皇帝の翼

ハシバ柾

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旧稿第二章(2012Ver.)

第二話 助力

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 こんこん。オレは、古ぼけた扉をノックした。
 帝聖都市ティアリカから国境を越えて神聖王国シュバリエの首都までくるとなると、さすがに日帰りは無理だ。ということで、家できちんと準備をして、首都マーノトに宿を取り、こうしてはるばるイオ・リアティスという人物を訪ねにやってきたわけだ。
 パトラさんから詳しい住所は聞いていなかったものの、ここまで来るのはそう難しくなかった。イオ・リアティスという人物について聞き込みをすると、尋ねた人皆が皆、
 
「あー、作家先生か!」
 
 というのだ。しかもずいぶん有名らしく、結局、数名の人々に案内されてここまでたどり着いた。
 しかし、ノックをしたものの、返事はない。ドアノブをひねると、いともたやすく扉は開いた。
 
「開いてる……?」
 
 不思議には思ったものの、中を覗き込む。緑色の髪の人影が、こちらに背を向けたいすに座り、猫をなでていた。こちらに気付いていないのか……? だが、オレが何か言う前に、気付いていたらしい相手が先手を打った。
 
「ここに来たってことは、用事があるってことだ。それで、用事がある場所の鍵が開いてる。すなわち、入ってもいいってこと。ほこりが入るんだけど?」
 
「ああ……すいません……」
 
 責めるような歓迎におののいたオレが、部屋に入りあわててドアを閉めると、相手は猫を振り落として、いすから窓枠へと移った。ずいぶん小柄だが、態度からするとおそらく年上だ。それか、誰に対してもこの態度なのか。まさか、この人が?
 
「えっと、イオ・リアティスさんですか?パトラさんという方の紹介で来たんですが……」
 
「パトラの紹介? 雑にはできないな。親しい知り合いではなさそうだけど」
 
 相手は頭をかいて、窓の外に向かってぐっと体をそらした。この人がイオ・リアティスで間違いないようだが、態度は雑だし、うさんくさいし……頼るというには不安要素が大きすぎる。
 こちらの考えなど気にもしていないというように、リアティスさんは愚痴を吐いた。
 
「でもどうせ、また、リタかリッセ関連だろ。面倒ごとばっかり持ち込むな、あいつらは」
 
「あの……リアティスさん?」
 
「その、『さん』ってのやめて。うざったい。最近はどいつもこいつもリアティスさんやらイオ殿やら。僕のことを苗字、しかも無駄な敬称付けで呼ぶのは1人でいいのに」
 
 ああ。こちらの最大限の敬意がこんなにも虚しく。まあ、この人物、イオが、苗字と敬称付けで呼ばれるのを嫌がっていることだけはこちらこそ嫌というほど伝わってきたが。
 
「じゃあ、イオ……でいいですか?」
 
「敬語もうざい。しゃべりにくいのがバレバレ」
 
「わかった。じゃあイオとやら。どうしてオレがラルトとシグナス先生のことで来たって分かったんだ?」
 
 オレの唐突な質問にイオは少し驚いた。が、にんまり笑って答えた。
 
「勘、かな?」
 
 はぐらかさないでほしい。いくらなんでも分かりやすすぎる。イオはちらっとこちらを見てから、ぶつぶつ話し出した。
 
「制服。リッセの勤めてる学校のだ。しかも特待高等クラスのピンが付いてる。リタと同じクラスだろう。あいつがいなくなったのが数ヶ月前だから、気になった奴が動き出すんじゃないかと……しかもパトラの紹介って言うんだから確かだ。……推測だから、勘と大差ないだろ?」
 
 制服。ピン。ここに来た過程。それだけで、分かったっていうのか?こちらの驚いた顔を察してか、イオは再びにんまりした。……これ、遊ばれてないか?
 相手がしばらく黙ったせいでオレが不安になり始めた頃、イオは不意につらつらとしゃべりだした。
 
「マーノト危機とは、5年前、南東の島国トゥエレア国を含む大陸国6ヶ国が、勢力ごとに大きく二分され、危うく大陸戦争に発展しかかった事件だ。その原因は大陸の南東の島国で、大国諸国一の科学、軍事国家であるトゥエレア国だった。総統が大陸諸国を攻撃し、そのうちの何ヶ国かは自軍に取り込んでいったため、トゥエレア軍対残った独立国連合軍という形になったわけだ」
 
「は? なにを突然?」
 
 話題があまりにも唐突だったため、再び戸惑った。この人は、人をあわてさせるのが趣味に違いない。
 とはいえ、マーノト危機といえば、結構最近の話だ。その時12歳だったオレにも、状況の深刻さが伝わってくるほど大事だったのは知っている。そのとき、ここ、神聖王国シュバリエの首都マーノトが血の海になる寸前までいったらしい。詳しくは知らないが。 
 その事件は、トゥエレア国の国家総統が全責任を負い、マーノトで処刑されることで終わった、と聞いた覚えがある。たしか、教科書にも歴史書にもそう記載されていたはずだ。
 
「んー……そんな風に記録されてるんだ」
 
 話を聞いたイオは首をひねった。何だ、違うのか?かと思いきや、笑いながらこう尋ねてきた。
 
「で、それについてどう思う?」
 
「どう思うって?」
 
 それは……もちろん平和が1番だし、総統の処刑は正しかったと思う、けど……?
 イオはオレの答えにうなずきながらも、いくつか質問をし始めた。
 
「とりあえず、あんたはリタが何者なのか知ってる?」
 
 学生。そう答えると、イオはため息をついた。どういうことだ? マーノト危機の話を持ち出したってことは、何か関係でもあるのか? だが知らないものは知らないから、イオの望んだ答えは返せない。
 それから、イオは再び尋ねる。
 
「じゃあリッセは?」
 
 教師。イオは頭を抱えた。
 
「やっぱり、調べないほうがいい。知らないほうが幸せに生きられることだって世の中にはあるんだよ」
 
「……気になるんだ、どうしても」
 
 イオは面倒くさげにこちらを見やり、呟くように言った。
 
「……リッセも、お前みたいな奴だった。しないほうがいい、ということに、いちいち首を突っ込んで。だから僕が……」
 
 イオが黙り込むと、それから、しばらくの沈黙が降りてきた。再び、自嘲気味な言い方でイオが話し出す。
 
「いや、よそうか。とにかく、僕は、調べないほうがいいといった。忠告はした。それでも調べたいなら、少しここで待つといい。助けになりそうな人がいる……あんたを進んで送り出して、奴の教え子を危険な目に合わせたとリッセにあれこれ言われるのは嫌だからな」
 
 助けになるか、とんでもない邪魔になるかのどちらかだが……イオはにやにやしながらオレを見た。
 イオは、もともとオレを止めるつもりはなかった、というような言い方をしたが、なんとなく違うようだ。その理由が、彼の言った『僕が……』の続きにあるような気がしてならなかったが、どうしても聞くことはできなかった。
 オレは黙って、イオの言ったとおり、ここで待とうと決めた。壁にもたれかかって腕を組む。
 
「待つってことは、調べるんだな?」
 
 不満だらけでうなずくオレの姿を見て、イオは微笑んだ。
 
「リッセとリタのことを調べることで、全てが見えてくるはずだ。マーノト危機のことも、リッセとリタのことも、今蠢いてるたくさんの企ても。それを知ったときどうするかは、あんた自身の決断でどうにでもなるさ」
 
 オレは何も言えず、ただ黙って、窓から去っていく猫の後姿を見送った。
 
……
 
「来た」
 
 イオが呟くとほとんど同時に、勢いよく部屋の扉が開いた。どたん、がたっ! 転がるようにして飛び込んできた人影は、オレがあわててかわすとそのまま転がっていき、哀れ、壁に頭を思い切りぶつけた。細身だが長身で、姿からすると男性のようだ。男は、そのまま真っ白な頭髪を抱え、うずくまってしまった。
 
「あの、大丈夫ですか……?」
 
 うずくまったまま動かない相手が心配になって声をかけると、男は、まるで見当違いな事を言い出した。
 
「ありゃ? 君が、イオ・リアティスって人かい?」
 
「え、違います! リアティスさんは後ろの……」
 
 あわてて首を振ると、男はきょとんとしてイオを見やった。
 
「なんだ、あなたか。思ったよりも小さいな?」
 
 その瞬間、イオから、言いようのない殺気を感じて、あわてて目をそらした。しかし、殺気の目標である男はそのことにも気がついていないようだ。にこにこ笑いながら、この状況にはかなりふさわしくない自己紹介を始めた。
 
「私は、アーノルドという者だ。ある人から、ここにこれば救われると聞いて」
 
 ここにこれば救われるなんて、何かの宗教みたいだな? とは思ったものの、それを言えないほど、オレは男の言葉に驚いていた。
 
「アーノルドだって?」
 
 この男の名前は、アーノルドというのか? こんな非常識な奴と同じ名前だなんて。オレは顔をしかめた。殺気をおさめたイオは、こちらを見て、にやにやしながら囁いた。
 
「助けにはならなさそうだな?」
 
 もしや、あんたの言った助けって……イオがうなずくのを見て、オレは全てを悟った。ぼさっとした真っ白な髪の毛。首から提げたゴーグル。何が入っているのか分からない、古びて薄汚れた肩掛けかばん。子供のように瞳を輝かせてオレ達を見るその姿は、頼りになるという言葉からははるかにかけ離れている。
 
「なんだって? 同じ名前なのか? なんか縁がありそうじゃないか。紛らわしいから、アンヌって呼んでほしいな」
 
 事情を知らないアンヌは、笑顔で話しに割り込もうとしてきた。彼の存在をなかったことにしようとしていたオレたちは、諦めてまずはアンヌの話を聞くことにした。アンヌは話題を振られ、思い出したように話し出す。
 
「そうそう。あなたに預けたものは絶対に安全だと聞いて」
 
「……間違っちゃいないけど、うちは信用金庫じゃないんだ。それなりのリスクが伴う。説明はしてもらおう」
 
 イオは呆れながら、子供に諭すような口調で言った。おそらく、オレがここにやってきて初めて、イオとオレは全く同じ心境を抱いていることだろう。
 そんなことなど思いもかけないアンヌは、肩にさげたかばんから、分厚い紙束を取り出し、眉をしかめているイオに差し出した。イオは指先で紙束を受け取る。……あれだけ汚いかばんから出されたんだから、紙も汚いんじゃないかと不安になるのは当然だ。不幸中の幸い、紙は少しも汚れてはいなかった。どんなにおいがするかは、イオくらい近づかないとわからないが。
 
「私は帝聖都市ティアリカの科学者でね。って言えば、大体分かるだろうが。ティアリカの科学者のほとんどは、トゥエレア主要科学者連合に加盟している。あっちと組めば、より良い研究ができるからな。ところがその研究が、最近おかしな方向に向いてきているんだ」
 
 アンヌはため息をつきながら言った。トゥエレア主要科学者連合といえば、トゥエレアという名はつくものの、大陸の多くの科学者がよりよい研究を求めて加盟する組織だ。
 六大国最高の技術国であるトゥエレアの科学者が、数年前から始まった行政改革により政府の管轄ではなくなったため、費用などの工夫のために、集まることを余儀なくされた。結果、それが自由な研究と、大陸の科学者との結びつきにつながったわけだが。
 イオは、受け取った紙束をぱらぱらとめくり、目を見開いた。
 
「なるほど、自分の研究成果が悪用されるのが嫌だったわけだな?」
 
 アンヌは苦渋の表情でうなずいた。人から見れば、わけがわからないという表情を浮かべているであろうオレに、イオは簡単に説明してくれた。
 
「これは、アンヌの研究成果をまとめた論文だ。残念ながら発表できない状況になってしまったが。科学者たちが元に戻るまで預けたい、ということなんだろう」
 
「今の研究の何が問題なんだ?」
 
 オレの率直な問いに、アンヌはまたもうつむいて答える。
 
「今の科学者たちは、自らが人間であるということも忘れて、道徳に反する研究をしているんだ。私にはそれが耐えられない。科学者といえ、人間なのだから……」
 
「人間の兵器化、遺伝子の操作、クローンの作成、または人体に害を及ぼすものに対しての研究、といったところか……」
 
 イオが呟く。アンヌはうなずき、強い口調で言った。
 
「何か、策はないだろうか。私が、一歩間違えればその領域に近い研究の第1人者であるからこそ、どうにかしないといけないと思うんだ」
 
 必死な表情だった。イオは少し考えてから、はっきりと言った。
 
「まず、調べること。それからだ。なにもわからないままじゃ、なにもできない」
 
「じゃあ、どうすれば……」
 
「こいつを連れて行け」
 
 自分に指された指を見て、オレは思わず声をあげた。え、もしかして、アンヌと一緒に、旅を? ……無理だ!
 
「おそらく、あんたたちの目的は、きっとどこかで交差するはずだ。その時に、お互いの存在が助けになることだろう」
 
 オレはあわてて、否定の意思を示そうと首を振った。こんな奴と旅するくらいなら、一人のほうがまだましだ。だがアンヌは、顔を輝かせてうなずいてしまった。
 
「アンヌの研究は、物体のクローン技術と、小動物の遺伝子操作について、だ。しかもかなり高級な。変わり者だが、確かに実力はある。そうめげるなよ」
 
 イオの言葉に、逃げ道を失ったオレは深いため息をついた。
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