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おまけ

4章のおまけ『記憶喪失?』後編

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―― ガラッ ――



「もうすぐ医者が……」

軽いノックをして扉を開ければ、上半身裸にされた姫木が視界に飛び込み、浅見は眉間に指を添えた。
それから、火月が物凄い勢いで乱入してくる。

「てめえは、何してんだっ!」

ぼんやりしていた姫木に慌てて病衣を着せ、火月は天王寺から姫木を守る。

「邪魔をするでない。あと少しであったものを……」
「何があと少しだ! 陸にいかがわしいことしてんなっ」
「如何わしいとは聞き捨てならぬな」

一体何が起こっているのか、状況把握できない姫木は、とりあえず火月を見るが、火月は天王寺を睨んだまま威嚇を止めない。
もちろん邪魔をされた天王寺も、火月を冷たく見つめる。
そして事故が起きる。

「姫を返すのだっ」
「誰が渡すかっ」

奪われた姫木を取り戻すべく、天王寺が姫木の腕を掴み、それをさせまいと、火月も応戦する。狭いベッドの上で引っ張り合いになった姫木は、バランスを崩して床に落下。

「姫ッ!」
「陸ッ!」
「姫木!」
「陸くんっ!」

4人の声が重なった。
全身を打ちつけた姫木は、頭に受けた衝撃に軽い頭痛を感じ、「うう゛っ」と唸り出す。

「しっかりするのだ、姫」

一番に動いたのは天王寺。
床に膝をつき、慌てて姫木を抱き起すと、そっと抱きかかえる。

「痛っ、たぁぁ~」

両手で頭を抱える姫木は、痛みに顔を顰めて目を固く閉じる。

「姫!」
「う゛、っ、……あれ? 天王寺?」

ゆっくりと瞼を開けた姫木は、視界に天王寺を捉えると、なんでいるのかと不思議そうな声を上げた。

「大丈夫か、姫木」

キョロキョロと辺りを見回す姫木を覗き込むように、浅見が見下ろしてくる。

「浅見さんまで? え? 火月に水月も?!」
「もうすぐ医者がくる。尚人、ひとまずベッドに上げろ」

浅見に促され、天王寺は姫木を抱えるとベッドへと乗せた。

「すまぬ、姫」
「あれ? 俺どうしたんだっけ?」

状況が分からなくて、姫木は頭上にクエスチョンマークを浮かべて見せる。そんな姫木に、天王寺と火月が深々と頭を下げた。

「姫に怪我を負わせるつもりなどなかったのだ」
「ごめん陸。俺もそんなつもりじゃなかったんだ」

何の話か全く分からない姫木は、ますます変な顔をしてみせたが、

「どうやら、記憶が戻ったようだな」

の、浅見の一言でただ一人を覗いて、明るくなった。
再度頭を打ち付けたせいで、姫木の記憶は戻り、水月と火月は良かった、良かったと喜んでいたが、天王寺の顔色は浮かない。
そんな雰囲気を感じ、浅見が天王寺に近づく。

「不正行為はいずれ暴かれるぞ」
「そのようなこと、分かっておる。……しかし、姫を娶る絶好の機会であったのだぞ」
「お前に自信がないとは思わなかったな」

浅見は眼鏡の位置を正しながら、天王寺を煽る。姫木を恋に落とせないなんて、弱音を聞くとは思わなかったと。
自分に惚れさせる自信も、愛し通す覚悟もなかったのかと挑発さえ含ませる。
当然、天王寺がそれを黙って聞き入れるはずはなく。

「何を申す。私は姫だけを愛し、私も姫に愛される」
「だったら、卑怯な手に逃げるな」
「どれほどの歳月がかかろうとも、必ずや姫を我が伴侶にする」

天王寺はそう意気込むと、姫木の元へとズカズカと歩み寄る。

「再度怪我などせぬように、今この時より、私が付き添う」

頭上から睨みつける勢いで天王寺は、拒否権はないと言い切る。

「断る!」

もちろん、姫木は完全拒否。天王寺なんかに付き添われたら、どれだけ過保護に扱われるか目に見えて分かる。きっとトイレさえ一人で行かせてもらえなくなる。
病院内をお姫様抱っこで運ばれるなんて、恥ずかしくて死ねると姫木は、絶対の拒否を示す。が、簡単に引き下がるような男じゃない。

「姫に拒否権はないと申したが」
「こんなの大した怪我じゃない。明日から学校に行く」
「怪我が完治するまで、病院から出すわけには行かぬ」
「何勝手なこと言ってんだよ」
「何かあったらどうするつもりなのだ」
「何もないって」
「自己判断は許さぬ。私が安心できるまで傍に置く」
「だから、大丈夫だって……」
「身の回りの世話は、私がすると申しておるのだ。大人しく看病されよ」
「世話ってなんだよ」
「食事、着替え、トイレ、風呂、もろもろ全て私が行う」
「だからぁ~、全部自分でできるってんだろうがっ」
「私はさせぬと申しておる」
「いい加減に……」
   ・
   ・
   ・






完全に言い争いに発展した会話に誰も入り込めず、冷や汗を浮かべていたら、病室入り口から細い声が届いた。

「診察は後にした方がよろしいですか?」

と、医者でさえ額に汗を浮かべて覗き込んでいた。

「申し訳ありませんが、1時間後に来ていただけると助かります」

言い争いの所要時間を推測した浅見がそっと声を返すと、医者はいそいそと次の患者の元へと向かった。
天王寺家のお知り合いの方とのことで、おそらく姫木は病院から一目置かれている。
その上、天王寺家三男まで居座るとなると、病院の気遣いは大きいだろうと、浅見は誰にも聞こえないため息を吐きつつ、二人の言い争いが良い方向で決着することを願った。




結局、病院には入院するが、天王寺の看護は受けないということで決着がついたが、交換条件はもちろんある。
退院後、ひと月は毎日天王寺に顔を見せるとの条件つき。
つまり、日曜・祝日を除く毎日、天王寺に会いに、元気な姿を見せるためだけに、特別生徒室に行くことを、姫木は渋々承諾していた。


      おしまい
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