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完結章『片恋編』

239「頼む、尚人を貰ってほしい」

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「そういうことか、……つまり、あの店は姫木のためか」
「姫ちゃんは、甘党なんだ」
「スイーツ店以外は、絶対に手を出さないと言ったのは、そういうことだったんだな」

天王寺家の数ある企業の中で、ファッションはあったが、飲食業はなかった。よって、尚人はよいところに目をつけたと思ったのだが、スイーツ以外の飲食は絶対に立ち上げないと言われ、とても印象に残っている。
こだわりがあるのは良いことだと、そのまま進めさせたが、まさか姫木のためだったとは思いもよらなかった。

「ああ、あの時のお前の言葉は、そういう意味だったんだな」

由尚は、尚人が泣きながら、


【甘党なのだ。……幸せそうに食べる、その顔が見たかったのだ】


その言葉の意味もようやく分かった。何もかも、全てが姫木に繋がっていたのだと、顔が綻ぶ。

「姫木君、尚人を愛して欲しい」

抱きかかえられた姫木の手を掴み、由尚はそう口にした。大切な息子を頼むと頭を下げて。

「えッ、ちょっと待ってください! 天王寺、下ろせ」
「断る」
「今は断るなっ」

ガシッと抱きかかえられ、俺はお姫様抱っこされたまま由尚に頭を下げられ、どんだけ失礼なんだと、暴れてみたが、ほんともう、全然動けない。

「す、すみません。俺、よく事情が分からなくて……」

3人の会話も状況も全く理解できてなくて、俺は説明を求めるために由尚の手を離そうとしたが、こっちも全然離してくれない。

「尚人は私の大切な息子だ。どうか幸せにして欲しい」
「幸せにと言われても……」
「頼む、尚人を貰ってほしい」
「?!」

絶句! 何がどうして俺が尚人を嫁にもらうことになったんだ!
冗談じゃない、こんなガタイのいい、イケメンで高収入、秀才の嫁なんか、養えるわけないだろう。俺は一般的な会社員になるんだ、平均年収で尚人を養えるかと、尚人の顔を思い切り手で押しのけて、暴れて、見事腕から落っこちた。

「ナイスキャッチ」

軽快な声とともに、今度は尚希の腕の中へ。こんなに狭い部屋に4人もいたら、身動きが取れないのは当然。

「姫ッ」

尚希に抱えられ、尚人の表情が一気に曇って、奪い返そうと手を伸ばしてくる。

「だぁぁ――、お前は少し落ち着け!」

伸ばされた手を叩き落として、話しをさせろと睨めば、尚人はしゅんと肩を落とす。

「プッ……、ふふふ……、姫ちゃんは恐妻家になるね」
「尚希さんッ」
「ごめんごめん、このやり取り、久しぶりで楽しくなっちゃった」

尚人と姫木のドタバタなやり取りが面白いと、尚希はクスクスと笑いを漏らす。もう! と、頬を膨らませた俺は、尚希の腕から抜けると、ベッドに正座。

「えっと、おっしゃってる意味がよく分からないんですけど」

由尚に向き合い、事情が全然呑み込めないと姫木は眉を寄せる。だって尚人が結婚するから、俺に消えて欲しいって、リゾートマンションの話まで持ってきて、と、ボソボソと話せば、由尚は額に手を宛てた。

「すまない、結婚の話はでっち上げだ」

姫木と尚人を引き離すためについた嘘だと白状した。

「嘘……」
「尚人に縁談の話など一切ない」

開き直ったように、由尚はそう口にして、顔を近づけてきた。なんだかすごく嫌な予感がして、俺は少しだけ体を反らせて後ろに下がる。
すると、またまた手を握られた。

「尚人が心から愛する者は、君しかいないと分かった」

ゴクリと唾が喉を通り、俺の口角は自然と引き攣る。

「改めて、尚人をよろしく頼むぞ、姫木君」

両手で包み込むように俺の手を握った由尚は、笑顔でそんなことを口にした。

「お断りしま……」
「うちの尚人が気に入らぬというのか」
「いえ、そうじゃなくて……」
「尚人は優秀で、心優しく、世界で一番可愛い息子だ。何か不満でもあるのか」

由尚の表情が険しくなり、責められるように迫られる。天王寺家の人はどうしてこんなに尚人が可愛いんだ! てか、尚人しか見えてなくないか?
優しいのは身をもって知ってるけど、嫁にしてくれというのがおかしいんだ。
どう考えても、俺が養える範囲じゃないし、あの不器用で家事は出来ないだろうって、実感中。

「……俺を貰ってくれるのは、駄目ですか?」

うっかり出た台詞はとんでもない言葉だった。尚人を貰うんじゃなくて、自分を貰ってくれないかと、嫁にしてくれないかと言ってしまっていた。

「姫っ……」
「う、ぐっ……」

物凄い勢いで尚人に抱きつかれ、俺の首が締まる。

「大歓迎だ」

由尚はにっこりと微笑んで、二つ返事の勢いで許可を下ろす。

「あは、良かったね尚ちゃん」
「生涯、離さぬ。姫は私が愛する唯一の存在である」

ギュウギュウと抱きしめながら、尚人は俺を包み込むように何度も何度も『愛してる』と口にする。恥ずかしいなんてとっくに慣れちゃって、俺はそっとその背中に腕を回してやる。尚人が落ち着くし、安心するって分かってるから。
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