246 / 268
完結章『片恋編』
243「一つ聞かせてください」
しおりを挟む
それから尚人は天候に関わらず、毎日専門学校に現れるようになった。
しかも、佐々木の授業の邪魔はせず、終わるまでずっと門に立っているのだ。「呼んできましょうか?」と学生が声をかけても、終わるまでここで待つので、それはしなくていいと断られると言う。
つまり、何時間でも門で待つのだ。そして佐々木が出てくれば、
『姫を愛する気持ちは変わらぬ』
『姫は唯一、私が愛する者』
『姫が近くにおらねば、私が生きる意味などない』
などなど、とにかく姫木を愛していると強い思いだけ語り、帰っていく。しかも驚くほど清々しい笑顔と、幸せそうな顔で。
いつしか佐々木は、尚人は本当に姫木を愛しているのだと思うようになっていた。
その日は朝から雨。
紺の傘をさして立つ尚人に、佐々木は「少し話をしませんか?」と、初めて自分から声をかけた。
雨が降っているので車中でと言われたが、佐々木はそれを断り、近くの公園へと歩く。
立ち止まっていたら目立つと思い、歩きながら話をした。
「本当に姫木君を愛しているんですね」
クスッと思わず笑みを零して声をかけてしまった。毎日、毎日、一日も欠かさず学校の門で佐々木が出てくるのを何時間でも待って、たった一言だけで帰っていく。そこまで出来るなんで、本物だよねって、姫木が少し羨ましいとさえ口にした。
「空よりも高く、深淵よりも深く、私は姫だけを愛しておる」
「姫木君しか見えてないみたい」
「私の瞳には、姫しか映ってはおらぬ」
真っすぐに答えられた言葉に、佐々木は今度こそ噴き出した。真剣にそんなこと言う人がいるんだって、なんだか可笑しくなった。
「一つ聞かせてください」
初めてカフェで話をしたときに、違和感があったのを思い出して、佐々木は足を止めて、傘を少し上げると、尚人の傘を覗き込む。
「なんでも聞くがよい」
「どうして連絡しなかったんですか?」
一年ほどアメリカに勉強に言っていたと話してくれたが、その間、どうして姫木に連絡をしなかったのか? そこだけがどうしても引っかかっていた。恋人同士だったというなら、電話やメールくらい出来たんじゃないのかと、それをしなかったのはなぜなのか? 佐々木は素直にそれを聞く。
そうすれば、爽やかだった尚人の表情が曇った。
原因はすべてそこにある。連絡さえ取れていれば、このような事態にはならなかった。それを沈痛しているのは尚人本人であるから、表情に影が落ちる。
「……契約だったのだ」
「契約?」
「私が無事試練を乗り越えれば、姫と一緒になってもよいと約束しておったのだ」
それまでは全てを絶てと約束させられたと話す。しかもその契約はアメリカに経ってから告げられ、その時点で姫木と連絡が取れなくなったと奥歯を噛む。
父親ならば、連絡を取った時点ですぐに痕跡を見つける。よって、はがき一通送ることが出来なかったと、正直に話した。
「姫木君はそれを……」
「知らぬ」
話してはいないと口にした。そのような契約は、姫木の知らぬところで交わされたものであり、同意がない約束ごとであるから、言えなかったのだと尚人は顔を伏せる。一緒になるのに契約など必要ではなく、互いの気持ちがあればよいのだと言う。
ただ、尚人は家族に認めてもらう必要はあると、父親の説得をそのような形にしたまでだと話した。あくまでも約束を交わしたのは、父親と自分なのだと、強く言った。
「自業自得」
佐々木は落ち込む尚人に、そう声をかけた。
「その意図はなんであるか?」
「たぶん、姫木君は天王寺さんに捨てられたって思ったんじゃないかな」
恋人から一切の連絡がなくなったら、普通そう思うでしょと、佐々木は尚人をじっと見つめる。こんなに愛してくれる人から連絡が途絶えたら、誰だって、終わったのかなって不安になるし、新しい恋をしようと思うでしょと、佐々木は正直に言ってあげた。
だから、姫木君は私と付き合ってくれたんでしょうと、正論をぶつける。
尚人との恋は終わり、姫木は新しい恋をしたんだと佐々木に言われ、ようやくすべてが繋がった。なぜ自分が捨てられたのか? それは、姫木が尚人に捨てられたと勘違いして、いや、勘違いさせてしまったからなのだと、ここにきて、真相を知ることになった。
「佐々木殿、感謝する。……私が間違っておったのだな」
きちんと話すべきであったのだと、今更後悔をする。
「姫木君、天王寺さんの写真をみて泣いたんです」
「姫が?」
「あの時は、分からなかったけど、今ならわかります」
雑誌の記事を見たときに、いきなり泣き出した姫木は、きっと今でも尚人のことが好きだったから。必死に言い訳みたいにいろいろ話してくれたけど、学生の頃の思い出話でそこまで泣けないよねって、佐々木も今になってあの涙の意味を知ることになった。
「姫木君を、絶対に幸せにしてくれますか?」
傘を背中に傾けて、佐々木は尚人の正面に立った。
「……佐々木殿?」
「絶対に不幸にしないって、誓えますか?」
にっこりと微笑んだ佐々木は、尚人にそれを問う。
「誓う。私は姫を不幸などにはせぬ。もう二度と離しはせぬ」
生涯唯一愛する者と神にも死神にさえ、誓うと強く光を見せる。そして、濡れた足音が去り、尚人はそのまま傘を地面に落下させた。
雨が全身に降り注ぎ、溢れる涙を雫とともに攫う。
「心から感謝、……する」
口元を手で覆って、駆けて行った佐々木の背に尚人はそう嗚咽を吐き出した。
『姫木君を幸せにしてください。私はもっと素敵な人見つけます』
しかも、佐々木の授業の邪魔はせず、終わるまでずっと門に立っているのだ。「呼んできましょうか?」と学生が声をかけても、終わるまでここで待つので、それはしなくていいと断られると言う。
つまり、何時間でも門で待つのだ。そして佐々木が出てくれば、
『姫を愛する気持ちは変わらぬ』
『姫は唯一、私が愛する者』
『姫が近くにおらねば、私が生きる意味などない』
などなど、とにかく姫木を愛していると強い思いだけ語り、帰っていく。しかも驚くほど清々しい笑顔と、幸せそうな顔で。
いつしか佐々木は、尚人は本当に姫木を愛しているのだと思うようになっていた。
その日は朝から雨。
紺の傘をさして立つ尚人に、佐々木は「少し話をしませんか?」と、初めて自分から声をかけた。
雨が降っているので車中でと言われたが、佐々木はそれを断り、近くの公園へと歩く。
立ち止まっていたら目立つと思い、歩きながら話をした。
「本当に姫木君を愛しているんですね」
クスッと思わず笑みを零して声をかけてしまった。毎日、毎日、一日も欠かさず学校の門で佐々木が出てくるのを何時間でも待って、たった一言だけで帰っていく。そこまで出来るなんで、本物だよねって、姫木が少し羨ましいとさえ口にした。
「空よりも高く、深淵よりも深く、私は姫だけを愛しておる」
「姫木君しか見えてないみたい」
「私の瞳には、姫しか映ってはおらぬ」
真っすぐに答えられた言葉に、佐々木は今度こそ噴き出した。真剣にそんなこと言う人がいるんだって、なんだか可笑しくなった。
「一つ聞かせてください」
初めてカフェで話をしたときに、違和感があったのを思い出して、佐々木は足を止めて、傘を少し上げると、尚人の傘を覗き込む。
「なんでも聞くがよい」
「どうして連絡しなかったんですか?」
一年ほどアメリカに勉強に言っていたと話してくれたが、その間、どうして姫木に連絡をしなかったのか? そこだけがどうしても引っかかっていた。恋人同士だったというなら、電話やメールくらい出来たんじゃないのかと、それをしなかったのはなぜなのか? 佐々木は素直にそれを聞く。
そうすれば、爽やかだった尚人の表情が曇った。
原因はすべてそこにある。連絡さえ取れていれば、このような事態にはならなかった。それを沈痛しているのは尚人本人であるから、表情に影が落ちる。
「……契約だったのだ」
「契約?」
「私が無事試練を乗り越えれば、姫と一緒になってもよいと約束しておったのだ」
それまでは全てを絶てと約束させられたと話す。しかもその契約はアメリカに経ってから告げられ、その時点で姫木と連絡が取れなくなったと奥歯を噛む。
父親ならば、連絡を取った時点ですぐに痕跡を見つける。よって、はがき一通送ることが出来なかったと、正直に話した。
「姫木君はそれを……」
「知らぬ」
話してはいないと口にした。そのような契約は、姫木の知らぬところで交わされたものであり、同意がない約束ごとであるから、言えなかったのだと尚人は顔を伏せる。一緒になるのに契約など必要ではなく、互いの気持ちがあればよいのだと言う。
ただ、尚人は家族に認めてもらう必要はあると、父親の説得をそのような形にしたまでだと話した。あくまでも約束を交わしたのは、父親と自分なのだと、強く言った。
「自業自得」
佐々木は落ち込む尚人に、そう声をかけた。
「その意図はなんであるか?」
「たぶん、姫木君は天王寺さんに捨てられたって思ったんじゃないかな」
恋人から一切の連絡がなくなったら、普通そう思うでしょと、佐々木は尚人をじっと見つめる。こんなに愛してくれる人から連絡が途絶えたら、誰だって、終わったのかなって不安になるし、新しい恋をしようと思うでしょと、佐々木は正直に言ってあげた。
だから、姫木君は私と付き合ってくれたんでしょうと、正論をぶつける。
尚人との恋は終わり、姫木は新しい恋をしたんだと佐々木に言われ、ようやくすべてが繋がった。なぜ自分が捨てられたのか? それは、姫木が尚人に捨てられたと勘違いして、いや、勘違いさせてしまったからなのだと、ここにきて、真相を知ることになった。
「佐々木殿、感謝する。……私が間違っておったのだな」
きちんと話すべきであったのだと、今更後悔をする。
「姫木君、天王寺さんの写真をみて泣いたんです」
「姫が?」
「あの時は、分からなかったけど、今ならわかります」
雑誌の記事を見たときに、いきなり泣き出した姫木は、きっと今でも尚人のことが好きだったから。必死に言い訳みたいにいろいろ話してくれたけど、学生の頃の思い出話でそこまで泣けないよねって、佐々木も今になってあの涙の意味を知ることになった。
「姫木君を、絶対に幸せにしてくれますか?」
傘を背中に傾けて、佐々木は尚人の正面に立った。
「……佐々木殿?」
「絶対に不幸にしないって、誓えますか?」
にっこりと微笑んだ佐々木は、尚人にそれを問う。
「誓う。私は姫を不幸などにはせぬ。もう二度と離しはせぬ」
生涯唯一愛する者と神にも死神にさえ、誓うと強く光を見せる。そして、濡れた足音が去り、尚人はそのまま傘を地面に落下させた。
雨が全身に降り注ぎ、溢れる涙を雫とともに攫う。
「心から感謝、……する」
口元を手で覆って、駆けて行った佐々木の背に尚人はそう嗚咽を吐き出した。
『姫木君を幸せにしてください。私はもっと素敵な人見つけます』
10
お気に入りに追加
300
あなたにおすすめの小説
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
少年売買契約
眠りん
BL
殺人現場を目撃した事により、誘拐されて闇市場で売られてしまった少年。
闇オークションで買われた先で「お前は道具だ」と言われてから自我をなくし、道具なのだと自分に言い聞かせた。
性の道具となり、人としての尊厳を奪われた少年に救いの手を差し伸べるのは──。
表紙:右京 梓様
※胸糞要素がありますがハッピーエンドです。
僕が玩具になった理由
Me-ya
BL
🈲R指定🈯
「俺のペットにしてやるよ」
眞司は僕を見下ろしながらそう言った。
🈲R指定🔞
※この作品はフィクションです。
実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨
ので、ここで新しく書き直します…。
(他の場所でも、1カ所書いていますが…)
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
獅子帝の宦官長
ごいち
BL
皇帝ラシッドは体格も精力も人並外れているせいで、夜伽に呼ばれた側女たちが怯えて奉仕にならない。
苛立った皇帝に、宦官長のイルハリムは後宮の管理を怠った罰として閨の相手を命じられてしまう。
強面巨根で情愛深い攻×一途で大人しそうだけど隠れ淫乱な受
R18:レイプ・モブレ・SM的表現・暴力表現多少あります。
2022/12/23 エクレア文庫様より電子版・紙版の単行本発売されました
電子版 https://www.cmoa.jp/title/1101371573/
紙版 https://comicomi-studio.com/goods/detail?goodsCd=G0100914003000140675
単行本発売記念として、12/23に番外編SS2本を投稿しております
良かったら獅子帝の世界をお楽しみください
ありがとうございました!
ホントの気持ち
神娘
BL
父親から虐待を受けている夕紀 空、
そこに現れる大人たち、今まで誰にも「助けて」が言えなかった空は心を開くことができるのか、空の心の変化とともにお届けする恋愛ストーリー。
夕紀 空(ゆうき そら)
年齢:13歳(中2)
身長:154cm
好きな言葉:ありがとう
嫌いな言葉:お前なんて…いいのに
幼少期から父親から虐待を受けている。
神山 蒼介(かみやま そうすけ)
年齢:24歳
身長:176cm
職業:塾の講師(数学担当)
好きな言葉:努力は報われる
嫌いな言葉:諦め
城崎(きのさき)先生
年齢:25歳
身長:181cm
職業:中学の体育教師
名取 陽平(なとり ようへい)
年齢:26歳
身長:177cm
職業:医者
夕紀空の叔父
細谷 駿(ほそたに しゅん)
年齢:13歳(中2)
身長:162cm
空とは小学校からの友達
山名氏 颯(やまなし かける)
年齢:24歳
身長:178cm
職業:塾の講師 (国語担当)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる