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完結章『片恋編』

242「そんな人に姫木君は、譲りません」

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何事かと尚人が顔をあげれば、佐々木が手を振り上げていた。頬を叩かれたのだと、知った。

「姫木君は、物じゃありません!」

震える手を抱えて、佐々木は激怒していた。何かを与えるから手に入れたいなどと、金持ちの道楽の道具みたいに言わないでほしいと、声を荒げる。尚人が姫木を愛しているのは、分かった……けれど、それをお金や物で解決しようなんて、許せないと佐々木は唇を噛む。

「佐々木殿……」
「あなたは、本当に姫木君を幸せに出来るんですか?!」

何でも金で解決しようとする、そんな考え方で姫木が幸せになれるとは思わないと、はっきりと声にした。確かに超金持ちだし、いろいろなことに不自由しない身分だとは思うが、それだけで人の心は満たされないし、姫木が本当に心から幸せになれとは思えないと、佐々木は尚人に告げた。
そして、

「そんな人に姫木君は、譲りません」

尚人には渡さないと言い切った。それを聞き、尚人の表情は絶望へと変わる。

「……私は」

叩かれた頬に手を宛て、尚人は色を失った瞳で佐々木を見上げる。

「返すとか、返さないとか、そもそもそういうのがおかしいんです!」

失礼します!! 勢いよく頭を下げた佐々木は、そのままカフェを飛び出して行ってしまった。
残された尚人は床に座ったまま、自分はどこまで愚かなのかと、額を押さえる。
姫木は物ではないと、あれほど戒めていたのに、佐々木に叩かれそれをまた再確認させられるとは、どこまでも愚かだと顔を伏せる。

「姫の心が欲しいのではないのか……」

誰かに奪われたから、心変わりをされたからといって、それを金や権力で取り戻そうなどと、下衆であると尚人は赤く染まった頬を摩る。姫木を取り返そうとするあまり、何も見えなくなっていたと、佐々木に言われたことはすべて正当だと理解する。

「私は、……どこまで姫を苦しめるのだ」

姫木は金や権力で動いたことなどない。真に自分を愛してくれたはずなのに、自分はどうなのかと、後悔と惨めさが押し寄せ、尚人は床に崩れ去るように顔面を手で覆った。





事はその翌日から始まった。

「美紀、門に超イケメンが立ってるって、聞いた?」

友達が超ハイテンションで教室に戻ってきて、佐々木にそう声をかけた。モデルや俳優さんみたいな綺麗な人だと、瞬く間に学校内に噂が広がり、窓に人だかりができていた。

「嘘、見たい、見たい」
「こっち、こっち」

佐々木は素直に一目見たいと、友達に手を引かれるままついていって、息を飲んだ。
金髪が日差しに映え、キラキラとオーラを纏ったその人物は天王寺尚人だったからだ。スーツを着こなし、誰かを待っているのか、その場で静かに佇んでいた。
なんでこんなところに? そう思った佐々木の耳に今度はどうしようかと思う言葉が飛び込む。

「この中に佐々木さんっていう人、いる?」

誰かが大声でそう呼んだ。そうすれば三人手を挙げた人がいて、声を掛けた人はそれぞれに近寄り、門にいるイケメン、知ってる? と聞いていた。
聞かれた二人は、当然知らないと首を振り、その子は佐々木美紀の元へもやってきた。

「あなたも佐々木さん?」
「あ、うん」
「あの人、知ってる人?」

窓の外に視線を向けて、イケメンが『佐々木さん』っていう人を探してるんだけどと言った。それを聞き、本当にどうしようかと冷や汗がでる。注目の的のイケメンと知り合いなんて言っていいのかと、悩む。昨日少し話をしただけなんだけどと。

「美紀? 知ってるの?」

無言になってしまった佐々木に、友人が声を掛ければ、

「もしかして、昨日落とし物拾ってくれた人かも……はは」

と、誤魔化して、ちょっと行ってくると友人に手を振って、佐々木は猛ダッシュで門まで駆けた。

「天王寺さんっ」

息を切らせてそう声をかければ、尚人は爽やかな笑みを返す。

「佐々木殿」
「どうしたんですか?」
「私は貴殿により、自らの過ちに気づかされた」
「私?」
「よって、伝わるまで告げようと決めたのだ」

昨日の落ちた表情とは打って変わって、清々しいほどの眩しい笑顔を向ける尚人は、佐々木に向き合うとこんな場所で信じられない台詞を吐き出した。

「私は、誰よりも何よりも姫を愛しておる」

周りの目なんか全く気にせず、尚人ははっきりとそれを口にした。

「ちょっと、いきなりなんですか?!」
「どれほど愛を募らせておるか、きちんと伝えようと思っただけである」

権力などで奪うのではなく、自分が姫木のことをどれくらい愛しているのか、佐々木に分かってもらおうと思っての行動だと言う。

「それって……」
「本日の用件はそれだけである。時間を取らせてしまい、申し訳ない。それではまた会おう」
「また? って、ちょっと待ってください天王寺さん」

意味深な台詞を残して、近場に停車していた車に乗り込んだ尚人は、そのまま去っていってしまった。門に残された佐々木は、一体何だったのかと、走り去る車を見つめることしかできなかった。
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