしつつのっそりと洗面所へ向かう。
濃厚なクリームシチューに、焼き立てパン、色とりどりのサラダ。
リザが作ってくれた料理は、色合いもよくてとても美味しそうだ。
美味しそう……なのだが、
「……なんか俺の分だけ量がすごいことになってるんだが」
女の子二人の量と比較しても、五倍くらいのボリュームと、ついでにドカンとひとつ、骨付き肉が鎮座している。
「アヤトさんならこれくらい食べると思って。食べますよね?」
リザは何ひとつ疑っていない顔でそう言ってくれる。
「あ、もし無理なら残しても大丈夫です。明日の朝ごはんに回せばいいですから」
心配してくれているのかな?
だが、その程度で俺の腹の虫が音を上げると思ったら大間違いである!
「ありがとう。全部残さずいただくよ」
それでは早速、
「「「いただきます」」」
ではまずは一番手を込んだだろうクリームシチューから一口。
おぉ……程よく甘じょっぱく味付けされたミルクに、柔らかく丹念に煮込まれたニンジンとジャガイモ、タマネギ、チキンが染み込み合わさり、口の中でとろけあう……!
しかし、食レポな感想は大袈裟過ぎて逆に伝わりにくいだろう。
だから、ただ素直に率直に。
「ん……うん、美味い。リザ、料理上手だなぁ」
「うんうん、美味しいね」
エリンももぐもぐと頬を綻ばせている。
「良かったです。アヤトさんって食事にすごいこだわりそうですから、これで大丈夫かなって、ちょっと不安だったんです」
まぁ確かに、食にこだわりを持っているのは認めるよ。
過去の異世界転生で、『料理の概念が無い世界で、美味しい料理を作りまくってたらいつの間にか王族貴族に溺愛される作品』とかにもけっこう出向かされていたし。
あぁいう世界って、野菜とか果物とか、自然に生えているものをそのままむしり取って食べて生きてるんだもの、人として正気を疑ったね……。
それは閑話休題として。
焼き立てパンもさくさくふわふわでシチューに合うし、サラダのドレッシングも自作かな?大変美味しいです。
骨付き肉は、パンがあるのでスライスしてサラダと一緒に挟んで食べる……うん、これもいいね。
骨付き肉をスライスしてパンに挟む俺の食べ方を見て、エリンとリザが食べたそうな顔をしているので、ちょっとお肉を分けてあげました。
「ん~っ、お肉はしばらくいらないって思ってたけど、やっぱり美味しい」
「わわっ、肉汁が溢れ、はむむっ……」
せっかくの団欒だから、美味しいものはみんなで分け合ってこそだ。
エリンと二人きりもいいが、リザと一緒の三人でもいいなぁ。
これからはこんな光景が日常になるんだなと思いを馳せつつ、静かに夜は過ぎていく。
おはようございますグッドモーニング、休暇開始から十日目の俺、つまりはアヤトである。
さぁ、昨日は忙しい休日だったけど、今日は冒険者の本業を勤めに行きますよ。
エリンとリザのリクエストにつき、フレンチトーストのブレックファストを食べて、装備や道具を整えたらすぐに集会所へGOだ。
依頼を完了して帰ってきたら、家具屋さんにベッドのオーダーをしに行こうと思います。
早いところリザのランクをCに上げて、上位ランクの依頼を受けられるようにならないとな。
というわけで受付カウンターに鎮座する受付嬢さんに挨拶して、ギルドカードを提示したら、
「SSランクのアヤト様ですね。少々お待ちくださいませ」
受付嬢さんは一度カウンターの奥に引っ込んでしまった。
俺、なんかやらかしたっけ?やらかしてないと思うけど……なんか微妙に不安だ。
待つこと数秒、カウンターの奥から先程の受付嬢さんと、貫禄のある白髭を蓄えた、仙人のようなお爺さんが杖を着きながらやって来た。
「ほほ……お前さんが、一昨日に登録したその日からSSランクになったという、アヤトじゃな?」
「はい、俺はアヤトです。失礼ですが、あなたは?」
「ほほ……こりゃ失礼。小生は冒険者ギルド・フローリアン支部のギルドマスター、『オルコット』じゃ」
「こちらこそよろしくお願いします、オルコットマスター」
とりあえずは形式張った挨拶。偉い人だから、礼儀正しくね。
「あ、私も初めてだ……初めまして、ギルドマスターさん。私はエリンです」
エリンも初対面なので、ぺこりと頭を下げて一礼。
「ほほ……よろしくなぁ、お嬢さん」
しかしこのオルコットと言うお爺さん、ニコニコした好々爺に見えるが……実はそんなことはなさそうだ。
杖を着きながら歩いているが、あの杖は仕込み刀。
その上、ヨボヨボ歩きに見えるが俺には分かる、一分の隙も無い、暗殺者の身のこなしだ。
ギルドマスターと言っているが……実は特殊部隊の司令官だったりするのだろうか。
リザは……一度くらい挨拶はしたことあるだろうけど、緊張している。町のお偉いさんだし、リザとしては貴族的な意味もあって、身分も遥かに上の人なんだろう。
「ほほ……よもや、お前さんのような若人がSSランクの座を戴こうとは、時代は変わるものだのぅ」
いや、俺を時代の基準にしちゃダメですよ。実はあなたの何百万倍も齢食ってますから。
「俺はこの町に来てまだ日が浅いものですが……ところで、俺に何か御用があるのでは?」
下手すると俺ですら不覚を取りかねないほどの猛者。
そんな大人物が、俺に名指しで用があるというのだ。
「ほほ……そうそう、ちとお前さんに話しがあってのぅ」
受付嬢さんがサッと用意した椅子に座るオルコットマスター。
すると、先程までの、"のほほん"とした雰囲気は霧散し、皺の内側から鋭い眼が光る。
「お前さん。最近、『ヨルムガンド湿地帯』のことについて、何か知ってはおらんか?」
声色にもドスが効くようになり、エリンとリザはちょっと怖がっている。
いや、ここに来てまだ四日目の人に外のことを訊かれても困るんだけど?
ここは素直に答えよう。無い袖は振れないからな。
「いえ、知りません。そのヨルムガンド湿地帯というのが、どういう場所なのかも分かりません」
「ふむ……嘘をついておるとは思えんな」
当たり前でしょう、嘘がつけるほどの情報だって持ってないんだから。
俺の態度から真偽を見極めようとしたようだが、思ったよりも俺が正直者だったのか拍子抜けしているオルコットマスター。
けれどそれはおくびにも出さずに続ける。
「このフローリアンの町から東に向かったところに、そのヨルムガンド湿地帯がある。その湿地帯から最近奇妙な噂が流れておる」
「噂、というと?」
「曰く、「湿地帯全体がまるで毒に侵されたかのようだ」とのこと。少し前までは、温暖な湿地帯で、冒険者の狩り場として機能しておったのだが、最近になって川が濁り、草花が枯れ、動植物は環境の急変に適応出来ずにその数を急激に減らしておる」
ほうほう、これはなんだか怪しい感じだな。
「調査に向かわせた冒険者パーティも未だ帰還しておらず、恐らくヨルムガンド湿地帯は今、非常に危険な地と化している可能性が高い。そこで、SSランクのお前さんに白羽の矢を立てた」
「つまり、俺にその冒険者パーティの救出、及びヨルムガンド湿地帯の調査、可能であれば原因究明・解決を頼む……そういうことですね?」
なるほど、緊急クエストってわけだ。
「そういうことだ。最優先目標は、冒険者パーティ三名の救出。次いでその地の調査、及び原因究明・解決。報酬は、ギルドの資産から相応の額を出そう」
人命第一。調査解明は二の次三の次。
オルコットマスターは良識的な判断を下せているようで何よりだ。
組織によっては刻限に帰ってこない時点で死んだ扱いされるとかザラにあるからなぁ。人の命を大事にしない指導者には誰も付いて来ないってハッキリ分かんだね。
よーしいいだろう、後はこのアヤト=サンに任せなさい。
恩はざくざく売っておけ、よく分からんが乗るしかないこのビッグウェーブ。
「分かりました。では、俺、エリン、リザの三人で受けましょう」
「「えっ」」
依頼を受けますと言うのに、エリンとリザは意外そうに声を揃えた。君らほんとに仲良くなったね。
「あの、アヤトさん。ギルドマスターは、アヤトさん個人に依頼をしたのであって、エリンさんとわたしは違うのでは?」
はぁん?何を言うとるんだリザ、君らも一緒に行くに決まってるだろうに。
「俺はヨルムガンド湿地帯に行くのは初めてで、地理にも詳しくない。リザには案内役、個人の判断だけで調査を続行するかどうかを決めるわけにはいかないから、補佐としてエリンも同行させる。そうですね、オルコットマスター?」
「ほほ……この依頼はお前さん個人の裁量に任せるつもりじゃ。結果が伴うなら自由にするがよい」
はい言質取りましたよ、後から文句は言わせません。
それじゃぁ……『自由にさせてもらおう』か。
オルコットマスターからの緊急の依頼を受けて、俺、エリン、リザの三人は、フローリアンの町から徒歩で三時間ほど東に向かったところにある、ヨルムガンド湿地帯なる場所に訪れた。
その湿地帯の入口とも言える、ベースキャンプ近くに来ると同時に、ツンと鼻を突くような悪臭が漂って来た。
「うっ……なに、これ……」
エリンは手で鼻を押さえて不快げに顔を歪ませた。
「これは……毒の臭いです。でも、こんなに酷いのは初めてです……」
リザがそう言ったように、やはりこれは毒素が発する悪臭か。
オチューの毒ブレスの悪臭を常に嗅ぎ続けるようなものだ、こんなところで数日過ごそうものなら、鼻がまともに機能しなくなりそうだ。
「あまり長居はしたくないな。早く救助者を保護し、悪臭の根源を絶たなければ」
嵩張る荷物を天幕の保管庫の中に置いておき、準備を整える。
まずは、救助者の確保が先だ。
気配感知の範囲を広げ、救助者の気配を探す。
「ん……これは……あそこ、あの中か?」
ベースキャンプから遠くに見える、遺跡らしきオブジェクト。
人の気配が三つと、さらにその奥に何やら禍々しい邪気……
いや、なんだ?時空の歪みを感じる?
というかこの反応、前にも一度……
「わたしは、アリス」
その聞き覚えのある無機質な声色とフレーズが聴こえたと同時にバッと振り返ると、
「あなたも、アリス」
前の世界の船の墓場にいた、黒髪ロングにウサ耳カチューシャの少女……アリスちゃんが、いつの間にかいた。
どこから現れたのか、エリンもリザもその存在に戸惑っている。
……何故、彼女"も"ここにいるんだ?
いや、今目の前にいるアリス少女は、俺が会ったことのあるアリスちゃんとはまた別の人物の可能性も有り得るか?
落ち着け俺、いつもの俺だ。
「やぁ、アリス。俺に何か御用かな?」
「そう、アリスはアリスにつたえることがあるの」
だからさぁ……君の言う「アリス」ってのは何通りの意味があるんだよ?
ほんと、この頭サイコパスな不思議ちゃんが俺を追って時空を超えて来たんなら、ちょっと対応を考えさせてもらうぞ?
「アリスはここにいちゃいけない。ここには、アリスをたべるアリスがいるから」
アリスを食べるアリスってどゆことよ?
この子の名詞は全部"Alice"なのか?頭アリスかよ!
いかん、アリスがあまりにもアリス過ぎてアリスという三文字がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。
エリンもリザも「この子、頭大丈夫?」みたいな顔をしてるし……いいから早くこの茶番を終わらせよう。
「ごめんなアリス、俺達は人を助けに来たんだ。危ない目に遭うかもしれないけど、助けを求めている人を見捨てるわけにはいかない」
「アリスは、アリスをたすけにきたの?」
「そうそう、だから急いでいるんだ」
「うん、わかった」
ふわりとスカートを翻して、
「わたしは、アリス。あなたも、アリス」
と、お決まりのセリフらしいそれを最後に、またパッと消えた。
「ハァ……」
話すだけで疲れるわ、あの子。マジで何なんだ。
「アヤト……今の、誰?っていうか、何?」
エリンは当然そういうことを訊いてくる。対応出来たのは俺だけだったからね。
少しだけ迷った末に、大まかに話すことにした。
「……ルナックスに滞在していた時に会ったことがある。アリスアリスばっかり言ってるだけで、話が通じていたかどうかも怪しいが……気にしない方が、というか関わらない方がいい」
それはいいだろう、と強引に話を切り替える。
「今、気配を探ってみたが……救助者らしき反応は、あそこの遺跡の中にいる可能性が高い。ついでに、悪臭の根源らしき禍々しい邪気もな」
「禍々しい邪気、ですか……」
リザも緊張に声を固くしている。
「だが、人の反応があるということは、まだ間に合う。手遅れになる前に救助者の確保、これが最優先目標だ。魔物との戦闘は極力避けていく。二人ともいいな?」
「うん、分かった」
「分かりました」
ふたりとも緊張しているが、ガチガチになって戦えなくなる程ではない、いい感じに気を引き締めるような緊張感だ。
「よし、行くぞ」
俺達三人はベースキャンプを飛び出し、遺跡へと急いだ。
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